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街中の動き

「よりによって材木問屋が火元かよ! 管理人は何やってんだ!」

「火の勢いが強い! ここはもうダメだ!」

「諦めるな! せめて延焼は防ぐぞ!」

「くそっ、雪のせいで足元がっ」


 リョウマが魔法を使い、街を駆け、消火活動を行う。

 その間にも新しい火の手が1つ、また1つと増えていく。

 いくらスライムの特性を利用した規格外の魔法があれど、リョウマ1人では広範囲かつ複数の火災の対処に手が回らなかった。


 そんな場所に、一台の馬車が駆けつける。


「我々も手を貸すぞ!」

「おお! あんたら冒険者か!」

「水! 水の魔法を使える奴はいないか!?」

「皆の衆! 案ずる必要はない! レイピン!」

「言われずとも、風魔法隊プランBである!」


 御者の隣からAランク冒険者のアサギが声を上げると、馬車の後方からレイピンを含む8人の魔法使いが飛び降りて散開。そして激しく火の手が上がる建物の八方に到着した者から順に、呪文を唱え始めた。


「おい! 今“風魔法”っつったか!? ふざけんな! こんな時に風魔法なんか使ったら燃え広がっちま――うっ!」

「言い分は筋が通っているが、ここは黙って見ていてもらうでござる。悪いようにはせぬ」


 近くにいたレイピンに近づこうとした男を、アサギが素早く回り込んで止める。

 その間に魔法使い達は、己の仕事を完遂した。


『大気を隔てる壁となれ』

『火難を防ぐ盾となれ』


 火災現場を中心に展開される、二重構造の結界魔法。それは空気の流入を遮断し、火が燃えるために必要な酸素の供給を断ち、立ち上る炎や煙、飛び交う火の粉まで防ぐことで、周囲への延焼も許さない。


「黙って見てられるか! 遊んでる場合じゃ、え?」


 アサギに止められた男がなおも騒ぎ立てようとしたが、その声は段々と小さくなる。

 男が騒ぐ理由たる、目の前の建物の火が勢いを失っているのだから当然だ。

 その様子は周囲に集まる誰の目にも明らかで、人々は消えていく火を呆然と眺めてしまう。


「な、なんでこんなに早く、あの大火事が消えていくんだよ」

「拙者も詳しくは知らぬが、結界魔法を応用するとこういうこともできるそうだ」


 端的に、魔法の応用だと告げたアサギ。

 そして、その言葉を聞いた者、さらにその隣の者へ。

 情報が伝播するにつれて、歓声まで聞こえてくる。


「なんだあんたら! スゲーな!」

「ありがとう!」

「火勢は衰えているが、まだ完全に消えたわけではない! 他の火事場もある! 感謝は後でござる!」

「その通りである! ここは我々に任せて、皆は他の火事場へ応援に行ってほしい! 我々も完全に始末ができ次第、すぐに向かうのである!」

「よっしゃあ! やってやる!」

「俺たちも行くぞ!」

「頼むである! 少しだが……『ヒートコンダクション』!」


 士気の上がった人々に向かい、レイピンが唱える。

 途端に人々の足元に降り積もっていた雪が溶け、石造りの道が露呈した。


「これで少しは歩きやすくなったであろう」

「おおっ!? よ、よっしゃ行くぞ!」


 こうしてさらに士気を上げた人々は、雪の取り除かれた道を三々五々に走っていく。

 そしてその場には、レイピン達だけが残る。


「……最後の魔法は必要なかったのではないか?」

「人々の不安を煽り、混乱を広げようとしている者が潜んでいる以上、少しでも精神的支柱となるような情報を与えておいた方がいいのである」

「それは否定せぬが、魔力には限りがあろう」

「それについては心配無用。リョウマがどこから手に入れたのか、このような物を大量に支給してきたのである」


 レイピンが着ていた厚手のコートを軽く開いてアサギに見せたのは、コートの裏地に固定された試験管のような容器5本。


「魔力回復薬か」

「高価なランニングマッシュを使った品である。効果は非常に高いが、値段も相応に高い。それを必要と思えば躊躇せずに使えと言って渡してきた。それに研究が本分とはいえ、我輩もAランク冒険者。魔力の使いどころはわきまえている。

 今の魔法も雪を溶かす熱を生み出したのではなく、火災で火事場に溜まった熱を、魔力を介して道路上に導いただけ。つまり火災の熱を利用したので、本当に魔力はほとんど使っていないのである。むしろ火勢を衰えさせる一因になったはずである」

「それもリョウマから?」

「その通り。我々が協力する対価として、リョウマは自分の知る火と火災に関する“科学知識”……我々が“(ことわり)”と呼ぶ、いわば魔法の真髄の一端を惜しげもなく差し出してきた。

 我輩も火を扱う魔法使いとしての知識、経験則的なものはあったが、違う視点から理論的に教わるのは実に有意義だった。実際に付け焼刃の結界魔法でもここまでできる。これだけの対価を出されたのなら、我輩としてもできるだけのことをしておかねば申し訳ないのである」

「リョウマも街を守るために本気なのであろうな。なんにせよ、消火活動に差し支えがなければ構わぬ」

「その分、護衛は任せたのである」


 ここで、そんな話をしていた彼らのもとに、新たな馬車がやってくる。

 そこに乗っていたのは、警備会社の人員。


「お待たせしました。これよりこの現場の監視と対処は警備7班が引き継ぎます。総司令部より皆様に“次の現場へ向かえ”とのことです」


 馬車から降りる警備会社の人員と、入れ替わるように乗り込むアサギ達。御者は全員乗り込んだことを確認した後、迷うことなく馬車を走らせた。


 ギムルの街を赤々と照らす火の手を1つ残らず消し去るべく、火災対策の魔法を身につけた魔法使い達で構成された特殊部隊・通称“魔法消防隊”は、数ある火災現場の中でも特に火勢の激しい現場へと向かっていく。


 そして、彼らが向かわなかった現場には……


「助けてくれぇう、ゴホッ、ゴホ……うぇっ」

「あんたぁっ!! 今助けるから!」

「ダメよ奥さん! あんたが入っても焼け死ぬだけ!」

「離してっ! 夫を見殺しになんてできるわけないじゃない!」

「落ち着いて! ちょっと、誰でもいいから手を貸して!」

「いやああああああっ!!」


 燃える廃屋の隣、2階の窓から火と煙の上がる建物には、屋根裏部屋から助けを求める男性がいる。建物の外ではその妻が、苦しみながら助けを求める夫の姿を見て、今にも飛び込みそうなところを周囲に押さえ込まれている。そんな絶望的な状況に、諦めが頭をよぎる人々の前に、彼らは現れた。


「現場はここだな!?」

「な、何だあんたら!?」


 突如として、馬が引く大きな荷車に乗って現れた10人の男達。彼らは炎のように赤く染められた生地で作られた奇妙な服に兜、そしてこれまた奇妙なお面のようなものを肩にかけている。


 それはリョウマが記憶を頼りに、他者の助けも借りて可能な限り再現した“消防服”。魔獣素材や魔法道具を組み込んで作られたことにより、耐熱および耐火効果は高いのだが、その外見は明らかに異質。


 そのため周囲の人々も、怪しいものを見るような目で男達を見そうになるが、


「あっ、あんたマッチョ隊の」

「そうだ。我々は警備会社の者だ。安心してくれていい。

 救助対象はあそこにいる男性1人でいいのか? 他にはいないか?」

「あ、ああ! 逃げ遅れたのはあの人だけだ。隣の火を消そうとして、上からぶっ掛けたほうが都合がいいと思って、皆で水を運んでたんだ。そしたら急に、変な野郎が変な物を投げ込んできたと思ったら、あっという間に火が回って」

「わかった、もう大丈夫だ。準備はどうだ!」

「いつでも始められます!」


 消防服を着たリーダーが叫ぶと、他の隊員が荷車から馬を外し、手で押して救助対象の方へ向きを変えていた。


「よし! はしご(・・・)を伸ばせ!」


 その合図で、荷車の後方で巨大なはしごが立ち上がる。

 ただでさえ大きく長かったはしごは、折りたたまれていた部分が伸ばされるとさらに倍に。

 梯子の下では、荷車前方に用意された台ではしごの補強が素早く行われた。

 隊員が荷車を動かすとその先端は救助対象の男性がすがりつく窓まで到達。


 備え付けられたフックで固定されると、即座に待機していた隊員が2人、はしごを駆け上り、煙を吸って慌ててはしごに飛び移ろうとしていた男を保護した。


「やった! 助かったぞ!」

「奥さん! 良かったねぇ!」

「あ、あんたぁあああああ!!」


 逃げ遅れた男は隊員の肩を借りて、ゆっくりとはしごを降りてくると、その様子に安堵する者、そして救助を行った消防隊を称える者と、周囲から大きな歓声が上がる。


 しかし、消防隊の仕事は救助だけではない。


「下がってください! 押さないで!」

「まだ火が消えたわけではありません! 安全にご協力をお願いします!」

「奥様はこちらへ! 旦那さんを病院に搬送します!」


 消防隊の半分ほどが、歓声にかき消されぬよう、声を張り上げて周囲に協力を要請すると同時に、


「装備確認!」

『装備確認、ヨシ!』

「面帯着装!」

『面帯着装、ヨシ!』

「突入!」


 もう半分の隊員が別働隊として、1階から建物に突入した。

 これに気づいた人々が騒ぎ始めるが、問題はない。


 突入班も当然ながら、防護服を着ている。

 そして燃え盛る建物内に入る前には、専用の防護マスクを着用した。


 このマスクには火事場の中でも呼吸を可能にするために“空気を生み出す魔法道具”と火災の熱で気道熱傷を起こさぬように“冷却の魔法道具”が組み込まれている。


 専門家ではないなりに持てる知識を搾り出したリョウマと、魔獣素材と魔法道具を扱う職人がタッグを組んで作り上げた装備の性能は、短時間という条件付きではあるが、火災から人体を守ることができていた。


 その短時間に、突入した隊員はできる限りの消火活動を行う。


 ハンドサインで意思疎通を行い、隊員達は背中に背負った魔法道具に繋がる管を構えると、魔法道具を起動。付属のタンク内に充填された“消火剤入りの水”が霧状にして噴き出す。つまりは“消火器”だ。


 草木灰から容易に抽出できる炭酸カリウムを混ぜて冷却効果の上がった水は、ただの水よりも効率的に、轟々と燃える火元から勢いを奪っていく。


 無論、これだけで建造物の火災を消し止めることはできない。しかし、突入班が延焼を抑えている間に、外には後続の消防部隊が集まってくる。はしごの代わりに硬化液板の巨大水槽を積み込んだ放水車まで到着すると、内と外から消火効率はさらに上がり、周囲で様子を見ている人々にはさらなる安心感をもたらした。


「道を空けて下さい! 怪我人を搬送します! 道を空けて!」

「歩ける怪我人はこちらに! 避難する方も受け入れています!」

「馬車はどんどん来ますから! 焦らないで!」


 だが、消防隊の活動はまだまだ終わらない。

 彼らの多くは、ギムルの街や人と長い付き合いがあるわけではない。

 それでも、目の前の人を1人でも多く助けるという思いを胸に、ひたすら動き続ける。





 ここで、ギムルの街の人間は何をしているのか?

 当然ながら、燃える街を黙って見ているだけではなかった。


「オラァッ!! これでとどめだ!」

「っしゃあ消えたぞ!」

「こっちもだ!」

「他に火は出てないか!?」

「こっちだ! 向こうにまた火がつけられてる!」

「んだとぉ!? すぐ行くぞ! 手の空いた奴はついてこい!」

「犯人見つけたらぶっ殺してやる!」

「こっちに誰か手を貸してくれ! 動けない爺さんがいるんだ!」

「俺が行く!」


 街の人々はそれぞれにできる範囲で、避難の手伝いや消火活動を行っていた。


「犯人がいたぞ!」

「ちぃっ!」


 ここで細い路地に置かれたゴミ箱に火をつけたところを発見された放火魔が、泡を食って逃走を図る。


 しかし、


「行かせねぇよ」

「な、があっ!?」


 まるで待ち構えていたかのように、路地の曲がり角から躍り出た男は、槍の石突で放火魔の腹を突き、さらに柄の部分を脳天に振り下ろす。2連撃を綺麗にその身に受けた放火魔があっけなく崩れ落ちると、後ろから消火に当たっていた男達が追いついた。


「ジェフ! よくやった!」

「よくやった、じゃねぇよ! とっとと火を消せ! こいつはすぐ警備隊が、って言ってる間に来やがった」

「失礼、Bランク冒険者のジェフ殿だな。放火魔はこの倒れている男で間違いないか」

「ああ、こいつも確認してるし、これが証拠だ」


 ジェフが槍の石突で放火魔の体をまさぐると、服の内側から着火に使った魔法道具や油のにおいのするビンが転がり出てくる。


「現行犯で間違いないな、この男の身柄は預かる。消火は任せて大丈夫か?」

「問題ないよな?」

「任せておけ、あのくらいの小火なら俺らでも対応できる!」


 そう告げて、自らも消火活動に加わる男。

 それを確認して、警備隊は放火魔を連行していく。

 そしてジェフは、一度空を確認すると、別の路地へ駆けていく。


 ギムルの街の住民は、次々と上がる火の手に対し、各々の全力で抗っていた。

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― 新着の感想 ―
風魔法の消火バックドラフト現象が起きそうだけどヒートコンダクションとかいうので熱エネルギーを奪ったから起きないのかな
[一言] 材木問屋の火災の鎮火・・・処理にあたって、空気の遮断は確かに良い手だとは思う。 でも、新鮮な空気を再度当てると、確かに猛烈に燃え上がりそう・・・。 結界をどのようにして解除するのか、少し説…
[気になる点] 酸素の供給止めたら火災現場の人たちが吸う酸素はどうするん?全員酸素ボンベもガスマスクも着けてないのに・・・。高濃度の一酸化炭素は一呼吸で気絶してそのまま死に至る猛毒なんですけど・・・
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