後日談その2
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
しばし談笑して、話が弾んだところだけれど……俺には聞きたいことがあった。
「あの、僕からも質問していいでしょうか?」
「もちろんだとも。リョウマ君は当事者だし、私達も話さなければいけないと思っていた」
「何から話せばいいかしら?」
「ではまず、今回の件は片付いた、ということで間違いありませんか?」
「ああ、それで問題ないだろう。首謀者も既にこの世にいない。証拠を掴んで、王都の騎士団と屋敷に乗り込んだ僕が、この手で討ち取ったよ。首謀者の素性については知っているらしいね?」
「ユーダムさんから聞いた話からの推測で、間違っていなければ……首謀者はボルカーノ元辺境伯、現伯爵家の当主。ラインバッハ様が“神獣の契約者”として功績を立てた事件が起きた領地の、元領主の息子だと」
ラインハルトさんは頷いて、事情を説明してくれた。
その内容をまとめると、こうだ。
それは、ジャミール公爵家先代当主のラインバッハ様が、神獣との契約を成功させた当時の話。ドラゴンに襲われた領地と人々を守るため、当時の辺境伯は軍を率いて死力を尽くして戦い、一度は追い返しもした。しかし、二度、三度と襲ってくるドラゴンの群れから街を守りきることはできず、多くの死傷者を出し、街はドラゴンの炎で焼き払われた。
その後、事件はラインバッハ様の貢献で収束するのだが……ラインバッハ様が最大の功労者であり、神獣の契約者として栄誉と賞賛を受けた一方で、当時の領主であった元辺境伯は“無能”という謗りを受けてしまう。
「貴族同士の足の引っ張り合いが酷くてね……軍系の貴族からは擁護の声も多かったのだけれども、戦場を知らない宮廷貴族や敵対する貴族の中には、裏で無責任に“なぜ領地を守れなかったのか”、“ラインバッハ殿はたった1人で解決に導いたのに”なんて叩く人が大勢いたのよ。
戦力や財力の喪失に、軍を率いていた当主も負傷、後継者だった今回の首謀者は生まれたばかり。領地の運営能力がなくなった元辺境伯家に代わって復興支援を行うために、一時的に領地が召し上げられたのも裏目に出て……悪条件が重なってしまったわ」
「本来なら時期を見て領地は返還され、家もまた辺境伯家を名乗れるようになるはずだったし、その後には侯爵家の令嬢との縁談が、内々に決まっていたと聞いているけど……彼は、それで納得はできなかったんだろう」
ラインハルトさんが騎士団と屋敷に乗り込んだとき、屋敷にいたのは当主本人と、年老いた使用人が1人だけ。金目の物は全て処分されていて、本人は毒と身体能力を強化する魔法薬を飲んで、ラインハルトさんに切りかかってきたらしい。
しかも最期には魔法道具で屋敷に火を放ち、その場にいた全員を道連れにしようとしたのだとか……
「彼に加担した貴族もいるけれど、そっちは表立って敵対するほどの権力も度胸もない。さらに一部は別の犯罪の証拠も見つかっているからね。これ以上何かを企むということはないだろうし、それどころでもないはずさ。
強いて言えば闇ギルドの関与と、首謀者である伯爵の家から金品がなくなっていたことが懸念だけど、今回のように大規模な犯行はもうできないだろう。王都に残してきた家の者と騎士団が捜査を続けているし、セルジュを狙った暗殺者も手がかりになる」
そういえば、いたなぁ……すっかり忘れていたけれど、セルジュさんを狙った暗殺者は現在、地下の特別室で拘束されている。
確保後に武装解除をしたところ、ポイズンスライムのチェックで遅効性の毒を飲んでいることが判明して騒動があったけど、胃カメラのように飲ませたクリーナースライムによる胃洗浄と、その際に残っていた毒のサンプルが回収できたことで、医療チームの解毒が間に合った。
今はだいぶ体力を消耗しているけれど、命に別状はない。あの暗殺者がどこまで情報を持っているかは知らないが、時期を見て厳しい取調べを受けることになるのは間違いないだろう。
そう思っていると、奥様が深刻そうに話を引き継いだ。
「それよりも、もっと考えないといけないことがあるわ」
「と、いいますと?」
「リョウマ君に対する、他の貴族からの勧誘よ」
今更だけど、今回の件で俺がやったことは、街の人の多くが知っている。貴族の間でも今回の件は注目を集めているという話だし、俺の名前や所業がよその貴族の耳に入るのも時間の問題……いや、既に遅いと思った方がいいのだろう。それも納得の上だ。
「この件に関しては私達個人としても、貴族としても放っておくことはできないの。だから面倒を避けるために、リョウマ君には正式に、ジャミール公爵家の技師になってもらいたいと思っているわ」
「お抱え技術者のことでしたね。僕の記憶が正しければ、三等技師の地位を頂けると」
「前に屋敷に来たときはそう思っていたけれど、今回の事件解決とその後の支援に率先して協力したこと。その過程のあれこれも加味すると、1つ上の“二等技師”が妥当だと考えているわ。
特に、高効率で農作物を生産・収穫できるスライムの畑や、アルガスライムの藻を用いた栄養剤の研究は今回に限らず、今後も飢餓で亡くなる命を減らせる可能性がある。これだけでも技師に任命して保護する価値があるもの」
「そういうわけで、改めてリョウマ君にはこの話を受けてもらいたいんだが……どうだろうか?」
これは大変ありがたいお話だし、面倒ごとを回避するには、考えられる限り最良の選択だと思う。しかし、俺は即答できなかった。
奥様が柔らかく、だが真剣な面持ちで聞いてくる。
「懸念や待遇に希望があれば、遠慮なく教えて欲しいわ」
「待遇については、まったく不満はありません。問題は僕の方にあります。既に聞いていると思いますが、僕はおそらくお2人が考えているより、自分勝手な人間です。“公爵家の技師”という肩書きを貰った僕がもし問題を起こせば、公爵家の醜聞にもなるでしょう。僕は正直、そこが不安です」
今思えば、俺がずっと森の奥に引きこもったり、廃鉱山に住み着いたりしていたのは、心のどこかに街や人間関係への不安があったからだと思う。
前世で生まれ育った日本でも、自分の“異物感”を覚え続けていた。それなのにこの異世界で、文化も習慣も異なる異国で、完全に自分が違和感なく溶け込めるのか?
それに常識やルール、物の見方や価値観というものは、時代の移り変わりによって変化していくものだ。この世界は前世ほど情報網が発達していないとしても、世代を隔てればそれなりの違いも出てくるはず。その変化に適応できるのか?
若いうちなら、いや、若い頃でも周囲とはズレていた。“今時の若者は”とかあからさまに年寄りらしい発言はしていなかったと思いたいけど、今生でも段々と年を取っていったらどうなるのか?
以前なら“頑張る”とか、前向きなことを考えたと思う。失敗を重ねて、それでも次は、今度こそはと口にして……そうやって無理をした。言葉だけでは前向きで、本音では自分を信用できていなかった。
そんな自分に気付いた今では無理だと思うし、そう言える。後ろ向きでも気分は軽い。だから、俺が好き勝手に生きて、俺が顰蹙を買うのも仕方ない。それは自業自得なのだから、納得もしよう。
……でも、それによって公爵家の皆さんや、周囲の人に迷惑がかかるのは嫌だ。個人の不祥事が原因で、所属団体まで被害を被ることは、人間社会において珍しいことではない。
前世の話で言えば、ネットで定期的に話題になっていた“バイトテロ”なんて、その代表例と言ってもいいだろう。そんな風に、これまで受けた恩を仇で返すことになっては目もあてられない。
それが素直な俺の気持ちだと、言葉を選びながら伝えていく。せっかくのご厚意を無碍にするようだが……話を聞いた2人は顔を綻ばせた。
「今更だけど、リョウマ君は私達が守るまでもなく、ちゃんと1人の人間として自立していたのね。本当に、私達が考えていたよりも大人だったわ」
そう言った奥様は、ここで態度を一変させる。
「でもね、私達も今回は譲れないの。今回の功績は既に広く知られている、と言ったでしょう? 功績を正当に評価して、それに見合う褒美を与えることができない貴族に、家臣はついてきてくれないわ。他の貴族からも後ろ指を指されてしまう。つまり、私達の信用に傷がつくのよ。
だから、リョウマ君には、たとえ嫌でもこの話を受けてもらうしかないの。個人の言動が周囲にも影響を与えることを、ちゃんと理解している貴方なら分かるわよね?」
「エリーゼの言う通りだ。それに忘れているかもしれないが、技師の地位を維持するには条件がある。1年ごとに一定の貢献か研究の進捗を報告してもらうし、それなりに長い目で見るけれど、あまりに成果を示せないようであれば地位は剥奪。不祥事を起こした場合も同じく、僕の裁量で剥奪し放逐することが可能だ。
君を抱え込んで得られる利益よりも不利益の方が大きいと判断すれば、僕は貴族として速やかに君を切り捨てるよ」
選択肢を与えず、反論も許さない。そんな、一方的で厳しい言葉。これは全部が嘘ではないのだろうけど、俺のために、あえてなんだろう。自分達の都合で、万が一の時には俺を切り捨てる……だから、気にせず引き受けなさい、と。
答えの押し付け、ましてや切り捨てるなんて、本当は言いたくないだろうに……このままでは俺が1人ゴネるだけになるだろう。ありがたい話であることも間違いないので、早々に折れることにする。
「分かりました。技師のお話、謹んでお受けいたします」
そう答えれば、2人は再び柔らかい笑顔を浮かべた。
「よかった。それじゃ、いくつか書類にサインを貰うわ。あと、リョウマ君の専門分野はどうしましょうか? 色々とやっているみたいだけど」
「それなら“スライム研究”でお願いしたいです」
奥様の仰る通り、これまで色々とやってきたけれど、俺が中心に据えているのは一貫してスライムの研究だ。俺が専門家を名乗るとしたら、それ以外の選択肢はないだろう。
「やっぱり、そうなるわよね」
「ダメでしょうか?」
「前例はないと思うけど、問題というほどではないわ。次は……そうそう、ヴェルドゥーレ男爵のご子息の話もあったわ」
誰それ? と一瞬考えたが、1人の顔が思い浮かぶ。
「ユーダムさんのことですか?」
「そうだよ。家名は知らなかったのかい?」
「貴族で男爵家の出身とだけは聞いていたのですが、家名は名乗る資格がないと言っていましたし、僕もあえて聞こうとは思わなかったので。すみません、話の腰を折ってしまって」
「いいのよ、気になることはこれからもどんどん聞いてちょうだい。話を戻すと、二等技師には身分の保証に資金援助、必要に応じて実験に使う場所や人手も用意する、というのは以前話したわね? この人手として、ユーダム・ヴェルドゥーレを雇わないかしら?」
「? 雇うとしたら、見ず知らずの人よりはユーダムさんの方が、気心も知れているので助かると思います。でも彼は、他に雇い主がいるのでは?」
「それなんだけど、彼の身柄はしばらく私達が預かることになったんだよ。国王陛下は信用できる相手だけど、彼は一応は密偵のようなことをしていたし、秘密保持と探るような真似をしたお詫び代わりということで。もちろん、それが全ての理由ではないけどね」
うっすらと疲れを滲ませたラインハルトさんが、そっと紅茶を口に運ぶ。どうやら何らかのやりとりがあったようだ……まぁ、2人がそう言うなら問題はないだろうし、国王陛下もいいと言っているならいいのだろう。
そもそも俺はユーダムさんをスパイと知って傍に置いていたのだから、今更断る理由もない。
「そういうわけで、彼にはうちで働いてもらうことになったんだけど、私達の傍にいきなり良く知らない人間を入れるのは、無理ではないけど難しいの。だからといって、適当なところに押し込むくらいなら“人手の手配”という形で、リョウマ君のところで引き続き働いてもらったらどうか? という話になったのよ」
「本人にも話を聞いたら、リョウマ君のところで働くことを希望したしね。待遇も良かったし、武者修行の旅をしていたのは本当だから、リョウマ君や他にも猛者が集まっているお店にいれば、腕を磨けるんじゃないか? って」
「納得しました。公爵家と本人に問題がなければ、こちらで預からせていただきます。彼はお店でも評判が良かったですし、これからさらに忙しくなりそうなので、助かりますよ」
「ではそういうことで。ちなみに我が家の預かりになる以上、たとえ王家が相手でも、彼がリョウマ君の情報や秘密を漏らすことは許さないから、そこは安心していいよ」
「リョウマ君が技師になれば、お店は“工房”とか“実験場”みたいな扱いにできるから、経営にも上手く使ってね」
おお、それは非常にありがたい。これまでも公爵家の庇護下にあったけれど、俺が正式に技師という役職に就くことで、より後ろ盾が強固に、信用度も上がるのだろう。
「ありがとうございます」
「技術と知識を提供してもらうのだから、お互い様さ。むしろ、もっと要求してくれた方がいいんだが」
そう言われて考えてみるが、これというものが思い浮かばない。
「要求……今は木材、特に燃料用の薪が不足しているんですよね……」
「それについては近隣の街に、可能な範囲での援助を要請してある。連絡や運搬には公爵家の空間魔法使いも動いているし、近日中に届き始めるはずだよ。というか、それは街のために必要なものであって、リョウマ君個人の要求じゃないじゃないか」
「でも、今はそれくらいしか思い浮かばないので」
「別に今すぐでなくても、必要になった時に言ってくれればいいから。まったく、自分を“自分勝手な人間”とか言っているのに、この子はなんでそう他人のことを考えてるのかしら」
今度は2人して呆れたような目を向けてくるが、俺が身勝手であることと、俺の行動は矛盾しない。
「身勝手だからこそ、ですよ。本物の悪人が一見悪人に見えないように、利己的な行動は周囲に嫌悪されやすく、長い目で見れば利に繋がらない。利己的思考を追求すれば、表面上は利他的に行動することが、利を得るために最も効率的でしょう?」
「言いたいことは分かるし、間違ってもいないと思うけど」
「それは結局、他人のために働いているわよね?」
手のかかる子供を見守るような2人の言葉から、数秒後。
俺たちは誰からともなく声を上げて笑い、ひとしきり笑った後はさらに細かい話を詰めていく。
この日の夜は、穏やかに更けていった……




