廃坑調査
本日2話同時更新。
この話は2話目です。
「さて、用意はいいな?」
「「はい!」」
目的地に到着した俺達はすぐ調査に入ることになり、今は1本の坑道の入口の前にいる。しかし地面はほとんど背の高い雑草に覆われ、坑道周辺に露出した岩肌にも蔦が張っているところを見ると……相当に長い間人が来ていないようだ。
俺と一緒に坑道へ入るのは、お嬢様にジルさん率いるいつもの護衛4人。他の護衛の皆さんも来ているが、ジルさん達以外は俺たちとは違う坑道で魔獣を狩るらしい。
さらにはラインハルトさんと奥様も2人で、ラインバッハ様に至っては1人で調査をするという。
大丈夫なのかと聞いたらジルさん達にこう言われた。
「心配無い。3人は昔、一時期は冒険者として旅をしていた方々だ。ラインバッハ様に至っては昔にあった近隣国との小競り合いで武勲まで立てている。こんな街の近くの廃鉱に住み着くような魔獣ではかすり傷一つ付けられんよ」
「本当は僕たち護衛なんて必要ないんだよね。3人とも気ままに街を歩くのが好きだし、自分の面倒は自分でみられる人達だし、セバスさんが居れば全部事足りるんだよ。街にも僕らはついて行かなかったでしょ?」
「お嬢達4人は大多数の貴族と違って仰々しいのを嫌うんだよ。俺みたいな礼儀のなってない奴でも能力がありゃ雇うし、公の場や他の貴族の前じゃなきゃ普通に話しかけろって言われているしな」
どうやら3人とも剣か魔法の名人で、強いそうだ。それはなんとなく分かるが、いいんだろうか? いいんだろうな、きっと。
「私達も頑張りましょうね! リョウマさん!」
お嬢様は普段簡素だが質の良い高級な布地であることが俺でも分かるドレス? を着ていたが、今日ばかりは動きやすいシャツを着てズボンを履いている。その上におそらく魔獣の革製の革鎧を着けており、非常に張り切っている。
緊張は多少ほぐれたかな?
そんな話をしていると、少し離れた場所にある坑道の前で奥様が俺とお嬢様に手を振っていた。お嬢様の声でも聞こえたのか? 奥様は俺達が手を振り返すと、もう一度大きく手を振ってからラインハルトさんと坑道に入っていく。
それを見送った俺たちも坑道の中に踏み込む。先頭はゼフさん、次にジルさんとヒューズさん、その次に俺とお嬢様、最後にカミルさんと俺のスライム達だ。
列を作って歩くが坑道の中は暗い。数十歩歩いただけで入り口付近の光もあっという間に届かなくなる。
「ちっ、やっぱり坑道用のランプはないみたいだな」
「大方取っ払って東鉱山で使ってるんじゃないですか?」
「正式に廃坑になるまでは備え付けてあるはずだが……外を見る限り、管理も杜撰だろうしな。こちらの設備を流用すれば、一時的に東鉱山の設備にかかる費用を抑えられる」
「浮いた金はあいつらの懐ですかねぇ」
「そう思えてしまいますわね……」
「たとえ真実がどうであれ、疑いはかかりやすくなる。これも信頼を損なった者の宿命です。お嬢様もお気をつけください。『ライト』」
そう話を締めくくったジルさんは、光属性の初級魔法『ライト』で光の玉を生み出した。
光の玉は俺達の頭上に浮かび、暗い坑道を照らす。奥の方まで光は届かないが、周囲を見通すには十分に明るい。
「お嬢様、坊ちゃん、足元が悪いから気をつけてくだせぇ。ここは人が働いていた坑道ですからありやせんが、迷宮なんかにはトラップがありやす。そう言ったモンを見つけるのがあっしみたいな斥候の役目です。今回は訓練ですが、くれぐれもあっしらより前には出ねぇようにお願いしますよ」
「はい!」
「了解です」
そのまましばらく歩くと前方に何かが見えた、と同時にゼフさんが足を止めたので俺たちも止まる。そしてよく見ると……
「虫?」
何やらカマキリのような虫が1匹居る。ただし体格が俺と同じ位、カマキリとしては規格外の大きさだ。間違いなく魔獣だろう。
……もしあれが魔獣じゃなくて一般的な虫だったら、虫嫌いの人には地獄だろうな……
「見えやしたか坊ちゃん。ありゃケイブマンティスっつう虫型の魔獣でさぁ。両手の鎌で地面に穴を掘るか、洞窟や坑道を見つけて住み着く習性がありやす」
「ッチ! 面倒なのが住み着いてんな……」
「強いのですか?」
「強くはねぇです。鎌が鋭い訳でもなく甲殻も柔いですから、鉱山に入ってきたのを鉱夫が見つけたら、見つけ次第につるはしでボコッとやって退治できるくれぇで。
ただ繁殖が早くて数が多く居る可能性が高いのと、たまに上位種のブレードマンティスってのが混ざっている可能性がありやす。ケイブマンティスと見た目が似ていて見分けにくいんでさぁ」
「ブレードマンティスの鎌はケイブマンティスより鋭いため、油断していると混ざっていたブレードマンティスに気づかず思わぬ被害が出る事があります。ご注意を」
ゼフさんの注意の後に、ジルさんからブレードマンティスについて捕捉された。なら、
「見分け方はどうするんですか?」
「ブレードマンティスの方が少しだけ大きいですぜ。大した差じゃありやせんがね。素早く見分けるには経験あるのみですぜ。ちょうど良くあそこにいるのはケイブマンティスです。あっしが引っ張って来るんで、近くで見てみてくだせぇ」
ゼフさんがそう言って一人でケイブマンティスに近寄っていき、気づかれた所で戻ってきた。その後、俺とエリアに見える位置でケイブマンティスの攻撃を手持ちの小さな盾で受けている。
「あれがケイブマンティスです。鎌の攻撃はそこそこ速いのでお気を付け下さい」
「お嬢、ゼフが受けてるうちに魔法で倒しちまえ」
「火魔法はダメですよ。洞窟の中では煙の行き場がありませんから」
「分かりました……」
「何時でも良いですぜ、お嬢様!」
「それでは……『アイスアロー』! っ! 『アイスアロー』!」
お嬢様の放った最初のアイスアローは避けられたが、すぐに放った二発目でケイブマンティスを仕留める事に成功する。
「魔法発動の速さは合格ですが、狙いをもっと正確にするよう心がけて下さい」
「分かりましたわ」
その後、歩き出してから2分ほど経つと、またケイブマンティスが居た。今度は4匹だ。
「どうする? さっきはお嬢がやったから今度はリョウマが、と思っていたが……いきなり4匹はキツいか?」
そう聞かれたのでやってみると答えた。
「気をつけろよ」
その言葉に頷き、腰に下げた2本の短剣を抜いて無属性魔法の『肉体硬化』を発動。ケイブマンティスに駆け寄ると、気づいた1匹がこちらを向いて右手の鎌を振り上げてきた。
俺はその鎌が振り下ろされる前に左足でケイブマンティスの体を支える右前脚を蹴り抜き、折る。するとケイブマンティスはバランスを崩して倒れこむ。地面に倒れたケイブマンティスの頭を右足で踏み潰し、次に向かってきた2匹目へ向かう。
2匹目は左手の鎌を振り上げていたので振り下ろされるタイミングに合わせて反時計回りに体を四分の一回転させギリギリで躱しつつ右手の短剣で関節を切り落とし、体を戻すと同時に逆手で持った左の短剣で首を撥ねた。
その後ろには3匹目。左の短剣を逆手から順手に持ち替え反時計回りに体を回し、右手の短剣で鎌を受け流して接近。左手の短剣で首を撥ねる。
4匹目が左手の鎌を横薙ぎに、俺の首めがけて振るうが、接近する事で先端を躱し右の短剣で鎌を受け、左で関節を切り落とす。次は右手の鎌を横薙ぎにしてきたので、左で受けて右で関節を切り落とす。両手の鎌を失ったケイブマンティスにはもう抗う術は無く、首を撥ねられた。
……特に問題は無いな。短剣にも刃こぼれなどは一切ない。
確実に仕留めた事を確認して、お嬢様達の所に戻る。
「お疲れさん。近接戦も問題ねぇみてぇだな。お嬢、虫系の魔獣はしぶといからリョウマがやったように首を撥ねるか頭を潰すまで絶対に油断すんなよ」
「分かりましたわ」
「用心して硬化の魔法を使ったのも良い判断だ。硬化を使えばケイブマンティスの攻撃なら問題なくなるだろう」
「流石ですわ、リョウマさん」
虫系の魔獣はガナの森に居たグリーンキャタピラーで慣れているからな。あれは弱いがかなり生命力の強い魔獣だった。それをスライムの餌にするため捕まえる生活をしていれば嫌でも慣れる。
ここでの初戦闘を終えた俺達は、再び坑道内を進み続ける。そして十分もすると俺が先頭を歩き、次に続くお嬢様で出会う魔獣と戦うようになっていた。
道中の敵はケイブマンティスのみ。実戦訓練というより単調な駆除作業になっているのでジルさん達には問題ないと判断されたが……進むにつれてケイブマンティスの数が増えてきている。一度に4,5匹まとめて出てくる上に、その間隔が徐々に狭まっている。
これは俺にとっては大したことではない。
「よっ、と」
ケイブマンティスが本当に弱いのだ。
けれど、問題はお嬢様だ。氷魔法で遠くの敵を狙い撃ち、一度に襲い掛かる敵の数を削るか弱らせてくれる。俺としては援護があって楽なのだが、連戦に伴い魔法を連発したからか疲れてきているようだ。魔法を撃つときに感じる魔力も徐々に増えている。
本当に危なくなれば後ろの4人が守るんだろうけど……
「『プレイング・クレイ』」
「!?」
俺を襲うために踏み込んだ足を土魔法で取られ、体勢を崩したケイブマンティスをサクッと仕留め
「一度休憩を入れませんか?」
休憩を提案することにした。
「ほれ、干し肉だ。少し食っとくと気分が楽になるぜ」
「ありがとうございます」
休憩はあっさりと受け入れられた。
坑道の奥、まだ見ぬ敵を警戒しつつではあるが、腰を落ち着けて休みを取る。光は『ライト』で明るく、どこかに繋がる空気穴もあるようで息苦しさなどは感じない。多少湿っぽいが休憩を取るには十分な環境だ。
「大丈夫ですか? お嬢様」
「お気遣いありがとうございます。体力・魔力ともに余裕はありますわ。でもなぜか普段より疲れやすい気がしますわね」
「慣れない場所や環境での戦闘は余計に疲れますからね、良くあることですよ。こういう時間経過の分かりにくい場所だと特に。とにかく慣れるしかないですよ、そのための訓練です。ところでリョウマ君は大丈夫?」
アドバイスをしたカミルさんがこちらを向いたが、俺にとっては慣れ親しんだ環境に近い。
「家がこんな感じだったので」
「ああ、そっか、そうだったね」
納得した様子のカミルさんに続き、今度はヒューズさんが思い出したように口を開く。
「そういやリョウマ、さっきのケイブマンティスを転ばした魔法は何だ? 土魔法だってのは分かったが」
「プレイング・クレイですか? あれは魔力で土や石を一時的に粘土状に変える魔法です」
土砂崩れの時に使ったクリエイト・ブロックと同じく土魔法の『ロック』と『ブレイクロック』の2つを組み合わせ、ブレイクロックで土を崩しつつロックで粒子の繋がりを維持する魔法。そしてまだ魔法がうまく使えない頃に作った土属性のお遊び魔法でもある。名前も適当にプレイング・クレイとつけた。
「まだ『ロック』一回での目的の形にするのが難しくて、手作業で形を作っていたんです。こう、石とかを手に持って魔力をこめながら粘土状にして練って。そしたらそのうちにだんだん慣れて『ロック』も上達していました」
あとこの魔法、粘土状にするための魔力が尽きると材料の状態に戻る。元が土なら土に、石なら石にといった具合に。
だから石をやわらかくして壁の隙間やヒビに詰めて塞いだり、壁の塗り替えにも使える便利な魔法だ。作った当時はそこまで考えてなかったけど。
そう話していたら、お嬢様含む5人に呆れた目を向けられた。
「おいカミル、ジル、どう思うよ。魔法はお前らの担当だろ」
「初級魔法が上手くいかなかったから新しい魔法を作るって、リョウマ君の行動は予想の斜め上に行くなぁ……」
「不可能とは言わないが相当に面倒だぞ。教わるならまだしも、自分で作るくらいなら普通に修練に励んだ方が早いだろうに」
こんな事を言われながら俺はゆったりと休む。
ちなみにスライム達はずっと、後ろで俺達が倒した魔獣を食べている。
地味な働きだが、通路の片付けには非常に役立っていた。




