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レミリーとの時間(前編)

本日、4話同時投稿。

この話は1話目です。

 レミリーさんとの突発的な競争が終わった後、まだ残っていたアンデッドを一通り討伐すると、彼女からの罰ゲーム、もといお願いを聞くことになった。


 その結果……俺は今、テントの中でレミリーさんと同じ布団に入っている。具体的には体の左側を下にして、横を向いた俺の背中側にレミリーさんがしがみつく”抱き枕”状態。身長の問題もあって後頭部には柔らかいものが当たっている。


「一体何故、こんな状態に?」

「それはもちろん、リョウマちゃんが反則負けになったからでしょ。それより、男の子ならもっと喜んでもいいと思うのだけど?」

「レミリーさんが若々しくて美人なのは認めますが、僕の心に喜べるだけの余裕がありません」


 確かにこの状況は、世間一般の男性からすれば羨ましいかもしれない。でも俺は外見こそ小学生でも、中身は40年以上生きたつもりのオッサンだ。そしてその間、母親か仕事上の付き合いくらいしか、女性との関係がなかった人間だ。唐突にこんな状況になっても困る。あと、ないとは思うけどセクハラ疑惑からの訴訟が怖い。


「本当に微動だにしないわね……そこまで固まってたら眠れないでしょ。まぁ、ちょっと話がしたかったからいいんだけど」


 そう言いながら、レミリーさんは俺の頭を撫で始めた。


「話とは? あと、何をしてるんですか……?」

「んー? 昔、弟に良くやっててね、眠れない時にこうするとすぐ寝てたから」

「ああ、なるほど。弟さんがいらしたんですか?」

「故郷に1人ね。尤も、私はだいぶ前に村を飛び出してしまったし、もう長いこと帰ってないから、姉なんて偉そうには言えないんだけど……そうね、楽しい話じゃないけど、そこも含めて子守唄代わりにでも聞いておいて。もちろん質問があれば答えるわよ」


 そして、レミリーさんは語り始める。


「私は今でこそ街で暮らしているけれど、生まれたのはダークエルフだけしかいない村でね……変化のない場所だったの。ほら、リョウマちゃんは昔はこうだった〜って話ばかりするご老人を見たことない?」

「ありますし、わかります」

「人族も歳をとると新しいものを受け入れにくくなるけれど、長命な種族が集まる村だとそれが特に顕著なのよ。人族なら15〜20年も生きれば大人扱いだけど、ダークエルフだと早くとも50歳になってようやく大人。それまでずっと、さらに長く生きた大人に従って変化のない生活を続けるわけだからね……子供が大人になる頃には同じように変化を受け入れられなくなるし、それを疑問にも思わなくなっちゃう。私はそれが嫌でね、成人を待たずに村を飛び出して、冒険者になっちゃった」

「それは、その後が大変だったのでは?」

「全くないと言うと嘘になるけど、田舎から出たばかりの小娘が騙される、みたいなことはなかったわ。だって、()()()()()()()成人前よ? 村を出た時点で30は過ぎていたはずだし、邪なことを考えて近づいてくる奴は返り討ちにできるくらい、実力はあったからね」

「なるほど……」

「むしろ、村を出る時の方が大変だったわ。追手がかかるし山狩りは始まるし、日中は藪の中や洞穴に身を隠して、夜の闇に紛れながら移動して、できるだけ遠くの街に向かったんだから」


 ……大人からしたら、森に迷い込んだ子供を必死に探しているだけだと思うけど、自分の意思で逃げている側の話を聞くと、完全にスニーキングミッションだ。


「冒険者としての活動は順調そのものだったのよ。新しい街に行って、新しい景色を見て、新しい食べ物を味わって、本当に楽しかったわ……“ある時”までは」


 突如、声から感じる雰囲気が変わる。


「私の冒険者生活は順調だったけど、順調すぎたのかもしれない。得意の魔法で魔獣や盗賊をどんどん討伐して、どんどん名前が広まって、気づいたら周囲の嫉妬の的になっていたわ」

「……それで、どう対応したんですか?」

「別に何も。私はそれができるんだもの、しょうがないじゃない、って感じでなにも気にせず活動を続けたわ。言ったでしょ”邪なことを考えて近づいて来た人は返り討ちにした”って。当時の私は尖ってたわね〜」


 レミリーさんの声色は、笑っているようだがどこか陰を感じさせる。


「そんな感じで1人で好きなように活動を続けていたら、だんだんと嫉妬の目はなくなって、代わりに恐怖の目を向けられることが増えて、ついたあだ名が“死影(しえい)の魔女”。

 私が最も得意としている魔法は、光と闇を複合した“影魔法”。対人戦闘や暗殺向きの魔法だし、その特性もあって討伐系の仕事を受けることが多かったからね……“死影の魔女が通った後には、数えきれないほどの死体が転がっている。それは死影の魔女が生き物を殺すことを趣味にしているから。魔獣や盗賊を狙うのは、法に触れずに欲を満たせるからだ”とか、よくない噂がだいぶ広まったわ。

 まぁ、それでも特に気にしなかったんだけど」

「えぇ……それは、だいぶ酷い噂なのでは」

「悪質だとは思うけど、私は昔も今も、別に悪いことをしたとは思ってないし、実際に悪いことなんてしていないもの。むしろ、私は危険を排除してあげているのよ? 文句を言われる筋合いなんてない! って、討伐系の仕事を受ける頻度はむしろ増えたわね」


 メンタルが強い、と簡単に言っていいのだろうか? 反応に困る。


「でも、そのころの活動は楽しくなかったわ。私と組んで仕事をしたがる人はほとんどいないし、依頼主も表面上は取り繕ってるけど、できれば関わり合いになりたくないと思っているのが見え見えなんだもの。

 だから仕事として冒険者はしていても、趣味を探してそっちに時間を割くことが増えて、ダラダラと活動していたわ。でも、私のことが気に入らない人達が我慢できなくなったみたいでね……罠を仕掛けられて殺されかけたんだけど、これが今思い出しても笑えるわ」


 話し方に反して内容が重い……というか殺されかけて笑えるというのは、一体どういうことなんだろうか?


「ああ、笑えるっていうのは、その罠のことね。流石の私も殺されかけたことは笑えないもの」

「なる、ほど? いや、笑える罠というのもよくわかりませんが」

「罠というか、状況と言った方が正確かしら? 話した通り、私は討伐中心で、好き勝手にやっていたの。盗賊も狩りまくったし、闇ギルドも沢山潰した。それらは悪事に手を染めていた貴族の逮捕にもつながったから、恨みも沢山買っていたわけよ。暗殺者を送られたのも一度や二度じゃないんだけど、それで普通にやっても分が悪いって分かったんでしょ。

 ある日、急にギルドに呼び出されて緊急の依頼を、ほとんど強制的に押し付けられたわ。依頼の内容的には、緊急なのも高額報酬も不自然ではなかったし、仕方なく行ってみたらもう本当に、見事に、大勢に待ち伏せされてたの。しかも全裸で」

「……全裸で?」


 自分の耳を疑って、思わず聞き返してしまう。しかし、聞き間違いではなかったらしい。


「馬鹿みたいだと思うけれど、真面目な理由があるのよ。私の得意な影魔法は、その名の通り影を操る魔法で、影を起点とするものが多いの」

「! ()()()にできる影」

「察しの通り、防具の下から攻撃魔法が放たれたら、防具の意味がない。私を相手にするなら、下手な防具なんて弱点を増やすだけだと判断したのね。影魔法を防げる防具や魔法道具もあるけど貴重だし、その時の襲撃は数で押す作戦だったみたいだから、全員分は用意できなかったんでしょう。半端な数があったら、仲間内で揉める原因になるだろうし。

 でも口の中とか鼻の穴とか、狙える場所は沢山あるから、着ていても影響はさほど大きくなかったと思うけどね」


 口の中から攻撃魔法が炸裂するとか、影魔法ってかなりエグいな。体内に直接攻撃魔法を打ち込めるなら、少ない魔力でも与えられるダメージは大きいだろう。対人戦闘や暗殺向きと言われるのも理解できる。


 そんな影魔法に、さっきの競争で使っていた並列詠唱が加われば……


「それで、なんとかその場は切り抜けられたけど、流石に疲れちゃってね。早くその場から離れるべきだとは思ったのに、戦いが終わってからもしばらくは動けなくて……そこで初めて考えちゃったのよ。私、何やってるんだろう? って。

 大勢に恨まれていることに疑問はないけれど、そいつら全員盗賊かその手の人間だもの。討伐されて文句が言える立場の人間じゃないでしょう。お門違いもいいところだわ。……そう思ってたはずなのに、分からなくなっちゃった。

 だって、いい大人が男も女も全員裸で武器だけ持って、口々に誰かの仇だとか叫びながら、決死の覚悟で突撃してくるのよ? 大勢集めて、全員があんなみっともない恰好で、命を捨てて、そこまでして私を殺したかったの? ってね。

 その後は敵の数も多かったから自然と大事になっちゃったし、裏で手を引いていた連中も暴きだして捕まえてあげたけど、冒険者はもうやる気がなくなって、やめちゃった」

「……」


 なんというか、明るく軽い感じの人だと思っていたのに、想像以上に壮絶な人生をおくっていらっしゃる……そんな状況になったら、精神的にまいってしまっても無理はない。笑えたと言っていたのも、いわゆる“乾いた笑い”とか“辛すぎて笑える”とかそういう類の、少なくとも楽しい笑いではないだろう。


 これは、本当にどう反応すればいいのか。失礼だったり、下手な質問で触れられたくない部分を抉るのは憚られる。その辺の配慮が得意な人ならいいのかもしれないが、俺は自信がない。必然的に無言になってしまう。


 そんな俺の感情を察したのか、レミリーさんはふっと笑った。


「心配しなくていいわよ。今も昔も悪いことをしたとは思っていない、って言ったでしょ? 一時的に迷いはしたけれど、本当にそれだけ。ちょうど国から勧誘を受けていた時期だったし、冒険者を辞めて宮廷魔導士になるのもいいと思ってたもの」


 彼女は俺の頭を撫でながら、さらに続ける。


「宮廷魔導士になってからの仕事は、お城の警備や王族の警護、騎士や兵士への指導とか色々。最初はそれなりの反発ややっかみはあったけど、冒険者時代と比べればだいぶ穏やかな生活でお給料は高いし、長く続ければ尊敬もされるようになった。

 あの噂と襲撃がなかったら、きっと私が宮廷魔導士になることはなかったし、宮廷魔導士としての生き方を経験する事もなかったと思う。宮廷魔導士なんてしがらみが多くて、窮屈で、面倒臭そうなこと、村を出たころの私なら絶対に嫌がったもの」


 レミリーさんの中で、過去については折り合いがついている。それなら、俺が何かをいうことはないだろうし、言うべきでもないだろう。


「目標に向かって脇目もふらずにまっすぐ突き進める、それは確かに立派な生き方かもしれない。けど、実行できるのは一握りの人よ。大多数の人間は、そうすんなりとはいかないの。

 躓いたり、転んだり、立ち止まったり。迷って、悩んで、時には脇道にもそれる。そうこうしているうちに、どうにかこうにか元の道に戻ることもあれば、目標そのものが変わることもある。でも、それでいいと私は思うわ。人生なんてそんなものよ」


 ここで彼女はどうしたのか、急に押し黙ってしまう。


「レミリーさん?」

「今の私、すっごく年寄りくさいこと言ってたわ……そもそも自分の昔の話を聞かせるなんて、それこそ年寄りのやることじゃない……」

「えっと、レミリーさんは僕よりも人生経験が豊富ですから、勉強になりますよ?」

「リョウマちゃん、フォローのつもりだろうけど、微妙よ。気遣ってくれてるのが分かるから怒らないけど」


 うん、言いながら思ったけど、失礼になるギリギリだったようだ。サッカーならイエローカード。若干、俺を抱えている腕も締まっている。


「とにかく、私が話したくて話したんだから、リョウマちゃんが気にすることじゃないわ」

「そうですか……ちなみに、なんで話してくれたのかを聞いても?」

「個人的に、ちょっと気になったのよ。ほら、冒険者ギルドで起きたトラブルの話をしてたでしょ?」

「シーバーさんとの試合の後に話しましたね」

「その後の対応について聞いた時に、昔の私を思い出したのよ。私もこんな感じだったな〜って。尤も、リョウマちゃんは私と違って周囲の目を気にする方だと思うし、それを自覚してあえて強気に、遠慮をやめようとしているように見えたけどね」

「あー……図星かもしれません……」


 言われてみれば、そうかもしれない。年末の件以降、それまでと比べてかなりはっちゃけていたけれど、それはまた萎縮しないように、と思っていたからなのか?


「言っておくけど、やめる必要はないわよ。それはリョウマちゃんが、自分なりに考えてそうすると決めたことだろうし、やってみないと分からない事だって沢山あるもの。

 ただ、そのやり方が今後も貴方に合うか、合わないかはわからない。そして、もし合わないと思った時は、無理に続ける必要はない。また他人に合わせる生き方に戻るもよし、新たな道を探ってやり直してもよし……それを、頭の片隅に置いておくといいと思うわ」

「……わかりました。ご教示、ありがとうございます」


 結論だけでなく、自分の経験も含めて語ってくれたのは“俺が似たような状況になった時”のことを考えてのことだろう。そして、強引な手を使ってまで、話を聞かせてくれた。聞き終わってみれば、本当にありがたいという気持ちしかない。


「いつか、そんな経験をした時には、今日を思い出せるようにしておかないといけませんね。内容に差異はあると思いますが、今後も色々あると思いますし」

「他と比べて突出した実力を持つ人は、やっぱり他からの嫉妬を集めてしまう。これはどんな分野でも、人間が集団で生きる以上は避けられないものだから困るのよね。避けようとしたらそれこそ、よっぽど周囲と良好な関係を作ることに心を砕くか、徹底的に他人に合わせるしかないもの」

「ですね」


 やるせなさを感じて、思わず出てしまった溜め息と同時に、体の緊張も抜ける。


「尤も、それも楽じゃないわよね。()()()()()()()


 そんなタイミングでかけられた一言は、完全な不意打ちだった。

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― 新着の感想 ―
リョーマの場合、魔導具か何かで柄媒体作れば フォトンソードあるいはライトセーバーとかできそう。 まぁ、魔力消費がどれくらいになるかわからないけど…
[気になる点] その罠の依頼を押し付けたギルドはどうなったんだろうか? ギルドからしたら、危険な魔物や犯罪集団の討伐を進んで受けてくれる、ビジネスライクな付き合いするだけでギルドもうまく回っただろうに…
[気になる点] ここまでセクハラ表現が少なかったのに 精神年齢は別でも子供相手に性的な加害行動(いっょに寝る)をするなんて
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