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オレストの苦悩

本日、3話同時更新。

この話は3話目です。

「では、腹を割って話しましょう。私はご存知の通り、奴隷商を生業とする奴隷商人。同じく奴隷商人の両親の間に生まれ、幼い頃から裕福な生活をしてきました。

 しかし、奴隷商という仕事に対する世間一般の人の認識は“人を金で売り買いする仕事”。個人的にはそれだけの単純な仕事ではありませんし、少し言わせていただきたいこともあるのですが……人身売買をしていることは事実。大多数の人には、いい印象は持たれていません。そのため子供の頃は“友達”と呼べる相手がいなかったのです。相手の子供よりも、むしろそのご両親が嫌がるので」


 ああ、それはなんとなく想像できる。あの子と一緒に遊んじゃだめよ、って親が言うやつだ。


「いつからか私は、家の使用人や両親の部下、そして奴隷の人々に、積極的に話しかけるようになりました。今思えば、それは同年代の友人の代わりだったのでしょう。雇い主である両親、その息子である僕を粗末に扱える使用人や部下はいないだろう、奴隷なら逃げてどこかへ去ることもできないだろう、そんな風に立場をかさにきた打算も、最初はあったと思います。

 しかし、色々な人と交流すると、1人として“同じ人”はいないのです。種族、家柄、出身地、経歴、そして性格。考え方や趣味嗜好まで千差万別。そんな相手を知り、違いを感じ、新たな知識や自分にはなかった物事の見方を知る。それが純粋に楽しかった。いつしか友達の代わりではなく、純粋にそこにいる相手を知りたいと思うようになっていました」


 そこまで言うと、オレストさんは真剣な表情でこちらを見た。


「私は奴隷商という立場を利用し、多くの人と関わり、様々な生い立ちの人々を見てきました。しかし、貴方は私がこれまで見てきた人々とは違う、と強く感じるのです。だから私は、貴方と親しくなりたい。私の個人的興味。それが本日、私がリョウマ様を食事に誘った理由の1つです」


 これは、もしかしなくても俺が元異世界人だからだろう。

 とりあえず、否定はしないでおこうか。


「確かに、僕は一般的という表現からは少々外れている自覚はあります。しかし、個人的興味が理由の1つ(・・・・・)、ということは他にも理由が?」


 オレストさんは笑顔ではっきりと頷いた。


「私は、リョウマ様とより良い協力関係を築きたい、と思っています。

 突然ですが、奴隷商について、リョウマ様はどう思われますか?」

「どう、と言われても……素直に答えると“分からない”ですね。最初に仰っていた“人身売買”については事実でしょうし、それについては抵抗感がないこともありません。

 ただ、今のこの国の法律では合法ですし、奴隷に対する扱いは、普通の長期雇用との違いがよく分からない。それくらいまともな扱いをしていると思います。奴隷という立場は貧困、またはなんらかの失敗により財産を喪失した人々にとって、“最後の砦”ともいえる役割を持っていることも知りました。

 ですから単純にいい悪いとは断言できません」

「ありがとうございます。私にとって、想定以上の答えでした」


 俺は曖昧な答え方をしたつもり、にもかかわらず、オレストさんは目に見えて機嫌が良くなっている。


「リョウマ様のように理解ある方がお客様であれば、我々奴隷を扱う側も仕事がしやすい、というものです。

 これは奴隷商としての愚痴になりますが、取引の際にお客様の“奴隷制度や奴隷商に対する理解のなさ”を感じることがとても多い。尤も、それは奴隷商、人身売買をしている以上“仕方のないこと”。避けられないことだと、我々の業界では言われていますし、新しく人が入ればそう教えます」


 彼はこちらを見据えて、ですが(・・・)、と続ける。


「私はこう思うのです。“奴隷商、そして奴隷という制度そのものが、既に時代遅れと言っていい代物なのではないか?”と」


 確かに、前世で俺が生きていた頃には既に、公認の(・・・)奴隷制度なんて歴史か創作物の中だけの話だったし、この世界も近代化するにつれて、そういう流れが生まれる可能性はあるだろう。


「リョウマ様が仰ったように、現在の奴隷法に基づいた正式な奴隷契約は、通常のギルドなどで取り交わされる労働契約と近いものになっています。違いを挙げるとすれば、購入者に奴隷の生活保障義務があることと、労働における給金にあたる金銭をまとめて先払いで奴隷商に支払うこと、くらいでしょう。

 そこまで契約内容の差が埋まったのは、奴隷の非道な扱いを許容した旧奴隷法が廃れ、新たな基準となった新奴隷法と共に、“人権”という概念と思想がじわじわと社会に広まりつつあるからです」


 ここで彼は念を押すように、


「誤解のないように申し上げますが、私は別に人権や思想を否定するつもりはありません。むしろ人としての尊厳を守るために大切な、常に頭に置いておくべきことだと、肯定的に捉えています。だからこそ、だからこそなのです。私が、奴隷商は時代遅れだと考えているのは。

 現在奴隷商という仕事ができているのは、曲がりなりにも人々が生活に困窮した際、命をつなぐ最後の手段としての一面を持っていること。そして何より、国の法を定め、舵取りをする貴族の方々は“伝統を重んじ、変化を嫌う”体質が根強いがために、伝統の一部として見逃されているに過ぎず、そう遠くない将来に我々は奴隷を扱えなくなり、我々のような奴隷商人は居場所がなくなる……私はそう考えています。だからこそ、私は時代の変化に合わせた、奴隷商のあり方を模索しています」

「そういえば、オレストさんは奴隷の売買だけでなく、安価で一時的な“貸し出し”も始めたとか」

「その通りです。やはりリョウマ様は気づいてくださいましたね。私が以前その話をした際、“人材の派遣、仲介業”と口にしていたので、もしやと思いましたが」

「……僕、そんな話しましたっけ?」

「資料を見ながら、思わず口に出た、という感じで呟いていました」

「よりによって貴方の前で、うっかり口を滑らせたんですか、過去の僕は」

「あのつぶやきを耳にした瞬間、私の中で貴方の価値は跳ね上がりました。貴方は私が構想している新たな奴隷商のあり方について、具体的な何かを知っていると。いいえ、たとえ知らなくとも構いません。貴方なら、私が抱える将来の懸念を理解することができる。そう感じたのです」


 “懸念を理解できる”……ここまで説明されて、少し分かった気がする。


 いま俺の目の前にいる男性は、おそらく本当に優秀な経営者なんだろう。ほんの少しだけ普通よりも優れているとか、探せば他に肩を並べる人がいくらでもいるような“並の優秀”ではなくて、ほんの一握りの“天才”というべき人間。


 そこに至るまでに彼がどんな努力をしてきたかは知らない。もしかしたら天才の一言で済ませては失礼かもしれないが、実際に凡人と天才には差があるものだ。それも、谷のように深く、残酷なほどの差が。


 そして彼は天才だからこそ、その先見の明によって、世の中の大多数にはまだ見えていない将来が見えた。早い話が、彼は時代を先取りしすぎ(・・・・・・・・・)ている。


「僕は奴隷商という業界には詳しくありませんが、多くの奴隷商の方々は、今後も同じ状況が続くと思っている。しかしオレストさんは、自分の子供が後を継ぐ頃、あるいはその息子といった、数十年という単位での先を見据えているのですね?」

「まさしくその通りです。未来のことをどこまで考えても推測、想像の域を出ませんが……私には先の見えない未来が待っているように思えて仕方ない。だからこそ、我々は今のうちから、新しい奴隷商のあり方を模索する必要があると考えています」

「そして思考を続けた末に行き着いたのが、人材派遣業」

「奴隷商にこだわるつもりはありませんが、我々の積み重ねた知識と経験を最も活かす方法を考えると、教育を施して人材としての価値を高め、使える人材を必要とする顧客に紹介することが最善かと」


 奴隷商として培った武器を活かすのなら、確かに良いアイデアだろう。ただ、


「個人的には派遣された人材をどう扱われるか? という点が気になりますね。未来の法律がどうなるかなんて、それこそ想像の域を出ませんが――」


 日本では派遣法改正とかで、仕事がなかったり、安い給料で使い潰されたり、派遣社員は派遣社員で結構大変だったよな……外野は“転職しろ”とか“正社員になればいい”、って軽々しく言うけど、実際そう簡単な話でもないしなぁ……就職って。


 一度負のループにハマってしまうと抜け出せなくなるし、日本では結局のところ失敗や苦境は本人の“努力が足りない”とか、派遣を選んだ、もしくは派遣しか選べない“自己責任”って話になりがちだ。


 それで結局、俺はブラック企業でも一応は正社員(・・・)という立場を捨てる決断ができなかった。でも正直、派遣で働く方が気楽かと思ったことは何度もある。


「――ほうっ! それも――ありますね! ええ! 確かに――」


 そんな記憶を元に、懸念点を挙げてみると効果は覿面。一言一句まで聞き逃さない、という熱意で物理的に押されているかのような圧を感じる。


 それほどにオレストさんの食いつきは凄まじく、テーブルに残っていた食事、そしてデザートまでしっかりといただき、さらには馬車で警備会社まで帰る道のりまで、俺はひたすらに前世の派遣社員について知っていることを、“想像できる可能性の話”として語り続けた。


 そして、別れの時、


「ああ、今日は本当に楽しかった。これほどまでに具体的に語り合い、脳裏に未来を描けたのは初めてです」

「こちらも、実りある会話ができてよかったです」


 警備会社の前で馬車を降りると、だいぶ落ち着いた様子で語りかけてきたオレストさん。何を考えているか分かりにくい相手ではあるが、お世話になっていることだし、こちらとしても役に立てたのなら幸いだ。


「リョウマ様が何かお困りの際はぜひご相談ください。奴隷に関してはもちろんのこと、そうでなくとも可能な限り力になりましょう」

「ありがとうございます。その時は是非に」


 と、普通に挨拶をしたつもりだったのだが、


「……」

「?」


 ここでなぜか、オレストさんが俺を見て考え込むように黙り込んだ。


「どうかしましたか?」

「……リョウマ様、私は心の底から、今後とも貴方との交流を続けていきたい、この言葉に嘘偽りはありません。しかし、だからこそ、少々お節介なことを言いたくなってしまいました。

 私が食事中に“最近は楽しいか?”という質問をしたのを覚えていますか?」


 それはもちろん。覚えているし、嘘をついたつもりはない。


「ええ、あの答えを嘘と疑っているわけではありません。それどころか、本当に、心の底から今の生活を大切に思っていることが伝わってきました」


 改めて、面と向かってそう言われると、若干恥ずかしい。しかし、他人の目から見ても俺は今の生活を大事にできているというなら、嬉しいというか、謎の安心感もある。


「人は何かを失ってから、失ったものの大切さに気づくことが多いもの。特にありふれた日常は普段軽視しがちです。しかしリョウマ様の日々が楽しいと話す言葉の1つ1つには、今の生活への慈しみが込められていたように、私は感じました。そして同時に、今の日常を失うことへの“強い恐怖”も」

「恐怖?」

「貴方が日常を語る姿はまるで、長い間渇望しても手にすることが叶わなかった宝物を、ようやく手に入れた人のように、私には見えたのです。そういう人はおそらく、その宝物を手放したいとは思わないでしょう。

 貴方は大切な日常を守るため、無意識に大人の言うことを聞く“いい子”になろうとしているように、私は感じました。……今の貴方はとても幸せそうですが、窮屈そうだ」


 その言葉の意味がいまいちよく分からず、なんと答えればいいのかに困っていると、

「悩むほどのことではありません。戯言と思って、お忘れください」

 そう言って別れを告げると、そのまま馬車に乗って去っていってしまった。


 今日は感情も強く出ていたし、交流のためか話し方も前より率直で分かりやすいと思った。しかし今考えると、やっぱりあの人のことは、よく分からないかもしれない……

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― 新着の感想 ―
派遣やブラック企業の話に関しては、選んだのは自分の選択だからと自覚し、努力して職場を変えて前より良い環境になった自分からしたら、今一共感が出来ない話だ・・・。
[一言] > 抵抗感がないこともありません。 単なる二重否定では? 人身売買に抵抗はもちろんある。だけど・・・って感じの話だし。 >奴隷 結局、制度としては多くの国で禁止されていても、『実質』と言う…
[良い点] オレストさん本当に良いキャラしてるよな
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