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殲滅完了

本日、2話同時投稿。

この話は2話目です。

「ううむ、まだ多いのぅ」


 崖下を覗き込んでみれば、ラインバッハ様の言葉通り、崖下のアンデッドは明らかに減っていた。しかし、元の数が多すぎたので“減っている”と言っても、ざっと見てまだ数百体は残っているだろう。


 残ったアンデッドは動きがより鈍く、再生が止まっている個体もいるので、弱っていることは間違いない。だが、すでに火勢は衰えつつあり、総数が減ったために動きまわれる空間が十分にある。このままでは延焼もしにくいため、炎の効果は期待できそうにない。


「最初に比べればだいぶマシよ。じっくり地道に、あと気楽に倒していきましょう」

「では、予定通り僕とスライム達で、皆さんの降りる場所を確保しますね」

「よろしく頼む。場所が確保でき次第、我々も加勢する」


 酸欠に関しては風が通っているので大丈夫だと思うけど、煙の対策としてフィルタースライムをマスクのように装着する。あとは念のため、着地予定地に水を撒いておこうか。


「リョウマ様、水でしたら私にお任せください。『ウォーターフォール』」


 セバスさんが一言唱えると、空中にプールでも満たせるであろう量の水が、一筋の滝として一気に流れ落ちた。下ではほんの一瞬、先の炎で焼かれていた岩盤から水蒸気が立ち昇ったけれど、絶えず流れ込む水の勢いに飲まれて消えていく。


「ありがとうございます!」


 一言お礼を伝えて、エンペラースカベンジャースライムに指示を出す。すると、エンペラーは行動で答えてくれた。自身の限界まで体を巨大化し、その体を崖の縁まで伸ばした直後、体を縮めて勢いよくその身を空中に躍らせる。


 巨体を吹き荒ぶ風に震わせながら着地したエンペラーは、まるでゴムボールの動きをスローモーションカメラで撮った映像のように、柔軟な体を利用して衝撃を逃がしている。無事を確認しても、返ってくるのは“元気“という意思のみ。5階建てのビルほどの高さから飛び降りても、全くダメージを負っていない。


「事前に少し聞いてはいたけど、この高さから飛び降りて本当に無事なのね、あのスライム」

「エンペラーは物理耐性が高すぎるくらいですからね。実験のために僕が攻撃をしたことがあるのですが、全く効かないので」


 魔法も物理攻撃よりはマシだけど、そっちも耐性と体積のせいか効きにくい。正直、エンペラーが敵になったら、倒せるかどうかわからない。状況と使い方によっては、かなり危険なスライムになってしまった。


 ……だからこそ、味方であれば心強い。


「おお、アンデッドが次々と飲み込まれていく」

「まるで敵になっておらんな」


 近くにいたアンデッドがエンペラーに反応して近づくが、彼らは触手に絡め取られ、圧倒的な体積で押しつぶされている。おそらく抵抗はしていると思うが、エンペラーの圧倒的体格差と重量を覆すことはできないらしい。


「特に問題ないようですね。分裂しても大丈夫だと思いますが、その前に他のスライムにも降りてもらいましょう」


 先に降りたエンペラーが大きなマットレス状になったことを確認すると、他のスライム達を送り出す。次々と飛び降りるスライム達は、エンペラーをクッションにして下に着地。そんなスライム達に俺も続く。


「では、行ってきます」

「気をつけるんじゃぞ」

「ありがとうございます」


 命綱を解いて、スライム達と同じように俺も崖を飛び降りる。全身で空気の抵抗と冷たさを感じ、耳には轟々という音が届くが、不安はない。


 エンペラーの物理耐性の確認と実験で、高所からの飛び降りは何度も試している。エンペラー、つまり“1万匹のスライム”を使役できるのが俺しかいない、という理由で実用化はできなかったけれど、年末の事件の前、救助方法の1つとして検討したくらいには信頼と経験があるのだ。


 空中で膝を抱えるようにして、お尻からエンペラーに着地すれば、エンペラーの体が優しく落下する俺の体を柔らかく包み込んでくれる。衝撃らしい衝撃を感じることなく、もちろん怪我もしていない。


「大丈夫かー!?」

「問題ありませーん!」


 エンペラースカベンジャーを分離させつつ、断崖絶壁の上からこちらを覗いている4人に手を振って無事を伝える。しかし、まだアンデッドが多数残っているので、あまり長々とは喋っていられない……はずなのだが、周囲ではスライムによる蹂躙が始まっていた。


 たとえば今しがた降りてきた俺に反応して、骨格標本のような“スケルトン”が近づこうとしていた。しかし、横合いから突撃したメタルスライムによって胸部を砕かれ、残った他の部位も崩れ落ちて動かなくなってしまった。

 

 他のメタルやアイアン達も、勢いを付けてジャンプしたかと思えば、空中で槍に変形して敵を串刺しにしたり、投擲武器の“戦輪“のように姿を変えて切り刻んだりと、自分達の体の重さと移動速度、変形能力と数を活かして襲い掛かる。

 

 また、彼らが通り過ぎた後に残る凄惨なバラバラ死体は、地を這うスカベンジャーやアシッドが取り込んで食べていく。どうやら彼らはアンデッドの肉や骨も、通常の動物や魔獣のものと同じように認識しているようで、食事の様子は普段と変わりない。

 

 強いて言えば、まだ再生する力が残っているアンデッドの破片を取り込んだ個体が、若干食べづらそうにしているくらいかな? スパイダーやスティッキースライムも糸や粘着液でアンデッドを転ばせたり、貼り付けたりと援護をしている。

 

 敵の数は多くても状況的には余裕があり、俺や光魔法を得意とするライトスライムの出番がない。やることといえば、周囲を警戒しつつ観察するくらいだ。

 

 ……警戒と経過観察のために注視は続けるけれど、アンデッドの踊り食いはやはり……性質的に仕方ないことかもしれないけど、対アンデッドは戦っても戦わなくても地獄絵図だなぁ……

 

 と、思っていたら、背後に魔力を感じた。空間魔法で皆さんが降りてきたようだ。

 

「この分なら早く終わりそうね」

「リョウマ、上から様子を見ていたが、対岸を向いて右側の方がアンデッドは少ない。そちらを先に我々が排除する」

「了解しました、左を抑えておきます」

「シーバー、気合を入れすぎて空回りをするでないぞ」

「分かっている。気楽に、軽い運動程度に留めるとも」

「レミリー様、お願いできますか?」

「はいはーい、『コーティング・ライト』」

 

 

 周囲に満遍なく広がっていたスライム達を左に集めると、シーバーさんは愛用のハルバードを構え、ラインバッハ様とセバスさんが腰に帯びていた剣を抜く。

 

 ここで目を引いたのは、ラインバッハ様の持つ剣。それは白くて光沢のない、生物の骨を削り出したような、一風変わったバスタードソードだ。しかも、抜かれた直後には刀身が燃え上がり、熱を振り撒く炎の剣と化している。

 

 一方、セバスさんの得物はレイピアと呼ばれる刀身の細い剣。そこにレミリーさんが光魔法をかけたようで、こちらは柔らかく輝く光の剣になっている。昔のSF映画に出て来たライトセイバーのようだ。

 

 そして、2本の剣の威力は傍目から見ても明らかだった。ラインバッハ様がゾンビを切りつければ、その身がいともたやすく両断されるだけでなく、断面を炎が焼くことで再生を阻害し、そのまま全身が焼け落ちる。

 

 セバスさんは武器の性質故か、急所を狙った突きが中心。しかし、その突きを受けたアンデッドの体には刀身以上の大穴が空き、連続攻撃の素早さも相まって、上半身が弾け飛んだように見える。

 

 そんな2人よりも前に出て、大暴れをしているのはシーバーさん。彼も愛用のハルバードに風を纏わせているようで、炎や光と比べて視覚的な変化は乏しいものの、一振りするたびに突風が吹き荒れている。

 

 ハルバードの間合いと風を組み合わせ、シーバーさんが広範囲の敵を一気に蹴散らし、その後からお2人が討ち漏らしを片付けていく。

 

「シーバーさんが強いのは分かってたけど、お2人もすごいなぁ」

「あの2人も正騎士並みの実力はあるから、あのくらいは当然ね。それにラインバッハちゃんの魔法剣、あれはまだ基礎の技だから、技術的にはリョウマちゃんでもできるわよ。むしろ、難易度で言えばリョウマちゃんの無詠唱の方が上じゃないかしら」

「似ていると思いますが、僕の方が難しい?」

「だってあなた、無詠唱で魔法を放つ時、魔法とは別に“魔法から腕を保護するための魔力”を纏っていたでしょう」

「はい。実験中に自分の魔法で自分を傷付けかねないと気づいたので、薄い膜を張ってその上に魔法を乗せる感じでやっています」

「独学で自分の事情を考慮して、結果的に行き着いたんでしょうけど、それ初心者がやることじゃないわよ。魔法剣の基本はもっと単純で、剣に魔法を纏わせるだけ。乱暴に言ってしまえば、火なら“剣を燃やす”だけでいいんだから」

 

 そうなのかと思う反面、そんなことをしたら剣が傷むのではないか? という疑問も浮かぶ。しかし、そんなことはお見通しだったのだろう。

 

「魔法剣を使う人は、最初から使う魔法の属性に強い素材で作った剣を使うの。そうすれば剣への負担は抑えられるし、わざわざ魔力で覆って保護する必要がなくなる。何より、魔法に要求される難易度が下がるでしょ?」

「基礎として学ぶにもちょうどいい、ということですね」

「そういうこと。ちなみにセバスちゃんの剣も理屈は同じで、私が剣に光属性の魔力を纏わせただけよ。自分でやるか、誰かにやってもらうかの違いしかないわ」

「なるほど……僕は単独行動が多いですが、他人の武器に魔力を付与できれば、戦い方の幅が広がりそうですね。他にも同じような魔法はありますか?」

「うーん、味方にかける魔法ということなら無属性の強化魔法、あと結界魔法かしら。でも準備のできる時間と資金があるなら、付与魔法で作られた魔法道具や魔法武器を用意しておく方がいいと思うわ。もちろん覚えておいて損はないけど」

 

 勉強になる……おっと、スライム達の方でアンデッドが渋滞し始めている。

 

「失礼、ちょっとお待ちを」

「手伝いは必要かしら?」

「大丈夫だと思います。一箇所に集まり過ぎているだけなので――」

 

 スライム刀を構えて、刀身に気を集中、圧縮。そして横一文字振り抜けば、放たれた気の刃が空を駆け、スライムの海の中で固まっていた十数体をまとめて両断した。その様子がさながらボウリングのようだと思ったのは、スケルトンが崩れた時の骨の音のせいだろうか?

 

 何はともあれ、アンデッドの集団を突き崩したので、これでまたスライムが吸収しやすくなっただろう。同じようにあと数カ所、アンデッドが固まりつつある場所にも気の刃を飛ばす。これでまたスライム達だけで対処できるようになるだろう。

 

「ほう、そんな技も使えたのか」

 

 目を離している間に右側の殲滅が終わったようで、シーバーさん達が戻ってきた。

 

「最近覚えました」

「それにしては完成度が高いように見えたが」

「僕の店で働いてくれている人の中に気の応用技を使える人が3人もいたので、その人達に教えてもらいました」

 

 3人というのは、スパイ疑惑の確認のために試合をしたユーダムさん、元暗殺者のフェイさん、そして元闘技場のチャンピオンであるオックスさんだ。

 

 ユーダムさんとの試合をきっかけに聞いて回ったところ、それぞれ1つずつ“拳に纏った気を飛ばす技”、“気の刃を伸ばして間合いを変化させる技”、“武器に通常以上の気を集中させて攻撃力を引き上げる技”を教えてもらえた。それらの知識を下地として、年末に戦った剛剣兄弟の技を再現したのが今の技になる。

 

「自分を殺しに来た殺し屋の技まで取り込むとは、貪欲だな」

「興味が出ると、知りたくなってしまう性分なので」

 

 そうだ、スライムの方は問題なさそうだし、さっきの魔法剣について聞いてみよう。そう思い、レミリーさんとの会話内容を簡潔に説明すると、

 

「援護が来ないから何をしておるのかと思ったら、そういうことじゃったか」

「私は最初にセバスちゃんの剣に魔法をかけたし、そもそも援護なんて必要なかったじゃない。それならリョウマちゃんに指導していた方が有意義だし、無駄な魔力を使わないのは魔法使いとしての基本よ、基本」

「別に不満も責めるつもりもないからいいが……それよりリョウマ君、魔法剣が気になるのであれば、少し教えようか? 剣も火属性のものでよければ、こちらでドラゴンの牙を用意するが」

「ドラゴンの牙!? 具体的な価値や希少性はわかりませんが、そんな凄そうなものは」

「従魔にしていれば数年に一度、生え変わりで手に入る。我が家にとってはさほど珍しくない素材じゃよ。素材としては最高級品じゃが、リョウマ君には恩もあるのでな」

「魔法剣に興味はありますが、初心者ですので。あと、普通の剣でも練習はできるので、牙はまたの機会にお願いします」

 

 ドラゴン素材なんてファンタジーかつ、ゲームならラストダンジョン付近にならないと手に入りそうにない素材はちょっと、急すぎて困る。ここでふとスライム刀に目をやると、安心感を覚える。……俺に最も合っているのは、やはりスライム装備なのかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、スライム達の奮闘のおかげで、まともに動けるアンデッドはいなくなっていた。立ち上がることもできず、もしくは立ったまま固められてしまい、あとはただ食べられる時を待つのみ。

 

 そんな状況では俺や大人組が手を出す必要もなく、むしろスライム達を巻き込んでしまいかねないため、彼らを見守るだけになってしまう。

 

 ……安全に殲滅できているのはいいけど、俺ほとんど話してただけだな……


 それからスライム達が勝鬨の声ならぬ、勝鬨の触手を掲げるまでに、さほど時間はかからなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] らん、らんらら、らんらんらん
[良い点] 私が読んだ最初のバージョンと比較して、このセクションへの再訪にさらに詳細と深みがあることが気に入っています. はい、私はあなたの長年の読者の 1 人でした。私の漢字は本当にひどいので、テク…
[一言] 物事に起伏がなく、淡々と進む
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