護衛と雑談
「どういうこと?」
翌朝合流したユーダムさんは、状況が理解できていないらしい。
疑問を口にして、自分をここまで連れてきたジルさん、そして俺の顔を交互に見ている。
説明が欲しそうなので、簡単に説明しよう。
「まずですね、我々は昨日の件、僕との話だけでなくその後の聴取も含め、ユーダムさんはおそらく“我々の敵ではない”、そして“僕に危害を加えるような目的を持っていない”と判断しました」
「厳密には“暫定的に”だ。現在王都にいる公爵閣下へ連絡し、引き続き確認をとっている。ラインハルト様なら、可能であれば国王陛下に貴殿のことを直接確認するだろう」
ジルさんが補足を加えてくれた。
「と、まぁそういう事なんです。完全に結果が出るまでは時間がかかる。でも、その間ずっとユーダムさんの身柄を拘束したり、閉じ込めておいてはお互いに損だと思いませんか?」
ユーダムさんは当分の間、自由のない生活を送ることになるだろう。
俺は雇った優秀な人材が働けなくなる上に、拘束や軟禁するための労力がかかる。
「確かにそれはそうだと思うけど、僕は結果的に店長さんの情報を調べて、勝手に他者に流したわけで……」
「はい、それは事実ですね。だからこそ洗濯屋やその他の新しい職場で働いてもらうのではなく、最初に擁護した僕の監視下で働いていただくことになりました。僕に対する安全性は、先程も話した通り、問題ないと判断されたので」
説明すると、ユーダムさんは本当かと言いたげに、ジルさんを見る。
「人手が足りないのも事実だが、一番の要因はリョウマの希望だ」
「身元も確かで、それなりに信用してよさそう。なおかつ有能な人を放っておくなんて、勿体無いですからね。特に今の状況では。
なんならユーダムさんの連絡員として派遣されている、国の機関の人も一緒に働いてくれても僕は構わないんですが、流石にやめろとみんなから言われまして」
「それが当たり前だよ!?」
「僕は別に、悪い事なんてしてませんから、いいんですけど。というか、わざわざ法に則った手段で、穏便に物事を進めているというのに」
法を気にしなくていいなら、今すぐどころか以前の会合の時点で、明らかに怪しかった連中を締め上げれば早かったのに。ワンズとか、その取り巻きとか。
「店長さん、なんか悪い顔になってるよ」
「おっと失礼。とりあえず決定事項ですので、よろしくお願いしますね」
「我々も何度も話したが、頑固でな……根負けした。貴殿にとっては、運が良かったと思えばいいだろう」
2人の大人の一方に渋い顔、もう一方に困惑した顔をさせ、とりあえずの通達が終わる。
というわけで、さっそく仕事に移ろう。
「……流されるままに解放されて、表に出たけど、これからどうするんだい?」
「今日は昼から商業ギルドで、ギルドマスター達との会合があります。それまでは散歩がてら、関係各所を見て回ります。結構歩きますが、体調は大丈夫ですか?」
「頭は混乱したけど、体の方は大丈夫さ。誠心誠意、護衛をやらせてもらうよ。色々と気にするより、その方が良さそうだ」
うん、なんだか吹っ切れたようなので良かった。
しかし護衛といっても堅苦しいのは好まないので、次の目的地に向かいながら雑談する。
「頼りにしてますよ。ジルさんから聞きましたが、ユーダムさんは学生時代、本当に優秀だったらしいですね。“騎士科”に所属していたとか」
「あー、その話を聞いたの? あまり思い出したくないんだけど……代々続く家業を継ぎたくない、って反発してたのは、格闘の道を志す前からだからね。その分、自分で身を立てられるように、それなりの成績は残すように言われていたしねぇ……」
「だとしても、本人の努力なしで行けるようなところではない、と聞いています」
ジルさん曰く、王都の学園には多種多様な専門学科があり、生徒は各々の進路や目的に合った授業を受けることができる。また、それらの授業は学費が払えて、前提となる授業の履修、もしくは試験を受けることで資格を得れば、基本的に誰でも履修できる。
しかし、ユーダムさんの所属していた騎士科というコースは少々特殊で、受講資格を得るだけでも非常に難しいそうだ。
「なんでも、貴族の家の出身である事が前提で、礼儀作法、基礎学習、歴史、魔法などの“座学”。さらに魔法と格闘、選択式の武器術などの“実技”に加えて“容姿の評価”があり、それら“全て”において優秀な成績を残して初めて受講資格を得る事ができるとか」
「んー、将来的に王族や国を守る騎士を目指す、そういうクラスだからね。生徒への要求も高いのは事実だよ。
ついでに受講資格を得ても、実際に騎士科に入れるのは、各学年の“有資格者の上位30名”だけだし、一度入れば以後は安泰、ということもない。授業についていけなくなれば、当然のように受講資格を失う。有資格者の中で同等の成績を収めた者がいれば、席の奪い合いや生徒の入れ替えが行われる。それが卒業までずっと続くんだ」
残留することすら困難を要求される苛烈な環境。
貴族だからと甘えは一切許されない、超実力主義の学科。
その代わりに騎士科のまま卒業できれば、将来的に王族を守る近衛騎士、あるいは騎士団や国軍の要職に就くための最短コースを歩める。超難関の超絶エリートコース。
それが騎士科という場所なのだそうだ。
だから、ちょっと優秀、程度では入れないと思うのだけれど、ユーダムさんの表情は硬い。
「う〜ん、確かに頑張りはしたけど……」
どうも歯切れの悪い言葉しか出てこない。
「何か言いにくいことでも?」
「というか、これを言っていいことなかったからね。大抵の人は聞いて呆れるし、騎士科の同期に言った時なんか、集団で殺されるかと思ったし」
どうしよう、言いたくなければ無理に聞くつもりはなかったのに、聞きたくなってきた。
「いや、別に言ってもいいんだけどね。あの頃の僕が騎士科に入って頑張ってたのって、もちろん両親に成績のことを言われてたり、僕自身も将来のことを考えてのことでもあるんだけど、一番の理由は“女の子にモテるから”だったんだよね」
何となく気まずそうに笑うユーダムさんだが、俺はそれを聞いて、
「なるほど、納得しました」
「不快じゃなければいいけど、僕ってそんなにチャラチャラしたイメージかな?」
「チャラチャラというか、女性に慣れてる感じはありますね。洗濯屋でのお仕事でも、女性からの評判がいいと聞いてますから、僕としては助かってますが」
「そう?」
「はい。それに貴族にとって結婚相手って重要なことなのでは? そう考えると……これは偏見かもしれませんが、女性は現実的な方が多いというか、やっぱり男性側の家柄や財産、また男性の将来性を気にされる方が多いと思います。
だから、そういうところが半端だったり、見込みがなかったりすると、その場でもう相手にしてもらえない、候補にも含まれない、ということもあるのでは?」
「あー、人にもよるけど、厳しい人は確かに滅茶苦茶厳しいね」
だったら、ユーダムさんが騎士科に入ったのは間違いではないのでは?
ユーダムさんが格闘術の道を志したのは卒業を控えていた頃みたいだし、その進路を決める前なら尚更、そのまま騎士を目指すとか、または別のどこかに何らかの形で就職するとか、色々な将来の道があったはず。結婚も将来の可能性の1つとしてあっただろう。
「最初から将来性の高い騎士科に所属した。“女性にモテたかった”という事ですが、それに必要な努力をしたわけですし、将来の結婚を考えたら、ユーダムさんは間違っていない。というより、真っ当な判断と努力だったと思いますよ」
そう言って、気づいた。
ユーダムさんが、俺を見て目を丸くしている。
「どうしました?」
「いや、そんな風に言われたのが初めてでさ、ちょっと驚いた」
そうなのだろうか?
「僕がこんな話をしたのは同期や教官、あとは家族で、そもそもそんなに多いわけではないけど……大体は“色恋にうつつを抜かすとは軟弱な!”とか“そんな気持ちで騎士になれるか! 騎士が務まるか!”って感じだったからね。相手が教官とか騎士科の上級生だった場合は、学園の外周を走らされたりもしたっけ」
「もしかして、騎士科って精神論を重んじてたりします? あとは練習中に水をのませない、とか」
「確かにそんな感じかな、教官は何かにつけて気合いが足りん! とか叫んでたし」
俺の頭の中で、騎士科のイメージが昔の運動部に近くなってきた……そんな時、
「こっちは確か、スラム跡地の空き地じゃなかったかい?」
ユーダムさんが目的地に気付いたようだ。
「そうです。作業が順調に進んでいれば、新しい建物が完成しているはずです」
「また何か始めるのかい?」
「今度は飲食関係のお店をいくつか」
「飲食関係? 店長さんの職場は全部、労働者の食事も雇用条件に含まれてたよね?」
「はい。そこはきっちり保証していますが、衣食住が整って、懐にちょっと余裕ができてきたら、ちょっと贅沢もしたくなると思いまして」
例えば何か特別な日、頑張った自分へのご褒美、祝い事、あとは単純にいつもと違う物が食べたい! とかね。
「そんな方々のために、社員寮の近くに幾つかお店を出すことにしたんです。コンセプトは“家庭の味”と“故郷の味”。あと、それとは別に“とにかく安くてお腹いっぱい食べられる店”も出そうと思ってます」
「前者の意図は理解したけど、後者は?」
「そっちはまだお金のない労働者の方々向けですね。うちは多くの労働者を雇用していますが、ギムルにやってきた労働者の全てを雇い入れているわけではないですし、まだ労働者の流入は続いているのが現状です」
「なるほど。街に来たばかりとか、店長さんの衣食住の保障の対象外の人向けってことか」
「はい。同じ理由で、宿泊施設も増やしています」
イメージとしては、牛丼屋とか、定食屋とか、お弁当屋さん。
安くて腹いっぱい食べられる、それだけで前世では心強い味方だった。若い頃は特に。
ちなみに宿泊施設のイメージは、昔のカプセルホテル。最低限の寝床にはなる。
そう説明すると、ユーダムさんは納得した様子。
「しかし、労働者の流入はまだ続いてるんだね。店長さんのおかげで治安の悪化はだいぶ抑えられているのに」
「複数の貴族が手を組んでいるようですし“各地で労働者を集めて送り込んでいる”ということは“それだけ色々なところで多くの人間が動いている”ということでもありますから……おそらくですが、やめるにやめられないところがあるのでは? 流入が続いている、とはいえその勢いはだいぶ衰えてますし」
「手を組んだと言っても一枚岩ではないかもしれないし、全体としての動きは鈍いのかもね」
「公爵家の方々からは、関与している貴族としてランソール男爵、ルフレッド男爵、ファーガットン子爵、ダニエタン子爵、サンドリック伯爵の5名の名前が挙げられていました。
ただ個人的には、他にもジェロック男爵、アナトマ子爵、ジェロモン子爵、セルジール子爵、そしてバルナルド伯爵あたりも怪しいかもしれない、と見ています」
「……それはどこから? 個人的に、ということは公爵家の人から聞いたわけじゃないよね?」
ユーダムさんが周囲を警戒しながら、真剣に聞いてきたけれど、大したことではない。
俺はギムルに来た労働者を、大勢雇っている。
雇用者であれば、労働者の履歴書を見る権利があるし、確認もする。
履歴書を見れば、被雇用者の出身地、つまり“誰がどこからきたか”くらいは分かる。
そして同じ地名が何度も目に入れば、記憶にも残る。
「領民が出て行ってしまうのは、領主にとってあまり良くない状況ですよね?」
「税収や労働力の減少に直結するからね。領民の移動を許可制にして、勝手な移動を禁じているところも珍しくない。領外への流出となれば尚更。
少数が一時的な出稼ぎくらいは認められるだろうけど、今この街に流入してる労働者の数は店長さんが雇ってるだけでもかなり多い。領主が協力をしている可能性は否定しきれないね。積極的ではなくても、黙認とか消極的な協力の仕方もあるし」
「はい。だから怪しい“かもしれない”です。ただ、そこを追及するのは僕の仕事ではないので」
「もしかして、僕から陛下に?」
「いえいえ、そちらのお仕事については何も言いませんよ。王命に口を挟むなんてとてもとても……それに僕が気付いた事は、その都度公爵家から来た誰かに伝えていますから、公爵家は把握しているはずですし、動いているはず。そこも含めて、伝えるか伝えないかの判断はお任せします」
「お任せしますって、そんな現状に関係してそうな話を聞いちゃった以上、報告しなきゃ僕が隠したみたいに……僕の立場を利用する気満々じゃないか」
一度諦めたような顔をしていたが、最終的に彼は笑っていた。




