後になって気づくもの
本日2話同時更新。
この話は2話目です。
3日後
ここで最後だ。
この3日間はほぼ不眠不休。少し雑談くらいはしたものの、ほとんどの時間を作業に費やした。こういう徹夜作業の終わりが目前となると、今日までのことが自然と思い返される……
「ここも終わりました。次に行きましょう」
「おいおい、お前もう何時間ぶっ通しでやってると思ってんだよ」
「もう日も沈んだのにゃ」
「汲み取り槽の掃除もこれで2本終わっている。ここらで一息入れてはどうでござるか?」
「体力・魔力ともに余裕があります。それに、なるべく早く片付けないと」
「……本気で無理はしてねぇみたいだな……」
「拙者にもそう見える……」
「アタシも同意見。となると止める理由もないにゃ、急いだほうが良いのは事実にゃ……」
初日2本目の掃除を終えて、ジェフさん達3人の了解も得て場所を移してまた掃除。次に出てきたときには見張りの人が変わっていた。
「おっ、出てきたね」
「皆さんはミーヤさんのお仲間の……」
「ウェルアンナだよ」
「ミゼリア」
「シリアです。夜から朝にかけての見張りは私達の担当になりました。よろしくお願いしますね? リョウマ君」
「はい、よろしくお願いします。早速ですが、ここは終わりました。確認をお願いします。それから支給品に魔力回復ポーションを用意すると聞いていたのですが……」
「あるよ」
この世界の薬品は大きく分けて二種類。
地球と同じく自然に存在する薬草や薬石に含まれる薬効成分を利用する薬と
素材に含まれる魔力、もしくは魔力によって変質した物質から薬効を得る魔法薬。ポーションとは魔法薬の一種で即効性の高いものを指す。
ウサギ耳のシリアさんが俺や周囲に鑑定の魔法を使い、虎耳のミゼリアさんが大きめの鞄から試験管のようなガラス容器を取り出した。中には深緑色のサラサラした液体が詰まっている。
ミゼリアさんから1本につき約2000の魔力を回復できる事と、自身の総魔力量を回復量が超えると魔力の過剰摂取で魔力酔いと呼ばれる体調不良を起こすと注意を受け、確認を終えた俺はありったけの魔力回復ポーション10本を飲み干した。
「ありがとうございました、これで次にいけます」
「もう? ちょっとは休みなよ」
「アンタ、ミーヤ達が見張ってる間一度も休んでないって話じゃないか。食事もしてないんだろう? ほら」
言葉と共にウェルアンナさんが差し出したのは、バスケットに入ったサンドイッチだった。
「依頼主の使いの執事から預かったのさ。次に向かうのはこれを食べてからでいいだろ?」
「執事? もしかしてセバスさんが?」
「ああ、確かにそう名乗っていたね。知り合いなんだろ? アンタは仕事に夢中になると飯を忘れるかもしれないって、他に仕事があるみたいで帰ったけど、さっきまで待っていたよ」
体力的に問題はなかったが、実際に忘れていたのでありがたくいただく事にすると、必然的に彼女達と接する時間も増える。
「病気についての連絡は届いたんですね?」
「ギルドマスターが知り合いを通じて明日までにアタシ達の分は確保するってさ。……しっかしアンタ、本気で夜通し休まず働くつもりだったのかい」
「休憩はもちろん取るつもりでしたよ」
「その休憩が少ない。1本ごとに休んでも良いくらいなのに」
「そうですねぇ……本当の事をいうと、私はちょっと疑ってました。無理があるのではないかと」
「体力には自信があるので。シリアさんの疑念は僕の歳を考えたら仕方ないと思います」
「新人冒険者が見栄張って、できもしない仕事を請けて失敗したなんて話はざらにあるからねぇ」
「私も同感。リョウマ君がステータスボードのスキルを開示していなかったら絶対に反対した。登録したばかりで実績の少ない新人冒険者の自己申告だけで、失敗したら最悪街にまで被害を出しかねない仕事を任せるなんてありえない。……でも今は適任だったと思ってる」
「いや、普通に考えたらそうでしょうから。そんな気にしないでください」
ばつが悪そうに言葉を付け足したミゼリアさんだったが、俺も今日会ったばかりの人から全面的な信頼をえられるとは初めから思っていない。ステータスボードという便利な道具がなければただの子供に見えても仕方がない。だって今の俺は本当に子供なのだから。
そんなこんなで雑談しながらの食事を終え、俺は再び掃除に戻る。
次に休みを取ったのは、夜が明けてまた見張りの担当が代わる直前だ。
「失礼します、交代にきました」
「お疲れ様です、シェール君、レイピンさん、ゴードンさん」
「シリアお疲れ様です」
「作業の進み具合はどうであるか?」
「思ったより随分早いが、リョウマってのはバテてないか?」
「彼は頑張ってくれていて、体力もまだあるみたいです。でも今はちょっと作業を中止しています」
「何か問題が?」
「まずは見ていただけると……」
「なんで――うわっ!?」
「なんだこのスライムの数……足の踏み場もねぇぞ」
「スライムを使うとは聞いていたが、スタンピードを起こしたのであるか?」
「スタンピード? リョウマ君は分裂と言っていましたが」
「分裂? この数でただの分裂であるか?」
作業効率を上げるため、分裂できるようになったスライムを分裂させていたら、いつの間にか交代の人が来ていた。
「次の見張りの方ですか? 改めまして、僕はリョウマ・タケバヤシです。すみませんこんな状態で。スライムが分裂を始めてしまって。これが終われば作業効率も上がりますから、踏まないようにお願いします」
「ああ……俺はゴードンだ。よろしくな」
「僕はシェールです」
背が低く、太い手足とがっしりとした胴体。そして顔半分は濃い髭で覆われている。まさにイメージ通りのドワーフがゴードンさん。スライムを気にしながら名乗る人族のシェール君。彼は中学生か高校生くらいに見える。
もう一人は? と思えば、眼鏡をかけて杖を持った学者風の中年男性がスライムをまじまじと見ていた。
「ふむ……弱っているようには見えない、となるとスタンピードではないのであるな……ん? おっと、これは失礼した。我輩はレイピン。魔獣の研究のため冒険者をしているのである。一つ聞きたいのであるが、これはスタンピードではないな?」
「リョウマ・タケバヤシです。僕も趣味でスライムの研究をしています。質問を質問で返してすみませんが、スタンピードとはなんでしょうか?」
「スタンピードとはスライムの突発的な分裂である。スライムが分裂できる状態にありながら、従魔術師の命令により分裂を妨げられ続けると発生し、命令を聞かずに限界を超えた分裂を始めてしまうのである。これは繁殖活動を妨げられたことによる本能的行動と言われているのである。
一度スタンピードが始まると爆発的に数が増えるが、元の個体と分裂した個体は過剰な分裂により衰弱し、周囲の物を手当たりしだいに食べて栄養補給を試みるのである」
「スライムがそんな行動をするなんて、知りませんでした」
「野生のスライムは好き勝手に分裂するのでまず起こらない、それに過去には研究資料を滅茶苦茶にした事例もあり、研究所ではなにかと疎まれるのである。我輩も実際にこの目で見たことはないのである」
「しかし今、この数を見てもしかしたらと考えたと」
「いかにも」
それから元々1000匹以上の数が居た事、それに伴いビッグスライムの事を話した後は興味を持たれ、俺は魔力回復ポーション片手にスライムとの契約を続けつつ延々とスライムや魔獣研究について話をした。
契約が終わる頃、シェール君とゴードンさんはついていけないという感じになっていた。
……他にも掃除を終えて外に出ると1日一度はセバスさんから食事が届く。扉の前で待っていてくれたこともある。バスケットの中にお嬢様から、宿に置いてきたスライムの世話はしているから心配はいらないとの手紙が入っていた事もある。見張りの9人だけでなく大勢の人に支えられ、俺は掃除と休憩を繰り返してきた。
その結果スカベンジャースライムはまた分裂し、今では総勢3033匹。1011匹ずつをキングスカベンジャースライムにして、3匹横に並べて作業が行えるため労力が減った。スキルのレベルも上がっていた。
キングスカベンジャースライム×3
スキル 病気耐性Lv7 毒耐性Lv7 悪食Lv8 清潔化Lv8 消臭Lv8 消臭液Lv6 悪臭放出Lv8 養分還元Lv7 物理攻撃耐性Lv4 肥大化Lv5 縮小化Lv6 ジャンプLv3 暴飲暴食Lv4
病気耐性はもう成長しなかった。7ならイダケ病の病原菌には十分だったのだろう。
ここでの作業で清潔化、消臭、暴飲暴食のレベルが上がっている。そして何故か物理攻撃耐性までレベルが上がっている。体がずっと壁を擦っていたからか? それとも隣のスライムとぶつかっていたからか? よく分からないが、レベルが高い分には困らない。
そんなスライムの後ろをついて歩き、ミストウォッシュとレンジで壁を加熱消毒し続けていると、本当に終わりが見えてきた。
最後の汲み取り槽の端に到達。スライムが一度処理をした壁や天井に景気よく水を撒いて一気に加熱。鑑定で確認し、消毒されている事を確認……問題なし。
今日まで淡々と作業を続けたが、それもこれで終わりだ。
俺はそのままスライムを引きつれ、時々鑑定で確認しながら外へ出る。迎えてくれたのは朝~昼担当のゴードンさん、シェール君、レイピンさんの3人。
「終わったのかね?」
「ええ、終わりました」
「よくやった! これでぜんぶ終わったぜ。よくやりきったな」
「本当にほぼぶっ通しだったね」
「飯の時くらいだろ、まともに休んでたのは」
「確かにそうですね。あ、レイピンさん確認お願いします」
「うむ。……………………よし、問題ない。服も持ち物も周辺も『鑑定』したが、清潔である。ギルドに戻って報告するのである」
「ありがとうございます。では行きましょうか」
「待った。吾輩が連れて行くのである。『ワープ』」
レイピンさんは空間魔法を使えるそうで、中距離転移魔法、『ワープ』でギルドの前まで送ってもらえた。言葉は少々偉そうな感じだが、よく気遣ってくれる人だ。
俺達がギルドに入ると受付嬢さんがすぐにギルドマスターの部屋に通してくれる。
「リョウマか、終わったのか?」
「はい、共同トイレの汲み取り槽30本、全ての処理、終わりました。もう大丈夫です」
「そうか! 良かった……よし! 全員今日は帰って休め! ほかの連中にはこっちで終わった事を通達しておく。明日の昼にギルドに来い、報酬を支払おう。今回はほとんどお前さんが片付けたからな、期待しとけよ」
「わかりました、失礼しま……そうだ、ギルドマスター」
「何だ?」
「感染者は出てませんよね? 街の情報はほとんど入ってきてないんですが」
「大丈夫だ。薬の手配と併せてそっち方面に強い知り合いの婆さんに協力を頼んだが、今のところイダケ病と思われる患者は出てねぇが……そのイダケ病は毒が体に入って10時間以内で罹るんだよな?」
「はい、汚物を鑑定したらそう出ました」
「なら大丈夫だろう。お前さんから聞いた薬の用意も進めて、ある程度の数は用意できてる。患者が出ても対応してやるさ。だからお前さんはさっさと帰って休め、寝てないんだろ? 患者が出たら声をかける、そん時にフラフラじゃなにもできねぇぞ」
「……そうですね、今度こそ失礼します」
俺はそう言って冒険者ギルドを後にした。その後他の3人と別れると話す相手がいなくなり、どこか懐かしく心地よい徹夜後の浮遊感を覚えつつ、体を冷ます風を感じながら宿に向かってただ歩いていた。
心地よい風を受けながらふらりと宿に戻ると、そこでは公爵家の皆さんが勢揃い。
「お帰りなさい! リョウマさん!」
「お帰りなさい、リョウマ君」
「お帰り」
「無事に帰ったようじゃの、良かった良かった」
「お帰りなさいませ、リョウマ様」
「お荷物をお預かりします」
「お食事はお済みですか?」
公爵家の人達7人に迎えられる。これは、なんだか懐かしい……そういえばいつ以来かな? こんな風に人に出迎えられるのは……母親が死んで以来か? いや、エリアリア達は何度も俺を迎えてくれた、なのに何でこんな気分に…………
「リョウマ君、どうしたの?どこか悪いの?」
「いえ……体調は悪くありませんが、何故か昔の事を思い出しました……か……!」
家族? そうだ……似てるんだ、この人達の雰囲気。俺が会社で上手くいかない時、毎日毎日疲れ果てて帰ってきた時、仕事を首になった時、仕事が見つからなかった時、憂鬱な時……そういう時にいつも迎えてくれた、母親に……
「リョウマさん!? どうされたんですの!?」
お嬢様の声で気がつくと、俺は泣いていたみたいだ。知らず知らずのうちに目から涙が出ていた。
「ああ……すみません、大丈夫です。ちょっと家族の事を思い出したのですよ。皆さんの雰囲気が、かぶりまして……顔は全く似てないのですけどね……」
母親はブサイクではなかったが、特に良くもない普通の顔だ。こんなイケメン美女美少女ダンディ集団とは顔の作りが違いすぎる。
そんな馬鹿な事を考えていたら奥様に抱きしめられ、エリアリアに腕を抱きしめられ、ラインハルトさんに肩に手を置かれ、ラインバッハ様に頭を撫でられ、セバスさんとメイドさん2人に温かい目で見られる。
それからはあれよあれよと世話を焼かれ、料理を食べ、風呂に入り、布団に入れられた。
数年ぶりの徹夜のせいか、頭が働いていない気もするが……今の気分は悪くない。
周囲の人々が迎えてくれた暖かさ。迎えられてから今頃になって気づいた仕事の達成感。それらを合わせた満足感に包まれた俺は、気づけば心地よい眠気に身を任せていた。




