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試合の後

本日、3話同時投稿。

この話は3話目です。

「そこまで!!」


 血の匂いが鼻につき、セバスさんの声が響いた。


「私の負け、の様だな……」

「く……そう、ですか? これ、僕の、負けでは? 痛っ……」


 負った傷の痛みに顔を顰めながら、状況を確かめる。


「かろうじて間に合った、と思ったのだが、まさかあの状況で対応されるとはな……」

「こちらとしても、装備に助けられた部分が大きいかと……」


 攻撃が決まったのはほぼ同時。俺の刀がシーバーさんの鎧を切り裂いて、左肩に傷を負わせた瞬間、両腕の間から限界まで短く持たれたハルバードの穂先を差し込まれ、右肩を貫かれた。


 最後の意地で貫かれた右手を離し、左腕一本で首筋に刀を突きつけたけれど……その時には既に放たれていたウインドカッターによって、腹を切られていた。


「刀を振り抜かれていれば、シーバー様は間違い無く首を掻き切られておりました。しかし、同時にリョウマ様も肩と腹部に小さくない傷を負っておられます。すぐに治療を受けられない状況では、命にもかかわるでしょう。

 ここは私の判断で相打ちとさせて頂きます。お二人共武器を引いて治療を、特にリョウマ様はお急ぎ下さい」


 セバスさんが冷静にそう宣言したので、互いに武器を引いた。直後にシーバーさんが膝から崩れ落ちるように座り込む。俺も緊張が解けたからか、感じる痛みが強くなり、足がふらつく。そして後ろに倒れかけたところをセバスさんが支え、地面に寝かせてくれた。


 傷口からの出血が、俺の装備をじわじわと赤く染めていくのが分かる。肩もそうだけど、一番の問題は腹だな……出血量からして、太い動脈は傷ついていない。けど、傷が大きい。止血を急がなければ……


「レミリー様!」

「はいはい、急いで治すわよ! 『メガヒール』! 全く、何て試合してるのよ……」

「一歩間違って、どちらか死ぬのではないかとヒヤヒヤしたぞ」

「申し訳ございません、審判役を――」

「セバスを責めはせぬ、あれでは儂も割って入る事はできぬからな」


 セバスさんが口にしかけた謝罪を、ラインバッハ様が遮ったかと思えば、治療に当たっていたレミリーさんも同意を示す。


「『メガヒール』そうよ、セバスちゃんが気にする事じゃないわよ。『メガヒール』私なんて最後の方は目で追いきれなかったもの。簡易とはいえ、私が張っておいた結界も早々に壊されるし、とりあえず治療はしたから大丈夫だけど、私達の声が聞こえなくなるまで戦うなんてやりすぎよ」


 ! 驚いた……いや、試合前に軽く“腕が落ちても繋げる”と話していたことから、レミリーさんは回復魔法の腕も立つのだろうと思っていたけれど……今の一瞬で痛みが消えた。貫かれた方の肩と腕も、違和感すらない。止血どころか、おそらく完治している。


 傷口の確認から回復魔法をかけるまでが、恐ろしく速い。俺ならスライムの視界を利用して、さらに集中した状態でできるかどうかという、速さと正確さを兼ね備えた処置。それを会話しながら行えるのか……


 レミリーさんの技量に驚いていると、治療で痛みが和らいだからだろう。ここでシーバーさんが会話に加わる。


「すまん……熱が入りすぎた自覚はある」

「あっ、それは僕も同じです。申し訳ありませんでした」

「まぁ、どちらも命を失わず、治療のできる怪我で済んでよかった。リョウマ君の腕前も、想像以上だ。腕前に不安が残るようであれば、引き止めるか護衛を用意するつもりじゃったが……シーバーに本気を出させ、なお互角に渡り合う腕があるならば、その必要もないだろう」

「いや、今回私が引き分けられたのは、これがあくまでも“試合”だったからだ。これが実戦であれば本人の技量に限らず、罠や従魔の力を使うこともできたはず。

 さらに、今の試合で私が彼に不足していると感じたのは“経験”だ。魔法もそうだが、気力も扱えるようになって、さほど長くないのではないか? 体捌きや刀の扱いは文句の付けようがなかったが、最後の切り返しは若干動きが荒かった」


 やっぱり、見抜かれてしまった。


「ご慧眼、恐れ入ります。気による身体強化は出力を一定以上にすると、体が動きすぎて(・・・・・)感覚にズレが生じてしまいます。魔法はここ最近、対外的には魔法使いとして冒険者活動をしているので、重点的に訓練と実戦を重ねてだいぶ慣れたつもりでしたが、まだまだ付け焼刃なのだと痛感しました」

「気の扱いは個人差もあるが一般的に、気を感じてから全身に纏うことができるまでに、5年はかかるという。さらに、使いこなすには20年、極めるとなれば一生を費やす必要がある……そんな言葉があるほどに、長い修練を要するのが普通なのだ。今後、君が鍛錬と経験を積み重ねれば、私は引き分けることもできなくなるだろう」


 清々しさの中に力強さを含んだ笑顔を浮かべ、シーバーさんはそっと右手を差し出した。俺も横たわっていた体を起こし、互いの実力と健闘を称える握手を交わす。


 すると、横からボソリと呟く声が聞こえてきた。


「……よかったわね」

「え?」

「いえいえ、こっちの話よ。ところで、“対外的に魔法使いとして冒険者活動をしている”ってどういうこと? 意味はわかるけど、なんだか変な言い回しだったから気になっちゃって」

「ああ、それについては……戦闘能力、特に近接戦闘には自信があるのですが、この歳と見た目だと、初めて会った人には信じてもらいにくいのですよ。交渉や説明が得意でもないので、刀よりも従魔と魔法を前面に押し出したほうが納得してもらいやすく、話も早いので」


 1つ前の街でもトラブルがあり、危うく身柄を拘束されかけたことを伝えると、さらに説明を求められたので、他の例も含めて事情を説明。個人的には既に終わった話だけれど、話を聞いた4人は渋い顔になってしまった。


「一定以上の実力や経験のある者ならば、戦わずして相手の実力を理解することもできるが、全体で見ればそうでない者の方が多いからな……騎士団でも新入り、とりわけ中途半端に腕の立つ者は、よく問題を起こしていた覚えがある」

「自分と相手の実力が分からない人ほど、外見だけ見て絡んでくるものだしね。私にも覚えがあるわ。そういう人は大体、自分より強い相手には絡まないから、分かりやすく力を見せ付ければ逃げ出すし、一度ガツンとやってやれば近寄ってもこないのよね」

「そうですね。空間魔法の中に従魔のホブゴブリン達がいるので、彼らにこれ見よがしな武装をさせておいて、疑われそうになったら出すことにしています。これでいちゃもんをつけてくるような人は、ほとんど追い払えますよ。

 それでも諦めない人もいましたが、そういうのは正当防衛として撃退すれば解決するので、むしろ楽でしたし……さっき話したギルドのようなことは、そうそうありません」


 そういう意味では、ランクアップのための一次試験も楽ではあった。


「お話を聞く限り、ギルドマスターは“実績についての確認をしただけであり、試験は受けさせた。されど、本人の実力不足で昇級は見送るべきと判断した。こちらに落ち度はない”ということにしたかったのでしょうな」

「片方の話だけではなんとも判断しがたいが、対応が乱暴に感じるのぅ。確かに、受験資格のない者に昇級試験を受けさせるわけにもいかぬだろうし、疑いがあれば確認は必要だと思う。しかし、ろくな確認もなく、拘束やら除名処分を持ち出すのはいただけない」

「何度も実績の残っている他のギルドに確かめてくれと言ったんですけどね……会話内容からして、どうも時間を与えたら逃げると思われていたようで。本当にあれが一番困りましたよ」


 それさえなければ、一次試験であんな悲劇も起きなかったのに……


「悲劇って、そこでも何かあったの?」

「牽制のつもりで放った闇魔法が効きすぎたんです……試験官が狂ったような悲鳴を上げて、汗や涙や(よだれ)、体中の穴と言う穴から色々なものを垂れ流しながらのた打ち回り、そのまま失神しまして……まさに阿鼻叫喚でした」


 試験官のあまりの狂乱ぶりに、TRPGのSANチェックに失敗した人が現実にいたら、こんな感じなのかな……と現実逃避をしそうになった。


 結果的に、試験官を倒したことは事実なので、実力は証明された。それは間違いないけれど、訓練場の空気は最悪だったし、今日もギルドで俺を見る人々の目は戦々恐々としていた。正直、あれを見ていたらそれは無理もない、と思う気持ちが少しある。


「しかもその一次試験は、特に人払いのされていないギルド併設の訓練場で行われていましたし、周囲には見物人が大勢いたので……素直に殴ってあげればよかった……」


 ある意味では、殺すよりも惨いことをしたかもしれない。あの人にも色々と言われたけれど、あの姿を思い出すと、ちょっとだけ罪悪感が湧いてしまう。


「まぁ、とにかく一応は実力を示せましたし、昇級試験も受けて無事に合格しましたから、特に問題はありません。例のギルドは今後利用するつもりはありませんし、あのギルドマスターとは、今後かかわることもないでしょうからね。

 もしかすると、近いうちに向こうから、公爵家に謝罪の手紙か何かを送ってくるかもしれませんが、そのあたりのことはラインハルトさんにお願いしていますので」

「あら、何か意趣返しでもしたの?」


 レミリーさんがどこか楽しげに、いたずらっ子のような笑顔で聞いてくるけど、そういうわけではない。


「旅の途中で狩っていた獲物の素材や戦利品を大量に、商業ギルドで買い取ってもらっただけですよ」


 素材や戦利品の売却は、冒険者にとって重要な収入源だ。多くの冒険者は討伐対象だけでなく、余裕があれば対象外の獲物や素材も回収して換金する。そうすれば単純に収入が増えるし、運よく手持ちの素材の納品依頼が出ていれば、討伐以外の点数稼ぎもできるからだ。


 ランクアップを目指していた俺としても、やらない理由がない。だから、あの時も色々と溜め込んでいたのだけれど、トラブルで売却どころではなくなってしまったため、商業ギルドに大量の素材を持ち込んだ。


 そうなると、当然のように質問されるわけだ……“この大量の素材はどうしたのか”、“冒険者なら、何故冒険者ギルドで売らなかったのか”と。


「そんなことを聞かれたら、答えざるを得ませんよね? 一度限りかもしれませんが、商売相手ですし、こちらに非はないと僕は思いますから、変にごまかさず、包み隠さず。もちろん事実確認をしてもらっても構わない、とも伝えました」


 真摯に説明をした結果、商業ギルドではご理解をいただけた。さらに、ありがたいことに“そういう事情なら、二次試験の討伐依頼で手に入る素材も売ってくれないか”とも言ってくださった。


 でも残念ながら、冒険者ギルドが何をしてくるか分からなかったため、確約はできなかった。その代わりに、“ギルドマスターから謝罪の言葉の1つでもあれば、また来ます”とだけ伝えておいた。


「それは、リョウマ様がもう一度商業ギルドを訪れなければ、和解できなかった、と考えられますな」

「察するに、ろくな謝罪はなかったのだろうな」

「僕はギルドマスターの顔すら見ていませんね。代わりに受付嬢さんが、大勢の目の前で頭を下げようとしていましたが“謝罪を要求するつもりはありません”と言っておきました」

「許した、とは言ってないわけね。もしくは謝らせなかったのかしら」

「レミリーさん、そんなに楽しそうに言われると、僕が何か企んでいるようじゃないですか。謝罪を要求するつもりはない、というのは本心ですよ」


 その受付嬢さんにも疑われたけれど、それ自体はまだ理解できる。自分で判断できないことに対し、上司の判断を仰いだことも、1人の職員としては当然の行為だと思う。だから、俺はあの受付嬢さんがそこまで悪いとは思わない。


 まぁ、彼女も自分が悪いとはそこまで思っていないのか、さっさと帰ってほしかったのか。俺が謝罪を遮って、要求するつもりはないと言ったら、それっきり謝罪はなかったから、そういう意味では“謝ってもらっていない”とも言い張れるのかもしれないけども……


 俺としては、別に謝ってもらわなくても構わないし、そもそも謝るなら謝るで、ギルドマスターが出てくるのが筋だろう。人前で謝れとか、土下座しろとまでは言わないが、それこそ俺に不正を認めさせようとした時のように、別室で話をするくらいはしてもいいと思う。


 しかし、実際には受付で、受付嬢さんが頭を下げようとしただけ。部下1人に人前で頭を下げさせて、自分は会いもしない。これで謝られたとしても、誠意や意味を感じないし、信用もできない。だから、要求しようとも思わない。


「彼が部下に謝らせて終わったことにするつもりなら、そうすればいいでしょう。尤も、それを周囲の人間がどう見るかは知りませんし、どうなろうと僕は責任を取りませんが」


 公爵家の技師と聞いた途端に、それまでの勢いが衰えて、あっさり受験を許可するような人だったことから、なんとなく他人からの評価を落とすことの方が、頭を下げるよりよっぽど苦痛に感じるタイプだとは思う。


 俺がそんな推測も付け加えると、レミリーさん以外は苦笑いになっていた。


「多かれ少なかれ、そのギルドマスターの評価に、なんらかの影響は与えるでしょう」

「表向きどうするかは知らんが、商業ギルドは耳が早いからのう……」

「話を聞いた限り、君は用を済ませて立ち去っただけだが……中々に嫌らしい手を打ったようにも見えてしまうな」

「いいじゃない、そのギルドマスターの言い分が全面的に正しいのなら、きっと彼は痛くもかゆくもないわよ」

「僕も特に不利益はないですしね。強いて言えば、一度ギムルに帰るまで、冒険者ギルドのギルドカードが使えないことでしょうか。念のためですけど、嘘の不正行為の履歴とか、変な情報が仕込まれていたら困るので」



 街への出入りは、商業ギルドのギルドカードがあるから問題ないのだけれど、帰り道のギルドが利用できない。せっかくCランクになったのだから、帰り道で一度Cランクの依頼を受けてみようと思っていたんだけど、それはまた今度でいい。


「それでしたら、テレッサの冒険者ギルドに行ってはいかがでしょう? 確認だけならすぐにできるはずです」

「あら、それはいいわね。実力も私達が保証すれば話が早いと思うし、そうしましょうか」

「この街のギルドは門の近くにあったはずだ、宿に帰る前に寄って行けるな」

「では、ひとまず街に戻るとするかの」

「え、あ、ありがとうございます!」


 急転直下、テレッサの冒険者ギルドに行くことに決まったが、皆さんが保証してくだされば面倒もないだろう。再会から宿の手配に腕試し、さらに今後は魔法の指導もしていただける。いたれりつくせりで、本当にありがたい。


 面倒な人達との出会いもあるけれど、こうして親切にしてくださる人達もいる。そんなことを再認識していると、セバスさんの空間魔法だろう。景色が変わり、俺達は街の門まで戻っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冒険者ギルドで何があったか、思考材料は十分あったので楽しめました。 この手の話は他の方も言う通り、あまり気分の良いものでもないのでスルーで良いと思います。 だけどまぁ、今後も公平中立であるこ…
[気になる点] 話がわからない…読み返さないと駄目?
[良い点] もうそろそろか……待ち遠しかった
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