予想を超える大群
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
時折出てくるアンデッドと戦いながら、歩くこと約2時間。道と呼べるのか怪しく思うほど荒れた道を進み、坂を上り、ある岩山の頂上に着いた。眼下には岩に覆われた台地が雨水により、長い年月をかけて浸食されて生まれた無数の谷が広がっている。
それは雄大な自然の力強さを感じさせる、観光地になっていてもおかしくないくらい素晴らしい景色……だけど、
「地獄絵図だな……」
ここから見下ろせる谷底。それも、俺達がこれから降りて進もうとしているルートに、数え切れないほどのアンデッドが犇いていた。これでは折角の景色が台無しだし、移動にも影響が出るだろう。経験豊富な大人組も、その大群を見て困った顔をしている。
「どうしましょうか、あれ」
「いるのはゾンビとスケルトンみたいだけど、数が多いわね。上位種が混ざっていてもおかしくないわ」
「迂回する方が手っ取り早いとは思うが、見てしまった以上は放置するのも心苦しいのぅ」
「街道までは距離があるが、隣国との通商に影響が出る可能性もある。ここで倒しておくに越したことはない」
「目的はありますが、急ぐ旅ではありません。少し時間をかけても問題はないでしょう」
この国では、アンデッドの“死体が魔獣化したもの”という性質から、討伐には単純に排除するだけでなく“現世に囚われた死者の魂を解放し、神々の御許に送る”という意味があると考えられている。俺達には余裕もあるので、皆さんも討伐していくつもりのようだ。
「僕も討伐していくのがいいと思います。ただ、問題はあの数をどうするかですね。これまで戦ってみた感じだと、僕のスライム達に頼めば対応できそうですが……アンデッドってスライムに食べさせて大丈夫なんでしょうか? 宗教的にも、スライムの健康的にも」
「聖職者とか信心深い人はいい顔をしないかもしれないけど、その程度じゃない? スライムに食べさせるなんて方法を使う人は少ないと思うけど、要は討伐できればいいのよ。それに、供養の一環だからって、私達が余計な危険を背負う必要もないもの。少なくとも私は特に気にしないわ。スライムの健康については知らないけど」
「私も同意見だ。最優先すべきは自分達の身の安全、討伐の成否はその次で、方法についてはさらにその後でいい」
2人の言葉に、ラインバッハ様とセバスさんも同意してくれた。皆さんに忌避感がないのであれば、スライム達にお願いしてもいいだろう。アンデッドを相手にした場合の反応や食べた場合の変化は実験して観察するしかないけれど……とりあえず、腐肉を好むスカベンジャーか、骨を食べるアシッド、あとは光魔法を使えるライトスライムがメインかな。他のスライムもサポートはできる。
「リョウマ様、スライムに対処を任せる前に、まず我々で全体の数を削るというのはいかがでしょうか? 私もアンデッドを食べたスライムがどうなるかは存じ上げませんが、アンデッドが一箇所に集まりすぎると“瘴気”が発生することがあります」
「有害な魔力のことでしたね。確かに実験をするにしても、あの数を一気に食べさせるのはどうかと思いますから、賛成です」
「ならば、わしがやろう。これまで楽をさせてもらったから、魔力にも余裕があるのでな。崖の上から火魔法を叩き込めば延焼もさせられる。それである程度は数を減らせるはずじゃ」
谷底に群れているアンデッドはゾンビとスケルトンのようで、彼らは飛行能力を持たない。ラインバッハ様の提案なら、大群に囲まれる可能性は低いだろう。
「あ、そうだ。ラインバッハ様、アイテムボックスに油と火薬が大量にあるのですが、それも撒きましょうか」
「おお、使っていいなら使おうか。油と火薬があればより延焼させやすく――」
ラインバッハ様が言葉の途中でこちらを向いて、目を丸くしている。いや、他の3人も同じく、俺に疑問の目を向けていた。
「火薬と聞こえたが」
「スライムの体液の研究過程で、火薬のようなものを作れるようになりました。それで少し実験を。その後、昨年末の襲撃に対する罠として少々」
以前、殺し屋の襲撃を受けた時……実は、襲撃される可能性は考慮に入れて、事前に多数の罠を張っていた。疲れと睡眠不足と深夜テンションで、結局使わずに直接対決したけれど、準備の段階では普通の子供らしく逃げるつもりだったのだ。
ただし、逃げるだけではすぐに追ってくるだろうから、足止めのために。あわよくばその罠で襲撃者に大打撃を与えて、行動不能に。そう考えて用意していた罠の中に、油やたまたま実験&試作していた火薬を使ったものがあった。
「結果的に罠は使わなかったので、材料がそのまま残っているんです。アンデッドのことを調べた時に火も有効と聞いていたので、どうせならと持ち込みました」
「ううむ、どこから指摘するべきか」
「普通の子供らしくと言ったが、普通の子供は襲撃対策に火薬を作って罠を仕掛けたりしないと思うぞ。そもそも火薬などという非効率的なもの、よく作り方を知っていたな」
「祖母が博識で、色々な文献を持っていたので」
「そうなのか。作れるだけの知識を持つなら、今更私が言うことでもないかもしれんが、取り扱いには気をつけることだ」
……火薬を作れるようになり、調べてわかったことだが、この世界では火薬があまり使われていない。なぜなら、魔法や魔石を用いた魔法道具が存在するから。
同じ重量の火薬と魔石で爆発物を作り比較した場合、魔石の方が威力もあり、製造も管理も容易で安全性が高く、低コスト。さらに魔石は家庭用の調理器具や暖房などにも使えるので、用途の幅が広くて便利。
だから火薬は完全に魔石の下位互換。存在はしていても知名度は低く、知っている人にもあまり役に立たないものと思われている。……尤も、そのおかげで火薬に対する法規制は驚くほどに緩いので、他人を巻き込む事故を起こさなければ、勝手に製造実験をしても咎められることはない。
しかし、法に則り危険物を取り締まる側だったシーバーさんは思うところがあるか……と思ったらあっさり見逃された。専門家でもなければ知らないし、作れない状態だからかもしれないけれど、本当に評価が低いのだろう。
まあ、別に"火薬の価値を世に知らしめて、魔石よりも火薬を広めよう!”なんて考えは微塵も持っていないし、むしろ広めないようにさっさと在庫を処分したかったので、その方が都合がいいのだけれど。
「では、そうじゃな……あのあたりから魔法を撃とう」
ラインバッハ様が指し示したのは、アンデッドで混雑した谷の一部。そこには切り立った崖と、だいぶ前に切れて落ちたのだろう、朽ち果てた吊り橋の残骸が見える。
異論はないので、そのまま吊り橋に向かう道中で聞いたところ、その橋はかつて“希望の橋"と呼ばれていたそうだ。
「この先にあった刑務所に送られる罪人は、無期懲役か死罪が確定した重罪人。しかも刑務所が運営されていた当時は規定に則った刑罰だけでなく、看守の鬱憤の発散や嗜虐心を満たすためだけの暴行や虐待、無意味な拷問が常態化していた。法に触れる人体実験をしていたという噂もあったようでな……」
「早い話が自殺の名所だったの。自殺じゃなくて、護送していた兵士が遊びで突き落とすこともあったらしいけどね。そういうことがあった場所にはアンデッドが生まれやすいし集まりやすいのよ」
「希望とはそういう意味ですか。皮肉ですね……」
「残念なことですが、人間は綺麗な面だけではありませんので」
「せめて目に付いたアンデッドは、我々の手で魂を解放してやるとしよう」
シーバーさんの言葉に頷くと、目印の橋の跡は既に目前。かつては整備されていたのだろう、橋の付近は障害物もなく開けていたので、崖から離れた位置に荷物を置き、準備開始。
まずは周囲の安全を確保し、落下防止に土魔法とロープ、ワイヤースライムで命綱を設置する。このほぼ断崖絶壁の厳密な高さはわからないけれど、少なくともビルの5階くらいはあるので、落下防止策は用意しておくべきだろう。
そうして安全を確保したら、アイテムボックスから取り出した油入りの樽を、テンポよく崖の縁の近くに並べていく。すると、手の空いている大人組が崖下に投げ込んでくれた。
ここで少し驚いたのは、全員が樽を押したり転がすのではなく、抱えて投げ込んでいること。樽は元々ワインが詰まっていた大樽で、決して小さくはない。そこになみなみと油が入っているので、かなり重いはず。
気や魔力で肉体を強化しているのだろうけど、外見がそれなりに高齢、もしくは若い女性の4人が軽々と持ち上げて投げる姿を見ると、ちょっと意外に感じてしまう。
「ふふっ、私は積極的に接近戦をすることはないけど、この程度はできるわよ。魔法使いでも接近された場合の対処法がないと、実戦では困るどころの話じゃないもの」
「確かにそうかもしれませんが」
健康的ではあるけれど、その細腕でその大樽を、さらに片手で持ち上げてポーズをとられると、まるで合成画像のような違和感がある。これは、まだ前世の感覚が抜け切っていないのだろうか……
「リョウマ様、宮廷魔導師と一口に言いましても、その役割は研究や後進の育成など様々です。そしてレミリー様は、魔獣や盗賊の討伐および戦闘用の魔法研究を主に担当されていました。その実力は、宮廷魔導師の中でも屈指と言えるでしょう」
「宮廷魔導師ならあれくらい誰でもできる、というわけではないんですね」
「左様でございます」
強化魔法も気と同じで、使い続けて錬度が上がればそれだけ魔力の運用が効率化され、効果も高くなる。また、必要に応じて魔力を消費し効果を引き上げることも可能だそうだ。
そんな話をしながら作業をしていると、
「ヴァー、ッ」
「ア゛……」
投げ落とすたびに樽が壊れる音とアンデッドの悲鳴、もしくは潰れる音が峡谷に響き渡る。日中の光を避けるためか、アンデッドの群れにはほとんど隙間がないので、どこに投げても1回につき最低でも2,3体は巻き込まれているようだ。
「リョウマ君、そのくらいでよかろう」
「もういいんですか? まだ油だけで、在庫の半分程度ですが」
「大樽で30も投げれば十分じゃろう」
「むしろ、あれでまだ半分なのか」
「スライムと魔法があれば、植物油の原料は大量に作れますから」
油はもういいとのことなので、ディメンションホームからスライム達を出しておく。とりあえずエンペラースカベンジャースライム1匹と、ビッグアシッドスライム1匹。戦闘の補助にはメタルとアイアン、あとはスパイダースライムを各50匹くらいで十分だろう。
「スライムの準備もよさそうじゃな。では始めよう」
準備が整ったことを確認したラインバッハ様は、崖下に投げ落とした樽を狙ってファイヤーボールを連射した。火球はまっすぐ、誰かに阻まれることもなく、狙い通りに着弾して炎上。瞬く間に勢いを増して壁となった炎は、次々とアンデッドを飲み込んでいく。
アンデッドも逃げようとはしている様子。しかし、炎の勢いと範囲に元々の動きの遅さ、さらに混雑もしているので、ほとんど動けていない。
崖の間を吹き抜ける風がさらに炎を煽り、生まれた黒煙が視界を悪くしては、再び風で視界が開ける。その合間に覗く業火に焼かれながら、無数の死体と人骨が苦しみ悶えるように蠢く光景は、まさに焦熱地獄だ。
「……ねぇ、ラインバッハちゃん。今のってただのファイヤーボールよね? 燃え広がるのが早くない?」
「うむ……いくら油を撒いたとはいえ、水分を含んだ死体が炎上するにはもう少し時間がかかると思うが」
「あの油は罠に使う予定だったので、増粘剤としてスティッキースライムの粘着液が混ぜてあります。ただの油より服や皮膚に付着しやすく取れにくいので、そのせいでしょう」
その一工夫のおかげで、料理にも燃料にも使えず、商品にもできなくなった。油を持て余した最大の原因である。
「そのような工夫までしていたのですか」
「対人用の、もはや兵器だな。この分なら討伐も想定より楽になるだろう」
「お役に立てたならよかったです」
しかし、この調子なら、これだけで下のアンデッド全滅もありえるのではないだろうか?
下の惨状を見てそう思ったので聞いてみると、
「それはないだろう。アンデッドはしぶといからな」
「普通の油よりは効果が高いとしても、4分の3くらいが限界じゃないかしら」
「元が数え切れん程だからな、半数倒せるだけでも助かる。残ったアンデッドも短期間に再生を繰り返して弱っているはず、十分に意味はあるじゃろう」
3人の見立てで、そういうものなのかと納得するが……下の火が収まるまで、だいぶ時間が必要そうだ。もちろん、あの大群を正面から相手にするより効率的で安全なのだろうから、文句はないけど。
「そうだ、さっき上から見たときも思いましたが、すごい景色ですよね」
「そういえば、興味深そうに周りを見ていたわね。こういう景色は初めてかしら?」
「山や森には慣れていると思いますが、ここほど広大な渓谷は初めてです。ここができるまで、一体どれくらいの年月をかけたのか、見当もつきません」
「この峡谷は大体1500年位だったはずよ。当時存在したとされる“神の子”が魔法の修行に使っていて、その影響で地形が変わったらしいわ」
「へぇ……あの御伽噺の」
神の子とは、過去の転移者を指す言葉の1つ。彼らの中には、その存在や行動が今に至るまで語り継がれている人がいる。俺がこの世界に来た当初、ガイン達から貰った本にはそう書かれていた。
「脚色、あるいは事実が歪曲している部分は多々あると思うが、その存在は御伽噺ではないぞ? なにせ、魔法の鍛錬の結果としてこの渓谷を作ったのは、過去のこの国の王だ。しっかりと国の歴史書に、その名と逸話が残っているからな。
神の子であった王“マサハル”は生まれながらにして強大な魔力を持ち、とてつもなく強力な魔法を使う男児だった。彼の訓練で使われた魔法は幾度も山を生み出し、地を引き裂き、切り崩し、大雨と波で押し流したという。その結果がこの峡谷だそうだ。
かの王が幼い頃は戦時であり、その力を用いて当時のこの国は、戦線を押し返したとも書かれていたな」
「そうなんですか、初耳です」
転移者の魔法でこんな渓谷ができたというのは、少々信じがたいというか、どんな魔法を使えばこんな場所が作れるのか不思議だ。規模が大きすぎて、俺だとスライム魔法を使っても無理だろう。
1回ではなく何度も使い続ければ可能かもしれないけど、それにしたって相当な時間がかかるはず。いや、それより国王になったのか、その転移者は。……ん? 国王ってことは、王族なわけだから、
「あの、間違いでなければ、そのマサハル王様はエリアのご先祖様ですよね?」
「左様にございます」
やっぱり、ガイン達が前に言ってた魔法無双の転移者か! あまり詳しくは聞いてないけど、彼は転生特典を魔法の一点特化にしたらしい。それならここまで地形を変えてしまうような魔法も。不可能ではないのかもしれない。
まだ見ぬ魔法の可能性と、転移者としての先輩に思いを馳せる。そのうちに崖下の火勢も段々と弱まり、予想外の大群討伐は次の段階へと進む。




