昼食中の雑談
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
「むぅ……この味、香り、まるで街中で作られたようだ。これが保存食とは信じられん。しかもこの短時間、袋ごと茹でるだけで食べられるなら野営にも、行軍にも適している。私の現役時代にこれの存在を知っていれば、確実に騎士団と軍に導入するよう交渉したぞ!」
ゴブリン達の昼食準備が終わり、温められたレトルト食を披露したところ、シーバーさんが特に強く食いついた。
「シーバーちゃん、気持ちはわかるけど興奮しすぎよ」
「しかし、屋外かつこの短時間で、普通の料理が食べられるというのは大きいのぅ」
「こちらのフリーズドライというスープも、湯を注ぐだけでこれです。冒険者もそうですが、軍の糧食としても優秀なのは間違いないかと」
「リョウマ、これの販売予定はあるのか? あれば多少高くとも購入したいのだが」
「気に入っていただけたようで嬉しいのですが、この保存食に関してはジャミール公爵家、現当主のラインハルト様に製法を伝えて、全てお任せしていますので」
「むぅ……そうか……確かに、これの有用性を考えれば、貴族でない個人では抱えきれんだろう」
「後ろ盾がなかったら、馬鹿な貴族が狙ってくること間違いなしだもの。いい判断だと思うわ。あ、こっちも本当に美味しい。
それにしても、スライムって意外と役に立つのね」
そう呟いたレミリーさんは、急に静かになり、何かを考えているようだ。食は進んでいるので、味が気に入らないわけではなさそうだけど、どうしたんだろうか?
「どうしたんじゃ? 急に黙り込んで」
「んー、リョウマちゃんのスライムの話を聞いて、もったいないと思ったのよ。ちょっと前に王都の知り合いから聞いたんだけど、王立魔獣研究所のスライム研究室が閉鎖されるらしくて」
「えっ? そうなんですか?」
王都の魔獣研究所。確か、うちの店で働いてくれているコーキンさんの昔の職場だ。
「なんじゃ、ラインハルトから聞いていなかったのか?」
「王都のことは特に何も……スライム研究室が冷遇されていることは、元研究員の知人から聞いていましたが、閉鎖というのも初耳です」
「なら、ここ数年、魔獣の目撃例や被害が増加傾向にあることを知っているかしら?」
「それも噂程度には」
「過去の記録を遡ると、同じように魔獣が増えて大きな被害を出す時期が何度かあったらしくて、国の上層部は警戒を強めているのよ。戦において重要な物は沢山あるけど、その中に“情報”があるでしょう?
仮想敵が魔獣であれば、魔獣の情報が必要になる。通常とは異なる性質を持つ亜種や新種も増える可能性もあるから、そんな時に頼りにされるのが魔獣研究者であり、彼らの集まる“王立魔獣研究所”ってわけ。
これからさらに研究員の仕事は増えていくだろうし、今のうちから優先度の低い研究を打ち切って、研究資金や物資を集中させていくべき。研究所の上層部は、そう判断したらしいわ」
含みのある言い方が引っかかるが、それより気になるのは、スライム研究員の処遇。
「スライム研究室にいた人は、どうなるのでしょうか?」
「心配せずとも大丈夫じゃよ。解雇される研究員の内、希望者は全員ジャミール公爵家が預かり、面倒を見ることになっている」
「そうなんですか!?」
「はい。閉鎖の決定前に、国王陛下から直接打診があったそうです。諸々の手配に少々私も関わりましたが、旦那様は“研究員には公爵領でもスライムの研究を任せる”と仰っていたので、我々はリョウマ様の下につけるものだとばかり」
「スライム研究を――」
セバスさんの言葉を聞いて、1つだけ心当たりが思い浮かんだ。
それは、俺が技師に就任した後、今後についての打ち合わせをした時に出た話。ラインハルトさんは俺が使っていた食料生産拠点に興味を持ち、その効果の検証も兼ねて、新しい農村を作ろうかと話していた。
その目的は大きく分けて2つ。1つはスライム農法が1から10まで俺以外にも可能か否か、またその効果などを検証し、客観的な評価を行うための実験場として。もう1つは、できた作物を全て公爵家が直接買い取り、いざという時の備蓄や食糧支援を手厚くするため。
将来的にはレトルトやフリーズドライなど、保存食への加工と工場建設まで視野に入れて検討していることもあり、規模の拡大はほぼ確実。そのため、最初から村づくりと運営は第三者に任せ、俺は直接関わらないという話になっていた。
俺としては損もなく、今後も自由に動けるのであればいいので、了承していたけれど……ラインハルトさんからそんな提案があったのは、国王陛下の打診があったからだったのかもしれない。王族との取引に関係するなら、安易に話せないこともあるだろう。
「費用対効果は気になりますが、この保存食の製法に、救援物資の生産と備蓄を専門とする村があれば心強いのは間違いありませんな」
「その責任者として誰かを矢面に立たせるならば、まだ若いリョウマ君よりも、王都で働いていた研究者の方が、諸々の話は進みやすいか」
「あと考えられるのは、身柄を預かる研究員が、理由はどうあれ“研究所を追い出された人”ってことかしらね。預かりはするけどしばらくは様子見ってことかしら?」
「冷遇されていたことは不憫だと思うが、今の人間性が分からんからな。職を失いかけ、もう後がないと切羽詰まっている者、功を焦った者……そのような状態の連中を、いきなりリョウマに会わせたら、魔が差さないとも限らん」
そう言って、シーバーさんは保存食や野外炊具など、俺の装備へと目を向ける。外の3人も、そして俺もその言葉には納得だ。
「不安がないと言えば嘘になるが、そこを上手くやるのが領主としての腕の見せ所とも言えよう。研究者達にも、仕事とやり直す機会が与えられた。あとは、ラインハルトと彼らの努力次第じゃな」
「そうですね」
スライム農法の利点の1つは、農業を行うに必要不可欠な“農地の確保”が容易なことだ。俺がギムルの街中に拠点を作っていたように、大きめの倉庫を1つか2つ用意すれば、街中でも食糧や保存食の生産に入れる。
公爵家なら信用できる人材も手配しやすいだろうし、何よりこの世界には魔法がある。どこかを一から開拓するとしても、ある程度の生活環境ならさほど時間をかけずに用意できるはずだから、頑張ってほしい。
それとは別に、個人的に気になることがもう1つ。
「ところで……先ほど少し話に出てきた国王陛下はどんな方なのでしょうか? 差し支えなければ、教えていただけると嬉しいのですが」
国王陛下、エリアス・デ・リフォール……俺が知っているのはその名前だけだ。でも、ユーダムさんの件でこちらの情報はある程度伝わっていると思うし、今回の件も無関係ではないかもしれない。こちらに関わってきそうなら、少しでも人柄を知っておきたい。
事情を説明すると、レミリーさん以外が口ごもった。
「エリアスちゃんのことなら、心配はいらないと思うわよ? あの子は王族としては破天荒だけど、話は分かる子だから」
「そうなんですか?」
「ああ、それは間違いない。王として厳しい決断もする方だが、非情な人間ではないからな。スライム研究室の不当な扱いも以前からご存知で“いい大人がくだらないことをしおって”と憤っておられた。さらに、王立の研究所に勤める職員は“国の頭脳”と言ってもいい。スライム研究室の人材も、本来は優秀な人材のはず。今回の件は、風通しを良くするための苦肉の策だろう」
「仮に、彼らを解雇せず別の研究室に移したとしても、スライム研究室にいた研究員への扱いが変わるとは限らないからね……隠れて同じ状況が続く可能性があるなら、いっそ切り離して、新しい環境で研究をさせた方が研究員のためにも、国益にもなると考えたのかも」
「その研究が国に利する、価値あるものであれば、公爵家を通して技術や知識の提供を受けることもできますからな。宮廷貴族はあまりいい顔をしませんが、陛下は必要ならば躊躇せず、大胆な決断をされる方ですので」
「陛下がヴェルドゥーレの子息を通じて情報を掴んでいたのなら、リョウマ君のことはまず間違いなく織り込み済みじゃろう。
しかし、リョウマ君が我が家の技師となった以上は、当主であるラインハルトの頭越しに、無茶な命令をすることはあるまい。王族だからと貴族の権利を蔑ろにすれば、己と王家の信用に傷がつく。そのあたりの損得勘定ができない方ではない」
そう言って笑うラインバッハ様。他の皆さんも、レミリーさん以外は多少言葉を選んでいるようだけれど“問題ないだろう”という意見は一致している。なら、大丈夫なのだろう。
「わかりました。では、何かあったら相談させていただくということで」
「あら、意外とあっさりしてるわね。これだけでいいの?」
「気にならないと言えば嘘になりますが、理不尽な方ではないことが分かれば十分かと。年末年始の話が漏れることは想定内ですし、対応は公爵家の皆さんに、納得の上でお任せしていますから、それでいいと思います。そう思えるくらいには、信用していますので」
俺が笑顔でそう答えると、皆さんも笑顔を浮かべる。
そんな穏やかな時間が終わりを告げたのは、遠くの空から聞こえた鳴き声だった。カラスのような高い声が耳に届いたゴブリンは警戒を発し、同じく食事をしていたゴブリン達がざわめき、武器を手に取る者もいる。
「あれは、ハリスクロウの群れね。食事の匂いに誘われたのかしら」
「おそらくな。ああ、まともに相手をする必要はないぞ。あれは数こそ多いが個々の戦力は低く、臆病な魔獣だ。少し脅かしてやれば逃げていく。このようにな」
俺はゴブリン達を鎮めながら、魔法を放てる態勢を整えていた。しかし、それを言葉で制したシーバーさんが『トルネード』と唱えると、彼の手元から強めの風が渦を巻いて空へ伸び、迫ってくる20羽ほどを吹き散らす。さほどダメージは与えていないようだけれど、ハリスクロウの群れは散り散りになって一目散に逃げだした。
「あれは倒そうと思うとそれなりに面倒だからな。この方が早いし魔力も体力も温存できる」
「ありがとうございます、シーバーさん」
「何、この程度ならいくらでも蹴散らそう。儂もまだまだ十分にやれると、昨日気づかせて貰ったからな! はっはっは!」
……シーバーさん、昨日と様子が少し変わったな。
「シーバー、調子に乗って無理をしすぎるでないぞ。気が若返ろうと、確実に歳を取っておるのじゃからな。わしらも昔ほどは動けんし、何かあっても助けられるとは限らん」
「それは分かっているとも。だが、あの程度の魔獣に易々と負けるほどではない、ということだ」
「まったく、調子のいい奴じゃ。大体おぬしは昔から単純で――」
「それを言ったらお前こそ、昔は勢いが――」
明るくなったというか、だいぶ元気になった気がする……と思っていたら、ラインバッハ様と言い合いを始めた。しかし、険悪な雰囲気ではない。セバスさんとレミリーさんは何事もなかったかのように食事に戻っているし、彼らは本当に長い付き合いなのだろう。
歳をとってもそういう付き合いがあることは、ちょっと羨ましいな。




