後日談その1
本日、4話同時投稿。
この話は3話目です。
剛剣兄弟と黒装束から襲撃を受けた、翌日。予定の通り、空間魔法に物資を詰め込んで街に戻った俺は、物資の受け渡しのついでに昨夜の出来事を報告した。
当然ながら、公爵家から派遣されている皆さん……特に、帰宅前に大丈夫だと話していたリリアンさんには“また無茶なことをして!”と言われてしまった。しかし、俺が無事に帰ってきていることと、街の復興も急がなければならないこともあり、最終的にその件は一時棚上げ。
幸い、敵の計画は俺の抹殺で最後だったらしく、それ以降の攻撃や妨害はなかった。置き土産のような自称自警団や不届き者は残っていたけれど、逐次対処と支援の継続によって、ギムルの街は徐々に落ち着きを取り戻していく。
俺はそのために必要な仕事を請け負い……早、一週間が経過したある日のこと。
「お話中に失礼します」
「どうしました?」
スラム街の跡地にできていた空き地を利用した仮称・“食料生産拠点”で、追加の食料生産&出荷作業をしていると、随分と急いだ様子のリリアンさんがやってきた。何事かと思えば、王都に行っていたラインハルトさん達が帰ってきて、既に警備会社まで来ているらしい。
「早くないですか? 年末年始は貴族にとって重要な社交シーズンだと聞いていますし、まだ新年になって4日目ですよ」
「年明けに行われる最も重要な式典のみに出席し、その後の予定を繰り上げたそうです。現在は役所や各ギルドの報告を受けて現状の把握、その後は各所と打ち合わせを行う必要があるので、リョウマ様とは夜にゆっくり話がしたいと」
「わかりました。特に予定もありませんし、今日は早めに切り上げましょう。ちょうど今いただいた依頼の作物を作り終えたら、多分ちょうどいい感じになると思います」
「かしこまりました。あともう一点、ユーダム様はどちらに?」
「ユーダムさんなら3階の野菜室です」
「旦那様と奥様が、彼からも話を聞いておきたいとのことで、これから警備会社に来ていただきたいのですが」
「あー……なるほど、そういうことですか。わかりました、案内しましょう。
すみません、すぐ戻りますから」
「承知いたしました。出荷作業は進めておきます」
商業ギルドから来てくださったお手伝いの方に後を任せて、俺はリリアンさんと、魔獣注意・立ち入り禁止と書かれた階段を上る。
「……ここに来るたびに思いますが、本当に建物の中で作物を育てているんですね」
「鉢植えで植物を育てるようなものですよ」
階段を上り、2階の光景を見たリリアンさんの視線の先には、窓のない部屋に敷き詰められた土と、天井に埋め込まれた魔法道具が生み出す光。さらに気温も一定に保たれた環境で育った芋が、ゴブリン達の手で収穫されている。
イメージとしては、近代的な食糧生産工場なんだけど……見た目からハイテクさは微塵も感じられない。コンクリート打ちっぱなしの雑居ビルに、土を運び込んで畑を作っている感じだ。
「温室のようなものだとは理解しているつもりですが、違和感が……いえ、そもそも先日聞いていた新種のスライムが、まさか畑そのものだとは思いませんでした」
「僕も畑仕事を任せていたスカベンジャーが、コンポスタースライムやファーティルソイルスライムになっていた時は驚きましたね。もう不思議とは思いませんでしたけど、こうなるのか! と」
コンポスタースライムは外見が土の塊のように変化して、生産する肥料が液体から堆肥のようなものになり、製造中には高熱を発する。肥料の性質も若干変化して、作物に過剰に与えた場合に起こる“魔化”と呼ばれる現象が発生しにくくなった。
木魔法で急成長させる場合は、スカベンジャーの肥料よりも効率が悪くなっているけれど、肥料はそもそも目的や用途によって使い分けるもの。農業を学び、スカベンジャーの“液肥”とコンポスターの“堆肥”を適切に使い分けられれば、作物の質が向上するだろう。
そしてファーティルソイルスライムについては、こちらも外見は土の塊。能力的にはウォーターとかマッドとあまり変わらないけれど、名前の通り、その体には植物の生育に適した栄養を豊富に含んでいる。
しかも、食事はコンポスターの堆肥を主食として、スカベンジャーの液肥を少々混ぜてあげると喜び、謎の相乗効果を発揮して生産効率が上がる。さらに、ウィードスライムに頼んでシロツメクサのような地力を回復させる力を持つ植物を繁殖させると、それもまた喜ぶし相乗効果を発揮するのだ。
俺の農業知識の乏しさが足を引っ張っているけれど、それでも畑になってくれるスライムを介することで、なんとなく作物の状態がわかりやすく、育てやすくなった。
しかも、ファーティルソイルは進化してソイルスライムになることもあれば、逆にソイルからファーティルソイルに進化することもある。おまけに調べてみたら、土属性を好むマッドやサンドからも、ソイルスライムに進化する個体がいた。
以上のことから、スライムの進化は一方通行ではないこと。また、異なる複数の種でも共通する進化先があることが判明し、スライムの進化の法則性に好む属性が関係している可能性はさらに高くなったと思う。
これなら、スライムの進化パターンが無数にあるのも頷けるし、個人的には確信に近い。仮にスライムの進化を名称と線の相関図で表そうとしたら、数が多くて網の目のような図になるだろう。
こうなってくると、スライムの進化は状態の変化ではないのか? 進化と呼ぶのは適切なのかという疑問も浮かんでくるけれど……まぁ、今は置いておこう。それよりも、
「いました。ユーダムさん!」
「店長さん。リリアンさんもお疲れ様」
「調子はどうですか?」
「これで3回目の収穫だね。店長さんのスライムありきの結果だけど、お店ができるくらいの量は作れたよ。収穫はゴブリン達が手伝ってくれてるし、そもそも畑があれだから」
ユーダムさんは、野菜を収穫しているゴブリンに目を向けて、苦笑い。
地面にはパッセロという巨大なパセリ、あるいは細かい葉が生い茂るセロリのような見た目の葉野菜が等間隔で並んでおり、本来は1つずつ地面を掘り起こして収穫する……はずなのだけれど、畑そのものがスライムなので、収穫の際はその場からどいてくれる。
つまり、収穫しているゴブリンが穴を掘ることはない。だから、道具で誤って野菜を傷つけることもないし、土から出た野菜を拾い集めるだけでいい。普通の収穫作業と比べれば格段に早くて楽なのだ。これが根菜の場合は取りこぼしもなくなる。
「ある意味、農家の人に喧嘩を売るような光景だね。便利だけど」
「否定できませんね……それよりもユーダムさん、突然ですが、リリアンさんと急いで警備会社に行ってください」
公爵夫妻が帰ってきていて、話がしたいと言っていることを伝えると、ユーダムさんの表情が引き締まる。
「わかった、すぐ行くよ。その前に最低限の身支度は整えたいんだけど」
「警備会社には着替えの用意もありますし、そのくらいの時間はございます」
ユーダムさんは神妙な面持ちで、リリアンさんと食料生産拠点を出て行った。
最後に、
「無理はしないでくださいね」
「街にはまだ備蓄もあるらしいから、ここの作物は保険だからね」
2人揃って、そう言い残していった。
仕方ないことではあるが、無理をしないことに関しての信頼が地に落ちている……
■ ■ ■
夜
約束通り、早めに仕事を終えて警備会社に戻ると、すぐに面会が叶った。打ち合わせなどは終わっていたのか、それとも時間を空けてくれたのかは分からないけれど、どちらにしても久しぶりに会える。
先日の件もあるからか、軽い緊張を覚えながら、2人がいるという小会議室に向かう。会議室の外には、警備のためだろう。入り口の両脇に立っていたゼフさんとカミルさんに挨拶をして、扉をノック。返答を待って中に入れば、疲れと安堵を浮かべた公爵夫妻が立っていた。
「お久しぶりです」
「リョウマ君、無事でよかった」
「さあ、まずはこちらに。どうぞ座って」
2人も色々と言いたいこと、話したいことがあるのだろう。奥様の手招きに従って2人の対面に座ると、ルルネーゼさんがお茶とお菓子を出してくれた。
「さて、リョウマ君。まず1つ、僕達は最初にこれだけは言っておかなくてはならない。今回の騒動に対する様々な尽力、心から感謝している。本当にありがとう」
そう言ったラインハルトさん、そして奥様は俺に向かって、深く頭を下げる。
「お2人とも、頭を上げてください。どうしていいか分かりませんし、僕は自分のやりたいことを、好きなようにやっただけです。結果的に街のため、人の助けになったかもしれませんが、僕だけの貢献というわけでもありません」
これは本心だ。何も変わらないとまでは言わないが、俺1人では大したことはできなかった。それこそ、以前の会合のようになっていただろう。
「だが、今回の件で君は命を狙われることになった」
「それこそ、お2人のせいではないでしょう。それに、報告も聞いたんですよね?」
俺が襲撃の件を報告したときには、皆さんそろって大騒ぎになった。その過程で剛剣兄弟との会話や、その前に考えていたことについても話してある。もちろん、言葉を選んで柔らかく伝えたつもりだけど……
「僕を心配してくださるのは、嬉しいですし、ありがたい事です。皆さんのことも信用していますし、頼りにならないとも思っていません。ですが……こと戦力に関して、僕が真っ先に頼るものは“自分自身”なんだと思います。今も昔も、そしておそらくは、今後も」
こんなことを自分で言えば、傲慢だとか驕っているだとか、まず他人から良い印象は抱かれないだろうから絶対に言わないけれど……たぶん、俺には才能があるのだろう。神々から貰った力ではなく、前世で生まれ育った頃から持っていた“武術”、あるいは“戦闘”の才能が。
昔から体を動かすことに関しては、手本を一度見ればなんとなく理解できた。イメージできれば、それを真似るのも難しくはなく、反復練習をすればすぐに身につく。不良やテレビの格闘家を見ても正直、勝てないと思ったことがない。本気で敵わないと思った人間は、たぶん親父だけ。
今思えば、フェイさんとリーリンさんを雇うと決めたのも、無意識の自信があったからなのかもしれない。そうでなければ、普通の感性の持ち主なら、元殺し屋なんて経歴の人を雇おうとは思わないだろう。
……本音を言えばそんな才能より、勉強の才能か、他人と上手くやっていける才能の方が欲しかったけど……というのは贅沢か。とにかく俺は、普通の子供はもちろん、大半の大人よりも戦える。魔法やスライム達と協力すれば、尚更に。そう、自負してしまっている。
「君は……いや、そうだね。本当はだいぶ前から分かっていた。君は僕らに守られるだけの子供ではないと。今回もいくつか保険を用意していたようだし、実際に無事に帰ってきている。だからこの件については何も言うまい。エリーゼも、いいかい?」
「ええ、おそらく私の言いたいことは、もう皆が言っているでしょう。リョウマ君は私達の心配を理解していないわけではないと思うし、ジルもそう話していたから信じるわ。でも本当に気をつけて、手が必要だと感じたら、ちゃんと声をかけるのよ。私達でもいいし、他の人でも良いから」
話が平行線になることを考えていたけれど、2人の方から折れてくれた。それでもやはり心配してくれているからだろう、奥様は念を押してくる。
「エリーゼ、結局言ってるよ」
「あら、ごめんなさいね。つい」
「心配してくださる人がいるのは、幸せなことだと思いますから。どちらかと言えば、謝るべきは僕の方だとも思ってます。でも、これだけは譲れそうにないので」
本当に、ただただ申し訳ない。
「気にすることはないさ。それよりもリョウマ君、君はこれからどうしたい?」
「やっぱり街を出るのかしら? お店の経営をセルジュの部下に一任すると聞いたのだけれど」
2人は不安げな表情を浮かべているが、この街を出て縁を切るようなことは考えていない。ただ、今後は冒険者としての活動を増やしていくつもりだ。
元々、冒険者の方を本業にするつもりだったし、シュルス大樹海に行くことを当面の目標にしていた。でも、街の生活や人との関わりが思った以上に楽しくて、段々と離れづらくなっていたんだと思う。
だから、これからは冒険者業を行うために、街中の仕事を減らす。おそらく、これまでよりも留守が多くなるだろうから、洗濯屋は店長としての権限をカルムさんに委譲して、彼の裁量に任せることにした。
だけど俺は出資者、あるいはオーナーという立場で経営に関わり続けるし、店を畳むつもりもなければ、今の生活を捨てるつもりもない。
そう伝えると、2人の表情が明らかな安堵に変わる。
「食料や治療など、補給に関してはしっかりと準備ができたので、今後はランク上げに集中して、延び延びになっていた“シュルス大樹海”に行こうと思っています。その後のことはまだ特に考えていませんが、先に言った通り店を畳む気はないですし、ゴミ処理場のこともありますからね。
用が済んだらまた廃鉱山に帰ってきますし、その後もこの街を拠点に冒険者業を続けようかと」
「それはよかった。本音を言えば、それが一番の心配だったんだ。無理に森から連れ出して、苦しませてしまったのではないかと」
「いえいえ、何度も言いますが、街の生活は本当に楽しくて、夢のようでしたよ。ただ、僕があまり長居をするには向かないというか、適度に距離をとった方が気楽ということで……身勝手なんですよ、かなり」
「街や集団が合わないという人も、少なくないわよ。確かに、そういう人は孤立したり排除されがちだけど……それもリョウマ君の個性だと思うわ。出て行くと言われたら悲しかったけれど、ちゃんと戻ってきてくれるなら私も安心だし、貴方の生きやすいように生きればいいのよ」
そう言ってくれた奥様が、紅茶とお菓子に手を伸ばす。
「リョウマ君もどうぞ、飲んで食べて。帰る前に、王都で人気のお菓子屋さんで買った焼き菓子なの」
「ありがとうございます。いただきます」
勧められたお菓子をいただくと、濃厚な甘みと香ばしさが広がる。その美味しさか、それとも同じものを食べているお2人が笑顔だからか、室内の空気がだんだんと暖かく、軽くなっているように感じながら、俺達はお互いの無事を喜びあった。




