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研究成果の披露

 2日後


「リョウマ様、もうすぐお約束のお時間です」

「ありがとうございます、すぐ行きます」


 年明けまであと5日となったこの日、朝から病院で仕事をしていると、メイドのリビオラさんが呼びにきた。


 今日は警備隊の会議室を一部屋借りて、セルジュさん達と一緒に昼食を取りながら、研究中の保存食についての相談をさせていただく予定だ。


 すぐに片づけをして、マフラール先生に一言伝えて病院を後にする。

 そして準備……といってもほとんどメイドの皆さんにやっていただいたので、確認だけで終了。


 やがて約束の時間通りにモーガン商会会頭のセルジュさん、そしてサイオンジ商会会頭のピオロさんと奥さんのクラナさんがやってきた。


「皆さん、今日はお時間をいただきありがとうございます」

「こちらこそ、お招きありがとうございます」

「今日は楽しみにしてきたで」

「リョウマはん、お久しぶりどす」

「お久しぶりです、クラナさん。ささ、どうぞお席に」


 さて、昼食会の始まりだ。


「早速ですが、本日の昼食のメニューをお選びください。といっても今はまだ試作品なので種類は多くないのですが。その代わりに量はたっぷりありますので、どれでもお好きなものをどうぞ」


 会議室のテーブルには、木箱が3つ。その中には料理名と製造日が記入された紙がついた、光沢のある袋がいくつも詰められている。


「ほう! いつものとは少し手触りが違いますが、素材は防水布ですな。しかし中身は液体のようだ。確かに水を通さない防水布で袋を作れば、液体も詰められますが……酢漬けの類ではないようですな」

「違いは袋だけやないんやろ。これなんか、作られたのが2ヶ月前やし」

「こっちにはもうすぐ3ヶ月のがありますえ」


 皆さん、色々と話しながら料理を選んでいる。


 今回用意した昼食であり、保存食(試作品)のメインは、ずばり“レトルト食品”!


 セルジュさんが仰った通り、コーティングを普段のものから硬化液板に近い配合に変更。さらにアルミ箔を封入することで、耐熱性と遮光性に優れた専用の防水布を作り、袋にしてレトルトのパウチの代用に。完成した料理を入れ、空気を抜いて封をした後は、ディノーム工房に特注した“圧力鍋”を使って加熱殺菌してある。


 地球のレトルト食品と使っている素材は違うが、手順自体はほぼ同じ。調理のために高温高圧状態を維持するのが魔法では難しく、ファットマ領に行く前から試作をしては失敗が続いていたけれど、圧力鍋が届いたことでクリアできた。


 以前は鍋を結界魔法で包んで圧力をかけていたけれど、その方法だと上手く必要以上の圧力を逃がすことができずに鍋ごと試作品を爆発飛散させたり、逆に加熱を加減しすぎて殺菌が不十分だったり。


 結界魔法に慣れてきて、強度が自分でも分かるくらいに向上してようやく、たまに成功するという、ほとんど運任せに近い状態だった。最後の方はレトルト食品の実験よりも、結界魔法の強化訓練が目的になっていた気がしなくもない。


 しかしディノーム工房謹製の圧力鍋を使い始めてからはそんなこともなく、高温高圧調理ができたので、袋に破損もなく、殺菌も十分なレトルト食品が安定して作れるようになったのだ。圧力鍋を作ってくれたディノームさんには感謝&尊敬である。


 おかげで期待以上にクオリティーの高いものができたと自分では思っている。

 まだ大量生産こそできないけれど、試作の段階なのでなんの問題もない。


「ここに運び込んだ時に鑑定の魔法で確認したので、安全は確保されていますよ。万が一の場合は同じ建物内に病院もありますし」

「今ここで病院の話をされると、逆に安心しにくいわ」


 と笑いながらも、用意された中で一番古いものを選ぶピオロさん。食品を扱う商会の会頭として、長く保存された場合の味が気になるのだろう。奥さんのクラナさんも同じく、別の料理で一番古いものを選んでいた。


「では、こちらで温めていただきます」


 選んでいただいた料理の袋は、メイドのルルネーゼさんが回収。

 卓上コンロのような魔法道具の上に置いた鍋で温めてもらう。


「こちらは温まるのを待つとして、その間に他の話をと思うのですが」


 今度はメイドのリリアンさんが、絶妙なタイミングで湯煎用とは別に用意していたお湯を。リビオラさんが、硬化液板を変形させた透明なコップを持ってくる。事前にやることは説明していたけれど、彼女たちの動きが完璧なので、本当に俺がすることが何もない。


「まずは一杯、お茶を飲みましょう」

「この器は、以前の結婚式で見たものと同じですな。色づけをしなくてもなかなか……いえ、今の問題はこの中身ですか」

「器に入れて出して、ポットもあるんやから湯を注げっちゅうことやろ」

「器の中に線が入っているので、そこまでお願いします」

「ほな、私が入れましょ」


 クラナさんが優雅な手つきで、お湯を入れていたガラスのポットからお湯を注いでいく。

 すると、瞬く間にコーヒーのような香りが室内に広がる。


「おお、これは良い香りですね。”カフィー”に似ていますが、別物のようだ」

「これはダンテの根の煎じ茶やな。一部の地域で薬としても飲まれとるお茶や」

「流石ピオロさん。セルジュさんも香りだけでよくわかりましたね。本当は紅茶で作れればと思ったのですが、いまいち風味に納得がいかなくて。今回はダンテのお茶で作ってみました」


 正直、俺は違いの分かる男には程遠いので、俺の舌と鼻ではコーヒーとダンテのお茶の違いは分からない。こっちに来てからコーヒーは飲んでないし、嗅ぎ比べても豆の産地が違うとか言われたらコロッと騙されると思う。


 やっぱり大商会のトップともなると、そこまで舌も肥えていないといけないのだろうか? 今の話からして、カフィーというものがあるらしいし、今度ピオロさんに取り寄せてもらおうかな……なんて考えている間に、皆さん既にインスタントダンテコーヒーを味わっていた。


「味も悪くありませんね」

「せやな。でも、ただ茶葉を粉にしたってわけでもなさそうや」


 用意したのは、ダンテのお茶を魔法で再現したフリーズドライ製法で水分を抜き、粉末にしたものだ。商品としてアピールできる点は色々あるが、製造コストに見合う利益が出せるかといえば、ちょっと微妙。なので、


「これも売れればそれはそれで幸運だと思いますが、本題はこのお茶の“製法”の方です。製薬技術を食品加工に応用しているのですが、これと同じことを他の料理でもできるとしたら、どうでしょう? もちろんお湯を注げば飲めて、味の変化が少なく保存も利くという想定で」

「それは興味がありますなぁ」

「その方法は“加熱せずに水分を抜く”ためのものなので、幅広く応用が利くはずです。スープ系はもちろん、お米や麺類、豆類なども煮炊きしたものはできると思いますし、ハーブや果物の乾燥にも使えるかと。

 ただ、当然ながら利点ばかりというわけではなく、問題もあります。ここに用意したものは僕の魔法で作りましたが、量産を考えると同じ効果を持つ魔法道具の製作を職人に依頼し、さらに製造のために高価な魔石を消費し続けなければなりません。また魔力の消費量も多く、製造に費用がかなりかかります。商品としては高級品になってしまいますね」


 フリーズドライには氷属性の魔石が必要になるそうだけど、これが小さいものでもすごく高い。理由は言うに及ばず、主に食料の保存や冷房のため。


 特に夏場には貴族や高級食材店、高級レストランにとっては無くてはならないものだそうで、どこも高値で買い集めるから一年を通して需要はある。そして、冬場は消費が抑えられるが、魔石は保存も利くため、冬場でも値が下がることはほとんどない。


 一応、無属性の魔石でも氷の魔法道具は動かせるらしいが、その場合は魔力の効率が悪くなるらしい。魔石や道具にもよるけれど、氷の魔石を使った場合と比べて、三倍ですめば少ない方だという。


 ちなみにインスタントのお茶には、フリーズドライよりも“スプレードライ”と呼ばれる製法で作るのが主流らしいが……そちらを魔法道具でやろうとすると、フリーズドライよりも複雑で高価に、魔石も大量に必要になるだろう、と見積もりをお願いした魔法道具職人のディノームさんが教えてくれた。


「金がかかっても品がよければ、金持ちや貴族向けの商品としては売れるかもしれん。保存食なんか食わんで、材料も料理人も自分と一緒に運ばせるって人も多いけど、誰にでもできることではないしな。

 ただ一般にも流通させるなら、ある程度は安く作れて量産もできて、庶民にも手の届く値段で売って利益が出るようにせんといかん。リョウマが考えとるんは、そっちの方向なんやな。ほんで、それらの条件に当てはめて、その保存食はお茶の方より現実的だと考えた、と」

「その通りです」

「はぁ〜、散々ワイらの興味を引くようなこと言って、じらしよるなぁ」

「ふふふ……ほんならその“現実的”な新しい保存食は、それだけ厳しい目で見なあきまへんな」

「ははは……」


 レトルトに自信はある。自分でも思ったよりいいものができたとは思っている。

 しかし、美人にそんな笑い方されると少し緊張というか、どこか怖いものがあるな……


「まぁ、まだ試作段階のものですし、その方がありがたくはありますね。まだある程度形になったというだけで、改善点はあると思いますから」


 そんな話をしているうちに、試作レトルト食品が温まったようだ。


「失礼いたします。こちら熱くなっておりますので、お気をつけください」


 メイドの3人が俺を含めた4人の席に、深皿と選んだ料理の袋を配った。

 まずは俺がナイフで袋の上を切って開け、皿に中身を移す。

 布に硬化液板に近いコーティングをしているので、素手では開けるのは難しい。


 様子を見ていた3人も、同じように用意されたナイフを使って、レトルト食品を開封。

 自分の皿に自分の選んだ料理を出して、見た目や匂いを確認している。


「おお……これは、本当に数ヶ月前に作られた料理なのですか? 腐っていないどころか、美味しそうな香りがするではありませんか。まるでつい先ほど作られたかのようだ」


 セルジュさんは素直に興奮を表現している。

 一方で、食料品を専門に取り扱う2人は無言だが、早くもスプーンを手にしていた。

 2人はそれぞれ料理を口にすると、数秒かけてじっくり味わった後にそっと頷く。


「美味い。ちゃんとした“料理”やな」

「ええ、干し肉や酢漬けのような保存食とはちゃいます」

「では私も……ほう! 私も行商をしていた頃はよく保存食を食べていましたし、飽きて料理をしたことも何度もありますが、どうしても簡単で雑な味付けになってしまいました。その頃にこれが売り出されていれば、私は多少高額でも買い求めたでしょうな。この味で製造から約3ヶ月も保存できるというのが素晴らしい」

「保存可能な期間については、試作品の“製造開始”が約3ヶ月前であり、用意できた最古のものというだけであって、実際はもっと長くなると思います。袋に破損などがない状態であることが前提ですが、約1年ほどの期間、食用可能かつ味に大きな変化がないことを期待しています」


 2人で確認するように呟いたサイオンジ夫婦に続いて、セルジュさんが感想を語る。

 その際、保存期間の認識に齟齬があったようなので訂正すると、驚きに目が見開かれる。


「一年か、随分持つんやな」

「検証結果は出ていませんが、理論上は可能です」


 なにせ日本には成功例があり、一般的に流通していた。

 要点を押さえて、うまく再現ができていればそれくらい持つだろう。


「あとは」

「ご用意できています」


 有能なメイドさん達が、準備してくれていた鍋を複数持ってくる。


「この鍋にはそちらの料理のような味付けをせず、ただ水で芋や豆などを煮た物を、同じように保存したものが入っています」


 製法は同じだが、レトルトというより水煮のパックだ。

 そこにフリーズドライ製法で作った“スープの素”を加えて混ぜれば“芋と豆の即席スープ”の完成。

 さらに別の鍋で茹でてもらった乾麺に、レトルトのソースを絡めれば“トマトソースパスタ”の完成。


 おそらく3人は気づいていたが、あっという間に追加で2種類用意された料理を見たことで、レトルト食品の使い道がただ料理を保存するだけではないことを確信したようだ。明らかに視線が強くなっている。


「この技術は長距離移動の際の携行食、緊急時の備蓄に……当然、冒険者や軍隊の行動食にも使えるでしょうし、中身を相応のものに変えれば貴族や食事に制限のある病人にも対応できるはずです」


 病気で料理をするのも苦しいとき、俺なら食べやすい“おかゆ”があれば楽だろう。

 病気によっては食べられないものもあるが、そういう制限の中で料理を作るのは手間がかかる。

 美味しいものをとなると、さらに難しい。


 これが専属の料理人を雇えるお金持ちや貴族なら、たいした問題ではないかもしれない。でも、そうでなければ毎日の負担になってしまう。人は食事をしなければ生きられないのだから、生きている以上は常に食の問題がついてくる。


 食料保存の技術はそういった問題に大きく影響を与えることを、説明していて強く感じる。

 それだけに、


「この件については、ジャミール公爵家にも取り扱いを相談するつもりです。残念ながら時期的にお忙しいということもあって、報告は来年になってしまいますが、どのみちもっと実験を重ねて、実際にどのくらい保存ができるのかを検証する必要もありますからね」


 ある程度データが取れたら製法や権利を公爵家に売って、完全にジャミール公爵家が取り仕切るという形にしてもらってもいい、というかその方がいいだろう。レトルト食品の権利は、貴族でもない個人が持つにはさすがに大きすぎると思う。


「ただ、商品として製造販売をすると決定した場合には、ぜひとも皆さんのお力を貸していただきたいと思うのですが、いかがでしょうか」


 この質問に対する答えは、既に決まっていたらしい。


「ここで断るわけがないやろ。公爵家が、っちゅーかラインハルト様がどんな判断するかにもよるけど、商売にするなら全力で手伝ったるわ!」

「私は料理や食材については門外漢ですが、防水布を使った袋の手配や改良にはかかわれますね。工場を建てたばかりですが、追加でいくつか増やすべきでしょうか」


 2人とも快い返事をしてくれた。

 セルジュさんに至っては冗談も交えて、だいぶ乗り気だ。


「袋を量産するとしたら、準備期間はどの程度必要でしょうか?」

「少量の試作であればすぐにでも対応できますが、量産となると早くとも来年の春以降になるでしょう。現在、スライム製品工場は通常の防水布とそれによる雨具、先日教えていただいた滑り止めを始めとしたゴム製品の製造で手一杯です」

「やはり、どこも大雪への対策が第一ですからね」

「ええ……ですが幸い売れ行きは好調ですから、資金繰りに問題はありませんし。大雪対策用品の需要が落ち着いてくれば、そちらに人手を割くこともできると思いますので、公爵家の指示が出たらすぐに動ける用意だけはしておきましょう」

「そうですね、急ぐ必要はないと思います」


 それからもレトルト食品の味を試しながら、その用途や売り方の話をしたり、セルジュさんと工場で作れそうな製品についての話をしたりと、色々な相談をしながらも和やかに食事を楽しんだ。


 そんな食事会も、やがてお開きの時が来る。


「今日はご馳走様でした」

「いやー、美味かった! そしてそれ以上に心が躍る食事会やったで!」

「リョウマはん、今日はおおきに」


 楽しい時間というものは、あっという間に過ぎ去るように感じるものだ。

 おそらくはこれが今年最後の集まりでもある。

 そう考えると名残惜しい気もするが、皆さんお忙しい方々だ。

 せめて外まで見送るべく、一緒に部屋から出る。


 すると、


「モーガン殿、終わりましたか」


 扉の外には、武装した男性が5人。会議室に続く扉を取り囲むように待機していた。





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