店の防衛
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
騒動の始まりから約3時間が経過する頃。
街を守る人々と襲撃者のいたちごっこが続く街中を小船と魔法で駆け回るリョウマが、何かに気づいたように振り返り、すぐに前を見て速度を上げる。
「どうしたの?」
「洗濯屋とゴミ処理場に配置したスライムが反応しました。どうやら襲撃のようです」
「ここにきて、か。向かわなくていいのかい?」
「問題が起きている場所は他にも沢山ありますし、どうも他にも、潜伏していた敵が動き始めたようです」
リョウマは上着の懐から試験管のような容器を取り出すと、中の魔力回復薬を一気に飲み干して、船を運ぶ濁流と同化したスライムに魔力を供給する。それによって、さらに船の速度が上がる。
「店にはフェイさん達がいますし、非戦闘員を守るための準備もあります。それに、ここで他への対応が遅れれば、それこそ敵側の思う壺でしょう。それより戦闘準備はできてますか?」
「当然」
「では、このまま突っ込みます!」
リョウマの宣言の直後、小船は凍結した道でスリップした車のように、目前に迫っていた火事場に滑り込む。消火活動のために集まる人々を襲う、冒険者らしき集団を数人まとめて跳ね飛ばしながら……
「っと! 緊急事態だとしても、もうちょっと安全に降ろして欲しかったな!」
届かない要望を口にしながら、衝突寸前に船から飛び降りたユーダムが、着地地点の傍にいた襲撃者を1人殴り倒す。
街の混乱はまだ一向に収まる気配はなく、この襲撃と戦闘も氷山の一角に過ぎなかった。
■ ■ ■
同時刻……洗濯屋・バンブーフォレストに面した通りでは、店の警備担当のオックス、そして20人ほどの冒険者が距離を空けて向かい合い、不穏な空気を漂わせていた。
「だから、俺達はこの店の警備の手伝いに来たんだよ。リョウマって子の依頼で」
「そんな話は聞いていない。帰ってもらおう」
「こんな街の状況だ、連絡が滞ってるんだろ。上の人間に確認してくれよ」
「確認もなにも、ここの守りは一任すると、店主本人から言われている。増援を送ることも、本人がここに来ることもないということもな」
「命令の変更だってあるじゃ――」
「もういいだろ」
中に入れるように訴えていた男の後方で、1人の冒険者が剣を抜く。
「お、おい!」
「うるせぇな、どのみち最後にゃこうする予定だったろ。素直に扉を開けてくれりゃあ、面倒が減ってよかったが、そうでないならぶっ殺すしかないだろ」
「だ、だな……押し問答してる時間もない……人が来たら余計に面倒だ」
男の言葉を皮切りに、他の男達も武器を構えた。
店の中から漏れた光が、怪しげに反射する。
その様子をオックスは静かに見つめて、一言。
「殺す、と聞こえたが、君達が私を殺すと?」
「はっ! どこかの闘技場の元チャンピオンらしいが、片腕じゃあ自慢の双剣もまともに使えねぇだろ? この数で囲めば楽勝だよ! 行くぞ!!」
『おおっ!』
男達が一斉にオックスを取り囲む。
そして包囲から最初に飛び出したのは、号令をかけた男。
男は大上段に構えた剣を、オックスの右肩口めがけて振り下ろす。
だがその刃は肉に届くことなく、高音が響くと同時に砕け散る。
そこには一瞬のうちに剣を抜き放ったオックスが、逆手に握った剣を高々と掲げていた。
「は?」
「修練が足りんな」
「ながぁっ!?」
空中で順手に持ち変えられた鉈のような剣が、一方的な言葉と共に男の右肩口に振り下ろされる。
それはいわゆる“峰打ち”だったが、剣という金属の塊に、オックスの腕力と重力を加えた一撃の威力は絶大。男が付けていた簡素な肩当てではその威力を軽減しきれずに、鎖骨を易々と砕き、衝撃は肺にも届いた。
男は思わず苦悶の声を上げ、反射的に後退しそこねて転び、左手一本で這うように離れていく。
オックスはそんな男を一瞥すると、横合いから突き込まれた槍の穂先を剣でいなしながら、滑るように槍使いに接近。素早く槍を持つ手をへし折った。
次に背後から迫ったナイフは、一歩前進して体を入れ替えつつ、大きく円を描いて上から敵の腕ごと叩き潰し、即座に跳ね上げた柄頭で顎を打ち上げる。
すると勢いよく向かっていたこともあり、顎を打たれた男は馬車に跳ねられたように飛んだ。
その様子に、ほんの数秒の間に3人がやられた事実が、残る男達の身を竦ませる。
「どうした、来ないのか? 確かに左手は失ったが、右手でも一本は振れる。そのくらいは理解した上で来たのだろう?」
「くっ、同時にだ! 全員で一斉に袋叩きにすれば、右手一本じゃどうしようもない!」
「笑止」
1人が声を上げ、残る男達が動こうとするが、その行動はオックスが帯びていたもう一本の剣によって中断された。
ひとりでに鞘から飛び出し、目の前を扇状に薙ぎ払った剣は、大きく弧を描いてオックスが失った左の手元に収まる。
「剣が、浮いて」
「ちっ! 魔法かよ!」
「獣人なら魔力は多くないはずだ! すぐにバテるに決まってる!」
「ならば、早々に決着を付ければいいだけのことよ」
ここで初めて、オックスが先手を取る。
包囲のため、左右に広がっていた男達の中心に左の剣を飛ばし、自らは右端の1人へと向かう。そして自分に向けられた刃を右の剣で払いのけたかと思えば、戻ってきた左の剣が男の頭を打ち据える。
左手を失って尚、剣に対する未練と執念を捨てられなかったオックスが、苦肉の策として生み出した技。それはリョウマと出会い、持続性魔力回復薬の提供を受け、魔力量という弱点を克服した結果、単純な持久力だけでなく錬度も飛躍的に向上していた。
「た、助けてくれ!」
「このやろ、うっ! あぶねぇ!」
「ぎゃああぁあ!」
左の剣は、魔力で操る性質上、手を使って剣を振るよりも間合いが広い。その利点を活かすことで、自らを包囲する男達を牽制し、孤立した者から打ち倒していくオックス。
「やられて、たまるかァッ!」
自分がまともに打ち合える相手ではない。そう判断した1人が一か八かの特攻を仕掛けるが、その刃は右の剣に阻まれた。時には繊細な技術で逸らし、時にはその豪腕から生まれる力で弾き、敵の攻撃を己が身に届かせない。
“攻め”の左と“守り”の右。縦横無尽に舞い踊る2本の剣は、まるで竜巻のように敵を巻き込んでいく。
「……」
打ち合うどころか接近することもできない男達の半数が戦闘不能に陥ったところで、誰よりもオックスから距離を置いていた1人が手のひらに魔力を集中し始める。
「ファイヤーボ、ッ!?」
だが、その魔法が完成することはなかった。
「なんだこの針、うぅ……」
男が肩口の痛みに魔法の発動を止め、肩に刺さる細い針のような物体を認識する。
この僅かな時間で、男の腕には激しい痛みと痺れが襲っていた。
「どうし、なんだこの煙は!?」
そんな仲間の異常に気付いた1人が声をかけようとして、更なる異常に気付く。
いつの間にか彼らの背後には濃い煙が立ち込め、夜の闇も相まって視界を著しく遮っていた。
今は街のいたるところで火災が発生しているため、煙や匂いが流れてきてもおかしくはない。しかし、オックスに注目していた男達が気付かなかったように、この場所だけが煙に包まれていない。
明らかに人為的なものだと男達は思い至ったが、少し遅かった。
「しまっ」
「ぐあっ!」
「誰だ! 出て来い!」
煙の中から飛び出す針が男達の四肢を次々と穿ち、戦闘不能にしていく。
男達も仲間に刺さった針の軌道から敵の位置を把握しようとはするが、
「ぐはぁっ!」
「な、うっ」
ここで、オックスと同じ店の警備担当であるドルチェとフェイが乱入。
ドルチェは持っていた槍で近くにいた男の頭を殴りつけ、再び煙の中へ。フェイは音もなく一人の背後を取ると、素早く拘束して煙の中へ引きずり込んでしまう。そして2人に気をとられた隙を狙うように、再び毒針の投擲が残る男達を襲った。
さらにこの間にもオックスの猛攻で1人、また1人と無力化される男達。
まだ戦える者は、あと3人というところまで減った。
「くそっ!」
「あっ、おい! 逃げるな!」
「殺されるぞ!」
「うるせぇ! どのみち同じなら最後まで逃げてやる!」
事ここに至っては、もう勝ち目はないと判断したのだろう。
1人が煙の壁に向かって駆け出し、止める仲間にそうはき捨てるが、
「ぎゃぁあああ!!」
男が煙の壁に突入した直後、煙の中から悲鳴が上がる。
「逃がしては、もらえないか……」
「ちくしょう、なんなんだよこいつら! 何でこんな連中が、こんな街中の小さな店で用心棒なんてやってんだよ!? 奴隷にならずに済むはずだったのに、こんなの、完全に罠じゃないか。嵌められた、嵌められたんだ、俺達は嵌められたんだァ!!」
かたや諦め、かたや錯乱し始め……残る2人はもはや完全に戦意を失い、まもなく取り押さえられた。
「店のまわり、軽く見てきた。とりあえず他に敵はいないみたいネ」
「そうか、リーリン殿、先ほどの援護は助かった。フェイ殿とドルチェ殿もな」
「俺達がいなくても、結果は変わらないと思う」
「遠距離からの攻撃は面倒だ。それに逃げる敵の捕縛もあまり経験がない。私一人なら、負けはせずとも、真っ先に逃げ出した男は逃がしていたかもしれんよ」
「闘技場で逃げる相手を追って捕まえることは、まずないだろうからネ。私達は戦うよりそちらの方が得意だし、店主から借りたスライムもいるから、とても楽だた」
そう言って笑うフェイは、腰に結わえ付けた一本の竹筒へ目を向ける。
すると周囲に漂っていた煙が紡がれる糸のように、竹の節に空けられた穴に入っていく。
それはアッシュスライムから進化した、“スモークスライム”。
通常はアッシュスライムのような灰の山、あるいは塊のような姿をしているが、その粒子は空気中に漂うほど軽くて微細。能力的にもアッシュスライムやサンドスライムに近く、指示すれば意図的に体を拡散・集合させることができる。
この性質を利用して、フェイは“自在に操れる煙幕”を作っていた。
「私の方も、必要なだけ毒針が補充されるから、とても心強い。毒の量の調整には、ちょとだけ困たけど、些細な問題ヨ」
リーリンは右手首に、腕輪のように巻きついたスライムを皆に見せながら笑う。
ポイズンスライムから進化した“スティングスライム”だ。
「捕縛にも役立つ。まさか俺が、スライムと契約することになるとは思わなかったが……」
そんなドルチェの肩に乗るのは、スティッキーよりも強靭な糸を吐く“スパイダースライム”。この糸によって、捕らえられた男達は身動きが取れない状態になっている。
ドルチェは、雇用された当初は魔法が使えなかった。魔力が少なく、才能があるというわけでもない。なによりスラム育ちで指導者にも恵まれなかったため、魔法を習得しようとも考えていなかった。
しかしバンブーフォレストの警備員として働くうちに、生活には余裕が生まれ、自由に使える時間が増えた。ドルチェはこの余暇を自己強化のために使い、初歩の強化魔法だけでも使えればと思い立ち、空いた時間で訓練をしていた。
店のスライムを管理しているマリアやリョウマ、前職の関係で魔法も習得していたフェイとリーリンなど、質問のできる相手が身近にいたことも大きいだろう。
結果としてドルチェは初歩までではあるが、従魔術を習得しリョウマの提供したスパイダースライムと契約。同じく従魔術の基礎を身に付けたフェイとリーリンと共に、警備のための戦力強化に成功していた。
「副店長殿らは店長の用意した“特別室”にいる、となれば我々は敵を迎え撃つのみ。だが、どうも半端な腕前の奴ばかりだったな」
「……たぶん、こいつらは冒険者でも、あまり腕が良くない。稼げずに食い詰めて、性質の悪い金貸しから金を借りたんだと思う」
「裏から寮に忍び込もうとしていた連中も、借金がどうとか喚いていたネ」
ドルチェの言葉に、リーリンも自分が耳にしていた襲撃者の言葉を伝えた。
するとドルチェは一度、意識を断って縛りあげた襲撃者達に目を向けて、続ける。
「子供の頃、スラムの大人に聞いた話だが、性質の悪い金貸しは“違法な”奴隷商と繋がってる場合がある……そこでは、法で守られている奴隷の権利や尊厳なんてないそうだ。売られる先も、ろくな相手じゃない。取り立ても厳しく、本人から取り立てられない場合は家族親戚まで執拗に追うというから、逃げるのも難しい」
「なるほど……そんなところから金を借りた奴の自業自得とは思うが……借金で奴隷となった身としては、少しばかり同情してしまうな」
一仕事終えた後の会話もそこそこに、4人は引き続き襲撃に備えるため、交代で休憩を取ることにする。
そして、店の表に1人残ったオックスは、やがて男達を引き取りに来る警備隊員を待ちながら
(まともな奴隷商に売られ、今は十分な生活ができている自分は幸運だった……)
と、自らの幸運を密かにかみしめ、再度店と従業員を守ることに力を尽くすことを己に誓う。
今のオックスを正面から打ち破り、店や従業員を傷つけることは困難だろう。
搦め手や奇襲で攻めようにも、元暗殺者の2人がそれをみすみす許すはずもなく。
真面目に、地道に力を付けてきたドルチェやスライム達もいる。
リョウマが不在であっても、洗濯屋バンブーフォレストの守りは堅かった。




