装備の更新と従魔達 その1
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
冒険者ギルドでの確認が終わり、日の落ちた街を歩いて宿に戻ると、そこからは明日からの探索に向けて、各々準備を行う事になった。
俺は貴族用の部屋に併設されている“従者用の部屋”に泊めていただくことになったので、ラインバッハ様と部屋に戻る。そしてラインバッハ様は着ていた上着をセバスさんに渡すと、ソファーに腰を下ろしながら、声をかけてきた。
「色々あったが、何事もなくてよかったのぅ」
「そうですね。おかげさまでギルドでの話も早く終わりましたし、ギルドカードも安心して使えます」
公爵家の先代当主であるラインバッハ様に、元騎士団長のシーバーさん、さらに元宮廷魔導師のレミリーさん。おそらく1人でもVIP待遇を受けられるような方が、3人も同行してくれたので当然なのかもしれないが……先日のギルドとはまるで違う、とても丁寧な扱いを受けた。
あれはあれで、ちょっと居心地が悪かったけれど、おかげでギルドカードの確認は二つ返事でやってもらえた。ちなみに結果は、特に問題なし。ちゃんとCランクのギルドカードになっているし、変な記載や仕掛けもなかったそうだ。
「この程度のことなら、言ってくれればいつでも力になろう。試合の前にも話したが、リョウマ君には大きな恩がある。それはこの程度で“返せた”とは到底思えんし、それとは別に礼もしたい」
「年末の件とは別に、ですか?」
「うむ、シーバーと試合をしてくれてありがとう。実は、あやつはもう長いこと気を病んでおっての……加齢による影響は勿論あると思うが、それ以上に書類仕事中心の鬱屈とした日々が合わなかったのだろう。前線に出る機会があった頃はまだ良かったんじゃが、騎士団長就任以来、特にここ数年は会うたびに弱っているように見えた。
しかし、リョウマ君が相手になってくれたおかげじゃろう。全盛期ほどではないにしても、だいぶ昔の覇気が戻っておったわ。まさかギルドに立ち寄ったついでに、冒険者になるとは思わなかったがな……まったく、あやつはやることが極端というか、思い切りがいいというか」
「そうですね……あれは僕もちょっと驚きました」
シーバーさんが元気になったのはいいことだけれど、そのまま冒険者になると言い出すとは俺も、そして友人である皆さんも、誰一人として考えていなかったのだ。
あまりに急な話だったので、冒険者ではなく騎士団に復職してはどうか? という話も出たのだけれど……シーバーさんが言うには“周囲の反対を押し切り、自ら職を辞した以上、今になって復職させて欲しいというのは身勝手だ。既に後任への引継ぎは終えているので、仮に戻れたとしても騎士団を中心に関係各所を混乱させ、振り回すことは必至。それに、今の私が全盛期を過ぎていることは事実なので、今後は冒険者として、人々のために残された力と時間を使おうと思う”とのこと。
騎士団を辞めたときもそうだったのだろう。シーバーさんの意思は固く、俺がギルドカードの確認をしている間に、彼は冒険者登録を済ませていた。ちなみにランクは暫定AランクでSランク昇格がほぼ内定。
本人はFランクからのスタートでもよかったみたいだけれど、騎士団長という経歴に伴う実力や経験を加味すると、これより下にはできないとテレッサのギルドマスターが平身低頭していた。
そもそもギルドに入るや否や、荒くれ者も少なくない冒険者達が道を空けたり、受付やギルドマスターが“登録の手続きをさせていただくだけでも恐れ多い!”という感じだったりと、騎士団長時代のシーバーさんが、どれほどの功績と信頼を積み上げていたのかが、少しだけ垣間見えた気がする。
「お役に立てたのなら、それはいいことですし、僕も自分の未熟を思い知る事が出来ましたから、こちらこそ感謝しています」
「リョウマ君のためにもなったのならば、よかった。じゃが、それはそれ、これはこれじゃ。今後も何か困ったことがあれば、いつでも声をかけてほしい。何でもできるとは言わないが、ある程度のことはできる。そうでなくとも相談にはのれるからのぅ」
「はい、その時は必ず」
俺がそう答えると、ラインバッハ様は満足そうに頷いて、ふと俺の体に目を向けた。
「体調はどうじゃ? 少しとはいえ、試合で血を失ったじゃろう」
「心配なさそうです。すぐにレミリーさんが傷を塞いでくれましたから、少し疲れた程度です。増血剤を飲んで一晩休めば問題ないでしょう」
「それなら湯の用意を頼んでおるから、準備ができたら先に入りなさい。それまでは隣の部屋で休んでいるといい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
ラインバッハ様の微笑みに見送られ、俺は与えられた部屋で体を休める事にした。明日からは予定通り、アンデッドの跋扈する亡霊の街へと向かう。できるだけコンディションを整えておこう。
■ ■ ■
そして、翌日。
朝からラインバッハ様たちと共に街を出て、ひたすら西の峡谷を移動する。
ここ“トレル峡谷”は、長い年月をかけて生まれた自然の迷路。ひたすら西へと進めば国境があるため、そこまでは広くて整備された街道もあるけれど、俺達の目指す“亡霊の街”はテレッサから見て北西。少々方向が異なるために、街道を外れて左右を高い崖に囲まれた、横幅の狭い谷間に入っていく。
目的地までは、直線距離ならさほど遠くはないらしい。しかし、道は分岐が多く複雑で、起伏も激しいそうだ。今のところはただ歩くだけだが、数回、崖をロープで降りる必要もあるという話だし、道の状態によっては迂回の必要もあるので、到着には2日かかる見込み。
幸いなのは、シーバーさんがこの渓谷をよく知っているとのことで、案内役をかって出てくれたこと。この峡谷と亡霊の街は、新人騎士の行軍訓練によく使われているそうで、新人の頃から指導をする立場になるまで、何度も足を運んだことがあるのだとか。
「もうしばらく歩けば、少し広い場所に出るはずだ。昼には少し早いが、そこを越えるとしばらく道が悪くなるので、一度大休止にしよう」
「了解です」
「うむ。ところでリョウマ、今日の装備は昨日とだいぶ違うのだな。見たところ既製品ではないようだ。特注か?」
「はい。実は冒険者の他に副業もありまして、ありがたいことにそちらで稼げているので、趣味と実用を兼ねて、スライムの素材を活用した装備開発を頼んでいるんです」
以前からティガー武具店のダルソンさんを通して、職人さんに依頼していたスライム装備だけれど、今年の春からはそれがさらに強化された。
その理由は、以前の防刃装備に使われていた“スティッキースライムの糸”に加え、取り込んだものを溶かして糸に作り変える“ファイバースライム”や、蜘蛛のように糸で巣を作る“スパイダースライム”。さらにその体を金属製の糸のようにできる“ワイヤースライム”など、材料として使えるスライム糸のバリエーションが増えたことが1つ。
そしてもう1つは、俺が公爵家の技師に就任したことで、これまで個人的に協力をお願いしていた職人さん達が“研究協力者”になってくれたこと。中でも防具を頼んでいた工房の職人さん達は、工房丸ごと専属になってくれた。
理由を聞けば挑戦がしたいとか、若手を多く抱えているのでいい経験になるなど、いろいろあったらしいけれど、やはり一番の理由は“お金”。競合他社が多くて売れ行きが伸びない既製品よりも、金払いの良い俺の専属になった方が、収入が増えると判断したとのこと。
金がすべてとは言わないが、やはり資金力があると、色々と物事がスムーズに進みやすい。
「そういう事情がありまして、生み出された新型が今着ているこの鎧一式です。種類としてはクロースアーマーと呼ばれるものですね。動きやすさを重視して、高強度でありながら柔軟性と伸縮性を兼ね備えている、スパイダースライムの糸を基本にして作られています」
スパイダースライムの糸をベースに使った防具は、それ単体でも作業着として使えるくらい頑丈で、関節の動きを阻害しない。その着心地から俺がイメージしたのは運動用の“ジャージ”。それを職人さんに参考のつもりで伝えたために、外見もほぼそのままだ。
そこへ、さらに防御力を高めるため、要所にはスティッキースライムの糸で織った布を、クッション材と共に重ね合わせた“防刃緩衝材”を仕込んである。実験では魔力や気による強化がなくても、刃物や至近距離からの矢を通さず、ある程度の衝撃も軽減した。
防具としての特性はさほど変わっていないが、性能面は旧型の完全上位互換と言っていいので、個人的にはとても満足している。
「そうか、胸当てを着けていないのは、私が壊してしまったからかと思っていたが」
「むしろ、交換の良い機会でした。貧乏性なのか、旧型がまだ使えるともったいなくて、新型に換えるタイミングが……あっ、今は着ていませんが、必要に応じてこの上から着用できる、ベスト型と上着型の防具も用意してあるんですよ」
それらには金属板、もしくはファイバースライムの能力で作ることができた“ガラス繊維”を硬化液板に混ぜ込んだ“ガラス繊維強化プラスチック”もどきのプレートを入れられる。
フラッフスライムの綿毛を初めとして、思いついた素材を与えて実験したところ、ファイバースライムは植物素材に限らず、金属なども溶かして糸状に成型することが可能だと判明した。目的の物に合わせて素材や時間は必要になるけれど、その特性は今後も幅広く活用できるだろう。
「当然、攻撃を受け続ければ破損はしますが、実験ではCランクの獣系大型魔獣の牙や爪でも、一撃で貫通することはありませんでした」
「あら、軽装でそれなら悪くない性能ね」
ここで、レミリーさんが興味を持ってくれたようだ。
「歩き方を見ていれば、動きやすいのは確かだと分かるし、それって私も注文したら買える?」
「まだ一般販売はしていませんが、可能ですよ。レミリーさんはラインバッハ様のご友人ですし、元宮廷魔道師なら信用も十分でしょう。僕だけだと男性目線の意見しか出せないので、使用感を教えていただけたら助かります。
あ、サンプルとしてこの生地や予備もあるので、休憩のときに確認しますか? そっちは傷つけても構いませんので、いろいろ試しても大丈夫ですよ」
「なら、遠慮なく試させてもらおうかしら。私も冒険者に戻るから、装備を整えないとと思ってたのよ」
「えっ? レミリーさんも冒険者に、いや、戻るってことは元々は冒険者だったんですか?」
「宮廷魔道師になる前に、ちょっとね。シーバーちゃんが冒険者になるって言うし、私も今後の予定は特にないから、しばらくは一緒に活動することにしたの」
「それは、なんというか、凄いことになりそうですね」
元騎士団長と元宮廷魔道師、どちらも国に使えていた実力者だし、2人が組んだら名実共に、国内最高峰のパーティーになるのではないだろうか?
「ん〜、それはどうかしらね? 宮廷魔道師の経歴でAランクにはなれそうだけど、シーバーちゃんはともかく、私はそこまで活動意欲があるわけではないもの。暇つぶしみたいな感じになりそうだし、そもそも長く活動していなかったから、カンも取り戻さないといけないんだけど……」
「それでも、レミリーがいれば助かることは間違いない。性格はともかく、実力は確かだからな」
「と、こう言ってる人もいるし、老人を1人で放り出すのも心配だから、ほどほどにやるわ」
「私が老人なのは認めるが――」
おっ、と……シーバーさんがすべてを言い切る前に、レミリーさんから殺気混じりの鋭い視線が飛んできた。直接向けられているわけではないけど、2人の間に俺がいる関係で、俺まで睨まれた気分になる。
「――う゛んっ、失礼。あー、見えたぞ、あそこで休もう」
わざとらしい咳払いに、露骨な話題の転換をして、シーバーさんは谷間の先へ。そこは隕石が落ちたクレーターのように、綺麗な円形に周囲の崖が削り取られた広場だった。やろうと思えば、ここで運動会もできそう。
「思ったよりも広いですね。人の手もそれなりに入っているみたいですし」
「ここは騎士団の行軍訓練の際、休憩や野営に使われることがあるからな。管理はされていないが、年に数度、数十年間使われていれば、それなりに整ってくる。
そもそも、このトレル峡谷は大昔に大規模な魔法実験場として使われていた場所であり、目的地としている“亡霊の街”は、その後に建てられた牢獄と処刑場の跡地だ。人の手が入っている場所は少なくない」
「なるほど……あっ、皆さん、うちの従魔も出していいでしょうか? 定期的にディメンションホームの外に出したいですし、防具の説明の間に食事の用意もお願いできるので」
「私は構わんよ。魔獣も部屋の中に詰め込まれていては息が詰まるだろう」
シーバーさんの答えに、他3人も異論はないとのことだったので、ディメンションホームを使い、中にいる従魔達に声をかける。外での食事は何度もやっているので、すぐに用意を整えて出てくるはず。そう思って待っていると、まず最初に出てきたのは、エンペラースカベンジャースライム。
「ぬぉっ!?」
「え、何これ……」
「おお、これはまた、前に見たものより随分と大きなスライムじゃな」
「相変わらずですね、リョウマ様」
ラインバッハ様とセバスさんは、俺が大量のスライムと、その集合体であるビッグスライムと契約していることを知っているため、あまり驚かなかった。しかし、シーバーさんとレミリーさんは違った模様。
簡単に、今出てきたエンペラースカベンジャーについて説明すると、
「確かに昨日、大量のスライムを引き連れていたところは見た覚えがあるが、ビッグ、いやエンペラーというのか? 大きさもそうだが、1万匹とは」
「私も人生で始めて見たわよ、こんなの」
「確かに、ビッグスライムは野生でも稀に見られるそうですが、エンペラーは……どうなんでしょうね。よっぽど大量発生でもすれば、ありえるのかな?」
そんなことを考えていると、エンペラースカベンジャーの後ろから、ゾロゾロとゴブリン達が出てきた。彼らは野生ではないと一目でわかる整った服や装備を身につけ、その手には武器や荷物を持ち運んでいる。
俺にとってはなんともない、今となっては普通の光景だけど……ここでなぜか、皆さんがエンペラーとは違った反応を示す。
「どうしました?」
「なんというか、こっちもこっちでちょっと予想の斜め上を行ったわね」
詳しい説明を求めると、代表してラインバッハ様が教えてくれた。
「ゴブリンの群れは階級社会じゃ。群れのリーダーが全てを支配し、集めた食料もまず群れのリーダーから食べ、残りをその下が食べる。そのため、下の者ほど食べ物が少なく痩せ細り、上の者は十分な量を食べるので体格が良く、強くなる傾向がある。だから慣れている者が見れば、ゴブリンの体格からおおよその食糧事情や階級、強さも推測できるのじゃよ。
リョウマ君のゴブリンは大半が、おそらくリョウマ君の下で繁殖した個体じゃろう。全体的に体つきがしっかりしている者が多く、十分な食事をしていることが伺える。比較的痩せ細った個体は、討伐の生き残りではないか?」
「ご明察の通りです。食事量に関しては、人間の一食と変わらないくらい。テイマーギルドで教わった目安と比較しても多いですし、健康と体作りのために栄養剤を与えています」
ゴブリンは食事量によって、数がネズミ算のように増えていき、さらに強い個体も生まれ易くなる。その危険性を考えると、食料を制限して管理するのが安全で、無難ではあるのだろう。
しかし、俺は飼い主として、また作業を手伝ってもらう報酬として、衣食住は十分に与えることにした。ちょうど栄養剤の研究もしていたので、どんな変化があるのか、興味が出たという理由もある。
「そうか、栄養剤……どんなものかは知らんが、そこのホブゴブリンは、肉体的にはゴブリンナイトと同等じゃろう。率直に聞くが、命令に反抗して暴れたりはせんか?」
「何度か反抗されました」
最初の反抗は、初めての出産の一週間後。増えたゴブリン達があっという間に成体になり、徒党を組んで我侭になった。最初に捕獲した8匹の親は俺に従っていたけれど、ゴブリンの繁殖力と成長速度が災いして、人数的にも戦力的にも多勢に無勢。
そのため、
「親ゴブリンだけでは抑えきれそうになかったので、わざと隙を見せて襲い掛かってきたところを返り討ちにして、言うことを聞かせました。今は階級社会の一番上に僕がいる状態です」
「そういえば、以前に大規模なゴブリンの巣の殲滅に参加しておったな。それにシーバーと対等に戦えるなら、生まれて間もないゴブリンに遅れはとらんか。力を示して、従えていると」
「はい。その証拠になるかは分かりませんが――」
ゾロゾロと出てきているゴブリン達は、俺と一緒にいる皆さんのことが気になっているようで、こちらをチラチラ、個体によってはジロジロと見てくる。そこで、従魔術で全体に一言“絶対に手を出すな”と釘を刺しておく。
その途端、
「ゴブッ!」
「ギギッ!」
ゴブリン達は一斉に理解したのだろう。俺に向かって頷きや敬礼など、各々返事をするようなしぐさを見せてから、昼食準備に専念する。彼らの言葉は分からないが、態度はとても分かりやすいのだ。
「――この通りです」
「なるほど、しっかりと手綱は握れておるようじゃな」
「はい。以前の件とその反抗で、ゴブリンの繁殖速度とその危険性はこの目で見たので、注意はしています」
「そうか……どうやら、いらぬ節介だったようじゃの」
「万が一がないように、そう言ってくださるのは本当にありがたいことですよ」
俺は腕に自信と過去の経験があるからいいけれど、同じことを普通の初心者がやったら、おそらく命はないだろうし、逃げたゴブリンが他人に危害を加える可能性もある。テイマーギルド“でゴブリンに餌を与えすぎないように”と注意喚起が行われているのも当然だ。
「そう言ってくれると助かるが、子供らしくないのぅ。まるで大人を相手にしているようじゃ」
困ったような、しかし優しげなラインバッハ様の言葉にどう応えればいいか。返答に困った俺は、昼食の用意を始めているゴブリン達に目を向けた。




