レミリーとの勝負
「今日はこのあたりで休もう」
アンデッドの大群を殲滅した俺達は、亡霊の町に向けて再び歩き始めた。しかし、その後も進めば進むほどに、アンデッドと遭遇する頻度が高くなっていく。殲滅のために時間を使ったことも考慮して、今日は予定より1つ手前の野営地に留まることになった。
夜はアンデッドが活発に活動する時間帯だし、そうでなくとも暗くて危ない。無理をする必要もないのだから、妥当な判断だろう。俺以外からも、シーバーさんの提案に異論が出ることはなかった。
「レミリー」
「任せてちょうだい。リョウマちゃん、便利な魔法を見せてあげるわ」
「! よろしくお願いします!」
「じゃあ、いくわよ『ホーリースペース』」
軽い調子の一言から一拍置いて、魔力の放出を感じる。それは、ここまでの道中に見た彼女のどの魔法よりも多く、彼女を中心に淡い光が広がっていく。やがて魔力と光は野営地を通り過ぎ、防衛線の外周まで到達すると、そのまま半球を形成した状態で安定した。
光のドームの中は、レミリーさんの魔力が充満している影響か、先ほどまでよりも空気が綺麗になった気がする。
「これが光属性の中級魔法“ホーリースペース”。この魔法を使えば、一時的にアンデッド系の魔獣が入れない領域が作れるわ。ゾンビやスケルトン、あとはレイスくらいなら触れただけで消滅するから、こういう場所での野営や休憩に使う魔法ね。
注意すべき点は、効果のある時間と範囲は腕前次第で変わること。あと、アンデッド系でも強い魔獣だと消滅させられず、無理矢理入ってくる事もあるわ。その場合も弱体化はさせられるけど、魔力が急速に消耗してしまうから、放っておくとホーリースペースの効果がなくなるわね。だから、もし強力なアンデッドがいたらすぐに対処すること。そして、この魔法に頼りすぎないこと。なるべく安全な場所を作って野営をするに越したことはないわ。
具体的な練習方法だけど……リョウマちゃんはとりあえず、見様見真似でやってみなさい。初めは自分1人が横になれるくらいの範囲でいいから」
そう言われたので、俺もやってみる。光魔法の魔力を使い、結界魔法の要領で範囲を決め、その中に光属性の魔力を充満させるイメージを固めて呪文を唱えた。
「『ホーリースペース』」
イメージ通りに魔法は発動したが、結界魔法より扱いが難しい。何というか……普通の結界魔法を壁、中に充満する魔力を水に例えると、この魔法は布のようだ。壁は水を通さずにその場に保っていられるけれど、布だと水が染み出して行く、そんな感覚がある。発動中に気を抜いていたら、中に充満している魔力は一気に抜けていただろう。とりあえず成功したとは思うけど、
「レミリーさん、どうでしょうか?」
俺が聞くと、レミリーさんはどこか困った様子。
「まだ粗はあるけど、成功してるわ。ホーリースペース習得おめでとう。楽なのはいいけど、教えてるって感じがしないのよね……一応、これって中級の光魔法の中では、一番制御が難しいって言われてる魔法なんだけど」
「僕は結界魔法も少し使えますから、その感覚でやってみたらいけました」
「結界魔法も光魔法も魔法、魔力を使って自らの求める現象を引き起こす、って意味では同じものだからね。用途や目的が近ければ、効果や使い方も似通ったものにもなりやすいわ。
そもそも魔法の分類は、人類が魔法という技術の伝承のために“結界魔法とはこういうもの”、“光魔法とはこういうもの”と定義を決めただけ。少しでも教える側は伝えやすく、教わる側にも分かりやすくするための工夫だから、あまり拘らなくていいわ。リョウマちゃんは特にそういうタイプだと思うし」
この世界に来てから、魔法の便利さと自由度の高さは常々感じていたので、どの魔法も“魔力を扱うという点では同じ”という言葉はしっくりきた。
「さて、とりあえずホーリースペースの説明と練習はできたし、野営の準備をしましょうか」
「アンデッドは防げても、野ざらしでは休むに休めんからのぅ」
「そうですね」
では、まずはテントの用意から……と考えていると、シーバーさんから声がかかる。
「リョウマ、野営の準備はこちらでやるので、土魔法で周囲に壁を作ってもらえるか? レミリーのホーリースペースがあるとはいえ、いざというときに備えて障害物があるとありがたい」
「これまでのこともありますからね……もちろん、問題ありません。大きさはどうしましょうか」
「横は両手を広げた程度、高さは大人の腰から胸下あたりを目安に頼む。それ以上だと死角が大きく、魔法を撃とうにも射線が通りにくくなってしまうからな。完全に通さないのではなく、接近の妨害、移動経路を限定できればいい」
「わかりました。ちょうどいいスライム達がいますから、そのくらいならすぐにできますよ」
「私達も野営の準備が終わりしだい手伝う、無理はしなくていいぞ」
とは言われたものの、シーバーさんの要求している障害物は簡易的なものだと思うので、本当にすぐにできると思う。
まずはディメンションホームからストーン、スパイダー、ワイヤー、スティング、メタル、アイアンの6種類を呼び出す。その中から今では万を超えているストーンスライム達を、周囲の適当な岩壁までつれて行き、壁の一部を土魔法で砕いて“石“と呼べる大きさにしておく。
「これを食べて大きくなってくれるかな」
声をかけると、一斉にできたばかりの石の山に群がり、動いていなければどちらがどちらかわからない状態になった。ここはこのまましばらく放っておいて、野営地へと戻る。
ストーンスライムはその名の通り、石の体を持つスライム。彼らも他種のスライムと同様に、食事で得た養分を使って分裂するけれど、この分裂をしないように指示することで、指でつまめる小石程度の大きさから、手のひら以上の“大きな石“程度まで大きくなれることがわかっている。
この特性を利用して、彼らにはできるだけ大きな石になってもらう。その後、指定の位置に積み上がってくれるよう指示を出せば、それだけで石垣ができる。石垣は古来から、防衛拠点である城造りなどにも使われていた。そこまで立派なものではないけれど、今回の目的を考えれば十分だろう。
ストーンスライムの石垣だけでも陣地を作るには役立つけれど、さらにもう一工夫。
石垣はシーバーさんが指定した大きさを1つの塊として、間に人間1人から2人ほどの隙間を開けながら、野営地を二重円で囲うように配置する予定。この時、外側と内側の石垣が互い違いになるようにする。こうして大体の位置を決めたら、隙間となる場所に土魔法で穴を掘り、棒状に変形した金属系スライム2種を並べて立てていく。
「用意のできた順に、あとはよろしく」
待機していたスパイダー、ワイヤー、スティング達が一斉に動き始めた。
スパイダーが俺の設置した金属型スライムに登り、糸をかけて巣を作る。次にワイヤースライムがスパイダーの補助を受けながら、伸ばした体で金属系スライムの柱の間に螺旋を描いた。そんなワイヤースライムに、スティングスライムが生み出した毒針を取り付けていけば……あっという間に“有刺鉄線”と“鉄条網”のようなものが完成!
残念ながら、生き物でないアンデッドに毒の効果は期待できないけれど、接触して服や肉に食い込めば邪魔はできるだろう。それ以上に有刺鉄線そのものがスライムなので、契約している俺には、アンデッドが接触すればその位置と数をすぐに把握できる。防衛する上でとても有用だ。
こうして俺とスライム達が協力し、防衛線の構築を進めたところ……元々、中心となる野営地がテント2つと焚き火のみだったこともあり、30分とかからずに作業は9割終了。あとは不備がないかを確認、微調整して……と、
「シーバーさん、いかがでしょうか?」
「期待以上だ。我々の手伝いは必要なかったな」
「しばらく見てたけど、ひとりでに積み上がる石垣は便利ね。微調整や作り直しも楽みたいだし」
こちらを見ていたシーバーさんとレミリーさんに確認を取ると、十分だと言っていただけた。どうやらテントの設営と焚き火の準備は先に終わっていたようで、彼女の後ろには湯気が立ち上るコップをお盆に載せたセバスさんと、焚き火の番をしているラインバッハ様の姿も見える。
「お疲れ様でした。よろしければお茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
「リョウマ君、こちらに座るといい」
ラインバッハ様の手招きに従って、焚き火の前に置かれた椅子の1つに座る。同じようにシーバーさんとレミリーさん、最後にセバスさんも空いている椅子に座り、皆で焚き火を囲んだ。
動いている時はあまり感じなかったけれど、渓谷の風は強く、冷たい。じっとしていると冷えてくる体を、焚き火とお茶が暖めてくれる。
「なんだか、ようやく一息つけた気がします」
「今のうちに、ゆっくり休むとしよう」
ラインバッハ様の言葉に、俺達は満場一致で賛成。早めに夕食を取り、会話に花を咲かせて、肉体的・精神的な疲労の回復に努める。そして、やがて日が暮れると……
「予想的中か……別に外れてくれても構わないのに」
活動が活発になったアンデッド達が、闇の中から姿を現した。これまでにも見たスケルトンやゾンビはもちろんのこと、今は空に人魂のような“ウィスプ”や半透明の人型をした“レイス”が、蛍光灯に群がる蛾のように周囲を飛び回っている。
アンデッドの数は1体、また1体と増え続けているけれど、ホーリースペースに使われている光属性の魔力を嫌ってか、今のところ防衛線より内側に入ってくる様子はない。ただ、このままだとリスクがあるし、精神衛生上よくないので適宜討伐する必要がある。
「来てしまったものは仕方がないわよ。さっさと終わらせてしまいましょう」
「そうですね」
食事の間に話し合った結果、まずは光魔法を使う俺とレミリーさんがアンデッドを一掃することになった。その代わり、見張りは後で、まとまった睡眠が取れる。よっぽどのことがなければ今日の仕事はこれで終わりだ、頑張ろう。
「そうだ、せっかくだから競争しましょうか」
「討伐でですか?」
「どうせやるなら、少しでもやる気が出るほうがいいでしょう。どっちが多く倒せるかを競って、負けた方が1つ、勝った方のお願いを聞くってことで、どうかしら?」
「無茶がないなら……いや、よく考えたら“魔法対決”だと僕が圧倒的に不利では? 知識とか、経験とか」
「なら、お互いにライトボールのみで討伐するのはどうかしら? それなら使う魔法や知識、錬度においても大きな差は出ないと思うわ。あとは時間制限も設けましょうか。魔力が尽きるまでだとリョウマちゃんが有利だし、撃つ回数を決めると実戦経験が長い私の方が有利かもしれないし」
「それなら確かに、どちらが有利すぎるということもない、かも?」
「納得した? じゃあそういう事で、セバスちゃん達は審判と倒したアンデッドを数えてね!」
「かしこまりました」
「仕方ないのぅ、付き合うとするか」
「では、私がリョウマの方を数えよう」
こうして俺は、若干強引なレミリーさんと魔法対決をする事になった。ホーリースペースの左右に分かれて、アンデッドと相対する。
「準備はよろしいですね?」
「はい、問題ありません」
「OKよ」
「制限時間は10分。それでは、開始!」
合図と同時に、俺は目の前にいたスケルトンの頭を狙う。
「『ライトボール』」
放ったライトボールは真っ直ぐに打ち出され、狙い通りにスケルトンの頭部を消滅させ、さらに射線上にいたもう1体の体を貫いて消えた。アンデッドが密集しているところを狙えば、一度に数匹倒せるだろう。しかし……
「『ライトボール』」
「っ!? 何ですかそれは!?」
背後から伸びた影から、光源がやけに多いと気づいて見てみれば、なんとレミリーさんは1回の呪文で10個の光の玉を生み出していた。しかも、その1つ1つが正確にアンデッドの頭を撃ち抜いて仕留めている。
「これは“並列詠唱”っていう技でね、同じ魔法を複数分、一度に発動させる事が出来るのよ『ライトボール』訓練は必要だけどね『ライトボール』」
説明をしながらも攻撃は止めないレミリーさん。そして彼女は説明が終わると、勝ち誇った様な微笑を見せてきた。そして俺は気づく。
「まさかライトボール限定で撃つ回数制限無しのルールはこのために」
「今更気付いても遅いわよー『ライトボール』」
「大人気ない!?」
こうなったら俺も並列詠唱で対抗するしかない! 余裕の表れかレミリーさんがやり方を教えてくれたし……
「『ライトボール』……『ライトボール』『ライトボール』」
そう思ってやってみたが、これは難しい。光の玉を複数生み出す事は一度目からできたけど、5個が限界。それ以上になると発射まで維持できない。さらに、維持はできてもその全てを別々に動かす事ができないので、結果として5個の光球が1点に集中してしまう。これでは意味がないどころか、魔力を無駄に使うだけだ。
光球を2つに減らして、なんとか別々の方向に飛ばすも狙いが甘い。片方は敵を仕留めきれず、もう片方は外れてしまった。右手と左手で別の図形を書いてる様な感じ。これは今すぐにできる事じゃなさそうだ。
仕方がないので、普通のライトボールをできる限り早く、確実に撃ってアンデッドを仕留めて行く。しかし、向こうが1回で10発放つ間に俺は2、3発しか撃てないのでは、討伐数がどんどん開いていくばかり。
……無い物ねだりをしても仕方ないが、広範囲を一掃出来ると便利だよなぁ……何か方法は無いだろうか?
考え事しながらでも、1発1発を正確に撃つだけなら問題はない。アンデッドがホーリースペースの中に入ろうとしないから安全だし、一応最低限の警戒はしてるつもりだけどこうなると何て言うか……ぶっちゃけ前世のゲーセンにあったゾンビを撃つゲームをやってる感じがしてくる。それもゾンビが攻撃してこないから超イージーモード。
……そういやこの世界に来てから、当たり前だけどゲームやってないな。今頃あのシリーズどうなってるんだろう? 一時期ハマったよなぁ……場面に合わせた弾の選択とか重要だったっけ? 下手の横好きだから上手くも詳しくもないけど、爆発する弾とかマシンガンとかショットガンとか……
だんだん考えが逸れていたが、ここで気づいた。魔法はイメージ、ライトボールを改良して弾を再現すれば良いんじゃないか? と。
早速改良を試みる……爆発する弾はよく分からんし、マシンガンは一気に魔力持ってかれそうだから、ショットガンが妥当な所だろうか? ショットガンの弾は散弾で、打ち出されたら内部の小さな弾がばらまかれる筈だよな……だったら撃ちだしたライトボールが小さな弾になって拡散していくイメージで……
「『ライトボール』」
俺が散弾のイメージで放ったライトボールはイメージ通りに拡散したが、目の前のゾンビ達に与えたダメージは少なく、傷は負わせたが一匹も倒せなかった。どうも拡散させ過ぎたせいで1発の威力が落ちたようだ。
なら、通常のライトボールの10倍の魔力を込めて放つ。すると今度は先頭のゾンビから4m位の扇状の範囲に居たアンデッドだけでなく、空中にいるレイスまで消し飛ばした。10倍も魔力は要らないな。それに、拡散範囲も広すぎて無駄が多そうだ。
「え、ちょっ、何よそれ!?」
「ライトボールでーす! 撃ち方を工夫してるだけでーす!」
レミリーさんも並列詠唱という工夫をしているわけだし、撃っているのはライトボールなのだから、これも問題ないだろう。審判のセバスさんも何も言ってこないし、レミリーさんも文句は言わずにペースを上げた。こちらも集中だ。
魔力は十分にあるけど、今度は範囲を絞る事を意識して、代わりに魔力を半分の5倍に落とす。……確か、ショットガンの弾は中の弾の大きさの違いで何種類もあったはず。ばらまかれる弾の1つ1つに、ホーリースペースの要領で均等に魔力を配分するイメージ……使用する魔力を50分割して放つ感じで。
「『ライトボール』……くっ」
いかん、魔力のコントロールがかなり難しい。今度は飛び散る弾の魔力が、当たる前に霧散した。その結果目の前の2匹を倒すだけで精一杯だったようだ。もう一度、魔力のコントロールに集中し、数を稼ぐと同時に練習をする。
「あと10秒、9、8、7、6……」
集中していると、あっという間にセバスさんのカウントダウンが始まってしまった。せめて最後にもう一発、ライトボールと差別化、イメージを更に固めて……放つ!!
「『ライトショット』」
より強くイメージを固めた最後の1発は、先頭から3m程の範囲に居たアンデッドを穴だらけにして、綺麗に消滅させた。威力は10倍ほどではないが、魔力の消費が最初の半分ほどに抑えられた事を考えると悪くない結果だろう。
できるだけのことをやった……そんな満足感を覚えたところで、
「そこまで!!」
セバスさんから終了の合図が出た。結果が気になり、セバスさんの方を見る。すると、彼はなにやら渋い顔をしている。どうしたのだろうか?
「……リョウマ様、最後になんと仰いましたか?」
「最後? 普通にライト――」
あれ? 今、もしかして俺、ライトショットって言った? 最後の最後でやらかした?
「残念ですが、魔法名の変更により、最後の魔法はライトボールと異なる魔法と判断します。よって勝者はレミリー様となります」
「リョウマちゃん、変なところで抜けてるのね。でも、勝ちは勝ちね!」
レミリーさんの浮かべている妙な笑顔を見ると、なんだか嫌な予感がする。一体俺は、何を要求されるのだろうか……?




