魔法の訓練
本日2話同時更新
この話は2話目です。
「さて、そろそろ始めようかの?」
シャボン玉でしばらく遊んでいたが、今日の訓練が始まるようだ。
「お嬢様は午前に引き続き、魔法の制御訓練です。リョウマ様は何か希望はありますか?」
「各属性の攻撃魔法をお願いします。以前教会で話した通り、攻撃魔法は殆ど使った事がなくて」
「おお、そうでしたな。そういう事であれば適任者は……」
「僕ですね」
セバスさんが視線を向けたのはカミルさん。どうやら彼が俺の担当として教えてくれるらしい。
「リョウマ君は全属性使えるそうだね。僕は下位属性全てに加えて雷と氷属性を使える。毒属性と木属性、上位属性は教えられないけど、それ以外なら初級魔法は全部教えられるよ」
「そうだったんですか。よろしくお願いします、カミルさん」
「こっちこそよろしくね」
「それではリョウマさん、またのちほど」
お嬢様は少し離れて訓練をするようで、一言伝えて奥様達と共に離れていく。
とりあえず見送ったが、同じ場所で訓練するのではなかったのか?
そうカミルさんに聞いてみると、こんな答えが。
「安全のため、かな。リョウマ君はお嬢様の魔力が多いって話、聞いたんだよね?」
「はい、聞きました」
「そのせいでお嬢様は魔法のコントロールが苦手なんだ。最近はもう無いんだけど、それで以前は撃った魔法があらぬ方向に飛ぶことが良くあってさ……しかも一発に実戦で使える目安の数倍威力があったりね」
それは確かに危険そうだ……
「でもほら、それは昔の話だし、さっきも言ったけど最近は滅多にないんだ。だから今日のは用心のためだよ」
カミルさんはやけに大丈夫だと強調している。仕えている相手の事だから気まずいのか。これ以上話をつづけさせるのも悪いので、訓練に入ろうと提案する。
「そうだね。僕たちも始めようか。で、リョウマ君も少しは攻撃魔法を使えるんだよね?」
「はい、初級の攻撃魔法だけしか使えませんが」
「オッケー。じゃあ使える攻撃魔法を一通り見せてくれる?」
「わかりました」
そう言われた俺は近くの岩に向かって火・水・風・土・雷・氷・毒属性の基本攻撃魔法『ファイヤーボール』『ウォーターボール』『ウィンドカッター』『アースニードル』『スタン』『アイスショット』『ポイズン』を放って見せる。
「うん、基本とはいえよく出来ているよ。これなら次の魔法もすぐ覚えられそうだ。なら……まず1つ1つ僕がお手本を見せるから、それを見て新しい魔法を使ってみようか」
「よろしくお願いします」
「じゃあ行くよ。まずは火属性、『ファイヤーアロー』」
カミルさんが魔法を唱えた瞬間、カミルさんの手のひらから出た火が矢の形に収束し、岩に向けて一直線に放たれた。矢は真っ直ぐに標的の岩へ着弾。軽い音と共に炎が弾ける。
「これが火属性の下級攻撃魔法『ファイヤーアロー』だよ。『ファイヤーボール』より飛ぶのが速くて貫通力がある。これが火属性だと最も使い勝手が良くてよく使われる魔法だね、じゃあ、リョウマ君もやってみて」
「はい」
俺はカミルさんの『ファイヤーアロー』を思い出し、再現しようと試みる。掌に『ファイヤーボール』と同じ要領で火を出し、それを圧縮・収束させ矢として放つイメージを作る。
「『ファイヤーアロー』」
俺がそう唱えて放った『ファイヤーアロー』は、カミルさんの魔法と同じように生み出され、飛んで、岩に当たり弾けた。
「うん、成功だね。一度で成功するなんて飲み込みがいいよ」
あれ、こういう時、小説のテンプレだと怪しまれるよな? 少し誤魔化しとくか?
「弓を使えますから、イメージしやすかったです」
「そっか、それもあったね」
「それも?」
「うん。魔法使いじゃない人に時々あるんだけど、魔法系スキルのレベルが高い人は攻撃魔法を習った事がないだけで、生活に使っている間にその魔法を使えるだけの技量を身に付けている事があるんだ。
そういう人はイメージさえ出来ればちょっと練習しただけで使えるようになるし、人によっては2,3回の練習で使えるようになるんだよ」
なんだ、小説でよくありがちな魔法の習得速度が異常なんて事は無いんだ……良かった。というかお嬢様もさっきバブリーウォーターを2回で使えてたじゃないか。気づいたら心配して損した気がする……
それからは同じ要領で攻撃魔法の『ウォーターショット』『ウィンドハンマー』『ロックバレット』『スタンアロー』『アイスアロー』を習い、習得する。さらに防御魔法の『ファイヤーウォール』『ウォーターウォール』『ウィンドシールド』『アイスシールド』もあっという間に習得。
ただしその代わりにちょっとした問題も起きた。
「う~ん……教えることが無くなっちゃったな……中級に行くか、練度を高めさせるか……う~ん…………」
どうやら俺の魔法の習得速度は異常ではないもののやはり早いらしく、今日教わる予定だった魔法をもう教わりきったらしい。するとそこにセバスさんがやってくる。
「なにかお困りですかな?」
「セバスさん」
「リョウマ君の飲み込みが早くて、今日教える魔法をもう全部覚えちゃったんですよ」
「そういう事でしたか。それではここからは私がお教えしましょう。空間魔法ならば教えられますので」
これは嬉しい! 国有数の空間魔法使いから学べるのはラッキーだ!
「それなら僕はこれで。頑張ってね、リョウマ君」
「ありがとうございました、カミルさん。よろしくお願いします、セバスさん」
カミルさんに礼をいい、セバスさんに頭を下げると、セバスさんは朗らかに笑ってこう言った。
「それでは始めましょう。まず確認させていただきます、リョウマ様はアイテムボックスの他に習得している空間魔法はありますか?」
「テレポートが使えます」
「見せて頂いてもよろしいですか?」
「はい、勿論です。では、『テレポート』!」
~Side セバス~
リョウマ様がテレポートを発動され、近くの岩の傍まで転移されました。そこから更に4度連続でテレポートを発動して周囲を移動し、私の目の前まで戻って来ます。
瞬時に別の場所へ移動する魔法の性質上、初心者は転移直後に体勢を崩す事も珍しくないのですが、それもありません。素晴らしい。初歩的な魔法ではありますが、発動の早さとその前後の動きの自然さに慣れを感じます。反復練習を重ね、しっかりと身に付けておられるようですな。
「お見事でございます、リョウマ様。そこまで出来るのならば、中級魔法のディメンションホーム及び中距離転移魔法のワープも使えると思われます」
「本当ですか!?」
「ええ、本当ですとも。リョウマ様は空間魔法が上位属性であり最も使用が難しい理由をご存知ですか?」
「いえ、分かりません」
「では、空間魔法はどうやって使うか、説明できますかな?」
「まず魔力で空間に干渉し、捻じ曲げる事が基本です」
「その通りにございます。ですが……その基礎である魔力で空間に干渉するという事が、大多数の方々を躓かせてしまうポイントなのです。
空間と言う物は常にそこにありますが、それを本当に意識できる人は稀なのですよ」
空間魔法について語る教本の類には“この世界の万物を包む”等といった大仰な記述が多く、大抵の人は自分の中で確たるイメージを持たず漠然としたイメージを持ってしまっているために干渉が不完全なのです。
本当に必要な事は、自分達が居るこの場所、魔法を使う空間を如何に正確に、深く把握するか。ですがこれは言葉で説明できる物ではありません。言葉での理解ではまだ不完全。訓練を重ね、自らの感覚で把握するしか無いのです。そして、それが出来なければ中級以上の空間魔法はまず習得できません。
「こう言うとよく驚かれますが、下級の空間魔法と中級の空間魔法は、本当は同じ魔法なのです」
「!?」
ふふ……やはり驚かれているようですな。
「昔は空間魔法に現在の下級魔法は無く、一説には下級中級といった区別すらも無かったとも言われます。その理由は空間魔法は空間の把握がしっかりとできて、ようやく初めの1歩を踏み出せる物であったからです。
それが出来ない者の空間魔法は失敗か不完全な物とされていましたが、時代と共に空間魔法を使える者が減り、空間魔法使い全体の質が落ちた事でかつての基礎であった魔法が今の中級魔法に、そして不完全な中級魔法が下級魔法とされてしまったのです」
「つまりアイテムボックスとテレポートと同じイメージで、中級魔法のディメンションホームやワープが使えると?」
「はい。ディメンションホームに関しては補足がありますが、ワープに関してはその通りにございます。ただ転移する距離をテレポートより更に遠くに、転移先をしっかり把握出来れば魔力量次第でどれだけ遠くにも行けますよ。そうですな……まずはあの岩の頂上を目指しては如何でしょう?」
私は目に見える範囲内で一番遠くにある大きな岩を指し示します。ちょうど良くあの岩の頂上は平ですから、足場もしっかりしているでしょう。落ちても大怪我をするほど高くはありません。
「わかりました、やってみます」
リョウマ様はすぐに挑戦するようですな。このように素直な態度なら教えがいがあると言うものです。
思えば私は何人の者にこうして魔法を教えたでしょうか……空間魔法の才を持って生まれ、ジャミール家に仕えつつ、才を役立てるために訓練に励んだ若かりし頃は、ただ訓練と執事としての勉強に明け暮れました。
先代様と共に旅をした頃、その魔法は役に立ちました。旅を終えてからは先代様の補佐をする毎日……この頃からでしたね、私が国有数の空間魔法使いなどともてはやされ始めたのは。先代様の補佐として大量の荷物をディメンションホームに入れて行動していた事がその一因でしょう。人前に出ることも多かった。
その結果大勢の方々が弟子にしてくれと頼み込んでくるようになりました。私に来る嘆願書は全て無視をしていましたが、中には先代様を通して、先代様との繋がりを盾にして家臣やご子息に空間魔法を教えろとのたまう方々も。
そういった方々からの要請は流石に無視するわけにも行かず、教えましたが……これが何とも言えません。教えた者が100人を超えてから数えるのは止めましたが、最終的に中級以上を習得できたのは10人にも満たなかった筈です。特にいくつかの家のご子息は、空間魔法は言葉で伝えられる物ではないと言っても聞きもせず、不満を言うばかりで訓練もろくにされなかった。
リョウマ様のように素直に言葉を聞き、ひたむきに魔法の訓練に取り組もうとする。そういう方は教えていて楽しいものです。才があるのならば尚更面白い。私が誰かに魔法を自ら教えようと思ったことなど、今までにあったでしょうか? あったかもしれませんが、覚えておりませんな。
こんな事を考えている間にも、リョウマ様は目を瞑り精神を集中されています。まるで周囲の音が何一つ聞こえていないかのように静かに、深く。この歳でこれほどまでの集中力をお持ちなのは素晴らしいですが、一体どういう訓練をすればこうなるのでしょうか……
考えてみれば、リョウマ様は初めて会った時から歪な少年です。初めは親が居らず、森に篭る奇妙な少年と聞き。実際に会ってみれば森に長く住んでいる割に随分と清潔そうな服を着て。口を開けば初めはたどたどしくも丁寧な口調で我々を迎え、家に招かれて出てきたのは最高級の紅茶とこれまた高級品のハチミツ。家の作りは簡素ですが頑丈で快適な家であることがよく分かり、聞いてみればお風呂まであるという設備と住み心地は貴族並みの家に住む少年。
何より奇妙なのはその知識と技術。スライムの研究という誰からも相手にされない研究を続け、クリーナースライムとスカベンジャースライムで生活の質を向上させ、防水布や今まで見た事のない糸を作り出せる。
ギムルまでの道中の馬車では錬金術でガナの森の岩塩の毒を取り除けると言い、それに興味を示したラインハルト様に『量が少ないから流通させたら他の産地に競争で負ける』と貴族、もしくは商人として教育を受けていなければ、この歳では持っていないであろう商業の知識の一端まで見せました。
街についた際の空虚な目と悪漢達からお嬢様をお守りする手腕は今でも私の目に残っています。そしてこの街についてからは既に、疫病の蔓延を事前に人知れず防ぐという偉業を成し遂げられました。どれもこれも普通の子供には不可能な事、それを成す少年。普段は大人びていますが、最近は我々に少し心を開いてくれたようで、時折年相応の反応を見せます。リョウマ様が……
「セバスさん」
おっと、考えに夢中になっていたようですな……
「はい、何でしょうか?」
「行けそうです、やってみます」
「どうぞ」
「…………行きます、『ワープ』」
次の瞬間リョウマ様の姿が消え、私が先程指し示した岩の上に現れました。それを見て私も岩の上に転移します。
「おめでとうございます。中級空間魔法『ワープ』成功にございます」
「やった! ありがとうございます! セバスさん!」
ふふ……こういう所は年相応ですな。
「それでは次に、ディメンションホームの説明にまいります。基本はアイテムボックスと同じく空間に穴を開け、その中の空間を広げて維持するイメージで大きな部屋を作って頂きます。
ここまではアイテムボックスと同じ事ですので詳しい説明は省きますが、この際、作り上げた空間の中に周囲と同じ環境があるように意識して下さい。アイテムボックスと違い、ディメンションホームには空気があるのです。だからこそ、中で生活することも魔物を飼うことも可能になります。ここを再現できなかった魔法が下級魔法のアイテムボックスなのです」
「わかりました」
そう言ってリョウマ様は今一度集中を始めました。ワープより複雑で難しい魔法ですので、リョウマ様も必死で感覚を掴もうとしている様子です。そして何度もディメンションホームと唱えますが、出てくるのは黒い穴。これは失敗でございます。それをリョウマ様に伝えると再び集中を始め、もう一度。そして失敗。
それを繰り返し、次第に汗を流し始めます。それでもリョウマ様の集中は途切れません。時折休憩を取りつつ練習をし、1時間2時間と時間が過ぎてゆき、とうとう4時間になろうとした時リョウマ様が呟くように唱えました。
「……『ディメンションホーム』」
その瞬間、リョウマ様の目の前に『ディメンションホーム』によって白い穴が生まれます。
「おめでとうございます。『ディメンションホーム』も成功にございます」
「よし! ありがとうございます! これでスライムを中に入れて運べます!」
「お力になれたようで、何よりです。もし今作り出した空間が手狭になった場合、魔力を多く使いますが、更に空間を作り出す作業をする事で新しい空間を増築する事が可能になります。その際開けた穴が黒い場合は失敗、白い穴が成功の証ですので、お気を付け下さい」
「了解です」
「それではお嬢様方の所に戻りましょう。もうじき暗くなってまいりますので」
「え……? あっ!? 結構時間経ってたんですね……」
どうやら気づいてすらいなかったようですな。成功せず放っておけば、いつまでも続けたかもしれませんね。普通はここまでやる前に魔力が枯渇し、音を上げると思いますが……流石はお嬢様に匹敵する魔力の持ち主です。
「集中されていましたからね。それでは参りましょう『ワープ』」
色々と気になる事はありますが、これからも彼を静かに見守るとしましょう。




