自覚と変化
本日、4話同時投稿。
この話は1話目です。
「それじゃ、よろしくね」
『ゴブッ!』
ギムルの街から帰宅したリョウマはその足でゴブリンを集め、軽い食事を取りながら指示を出すと、風呂に入り汗を流した。その後は寝室のベッドに直行し、仮眠を取ろうとする。
しかし、リョウマはなかなか寝付けなかった。
消火活動、救助活動、治療、誘拐犯の捜索など、街中を駆け回り、魔法を駆使し続けた。スライムとの感覚共有も多用したため、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積している。にもかかわらず、睡魔は一向に訪れない。
それどころか、リョウマの脳裏には雑多な事柄が浮かんでは消えを繰り返す。
浅い眠りに落ちたとしても、すぐに目覚める状態が続いた、その末に、
(だめだ、眠れない)
リョウマはおもむろにベッドを出て、隣に置かれていた棚からコップと小さな袋を取り出すと、袋の中身を同封されていたスプーンでひとすくい。茶褐色の粉末がコップにさらさらと入ったら、魔法で生み出した熱湯を注ぐ。
「ふー……こういうときはこれに限る」
それは、リョウマが前世から愛飲している家伝の薬湯。炒ったタンポポの根にヨモギやイチョウ葉、その他数種類の野草がブレンドされたもので、この世界でも材料を集めて作ることができた一品。
(昔はいつも……いかん、最近増えたな……)
街が荒れ始めてから、リョウマは昔を思い出すことが増えていた。毎日とまではいかないものの、今日のように寝付けない日がある。そういう日は必ずと言っていいほど、過去の生活が頭に浮かぶ。
過去を思い出すことなんて、誰にでもある。疲れているせいだろう。そう考えて、特に気にも留めていなかったことだが、今日は少し事情が違った。
“今年が終わる3日前の夜、1人で廃坑にいると迷いが晴れるかも”
以前、神であるセーレリプタから告げられた言葉を思い出し、疑問が生まれる。
「このことか?」
1つ疑問が生まれると、次々と新たな疑問が生まれてしまう。
迷いが過去を思い出すことなら、晴れるとはどういう状態か? 自分は何に迷っているのか? その原因は何か? 迷った結果、過去を思い出しているのか? 過去を思い出して迷っているのか?
心身の疲労も相まって、思考がまとまらない。リョウマはベッドに腰掛けて、ぼんやりと薬湯をすすりながら考える。
(そもそも、どうしてセーレリプタはそんなことを伝えてきたのか……あの時は他の神々がいたのに、タイミングを見計らって俺だけに聞こえるように……)
セーレリプタの自由な性格を考慮すると“一筋縄ではいかない”と思う半面、“変な嘘はつかないだろう”という奇妙な信頼感を抱いたリョウマは、まとまらないなりに思考を続ける。
「……ふふっ」
しかし、答えは見つからず。代わりに出てきたのは笑顔。
(わからん! けど、別にいいか。昔のことは思い出すけど、それはあくまでも昔の話であって、今の生活は、幸せ以外の何物でもないと断言できる。
衣食住や金銭に困ることなく、収入は冒険者業に店の経営、その他で十分。生活は安定しているだけでなく、実益を兼ねたスライム研究で趣味も充実している。知り合いも増えて、出会う全てがというわけにはいかないけれど、親切な人々に囲まれて……これで幸せじゃないなんて、どう考えても思えない)
微笑みながら一口飲んだ薬湯も、原料のイチョウ葉は少年冒険者のベックと集めたもの。コップを入れていた戸棚には、遠征で訪れたファットマ領から帰る際に、仲良くなったニキ少年から貰った石が飾られている。
その他にも、リョウマの部屋には“他人が関わる物”が増えていた。
ガナの森に引きこもっていた頃にも色々と物はあったが、それらは全てリョウマ自らが作った物。全てが自給自足であり、全てが1人で完結していた。
「いや、それだと1人で寂しい奴みたいで嫌だな。あの頃もスライムがいたし、厳密に言えば1人では……流石にスライムを人に換算するのは無理か。むしろ、寂しい奴感が増したな」
一人暮らしで身についた癖に、徹夜続きでまともに寝ていないこともあるのだろう。自分の独り言を聞いて自分で笑うリョウマは、普段より若干テンションが高くなっているようだ。
(自分にこんな生活ができるなんて、昔は考えもしなかった。それこそラノベの中とか、夢のような……もしかして、そういう意味か?)
考えることを止めたところで、ふと気付く。セーレリプタの言う“迷い”。その原因が現状に対する不満ではなく、現状を幸せだと思うからこそではないのかと。
(そうだとしたら、理解できないこともない。もし今の状況が夢で、目が覚めたら元の生活に戻るとしたら……戻りたい、とは思えない)
リョウマは初めてガイン達に会った時のことを思い出す。自分自身の死を告げられたその時、夢でも現実でも“どちらでもいい”と思っていた。それほど前世に未練を感じず、快く転生を選んだ結果が今に繋がっている。
(海のど真ん中に放り出されて、止まったら溺れ死ぬから動き続けるような、先の展望も希望も見えない生活だった。一応“生活ができるだけマシ”といえばマシだけど、1つ何かが狂ったらと思うと、怖かったし安心もできなかった。
テレビやネットで犯罪のニュースを見ると、いつか自分も同じ道を辿るように思えて、仕方なかった。擁護をするつもりはないけれど、そんなニュースに対するコメントを目にすると、自分自身が責められているように感じて、悲しくなった。
好き好んで死にたくはない。でも、死んだほうが楽になれるのではないか? むしろ、さっさと死んだ方が世間の迷惑にならずに済むのではないか? そんな思いが、常に頭の片隅に残るようになって……日々の生活を守る、そのために心身を削ることの繰り返し)
ここでリョウマは、以前共に食事をした奴隷商会の若き主、オレストの言葉を思い出した。
“貴方は大切な日常を守るため、無意識に大人の言うことを聞く“いい子”になろうとしているように、私は感じました。……今の貴方はとても幸せそうですが、窮屈そうだ”
「ははっ、流石というか何というか、しっかり核心を突かれてたんだな……うん。今なら理解できる。……周りの人が優しくて、順調な生活で、心から生まれ変わったつもりでいた。だけど、中身は昔と大して変わってなかったわけだ」
全てが腑に落ちた、という様子で呟かれたのは、悲観的に聞こえる言葉。しかし、その内心はこれまでになく穏やかで、顔には自嘲ではない笑みが浮かんでいた。コップに残る薬湯を飲み干す頃には、噴出する雑多な思考も消え去り、改めてリョウマはベッドに――
「あー、やっぱり来たか」
――戻ろうとしたタイミングで、廃鉱山の周囲に潜ませたストーンスライムが、接近する集団の存在を告げる。
「これも含めて“迷いが晴れる”ね。今なら分かるが……これで、また皆さんに心配かけるの確定だなぁ」
薄暗い部屋で困ったような、しかし嬉しそうにも見える微笑みを浮かべて、リョウマはベッドの傍らに立てかけていた刀に手をかける。体調は万全とは言えない。
しかし、その背中には今までにない覇気があった。
■ ■ ■
空は曇り、月や星の光も差し込まず、廃鉱山から街に続く道は積雪で埋まっている。
そんな夜中の陸の孤島に、森の中から悪意が忍び寄る。その数、30と2。
敵の大半を占める30人は、闇に紛れやすいよう黒に塗られた装備を身に着け、背中には背嚢のような箱を背負い、周囲を警戒しながら進む。
その一方で、残る2人は重厚な甲冑を着込み、ツヴァイヘンダーと呼ばれる両手剣を背負っているにもかかわらず、森の中を苦にせず歩いていく。
言うまでもなく、人が見れば明らかに怪しい集団が、山の麓にさしかかった時。
周囲にのんきな声が響いた。
「あー」
『!!』
「テステス、聞こえてるかな? こちらはリョウマ・タケバヤシ。えー、森の中からこちらに近づいてきている人達へ。俺を殺しに来たんだろう? 逃げはしないからさっさと来い。俺はここにいるぞ」
直後、真っ暗な廃鉱山の一部に、次々と明かりがともる。
そこは以前、討伐作戦が行われた際に使われた広場であり、過去の採掘物の搬送拠点。今は多数の篝火が円を描くように設置され、中心にはリョウマ本人が立っている。
「起動しろ!」
まだ距離はあるが、肉眼で見える位置に現れた光源と標的。目を細めた1人が冷静に指示を出すと、黒装束達は一斉に背負っていた箱に手をかけ、素早く魔法道具を起動した。
「もう隠れても意味はぁ……」
リョウマの声が、呼びかけの途中で途絶える。
魔法道具から発生した魔力の波が、声を届ける風魔法を打ち消したのだ。
これにより、森の中に沈黙が戻ったのもつかの間、黒装束の指示が響く。
「急げ」
短い命令に従い、黒装束の一部が先行。道中に待ち伏せや罠があれば、己が身命を捨ててでも排除し、1秒でも早く後続を標的まで送る。それほどの覚悟を持って……だが、その覚悟は無意味だった。
彼らはそのまま待ち伏せや罠、その他の“妨害”と呼べるものに何一つ遭わず、リョウマの下にたどり着いてしまう。しかも、肝心のリョウマは逃げることなく篝火の輪の内側、雪を溶かし、刈り揃えられた芝生のリングの中心に、抜き身の刀を携えて立っている。
その姿は、黒装束達にさらなる警戒を強いた。
「よく来たな。歓迎はしないけど。一応聞くが、大人しく捕まるつもりはないか?」
「馬鹿なことを。状況が分かっていないのか?」
「命を狙われるのは承知の上。何かあればすぐに逃げろとは言われてたんだけどね……万が一にも街に行かれると困るし、独断で相手をすることにした」
リョウマの口から出た言葉は、宣戦布告と同義。
いつ戦闘が始まってもおかしくない状況……でありながら、
「フハッ! これは愉快だ! なぁ兄者!」
「そうだな、弟よ。まさか我らと正面から戦いに来るとは」
「待て、罠の可能性が」
愉快だと笑ったのは、甲冑を身に着けた2人組。身の丈ほどの両手剣を抜き放ち、ずんずんと前に出ていく。近くにいた黒装束がそれを止めようとするが、
「我らも素人ではない。何より、小僧の始末は我らの仕事」
「お前達は周囲と搦め手を警戒しておけ」
2人の言葉で、黒装束達は一歩引く。
「俺の相手は2人だけか?」
「フッ……どうやら貴様は随分と邪魔だったようでな、街の騒動で少しでも疲弊したところを狙い、確実に殺せと言われている」
「後ろの連中は場を整え、邪魔者が入らぬように露払いをするのが主な役割だ」
「なんとまぁ、子供1人に随分と慎重な対応だこと。魔法が使えなくなったのもそれか」
「我らも最初は、鼻で笑った。しかし、実際に見てみればどうだ? 弟よ」
「思ったよりも楽しめそうではあるな、兄者。逃げることなく堂々と我らの前に立ち塞がって見せるだけでも大した胆力だが……虚勢とも思えぬのがまた興味深い」
ここでリョウマは何を思ったか、深いため息を吐いた。
「“こんなガキだったら俺1人で楽勝だぜぇ!”とか言いながら突っ込んでくるような輩なら、楽なんだがな……」
「我らも事前に得られる情報は集めている。貴様とて、警戒される心当たりはあろう?」
兄と呼ばれた甲冑男がそう言うと、リョウマは少々困った顔をする。
「あー……心当たりはあるけど、最近色々とやりすぎて、どれが原因で警戒されているのか分からん。魔法はもう封じられたし、不良冒険者を叩きのめしたことか?」
「調子に乗った小僧共を伸した程度で、警戒はしない」
「ガナの森で盗賊を始末しただろう」
弟の言葉で、リョウマは合点がいった。
「連中の仲間か?」
「直接の関係はない。我らのような者は人目を避けて、一般人の分け入らない野山を移動する時が少なくないからな。そのように使える“裏道”の情報が闇ギルド内で共有されている。それによるとここ数年、ガナの森付近で消息を絶つ盗賊団が相次いでいたらしい」
「そこに貴様がガナの森に住み、消息を絶った盗賊団の賞金を得ていたとなれば、貴様にやられたと考えるのが自然だろう。何より、目の前で濃密な殺意を垂れ流しにされれば、素人でも察するというものだ」
穏やかに会話をしているようで、3人は常に威圧感を放ち続けていた。
その圧は、数多の犯罪に手を染め、修羅場を潜った黒装束達が寒気を感じるほど。
そうでなければ、彼らは即座にリョウマの命を奪いにかかっただろう。
与えられた役割が露払いとはいえ、隙があれば狙わない理由など無いのだから。
「不思議だな。我らの四半分も生きていないように見える小僧が、歴戦の猛者を思わせる」
「人を斬った数は数えきれぬが、剣を抜いた我らを前にして尚、泣き喚かぬ小僧は初めてだ。殺す前に聞いておこう。なぜ1人で立ち向かう? 我らが、死が恐ろしくないのか?」
「ん……まぁ、利口な選択じゃない自覚はある。けど、気付くとついつい、余計な口出し手出しをしてるんだよ。昔からそれで何度も失敗して、疎まれて、何度もやめようと思うんだけど、これがどうにも治らない。
死に関しては、猛獣や自然に命乞いなんて無駄だから、森にいた頃はわりと身近だったし、何より俺は一度死んだからなぁ……」
「一度死んだ?」
「何を言っている」
冗談と受け取ったか、はたまた、まともに答えるつもりがないと受け取ったのか。
どちらにしても不快感が込められた声色に、リョウマは曖昧な笑みを浮かべて付け加える。
「比喩表現だと思ってくれればいい。説明は難しいが……個人的に、死ぬより嫌な生活を知っていて、今は満ち足りている。だから、今は昔と違う意味で、ここで死んでも悔いはない。仮に死んでもあの神々の御許に行けるなら、それはそれで悪くないかもしれない」
穏やかな笑顔で、リョウマは迷いなく言い切る。
「尤も、一番の理由はここで死ぬつもりが全くないからだけど。俺もまだあの街にいたいとは思うし、何より世話になった人達を悲しませたくもないから」
「残念だが、それは無理な話だ。我々も依頼を受けた以上、手ぶらでは帰れぬ。悲しませたくない者がいるなら、一目散に逃げるべきだったな」
「いや、街や仲間に被害を出さぬことを考えれば、最良の判断だったと言えよう」
兄弟の殺害予告にも、リョウマは笑顔を崩さなかった。
「それは、そっちが勝てばの話だろう? わざわざ魔法を封じる魔法道具まで用意してもらって悪いけど、実は魔法より剣の方が得意なんだ」
「ならば、その腕を見せてみるがいい。我らは殺し屋・“剛剣兄弟”」
「我らを相手にして、生きて帰れた者はいない」
ここで兄弟は初めて、用意された芝生のリングへと足を踏み入れた――次の瞬間、兄弟の動きが不自然に加速し、左右からリョウマを挟み込む。
実戦に合図など存在せず、命がけの闘いは唐突に始まった。
2022年12月11日
作品について不要な表現を考え直し、一部削除いたしました。




