閑話:あるギルドマスターの転落
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
※この話は閑話です。読み飛ばしても問題はありません。
前回の続きから読みたい方は、次の話にどうぞ。
リョウマがラインバッハ達と試合を行った、その日の夜……とある街の冒険者ギルドでは、高年の無愛想な男と鋭い目の男がソファーに座り、比較的若くて神経質そうな男と向かい合っていた。どこか物々しい雰囲気の中、神経質そうな男が口火を切る。
「こんな時間に、ギルドマスターがお2人も連れ立って、なんの御用でしょうか?」
「夜分遅くに押しかけてしまって申し訳ありません。早急に確認しておきたい事があったものでして」
「フェイルド、心当たりがあるだろう? こちらも夜遅くに突然押しかけた自覚はある、さっさと本題に入ろうじゃないか」
「心当たり……ヘンリー殿、チャールズ殿のお2人が直々においでいただくほどのこと? 皆目検討もつきませんね」
少し考えるそぶりを見せた後、さらりと答えた神経質そうな男は、リョウマとトラブルを起こした冒険者ギルド支部のギルドマスター、フェイルドだ。
また、その返答を受けた2人の表情は、対照的に変化した。商業ギルドのヘンリーは、鋭い目のまま薄く笑みを浮かべ、テレッサの冒険者ギルドから飛んできたチャールズは、無愛想を通り越して不快感を隠そうともしない。
「心の内を隠すのがよほど上手いのか、それとも本当に心当たりがないのか」
「フェイルド、俺達は真面目に話をしに来てるんだ、あまり寝ぼけたことを言うなよ。ここにリョウマ・タケバヤシという少年がに来ただろう!」
「ああ、あの少年の事ですか……確かにここには来ましたが、なぜあなた方が? もしや、何か問題を起こしましたか」
その顔は“やっぱりやったか”とでも言いたげで、チャールズは今にも怒鳴り出しそうなほどに顔を赤くしている。2人の間には、明らかな温度差があった。そして、数秒後、一度はこらえようとしたチャールズの怒声が、こらえきれずに室内に響いた。
「この馬鹿者がっ!!」
その一喝に、フェイルドは一瞬だけ身を竦ませるが、即座にチャールズを睨みつける。
「チャールズ殿、感情任せに叫ぶだけでは、ギルドマスターとしての品格が疑われますよ」
「貴様に言われたくないわ! 品格云々を語るなら、まず自分の仕事をきっちりとしてからにしろ!!」
「私は日々、私のやるべき仕事を遂行しています。私が仕事をしていないように言われては、心外というものです」
「この――」
「やはり貴方は、彼に謝罪をしなかったのですね」
フェイルドのまるで悪びれることない様子に、チャールズがさらに激昂しかけた瞬間、ヘンリーが静かに割って入った。
「謝罪とは? 彼に対して、我々は適切な対応をしたにすぎません。何を吹き込まれたかは知りませんが、彼のギルドカードに記録されていた情報には、明らかに不審な点が多くあった。であれば不正を疑い、事情聴取を行うことは、我々が行うべき業務の一部であり、それに応じることは彼が負うべき義務です」
「そこに異を唱えるつもりはありません。商業ギルドも、彼が自ら討伐した魔獣素材、および盗賊からの戦利品を買い取る際には、同様に疑いの目を向けましたからね。
彼には常識外れの高効率で討伐を可能にするだけの能力があったのでしょうが、あれでは疑うなというのも無理がある」
「ご理解いただけているようで、なによりです」
「ですが、彼の説明は筋が通っていました。そして商業ギルドでは、提出された魔獣素材の劣化具合や傷跡などから、彼の話は信憑性が高いと判断しています。その後の追加調査でも、記録のある街に人を送ったところ、彼の話を裏付ける情報が多く確認できました。
以上のことから、いくら彼が疑わしかったにしても、不正と決め付けるには早計だった。もう少しやり方というものがあったのではないか、と考えています。また、“その後にどのような対応をしたか”を教えていただきたい。事と次第によっては、商業ギルドとしても見逃せないことになりかねません」
その言葉を聞いて、フェイルドはうんざりしたようにため息を吐く。
「それでしたら、きちんと対応を行いました。彼の目的は昇級試験でしたから、受験を許可し、合格基準を超える実力を示した後に、昇級させました。また、その際には手間をとらせたことへの謝罪を、受付の職員が伝えたと聞いています」
「それだけですか?」
「それだけ? 十分でしょう。先ほども言いました通り、我々冒険者ギルド職員は、行うべき業務を果たしただけのこと。こちらが必要と判断すれば、冒険者は事情聴取に応じる義務があります。これについては謝罪の必要性はありませんし、我々は毅然とした態度を取らなければなりません」
“自分の仕事をしたまでで、落ち度はない”と繰り返し主張するフェイルドだが、冷静に言葉をかけていたヘンリーの目が急激に、冷めたものに変わっていく。
「なるほど。ああ、誤解がないように言っておきましょう。私は、彼に頼まれたからここに来たわけではありません。内容次第では、貴方の味方になることも考えていました。
各種素材の調達や、他の街へ行き来する商人の護衛など、我々商業ギルドは冒険者ギルドのお世話になる機会が多いですからね。我々は常に影響し合う関係、利益を最大化するためには、相互協力こそが必要だと私は考えています」
「まったくです。でしたら――」
「だからこそ、困るのですよ」
当然とばかりに胸を張っていたフェイルドは、その冷淡な声色に一瞬だけ目を剥いた。
「――何がでしょうか? 私は規則に忠実に、職務を遂行していますが」
「重ねて申し上げますが、私は商業ギルドと冒険者ギルドは協力関係にあり、互いに重要な存在だと考えています。しかし……それも冒険者ギルドに対する“信用”があってのこと。
一方的に決め付けるのではなく、情報の精査と過ちが起きた場合の謝罪をしっかりとしていただきたい。そうでなければ、貴方とギルドの信用はたやすく失われるでしょう」
愕然とした、かと思えば鼻を鳴らすフェイルド。
「つまり、権力に屈して規律を曲げればよかったと? 1つの支部を預かる方の言うこととは思えませんね」
「フェイルド殿、私はそんな話をしていましたか? 私は冒険者への対応と、それによるギルドに対する信用への影響についての話しをしていたはずです。確かに彼には公爵家の後ろ盾があったようですが、それがあろうとなかろうと関係ないのです」
まるで話を理解していない。そう感じたヘンリーが見切りをつけようとした、その時。今度はそれまで話に入らず、黙っていたチャールズが口を挟む。
「ヘンリー殿の言う通りだ。大体、公爵家の権力に屈するなどとんでもない! とでも言いたげだが、屈したのはお前の方ではないか。件のリョウマという少年から、公爵家の名前が出たとたんにコロッと意見を変えて、試験を受けさせたと聞いているぞ」
「私が実力を確認しようと判断した時に、その少年が公爵家の名前を出しただけでしょう。私は忖度などしていませんよ」
「ぬけぬけと……言っておくがな、今日の夕方、その少年がうちのギルドに来たぞ。しかも公爵家の先代当主に、かの有名な先代騎士団長と、あの死影の魔女まで連れて、だ。これがどういう意味か、分からないとは言わないだろうな?」
ここで初めて、フェイルドは困惑を露にする。
「まさか本当に公爵家を、いやそれよりも、公爵家があの程度のことで動いたと?」
「偶然、街で顔を合わせたと話していたが、正直どこまで本当かは分からん。しかし、今挙げた3人が同行していたのは事実だ。少年の実力についても、3人が連名で保証した。だからこそ俺は話が終わってすぐに、緊急時のために確保している空間魔法使いを使ってまで、お前に話を聞きに来たんだ」
そしてチャールズは、リョウマがギルドカードを受け取った後のこと。さらに、テレッサのギルドを訪れた理由が“ギルドカードの確認”のためだったことを話した。
「昇格したはいいが、少年は新しいギルドカードに変な仕掛けや、不利な情報が記載されている可能性を懸念していた。追手を警戒して、空間魔法でこの街を離れたりもしたらしい。お前にとっては“あの程度”でも、お前が、ひいてはここのギルドの対応が、それだけ不信感を抱かせたってことだろうが!
いいか、公爵家云々を抜きにしても、こんな対応を続けていたら、ギルドと冒険者の信頼関係に致命的なヒビが入るぞ! 特にうちのギルドはこの国の最西端の辺境だ。うちで対処しきれない問題が起きた場合、真っ先に頼るのは必然的にここになる。
こちらとしては、死活問題にもなりかねんのでな、キッチリ説明をしてもらいたい」
「……心外ですね」
「なに?」
「それではまるで、私が彼を陥れたり、追手を差し向けて私刑を行ったりする、と言っているようなものではありませんか。私はギルドマスターとして、そんな対応をした覚えはありませんし、そんな疑いをかけられるいわれもない、と言っているのです。
どうにも彼は、聊か物事を大きく語っている、もしくはそう思い込むほど臆病なのでしょう。冒険者とはそういうものです。小さな手柄で、さも自分が英雄のような顔をする。そういう輩に限って、いざとなると気が小さいものですからね」
堂々と言い放たれた持論に、商業ギルドのヘンリーは絶句。一方で、先ほどまで声を荒げていたチャールズは、どこか納得した様子。
設置されていたランプの火が立てた、ごく小さな音が耳に届くほどの沈黙が流れる。ここで、室内で最も平然としていたフェイルドが、最も早く外の異変に気づいた。
「……せ! どう……ことか……話……させろ!!」
「……騒がしいですね。まったく、来客中だというのに。ちょっと失礼」
しかし、ソファーから腰を上げる前にその喧騒は近づいて、
「ここか!」
「なっ、何事ですか!」
「いやがったな、このクソ野郎!」
「ちょっと、ブライアンさん! ダメですって!」
応接室内に乱入したのは、筋肉の塊のような男。その後ろには、男を引き止めていたであろうギルドの職員が複数人、しがみついては強引に振り払われるを繰り返している。
「来客中です! 出て行きなさい!」
「知ったことか! テメェ、俺を処分ってどういうことだ!? 今すぐキッチリ説明しやがれッ!」
「誰か! この男を連れて行きなさい!」
「すみませっ、でもこの人、力が強すぎて!」
「我々にはとても抑えきれず……」
「俺があの子供に取った態度が悪いって書いてるが! そりゃお前の指示でやったことだろうが! それを理由に処分なんて、納得できるわけねぇだろ! 撤回しろ!」
職員を振り払う合間に男が叫んだ乱入の理由は、室内にいた全員の耳に届く。
「子供、それはもしや」
「おい、ブライアンだったか? もしかしてお前がリョウマって子供の試験を担当したっていう、試験官か?」
「あ? そうだよ! それがどうした!?」
「その話、俺達にも聞かせろ。テレッサのギルドマスター、チャールズが証言者としてブライアンの参加を要請する。フェイルド、お前が自分に落ち度がないと思うなら、いいだろう?」
「はぁ……別に構いませんが、結論は変わりませんよ? リョウマ・タケバヤシへの対応も、ブライアンへの処分も規定に則ったものですので」
「だったらテメェにも処分はあるんだろうな!?」
「……ブライアン、ここは話し合いの場です。チャールズ殿にも言いましたが、感情任せに叫ぶのはやめなさい。そもそも、この場にいるのは私も含めてギルドマスター、貴方とは立場が違います。慎みなさい」
「ふざけたこと――」
「やめんかッ!!!!!」
再び、チャールズが一喝すると、2人の言い合いが一旦止まる。
「フェイルド、お前はしばらく黙っていろ。それからブライアン、こいつが頭にくるのは俺もよく分かるが、こいつに付き合ってたら話ができん。悪いがこいつはいないものと思って、何があったかを教えてくれんか」
「……ああ、分かったよ。さっきも言ったが、俺がここに来た理由はこれだ」
若干落ち着いた様子のブライアンが、握り締めていた1枚の紙をチャールズに差し出す。そこにはブライアンに対する報酬の減額と罰則、また、そこに至る経緯を通知する文言が書かれていた。
「冒険者ギルドが依頼した試験監督の代行中、受験者の尊厳を傷つけ、冒険者ギルドの威信を著しく損なう言動を行ったため、以下の処分を下す……とありますね」
「そうだ。俺は確かに、試験を受けに来た子供に対して、こけにするような態度を取った、それは認める。だが! それはそいつから“貴族の後ろ盾を持ったガキが、他人の権力を笠に着て、不正な実績で昇級しようとしている”、そう聞いたからだ!」
ブライアンはフェイルドを、今にも殴りかかりそうな目で睨みながら続ける。
「もちろん、個人的にムカついたのは否定しない。だけどな、Cランクになれば冒険者としては一人前、それなりの実力者とみなされる。受けられる討伐依頼の量は増えて、難易度も相応に上がる。場合によっては下のランクの冒険者を率いるリーダーになる事だってある。
そんな時に不正で昇級した奴が指揮官になったらどうする? 分不相応な依頼を受けて1人で勝手に死ぬならまだしも、他人まで巻き込みかねない。冒険者としても、試験官としても、絶対に許しちゃならない行為だ。
そんなことを許すくらいなら、試験が原因でそいつが潰れたって構わない、なんなら潰してやった方がそいつのためになるとすら思った。何度も言うが、俺の感情が多く入ってるのも事実だよ。
だがそれは試験前、お前に話を聞かされた時点で考えていたし、俺がやることもお前に伝えていたよな? それに対して、お前は何も言わなかった! だったらお前も同罪だろうが!」
説明するにつれて、再び感情が高ぶったブライアンが声を荒げるが、フェイルドは怯むことなく、それどころか深いため息を吐く。
「どうやら誤解があったようですね」
「何だと!?」
「私は彼に不正の“疑い”があると伝えただけであって、不正をしていると決め付けてはいませんよ。むしろ、そういう疑いがあるからこそ、試験官の貴方にしっかりと見極めていただきたいと伝えたはずです。
そもそも、私が貴方に試験官代行を依頼しているのは、私自身は戦闘に関する知見が乏しく、試験官を務めるには不適格だからに他なりません。それでも、我々は受験者に対して適切な試験を行い、合否の判断を行わなければならない。そのために貴方のような冒険者に依頼して、試験中はその全てを一任しているのです。
無論、私としても不正は許せませんから、貴方の個人的感情、憤りは理解します。ですが、それを職務に持ち込んでいいというわけではありません。受験者が誰、どんな事情であれ、試験官である貴方は規定に則った厳粛な試験を行うべきでした。
私は貴方を試験官として信頼していたので、試験前に受験者への不満を零していても、試験中は適切な対応をしてくださると思っていたのですが……残念ながら、そうではなかった。だからこそ、その紙に書いてある通りの処分を決定したのです。お分かりですね?」
流暢に紡がれる言葉に反して、周囲との摩擦はさらに大きく、円滑とはかけ離れていく。
「……ああ、わかったよ。自分には責任がない、全部俺が勝手にやったことだっていいたいわけだな」
「そうは言っていませんよ。貴方に試験官を任せていたギルドにも落ち度がないとは言いません。今後は試験内容を見直し、試験官の態度に対する指導を厳しく、再発防止に努めていく所存です。当然ですが、貴方にも指導を受けていただきます。
今回の処罰はあくまで警告ですが、今後、規定を遵守した試験を行っていただけない場合は、残念ですが以後の契約更新は見送らせていただくことも考えられます。ですので――」
「もういい」
「――え?」
とうとう我慢の限界に達したブライアンは、意外にもあっさりと立ち去ろうとする。その様子は、応接室まで乗り込んだ男と同一人物とは思えないほどに静かで、感情に乏しく見えた。
「この仕事は嫌いじゃなかったが、お前の下で働くのはもうごめんだ。次と言わずに今すぐ辞めてやる。どうせ試験官失格なら、構わないだろ」
「そうですか、であれば下で手続きをしてください。ああ、契約期間を満了せず、自己都合で依頼を破棄するのであれば、違約金も発生しますし記録にも残りますよ」
「何だ? 脅しか? 俺もあのガキに言ったみたいに、捕まえるぞってか?」
「いいえ、事前にギルドの規則をお伝えしたまでのこと。後々、知らなかった、不利益を被った、などと言われても困りますので」
「そうか、やっぱり話にならねぇな。色々言ってるが、結局“自分は悪くない”って言いたいだけだろ。中身がないんだよ、お前」
その言葉を最後に、ブライアンは応接室を出て行ってしまう。
そんな彼に続くように、
「俺も帰る」
「では、私も失礼しましょう」
「お2人まで、突然どうされました?」
「ブライアンが言ってた通りだ、お前と話していても会話にならん。おそらく、あのリョウマという少年も同じ気持ちだったろう。前から多少頭が固いのは知っていたが、それは真面目な奴だからだと思っていた。それが、蓋を開けてみればこんな奴だったとは……お前、冒険者が嫌いだろう。何で冒険者ギルドのギルドマスターやってんだ?」
「職務だからです。それに、私は冒険者を嫌ってなどいませんよ。ただ規則に忠実に、職務を遂行しているだけです」
「……冒険者ってのは、いろんな奴がいる。真面目な奴もいれば、チンピラみたいな奴もいる。ギルド職員に絡んで、いやな思いをさせる奴も、悲しいが少なくはない。職員一筋でそこまで昇進するまでには、色々あったとは思う。
だがな、冒険者に寄り添えない奴に、冒険者を見下してる奴に、冒険者ギルドのギルドマスターが勤まるとは、俺には思えん。今回の件は、俺から本部に連絡させてもらう。そして、お前の解任を請求する。首を洗って待ってろ」
「待ってください! それはどういう意味ですか!? 私の何が悪いと言うのですか!?」
“本部への連絡”、“解任請求”。それを明確に突きつけられたフェイルドは、流石に焦ったのだろう。それまでののらりくらりとした態度に、明らかな動揺が生まれる。
「フェイルド殿、私は商業ギルドの長として、冒険者ギルドとの付き合いを断つつもりはありません。しかし、今後の付き合い方は考えさせていただきます。ギルドの運営に関わる全ての決定権を持つのがあなたでは、率直に申し上げて“取引相手として不安”ですから」
ヘンリーがそう言い残すと、2人はフェイルドの静止を聞かず、振り向きもせずに部屋を出て行く。そして、1人残されたフェイルドはというと……静かに腕を組み、一度だけ深く息を吸い、抑えていた不満を零し始めた。
「まったく、突然押しかけた挙句に失礼な……チャールズ殿も所詮は“冒険者あがり”ということか。しかし、商業ギルドのヘンリー殿まで、いったい何がそこまで……私は規則に従っただけで、そうか! 受付の彼女の報告に嘘があったのか。私の知らない何かがある、それなら辻褄があう!」
いくら思考をめぐらせても、まず“自らの非を認める”という思考が出てくることはなく、フェイルドはすぐにリョウマを担当した受付嬢を呼び出した。
そんな、的外れな解釈と行動のツケは、思いのほか早くやってくる……
■ ■ ■
翌朝
「何故、職員が3人しかいないのですか!?」
この日、出勤した職員は僅か3人。それも不満に満ち、今すぐに出て行きそうな顔をしている。
「労働拒否による抗議です。貴方が我々の抗議を受け入れ、謝罪と辞職をしないのなら、皆が辞めると言っています」
「どういうことですか!? 昨日まで何事もなく仕事をしていたのに、いきなり辞めるなんて」
「だから、アンタのせいでしょ!? あんたが昨日スーザンを呼び出して、ありもしない不祥事の自白を強要したから! それを聞いた全員が、もうやってられるかって話になったのよ! 私も受付の責任者じゃなかったらここに来てないわ!」
「なっ」
「ギルドマスター、俺らもいい加減、あんたにはうんざりなんですよ。俺らの話もろくに聞かずに、何かにつけてあんたが自分の都合のいいように解釈した規則を押し付けてくる。
あんたはギルドマスターで、俺らは一職員。立場があるから口には出さなかったけどね、仕事がやりにくくて仕方ないし、指示も説明もいまいち腑に落ちない。だから皆、ずっと不満でしたよ。今の状況は、それがここ数日の件で爆発しただけです」
「不満があるなら言えばいいでしょう! 言ってくれれば私も考慮した! 改善の努力をせず、何も言わずに勝手に辞めるだなんて、これでは今日の運営にも支障が出てしまう」
「貴方の取れる方法は2つのどちらかです。ギルドを閉めるか、貴方1人で全ての業務を行ってください。我々も代表者としてここにいるだけで、働くために来たわけではありません。クビにするならいつでもどうぞ、我々は覚悟ができています」
「ちなみに、先日の件が商業ギルド経由で商人に、ブライアンさんが辞めた経緯が酒場経由で冒険者に、そして街中に広まりつつあるらしいから、隠蔽しようとしてももう無理よ。私達にだって、もうどうしようもないもの」
「聞いた話では、この街を出て行く事を考えている冒険者もそれなりにいるみたいですよ。今後どうなるかは分かりませんが、まず間違いなく大変でしょ。ギルドマスターの椅子にしがみつくつもりなら、精々、頑張ってください」
それで言いたいことは言い終わったのか、3人の内、受付の責任者を名乗る女性と、管理を担当していた男が立ち去る。
そして残るは、フェイルドともう1人。
「サブマスター……私を追い出したとしても、ギルドマスターにはなれませんよ。こんなことをすれば、ギルドに損害を与える。貴方だって何らかの責を負うことに」
「言ったはずです、私も辞める覚悟だと。今更ここのギルドマスターになったところで、貴方の尻拭いに奔走するだけ。それならどこか他所のギルドで、下働きをしながらほどほどに上を目指す方がよっぽどいい。
そもそも、貴方のような人間がギルドマスターになれたのは、ここが辺境の小さな街のギルドだから……早い話が左遷されたからでしょう?」
「左遷とは失礼な。どこのギルドであれ、支部に優劣などありません。そのような意識を持っているようでは」
「中身のない能書きは結構。貴方のような勤続年数が長いだけの無能と違って、私は他所にいける程度の能力はあると自負しています。たとえ冒険者ギルドをクビになったとしても、働き口のあてはありますので困りません。では、私も失礼します。
そうそう、貴方が辞める事を決断したのなら、私の家にご連絡を。直接でも手紙でも、どちらでも構いません。退任の意思が確認できれば、希望する職員を集めてギルドの運営を再開します」
こうして、とうとう1人になったフェイルドは4日後……ギルド本部からの使者により、ギルドマスター権限を凍結され、そのまま更迭された。その後の彼がどうなったかは、きっと語られることはないだろう……




