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帰路の雑談と街の現状

本日、3話同時更新。

この話は1話目です。

「お待たせしました」

「おっと、会議は終わったんだね」

「はい、つつがなく」


 護衛であるユーダムさんと、ギルドの受付で合流。

 会議室には代表者のみ、ということでギルド内で待っていて貰ったのだけれど、


「そ、それでは、私はこれで」


 そう言って、立ち去っていく女性。どうやら受付嬢の1人と何か話していたらしい。


「お邪魔でしたか?」

「ただの雑談だよ。情報収集も兼ねて。それより次の予定は?」

「午後に街の掃除の予定が入ってますが、まだ時間があるので、一度警備会社の方に戻ろうかと。各職場については責任者の皆さんに任せていますが、報告書の確認やサインをしないといけない書類があるので」

「了解」


 ということで、商業ギルドの出入り口に向かったところ、


「!」


 先行していたユーダムさんの手が扉に届く直前、ギルドに入ってきた男と目が合う。

 男は一瞬だけいやな顔をしたように見えたが、見間違いかと思うほど素早く笑顔になり、声をかけてきた。


「これはこれは、お久しぶりですね」

「そうですね、お久しぶりです。ワンズさん(・・・・・)

「先日の会合があんなことになってしまい、それきりになっていましたが、お元気そうですね」

「ええ、おかげさまで。ワンズさんは、少し痩せましたか?」

「近頃、急に寒くなりましたから……ところで今日はどうなされたのですか?」

「ちょっと知人と会ってきたところです」

「そうですか。私もこれから知人と待ち合わせがあるので、失礼します」

「お大事に」


 会話は終わり、ワンズは受付へ。そして俺達は外へ。

 俺もそうだけど、向こうも俺と長々と会話なんかしたくなかったんだろう。

 ただ、しっかりと視線が合ってしまったので、お互いに表面上は取り繕って挨拶しただけ。


 しかし、


「店長さん、いまのワンズって人、もしかして」

「おそらくユーダムさんが考えてる通りの人ですよ」

「やっぱり、店長さんがピリピリしてた時に、身を切るような覚悟で口論した相手か。穏やかに済んでよかったよ」

「いくらなんでも、あの場で口論は始めませんよ。向こうも善良な一般人の皮を被っているつもりみたいですし、無駄に騒ぎを起こしたくはないでしょう」

「ふーん」


 と言いつつ、俺の顔を覗き込んでくるユーダムさん。


「で、店長さんの元気がないのは? 会いたくない人に会ったわけだけど、そんなに落ち込む?」

「……落ち込んでるように見えます?」

「見えるね」


 そんなに顔に出ていたのだろうか?


「何というか、彼とは口論以来一度も会ってなくて、さっき久しぶりに顔を合わせたんですが、何であんな人相手に、ユーダムさんが仰ったようなことまでしたのかと。

 上手く言葉にできないんですが……あの人、前に会った時はもっとこう“圧力”のようなものがあった気がするんです。なんかこう、危ない、このままじゃいけないと思わせるような」

「威圧感、とかじゃなくて?」

「どうなんでしょう? とにかくあの人の言われるがままにしていたらまずい、と思ったんです」


 だけど、さっき顔を合わせた時にはそんな気配をまったく感じなかった。

 だから、本当に自分も、何であの時あそこまで張り詰めていたのかが分からない。

 むしろ、あんな奴にあんな切羽詰まった反応をしたことが過剰に思えてくる。

 いや、実際に過剰だったんだろうけど、


「仲間がたくさんいる状況で1匹のゴブリンを倒すとして、“怪我をしないよう注意する”くらいの気持ちで向かえばいいところに、1人だけ決死の覚悟で、しかも負けたら国が滅びるとでも思い込んで向かっていくような、そんな傍から見たらなんでか分からないくらい、小物相手に過剰反応をしたようで、顔から火が出るというか、穴があったら入りたいとはこんな気持ちなのかというか、思い返すほど恥ずかしくなってしまって、余裕を失っていたと言えばそれまでですが――」

「わかった、とにかく思い返すと恥ずかしいのは伝わったよ」


 本当に、あの件は今生での黒歴史になることが確定した気分だ……


「ところで、これは僕個人の興味と、もう1つの仕事という意味でも質問だけどさ、どうにかしなくていいのかい? あの男」

「僕は確信していますが、向こうも警戒しているのでしょう、なかなか尻尾を出さないですし、“優先順位”と“勝利条件”がありますから」

「詳しく聞いてもいいかな?」


 ユーダムさんが周囲に気を配りながら聞いてきたので、こちらも一度周囲を確認してから返答。


「まず、相手側はギムルの治安悪化を狙って、色々と工作を仕掛けてきています。

 それに対して、僕達の勝利条件は、ワンズのような工作員の排除ではありません(・・・・・・・)


 確たる証拠を以って合法的に、もしくは秘密裏に、物理的に。どんな方法でもいいけれど、仮に、ワンズとその仲間を排除できるとしよう。だけど排除したとして、その後はどうなるのか?


 ワンズ達のような工作員を裏で操る貴族、そしてその中の首謀者を叩かない限り、もしくは首謀者がこれ以上の暗躍を諦めない限り、また新たな工作員が送られてくるだけだろう。


 そして、工作員の裏にいる貴族に対して、僕達ができることは、現状ではないに等しい。

 貴族相手に下手なことをすれば、逆にこちら側が悪者になりかねない。


 しかし、


「貴族に対しては既に公爵夫妻が王都で動いている、と聞いています。だから、無理に僕達がリスクを負って何かをする必要もありません。裏にいる貴族については任せておけばいい」


 餅は餅屋、ということだ。


「そして今、この街にいる僕達ができること、するべきことは、公爵夫妻が元を断つまでの間“ギムルの治安悪化とそれによる被害を抑えること”、そして“可能な限り、大勢の労働者が来る前の水準まで、街の治安を改善すること”、あとは“万が一の場合に備えること”……早い話が無理に“解決”を目指さず、“現状維持”でいいのです」


 今日の会議でも“最近の犯罪の発生率は、労働者の流入以前とほぼ変わらない水準まで落ち着いてきている”と警備隊長のダムマイアー氏が話していた。


「人が増えた分、小さな喧嘩や諍いはまだ多いようですが、それも警備会社のパトロール隊が、人数という利を活かして頻繁に街を巡回しているので、早期に発見して仲裁に入ることで、それ以上の事態に発展することを防げています」

「店長さんの警備会社って、一部とはいえ流入してくる労働者を警備の人手に変えているわけだから、当然だけど結構な数だよね」

「定期的に募集をかけていますからね」


 と、話している間にも、話題のパトロール隊とすれ違う。

 さらに数歩歩いたところで、街の人が彼らを呼び止め、お礼を言う声が聞こえた。


 彼らも以前は半分路上生活者になりかけていた人達だけれど、地道な活動が実を結び始め、今ではそれなりに町の人にも受け入れられている。


「一時期は荒れた雰囲気だったこの街も、だいぶ以前の落ち着きを取り戻してきたように思います。これに驕らず、引き続き気を引き締める必要はあると思いますが、最悪な事態は脱したと考えていいでしょう。

 あとはこの状態を守ることに専念する。そして公爵家の人達が元を断ってくれることを信じて待てばいい。今となっては、あんな小物をどうこうするよりも、そちらの方が重要です」


 尤も、俺もヒューズさん達が来て、話を聞いてからこの結論に至ったんだけどね。


「ちなみに年末の社交界で勝負、そこまで粘れば我々の勝ち、だそうですから“今年中に終わらせる”という意思表示だと僕は受け取ってます」

「なるほど、そこまで話が進んでいたから、だったんだね」

「? 何がですか?」

「前の張り詰め方に対して、今の落ち着き方。あと失礼かもしれないけど、店長さんが、あまり忙しくなさそうに見えたからね。まだ初日だけど、こうして護衛として行動を共にしてみて」

「思ったほどではない、と?」


 ユーダムさんは、ちょっと気まずそうに頷くけど、俺はまったく気にしていない。


「落ち着きに関しては仰る通り、公爵家の皆さんが来てくれたのが大きいと思いますし、実際に僕は全然忙しくないですからね。こっちは話の進み具合にはあまり関係ないと思いますけど」

「でも、店長さんは今や街の中心人物でしょ?」

「えーと……確かに色々と口出しはさせてもらっていますが、僕がやったのはそれだけ(・・・・)です。警備会社やゴミ処理場、あとはモーガン商会と共同でスライム製品工場なんかも作りましたが、僕は口と、あとお金を出して、必要な書類を書いただけ。実際の業務や経営については、担当の責任者に丸投げしてますから」


 本当に、俺は現状でほぼ全ての業務を、有能な経営責任者達に任せている。俺の仕事はオーナーとして、要点をまとめて送られてくる書類を確認してサインするだけ。大した手間ではない。


「報告されてきた内容と現状に齟齬はないかの確認といえば、今朝みたいな散歩も仕事といえるかもしれませんが……とにかく暇に見えるくらいの余裕は確実にあります。

 むしろ最近はほとんど仕事をしている実感はないですし、趣味のスライム研究か畑仕事の勉強、あとはテイマーギルドでの資格試験に向けた勉強に大半の時間を使ってますから」

「でも、さっきまで会議に参加してたり」


 それも言ってしまえば、話を聞いて、自分の意見を伝えたり提案をするだけ。実際に動くのはギルドマスター達とその下の部下や現場の方々だ。


 そもそも俺が警備会社を作る前から、この街には街を守る警備隊があり、警備隊員の方々に街の治安は守られていた。他にもギルドや行政を行う役所などで、大勢の方々が街のために働いていた。


 治安が悪化しても、それを改善しようとする人々の努力、自浄機能はあったのだ。

 だけど、今回はその機能が“労働者の過剰流入”によって機能不全に陥ってしまった。

 例えるなら、サーバーがフラッド型のDoS攻撃を受け、負荷がかかりすぎた時のように。


 だったら、関係各所の負荷を軽減すればいい。労働者がこの街にある仕事や宿泊施設という“受け皿”で受けきれないなら、新しい受け皿を作ってやればいい。そうして自浄機能が再び十全に機能する環境を整えれば、自然と治安は改善の傾向を見せてくれる。


「僕はそういう提案をして、あとは金と権力と人脈でごり押して、最後は丸投げ。だから、皆さんが思っているほど忙しくないのです」


 ちなみに、一時期は派手に動いたから、ユーダムさんのように事情を知りつつ情報を集めている人達からは“中心人物”に見えるかもしれない。


 でも、今はもう僕の周囲を嗅ぎ回っても大した意味はないんじゃないだろうか?

 治安維持のために動いているのは俺よりも、他の大勢の方々なのだから。

 むしろ、俺に注目すればするほど、調べる側は時間と労力を無駄にするだけなのでは?


 そう言ってみると、俺のことを調べていたユーダムさんには心当たりがあったようで、大きなため息が聞こえてきた。


「店長さん、意外と腹黒いって言われないかい?」

「心外ですね。威張れることじゃありませんが、僕はどちらかといえば騙されやすい方ですし、上手く利用される方ですよ」


 尤も、それは前世の39年間、騙す奴と利用する奴が周囲に多かったからで、騙され利用された分だけその手口は身に染みたということ……ではないだろう。無関係だ、うん。


「僕は悪いことは(・・・・・)してませんよ〜。それより会議に行く前の話の続きを聞かせてください」

「露骨に話を変えてきたね。会議前の話って“この前の試合で使った技”について、だっけ?」

「はい、差し支えなければ」

「別に秘伝というわけではないし、僕も学生時代に教官から教わったことだから、いいよ」

「ありがとうございます。もし技も教えていただけるなら、時間と場所を用意するのでその時に。聞きたいことは色々あるのですが、主にあの気を飛ばす技について」

「“気を飛ばした”ってとこまで分かってるなら、言葉で教えることはほとんどないんだけど……まず、気で全身を満遍なく覆う強化、これは店長さんも使ってたよね」

「はい。気はそのように使う、と聞いていたので」

「全身を満遍なく強化した状態を維持して、普通に戦えるようになることが、まず第一段階。基本であって、店長さんもここまでは十分できてる。

 その状態で敵に挑んで、勝てるならそれでいいんだけど、実戦では何が起こるかわからないよね? 場合によってはどうしても格上だったり、相性の悪い敵を相手にしなければならない時もある。

 そんな時のために、必要性から開発されたのが、先日の僕が使っていたような“応用技”だと僕は教わった。例を挙げると、さっき言っていた“気を飛ばす技”は、拳や武器の届かない“間合いの外側”にいる敵を攻撃するための技だね。これを身に付ければ、技量次第では素手であっても、空を飛ぶ魔獣や遠距離から弓で狙って来る敵にも応戦できる」


 ここでユーダムさんは、

 “まぁ、事前にちゃんと準備ができるなら、するにこしたことはないけど”

 と笑い、話を続ける。


「あとは同じ感じで、硬い殻に覆われた魔獣を倒すために、攻撃力をより高める技とか、武器を強化する技とか、目的にあわせて色々な技が開発されたわけさ。

 だけど、どんなに優れた達人でも、力を最大限に発揮できるのは、己の武器が最大限に効果を発揮できる状況。

 そしてどんなに多く気の応用技を身につけた達人でも、最初は全身を強化することから始めるわけだし、極めていくと最終的には全身の強化に戻る。だから“全身の強化”は、基本にして奥義とも言われているね」


 興味深い、と思っていると、


「……なんて、偉そうに語ったけど、僕はまだその域からは遠いから実感はないし、そういうこと“らしい”としか言えないけどね。

 でも、かの有名な武神ティガルの逸話には、彼がひとたび気を用いれば、肌はどんな敵対者の刃も通さぬ無敵の鎧となり、拳はドラゴンの鱗を砕き仕留める威力を持つ、というものがあるよ。しかもこの逸話には複数の資料に証拠が残っていて、どうも事実らしいんだ」

「おお……」


 突然、設定上の祖父の名が出てきて驚いたが、その後もユーダムさんは過去の軍人や有名冒険者の興味深い話を聞かせてくれた。


 しかも彼は思った以上に話し上手だったおかげで、ただの移動時間は有意義な時間になり、警備会社に戻るまでの道のりはあっという間に感じた。


 そのため、ちょっと名残惜しいが、到着してしまったからには中断して仕事を――


 と思ったら、


「リョウマ様」


 受付の前を通りかかると、メイドのリリアンさんが声をかけてきた。


 受付にいた、というわけではなく、目立たないところに立って待っていたみたいだけれど、どうしたのだろうか?


「先ほど、モールトン奴隷商会のオレスト・モールトン様が来られまして」

「えっ、オレストさんが?」


 あの胡散臭いイケメンが来たの? でもなんで急に? そんな予定も聞いてないけど。


「不在を伝えたところ“約束もなく訪ねたのだから仕方ない、迷惑でなければ待たせて欲しい”とのことで……応接室でお待ちですが、どうされますか? このまま断ることも可能ですが」

「いえ、待っているのなら会いましょう」


 何の用かも知りたいし、ちょっと前に世話になったしな……


 なんとなく、一筋縄ではいかない予感。警戒を強めて、応接室へ向かう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しくお話ししながら移動していたら、『タヌキ』が来ていた……………ww
[一言] 番外編で、警備会社やゴミ処理場、工場、建築部門などで、雇われた人たちの視点がみてみたいですね
[良い点] ストーリー、アニメは良かった [気になる点] 2週間、3週間に一度の更新だと内容を忘れる [一言] もう少し更新頻度上げてください
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