公爵家の苦悩
本日、4話同時投稿。
この話は3話目です。
翌朝
朝食前の全員が揃ったタイミングで、レミリーさん以外の3人にも、自分が神の子だと明かすことにしたところ……どうやら予想はしていても、ここで突然教えるとは思っていなかったらしい。3人とも、大きく目を見開いて俺を凝視している。
「黙っていて申し訳ありません」
「謝ることはない。自分は神の子だなどと、軽々しく口にしていたら、その方が問題じゃよ。それに、程度や理由に差はあれど、人は誰しも隠し事をしているもの。我々もリョウマ君が神の子だと予想していたことを隠していたからのぅ……」
「相手を信頼し、全てを打ち明けられる……そのような関係はとても素晴らしいものですが、そうなるまでには段階を踏む必要があって当然です。リョウマ様が気になさることはありません。そして、この度は教えてくださりありがとうございました」
「そう言っていただけると、気持ちが楽になります」
ラインバッハ様とセバスさんは、これまでと変わらない付き合いを続けてくれるようだ。一方、気になるのはシーバーさん。信頼できる人だとは思うけど、彼は難しい顔で黙り込んでしまっている。
「シーバー、お主もなんとか言ったらどうなんじゃ?」
「ああ、すまない……根掘り葉掘り聞くのはどうかと思うが、これだけは確認しておきたい。リョウマは神の子として、この国、あるいは王家に害をなす意思はあるか?」
静かだが、以前の試合の時よりも強い圧を感じる。
嘘やごまかしは許してくれないだろうと分かるが、問題はない。
「少なくとも、今のところは微塵もないですね。今の生活はできるだけ維持したいので、国や王族に喧嘩を売る意味がありません。爵位とか権力にも興味はないので、関係ない、どうでもいいというのが正直な気持ちです」
そう答えると、シーバーさんからの圧が消えた。
「すまないな、そうだろうとは思っていたが、どうしても気になってしまった」
「騎士団長という経歴があることを考えれば、当然の思考だと思いますよ」
その後、シーバーさんは他者への口外はもちろん、王家への報告もしないと約束してくれた。既に騎士は辞めているので、報告義務はないとのこと。
「しかし、リョウマの情報が陛下の耳に届いているのであれば、我々が口をつぐんでもたいした意味はない。いつかは陛下から声がかかるだろう」
やっぱり、そうだろうな……今更警戒しても遅いかもしれないけれど、向こうが神の子を判別できるとして、その方法はどういうものだろうか? 分からないのが気持ち悪いというか、気にかかる。
「神の子か否かを判別する方法か……少なくとも私は聞いたことがない」
「わしも知らん。そんな方法を知っていれば、わしが自ら確認していたじゃろう」
「しかし、調査終了を宣言された時、陛下はお嬢様が神の子ではないと確信しているのではないか、という疑問はありました。宣言が急でしたし、きっかけ程度はあったのではないかと」
「調査終了の前に、変わったことはありませんでしたか? なんらかの方法で見分けたのなら、いつもと違う質問をしたとか、変な道具を持ってきたとか」
思いついたままに聞いてみたが、全員が首を横に振る。
「そんなに分かりやすい行動をしていたら、私達が気づくわよ。あの頃は私達の誰かが常に、エリアちゃんと一緒にいたもの。監視と護衛として、国王陛下がいる時なら尚更ね」
「いや、懐や袖に隠し持てるような小型の道具であれば、可能性はあるかもしれん。御身に近づく者ならともかく、陛下の体を探って持ち物の確認はしないからな」
「確かにそうじゃが、それを言ったらいつでも可能になってしまう。調査を始めた段階では、陛下も熱心に資料を探し、心を砕いてくださっていた。あの時のお姿はとても演技とは思えない。となれば、その後になにかを見つけたのか……」
「私も、思い出せることといえば、お嬢様を泣かせていたことくらいですな」
当時のエリアを泣かせた?
「それは、採血をしたとか?」
「いえ、そういった理由ではありません。陛下は昔からお嬢様をとても可愛がってくださっていまして、お嬢様も懐いていたので、顔をあわせるとよく遊んでいました。その日は幼いお嬢様の頬を突いてからかおうとした際に、力加減を間違えたそうです。お嬢様は泣いていましたが怪我はなく、少し強く指が当たって驚いたのでしょう。
珍しいことでしたから覚えていますが、判別方法との関係があるとは思えません」
「そうですか……」
地球の物品や転移者に関連しそうな物があれば、4人がスルーしてしまう可能性もあるかもしれないと思ったけど、仕方ないな。情報が少なすぎるし、これ以上は考えても意味がないだろう。
「ありがとうございました」
「もういいのか? しばらく話せば、なにか思い出すかもしれんぞ」
「もうすぐ食事も温まりますし、見極められる側として気になっただけですから。判別ではなく政治的な判断かもしれませんが、エリアが神の子ではないのは当たっているので、もし方法があるなら——」
その先の言葉は出なかった。今度はレミリーさんも含めて、神の子であることを明かした時よりも強い視線が集まったから。ラインバッハ様とセバスさんに至っては、一際強い感情が含まれていることがわかる。
「リョウマ君、それは本当なのか?」
「!」
ラインバッハ様の真剣な声を聞いて、ようやく思い至った。この国における神の子の認識は、いわば“爆弾”だ。上手く扱えば利益を生む。しかし、下手に刺激をすれば多大な被害を生みかねない、不発弾のような存在になる可能性もある。
そして、ラインバッハ様達は神の子の判別方法を知らない。だから国王陛下が否定しても、エリアが神の子でない確証は持てない。だから孫が神の子ではないという明確な答えを、それが分かる何かを、心のどこかで切望していたのだろう。
「間違いありません。マサハル王の血が色濃く出ていることは事実のようですが、それだけです」
「リョウマ様、お言葉を疑うわけではありませんが、できれば根拠をお教えいただきたく」
「文献などはありませんが、これでいかがでしょうか?」
アイテムボックスの中からステータスボードを取り出し、目的の項目を表示してセバスさんに見せる。
「これは!」
「どうした? 何が」
「……リョウマ様は称号に“神々の寵児”と、さらに“神託”のスキルもお持ちです」
「なんと、ではエリアが神の子ではないというのは」
「神託によるものです。まだ皆さんと出会って間もない頃、ちょうどこのカードを作りに教会に行きましたよね」
「ああ、覚えているとも。あの時に神託を?」
「皆さんとの出会いは良縁だということで、その際に少し皆さんのことを教わりました。それに、神の子は原則1人。複数人いた時もあるそうですが、今は僕だけのはずです」
「そうじゃったのか……」
納得と安堵からだろう、ラインバッハ様は表情を崩し、目を潤ませている。セバスさんも、そっとハンカチを差し出しているが、今にも涙を流しそうだ。
「あと……不躾なことを聞きますが、皆さんの最大の懸念は、マサハル王の“災害魔法”で間違いないですか? それをエリアが使えるのではないかと」
「間違ってはいないが、一言では難しい……リョウマ君は、マサハル王は暴君と呼ばれていたことを知っておるか?」
「暴君?」
「大昔のこととはいえ、王族に対しての批判的な話じゃからな。あまり大きな声では言えぬことじゃし、知らなくとも無理はない」
違和感を覚えて思わず口にすると、ラインバッハ様は最初から説明してくれた。
まず、マサハル王は最初から王族だったわけではなく、俺と同じで孤児という扱いだった。しかし当時の国は戦争中で、さらに状況が逼迫していたために、国はなりふり構わずに打開策を求めていた。
そこで、マサハルの持っていた、常人とは隔絶した魔法の力が王の目にとまってしまう。戦時の混乱に紛れて、マサハルを自らの庶子であると偽り、戦力として縛り付けたわけだ。
孤児を王族にするというのは、普通に考えればありえない行為。当時の王もマサハルを次の王にするつもりはなかっただろう。しかし、味方の裏切り、兵を鼓舞するために出た戦場で戦死、敵国の暗殺者の手に掛かる等の理由で、本当の王の子が全員亡くなってしまう。
そして当時の国王自身も、戦に勝って国を平定したのち、新しく子をなす前に急逝してしまった結果、唯一の王族であるマサハルが王位に就く事となったのだとか。
「それだと反対も多かったでしょうね……」
「当然じゃな。マサハルの暗殺を疑う声も出たと歴史書には書かれている。その一方で、彼には敵国との戦で活躍した実績があり、英雄として民衆にもその名が知れ渡っていた。無理に理由をつけて王位を奪うよりも、そのまま王位に就かせた方が民を統べやすいという理由で、王位継承が認められる事となった」
「早い話が、当時の貴族はマサハルを傀儡にすればいいと考えていたのよ。マサハル王は強大な力を持っている一方で、性格はかなりの臆病者。王になる前は上位者には逆らえず、指示を諾々と聞いていたという話だからね」
しかし、王座についたことで、マサハルには自分以上の権力者がいなくなってしまう。そこからの振る舞いはかなり身勝手なものだったようで、挙げられた例では財宝や戦力の収集や魔法の独占、勝手な法律の制定など、確かに暴君と言われても頷ける内容があった。
そして何より、それらの件に対して周囲から反対意見や不満が出ると、魔法の力を誇示して黙らせていたそうだ。
「マサハルを傀儡とするつもりでいた当時の貴族達は、マサハルの妥協点を探りつつ従う事しかできなくなったと言われておる。相手は救国の英雄、1人で戦況を覆す魔法を使う魔法使いじゃからな……
ここで話を戻すが、我々はエリアに、マサハル王のようにはなって欲しくない。確かにマサハル王の災害魔法は一番の脅威かもしれん。じゃが、家族としてはエリアが周囲の人間を信用できず孤立し、他者に脅威をふりまいて服従させることしかできない人間になってしまうことが、最も恐ろしいのじゃよ」
そう語るラインバッハ様の辛そうな顔は、これまでに見たことのないものだった。子供を持ったことのない俺には、孫を思う祖父の気持ちは分からないけれど……教えておきたい。
「安心してください。エリアが災害魔法を使える可能性は、ほとんどありません」
「今、なんと?」
「エリアは、おそらく災害魔法を使えません。そもそも災害魔法というのは、特別な才能や血筋が必要になる特別な魔法ではなく、皆さんも使っている、ごく普通の魔法と変わらないものだそうです。素質があるか否かという話をするなら、エリアだけでなく全ての魔法を使える人間に素質があると言えます」
「災害魔法が、特別な魔法ではないとは……この渓谷を作ったという話もそうじゃが、記録に残る魔法はどれも人知を超えたもので」
「それは魔力量の差によるものでしょう。マサハル王は過去の神の子の中でも、突出した魔力量を持っていたと聞いています。逸話にある通りの魔法が使えたのなら、同じ神の子である僕でもマサハル王の足元にも及びません。
僕はマサハル王ほど魔法を使えるとは思いませんし、僕と同程度の魔力しか持っていないエリアも同じだと考えています。一般的な魔法使いよりは可能性がある、という程度でしょう」
なるべく曖昧な表現を避けて説明すると、ラインバッハ様は我慢の限界に達したようだ。セバスさんから受け取っていたハンカチで目頭を押さえて、下を向いてしまう。
「すまぬ、少し、失礼する」
「お供いたします」
震えた声でそう言って、まだ片付けていないテントへと入っていく2人。残された俺達の間にはしばし沈黙が流れたが、やがてシーバーさんが口を開いた。
「感謝する。調査にかかわった友人の私ですら、今の話で肩の荷が1つ下りた気持ちだ。ラインバッハとセバスの喜びはひとしおだろう」
「ラインバッハ様達には、僕もお世話になっていますから。お互い様ですよ」
「だとしても、我々ではいくら調べても手に入らなかった情報だ。それに、神の子である事実だけならまだしも、神託や災害魔法については口をつぐんでおくこともできただろう」
「私もそこまでは予想してなかったし、期待もしてなかったわ。リョウマちゃんが神の子だという事実だけで十分だったのに」
「それはそうかもしれません。でも、偶然にも知っている情報で、しかもお世話になった人が苦しんでいると気づいた上で、それでも黙っておくというのは……単純に僕の気分が良くないです」
それで平穏無事に過ごせても後悔は残るだろうし、その後の顔向けもしにくくなる。なんなら今でも、もうちょっと早く気づけよ! とか、自分の事ばかりに目が向いて他人に気が回せないからダメなんだよな……とか、自己嫌悪に陥りそうだ。というか前世のメンタルボロボロの時だったら確実に陥ってる。
それを考えると、今はだいぶ前向きになったと思うし、そんな今があるのは公爵家の皆さんの手助けもあってのこと。だから、少しでも恩返しになればいい。
そう考えていると、2人も察して納得してくれたようだ。
「こちらとしては嬉しいことだし、リョウマちゃんに後悔がないならよしとしましょう」
「そうだな。しかし、話す相手と内容は慎重に選ぶことだ。何かあれば、我々も力になれるだろう」
「何もないことを祈りますが、その時がきたらお願いします」
この後、テントから戻ってきた2人も、感謝と共に今後の協力を強く約束してくれた。
……先のことは分からないけど、俺にはこうして力を貸してくれる人がいる。
この関係を大切にしていければ、きっとなんとかなるだろう。