行動開始
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
扉を囲むように待機していた男性5人の装備は、剣と鎖帷子、あとは金糸で鷹の刺繍が施された揃いのコートを着ていて、一目で統一された集団であることが分かる。
たしか、彼らはセルジュさんが護衛として雇っている傭兵の方々だ。上着の意匠と、声をかけてきた人に見覚えがある。
「お待たせしました。おお、そうだ」
男性から声をかけられたセルジュさんが、こちらを向いた。
「リョウマ様には紹介がまだでしたな。こちら、私が店の警備や身辺警護をお願いしている傭兵団・"黄金の荒鷹”の方々です」
「黄金の荒鷹、副団長のヤシュマと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。リョウマ・タケバヤシです。以前、一度モーガン商会の前でお会いした方ですよね。あの時は突然押しかけてしまったのに、丁寧な対応ありがとうございました」
「我々のあの時の任務は、モーガン商会の警備でした。任務遂行のために必要以上に業務を妨げないのは当然のことです」
必要な事でなければ何も言わない、踏み込まない。そんなプロらしい対応だ。彼も含めた傭兵5人の視線が少しきつく感じるが、それは彼らが今も仕事中だからだろう。別に敵意を向けてきているわけではなさそうだし、態度が悪いわけでもない。
それ以上俺と彼らの会話はなく、俺とサイオンジ夫妻、そしてセルジュさんと護衛の5人は外へ向かう。道中はヤシュマと名乗った護衛のリーダーがさりげなくセルジュさんの隣を歩き、その反対側に俺。残る4人が俺達全体の前後左右を固めた状態で歩いた。
その間も極力主張せず、会話の邪魔をせず、5人で無言の連携をとりながら、物陰やすれ違う人などを警戒する動き……実に自然で、これが一流の傭兵団の動きなのかと見ていて感心してしまう。
そのうち、俺達は総合受付のあるエントランスに到着……そんな時だった。
「——」
空気が変わる。
爽やかな空気の中に、かすかな生ごみの臭いが混ざったような。
とても弱い静電気が迸り、まるで虫が体の上を這っているような。
そんな、わずかでも強烈な不快感が、思考という過程を吹き飛ばした。
“狙われている”
「警戒!」
同じく何かを感じた護衛のリーダーが鋭く指示を飛ばしたとほぼ同時、
「右っ!」
エントランスの装飾として置かれた、複数のアクアリウムの間。肉眼では何も見えないその空間に、人の形の魔力が1つ。その手にはナイフが握られ、一直線にセルジュさんに向かっていることに気づいた。
反射的に声を上げながら、左腕に巻いていたワイヤースライムを“ボーラ”のように投擲。襲撃者は前に倒れこむように投擲されたワイヤースライムを回避するが、その際に微かだが不自然な物音を立ててしまう。
それは一般人ならいざ知らず、一流の傭兵である黄金の荒鷹には、自らの存在を知らせるには十分なものだったらしい。
「止めろッ!」
俺達の側面を固めていた護衛2人が壁になるが、彼らは敵の姿を正確には捉えていない。襲撃者が漏らした音、獣人なら匂いなどで存在を察知して行動したのだろう。
しかし、敵も既に自分の存在を察知されたと気づいて行動を変えた。正確に居所を把握できていないからこそ、迂闊には突っ込めない。そうして生まれた一瞬の間が、敵に攻撃のチャンスを与えてしまう。
敵は接近を諦め、目標であるセルジュさん目掛け、持っているナイフを投げようとする。
(やらせるか)
ベルトに仕込んだアイアンスライムを抜き放つ直前、護衛のリーダー、ヤシュマが背に隠したセルジュさんとの位置を調整。投擲の軌道に割り込んだことを確認して、引き抜いた刀を投擲。
「ぐうっ!」
隣で金属がぶつかる音と、視線の先に鮮血が周囲に撒き散らされたのは同時だった。
ここで、魔法も解けたのだろう。空間が歪み、全身タイツに近い服に身を包んだ男が現れる。
「確保ッ!」
先行していた護衛の1人が男に組み付き、背後に回って首を締め上げる。
敵は抵抗することもなく意識を断たれ、全身から力が抜け、動かなくなった。
その妙な潔さに違和感を覚えたが……魔力感知で周囲を探っても、他に襲撃者らしき気配なし。
ひとまず難は去ったようだ。となると後は……
短時間で決着がついたとはいえ、白昼堂々、人通りのあるエントランスで始まった戦闘。
当然のように周囲は騒がしくなり始めている。
セルジュさんとサイオンジ夫妻も、騒ぐことはないが驚いてはいるようだ。
そしてもう1人、黄金の荒鷹のヤシュマも俺に視線を向けている。
「……一旦、戻りましょうか。その男も放ってはおけないでしょう」
今後の対応を検討すべく、俺は彼らに声をかけた。
■ ■ ■
セルジュが襲撃された日の夕方。
ギムルの街のとある商店の応接室では、2人の男が不穏な会話をしていた。
「首尾はどうだ、ワンズ」
「全て、言われた通りに」
「準備期間は一週間もなかったが、指示した全てを完璧に、か? 我々が指揮をとることに不満がある者もいたのだろう?」
「それはどちらも当然でしょう。我々は期間の短い者でも数ヶ月、長い者は数年に渡ってこの街に潜み、地味な下準備と工作をしてきたのです。それがあと少しで花開くというところで、命令の大幅な変更。しかも命令をいきなり持ってきた貴方達が今後の指揮をとるというのだから、不満に思う者が出てくるのも不思議ではない。
しかし、我々も貴方達とはやり方が違えど、闇ギルドに属する者。上の命令には絶対服従です。上からの指示があったのならば、命令に従い貴方達の指揮下で全力を尽くしますとも」
「……なるほど、確かにそうだな。では、計画の準備は整っているとして、もう1つ聞きたい」
「なんなりと」
「リョウマ・タケバヤシという少年について、知っていることを全て話せ」
その一言で、聞かれたワンズの表情が固まる。
「あの少年については、事前に報告したと思いましたが」
「報告は受けたが、確認のようなものだ。どんな些細なことでもいい。というのも、我々が上から受けている命令には、今回の計画の他にその少年の抹殺が含まれている」
「ほう、あの少年の抹殺ですか。貴方達がたかが子供1人を相手にするなんて、過剰としか思えませんね。いや、彼がかわいそうに思えてくる」
そんなことを言っているが、ワンズの表情は喜悦に満ち溢れていた。
「我々も過剰だと思わなかったといえば嘘になる。しかし、命令は命令だ。それにその少年自体、少年とは思えない魔法の腕をしているらしいな」
「毎朝大掛かりな水魔法で雪かきをして回っていますからね。戦闘となると分かりませんが、魔力は多いようです。素行不良の若手冒険者を腕っ節で従えているとも聞きますが、若手冒険者の方は専門外の私から見ても、貴方達とは比べようのない素人集団でしたよ。まぁ、彼は私に向かって偉そうに講釈を垂れて、盛大に邪魔をしてくれましたからね。大口を叩く程度の実力はあるのでしょう」
「……本当にそれだけか?」
「と、いうと?」
「今日の昼頃、我々と同じく命令を受けた者が1人、モーガン商会の会頭の暗殺に向かったが戻ってこない。一方で会頭の無事は確認されている。まず失敗と見ていいだろう」
「モーガン商会の会頭は公爵家にも、あの少年にも深く関わり手を貸していたようですから、狙われるのも分かります。しかし、彼が暗殺を防いだと? 会頭の周囲は黄金の荒鷹が常に複数人で警護体制を敷いていたはずです。暗殺を防いだのであれば、そちらなのでは?」
「黄金の荒鷹が身辺警護についていたのは分かっている。だからこそ、警護された状態であることを前提として、それでも暗殺を成功させる可能性が高い“見えざる刃”が手配されていた。
襲撃場所は、リョウマ・タケバヤシの経営する警備会社。事前に掴んだ情報では会食をしていたはず。さらに上からの指示に、リョウマ・タケバヤシの耳に会頭殺害の情報がすぐ入るように殺すこと、可能であれば現場を見せることが条件に含まれていたので、本人が現場に居合わせた可能性は高いと見ている」
「だとしても、彼個人の戦闘能力に関係しそうな情報は既に話した通りです。可能性があるとすれば、やはり魔法ではないかと思いますが、彼が見えざる刃の襲撃を防げるかというと……
やはり黄金の荒鷹、もしくは公爵家の手の者や、警備会社に雇われた上級の冒険者が手を貸したと考えるのが自然かと。そちらであれば、まだいくらかお話しできることはありますが」
「聞こう」
こうしてワンズは、男に自分の知る情報を1つずつ語り、
「こんなところですね。私の持つ情報は」
「……そうか、ご苦労だった」
語ることが無くなった時、それが彼の命の終わりの時だった。
「な、何を……」
男が隠し持っていた小型ナイフが、深々とワンズの鳩尾に突き刺さる。
「!……助けて、くれるはずでは……」
「そう言わなければ、準備もせずに逃げただろう。役立たずを最後に労働力として有効活用しただけのことだ」
「そん、な……だれ、か……」
精一杯の声は、目の前の男を除いて誰にも届くことなく、ワンズは事切れた。
男はワンズの死亡を確認すると、抜いたナイフの血をワンズの服で拭い、部屋の扉を開ける。
そこには男と似たような服を着た、あまり印象に残らない旅の商人風の男が1人。
「こちらは終わった、そちらもか?」
「はっ、店の各所に例の仕掛けを施しました。執務室が基点になります」
「では、そこに死体を運ぶぞ、この部屋には念入りに油を撒いておく」
「承知しました。……ワンズはやはり始末になりましたか」
「命令を遂行できない役立たずの自覚は多少あったようだが、それでも自分の有能さを示せば生きて逃がしてもらえる、と本気で期待していたらしいな。その割に有用な新情報はほとんど出てこなかったが。ただ余計な自尊心が多分に含まれた私見を聞かされただけだった」
「自分が闇ギルドの一員で、弁解の余地があると考えていたのでしょうね。我々にとっては、代えの利く駒の1つでしかないというのに」
「それが理解できているようならまだ使い道はあっただろうが、既に終わったことだ。それより見えざる刃はやはり戻らなかったか?」
「最後の定期連絡でも、まだ戻っていないと」
「そうか……連絡が行き違ったとしても、もう解毒は間に合わんな。計画は奴を抜きで行う。捨て駒をいくらか回せ。それと第三者の介入の可能性もあるが、リョウマ・タケバヤシへの警戒は上げておけ。動きがあれば都度連絡を。行動開始だ」
「はっ」
商人風の男2人は、機敏な動きでワンズの死体を運び出す。そして次に戻ってきた時には、水瓶になみなみと入った油を部屋中に撒き、着ていた服を脱ぎ捨てて去っていく。
その後、物言わぬ骸となったワンズが発見されるのは、もうしばらく後の話……




