ユーダムの事情
Side:ユーダム
僕が情報を流した先が国王陛下だと告げると、店長さんは再び問いかけてくる。
「相手が国王陛下ということは、ユーダムさんは、国の?」
「いや、もちろん国営のそういう機関や部署はあるけど、僕は国王陛下の個人的な使いっぱしりだよ」
これは1つずつ順を追って説明するのが早いか。
その考えを伝えると“多少長くなっても構わない”と、店長さんは言ってくれた。
無駄に引き伸ばすつもりはないけれど、それなりに長くはなるので助かる。
なぜなら事の発端は僕の学生時代、卒業直前まで遡る。
「当時、僕は親父と毎日のように喧嘩をしていたんだ。親父は僕が格闘術の道を志すことも、腕試しの旅に出ることにも猛反対していてね。……実家のことは前に少し話したよね?」
「確か、代々宮廷庭師を勤めているとか」
「そこが分かってれば大丈夫。
で、顔を合わせれば喧嘩になるような日々を送っていたある日、親父から仕事場に呼び出された」
あの時は、僕も今より若かったし、頭に血が上っていたからね……わざわざ王宮の庭に呼び出して、自分達の仕事がいかに素晴らしいか、僕の選択がどれだけ愚かか、説教でもする気かと思ったんだよな……
「行きたくなかったけど、すっぽかすのも逃げたような気分になる。そんな理由で素直に呼び出されてみたら、陛下がそこにいたんだ。
そこで初めて聞いた、うちの親父と陛下は、親父がまだ見習いだった頃から、密かに親しくしていたらしい。そして陛下は親父から俺の話を聞いて、都合がいいと思ったんだと」
「都合がいい、とは?」
「陛下の手元には毎日、国中の情報が大量に、報告書という形で届く。だけどそこに書かれた情報は何人もの部下が目を通し、不要なものが省かれ、陛下の耳目に入るにふさわしい形に整えられたもの。
それ自体は、そうしなければとても陛下1人では処理しきれない情報量になるから仕方ない部分もあるけれど、陛下はそういう手の加えられたものではない情報も欲しいと。“現場の声”とか“民衆の生の声”をもっと聞きたいんだと」
国王陛下は幼い頃から、自由奔放過ぎると貴族の間では有名だったし、そもそも親父と知り合ったきっかけが“子供の頃に勉強や家庭教師から逃げ出しては庭に隠れたから”らしい。身分を隠して街を出歩いたりもしていたそうだ。
「国王陛下はそういう方なんですね。ユーダムさんとお父様の関係も……だから“個人的に”」
「そう。当然だけど陛下が王として即位してからは、王宮を抜け出すことがより難しくなった。そこで僕が旅をして、通った道や滞在した街の様子を、定期的に報告する。そういう仕事を引き受ける代わりとして、国王陛下は僕が家を出ることを許可するよう、親父に働きかけてくださったんだ」
ちなみに、
「僕が送る情報は、あくまでも普通の旅人として見聞きできる範囲のこと。街を歩いていて感じる雰囲気や、噂の収集が基本だね。おそらく店長さんが考えてる潜入捜査とかは、それこそ国の、そういう機関の人間の仕事であって、僕の仕事じゃない」
そう言うと、店長さんは何かに納得した様子。
それが何かを聞こうとしたけれど、その前に次の質問が来た。
「滞在先に“うちの洗濯屋”を選んだのは? 確か、料理人のシェルマさんを助けていただいて、その縁で……と聞いていますが。あとは路銀を稼ぐにも丁度いいからと」
「それは本当にただの偶然さ。ギムルに来たのは陛下の指示だけど、そこからはたまたま目の前で困っていた女性を助けて、街の治安が悪そうだったから、送っていっただけ。
路銀の話も本当だよ。さっき話した通り、国王陛下の仕事の報酬は、父を説得する事だけだからね。金銭の類は受け取ってないんだ」
「そうなんですか」
「陛下は用意すると言ってくださったけど、僕と親父が断ったんだ。条件を詰める時に、親父と売り言葉に買い言葉になった部分も多少あるけど……僕の旅は自分の腕を磨く旅。自分1人で身を立ててこそ。誰かに金の世話をしてもらわなければできない旅なら、する意味がない、ってね」
あっ、そうだ。
「その代わりというか、陛下は旅の目的地や使う道は、基本的に自分の意思で、好きに選んでいいと言われている。今回みたいに、どこどこの街へ行けって指示があるのは初めてだ。
それに、これまで集めた情報は普通に手紙として書いて、郵便で親父を経由して送っていたんだけど、今回だけは連絡員が街に派遣されてる。
一度返事を持ってきたから、たぶん本人か仲間に空間魔法使いがいて、情報を受け取ったそばから陛下に届けてるんだと思う」
「普段よりも力を入れた調査が行われている、ということですか……その理由は話せますか?」
「なんでも“ジャミール公爵領の治安が悪化している”って噂が、貴族の間でそれとなく広まってるらしくて、国王陛下の耳にも入っ……」
説明の途中だが、気づけば店長さんの表情が深刻なものに。
静かながら穏やかでない空気を放っている。
「その噂、ずいぶんと広い範囲に広まってるんですね。僕も先日、ファットマ領に行ってた時に聞いて、急いで帰ってきたんですよ」
そういえば、最初に会った時は今以上に殺気立ってたっけ……機嫌を取るわけじゃないけど、
「貴族の間では、失敗や不正の噂が広まるなんて珍しくないよ。事実があるなら尚更」
「無ければ無いで、作ってしまえばいい、と」
「その通り」
店長さん、ずいぶん話が早いな……あと、急に目が死んだけど大丈夫かな?
「店長さん?」
「ああ、失礼。ちょっと考え事を。
次の質問です。ユーダムさんの仕事は街の様子を調べる事が中心と聞きましたが、こちらには“僕のことを調べていた”という情報があるのですが、それについては」
「店長さんについて調べていたことは事実だけど、それについては少し弁明させてもらいたい」
「どうぞ」
ここ数日、調べれば調べるほどに頭に浮かんだ言葉を、心の底から口にする。
「店長さん、無茶苦茶やりすぎ!」
僕の仕事は街の様子を見ることや噂の収集が中心、そこに嘘はない。
けど!
「噂を集めようと街に出たら、どこに行っても店長さんの話になるんだもの。店長さんのことを調べるしかなくなるよ!」
街の人に困ったことを聞けば、ほとんどが職にあぶれた労働者や、治安悪化を口にした。
そして最終的には、店長さんが始めた警備隊やらゴミ処理場、スラム街の建て直しの話になる。
さらに話の途中では店長さんが公爵家と懇意にしてるとか、とんでもない魔法を使うとか、とんでもない数と種類のスライムを飼って使ってるとか。もっと言うと普段何処にいるとか、なにやってるとか、聞いてない情報までボロボロ出てくる始末。
「もはや調査じゃなくて公然の事実の確認だったよ!? どこまで調べても、最初に近所の八百屋のおばちゃんに聞いた噂話以上の内容が出てこないって何さ!? 情報流した僕が言うことじゃないけど、情報管理どうなってんの!?」
「ああ、うん、やっぱりそんな感じでしたか……反論の余地がないなぁ……」
店長さんも派手にやった自覚はあるらしい。
僕の弁明にも納得してくれたようで、
「答えてくれてありがとうございました。僕が聞きたいことはこれで最後、いや、あと1つ。いまさらですが、そんなに素直に事情を話して大丈夫なんですか? これまで抵抗というような抵抗がなかったですが」
「それについては、素直に話すのが最善だと思ったからさ」
国王陛下とジャミール公爵家、特に現当主が親密な関係なのは、貴族社会じゃ常識だ。
僕の経歴や実家のことも含めて、僕の話した内容の真偽は、調べてもらえばすぐわかる。
僕の仕事は公にすることではないけど、変な情報工作をするほど重要でもない。
「ここに誘い込まれた時点で、僕には逃げ場もない。下手な嘘は自分の首を絞めるだけさ」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言った店長さんが、ゆっくりと大きく両手を振る。
直後に中庭に続く四方の扉から、武装した人々が大勢入ってきた。
一瞬、取り押さえられるかと思ったけれど、
「ユーダム様、そう身構えないでください。大人しくしていただければ、こちらも手荒なまねはいたしません」
中庭に落ち着いた女性の声が響く。
この声は確か、僕を中庭まで案内してくれたメイドの、ルルネーゼさん。
武装した人々の後方に立つ彼女の姿を認識すると同時に、名前を思い出した。
その彼女の言葉通り、僕達を取り囲む人達も、取り囲んではいるがそれだけだ。
「念のため、リョウマ様とのお話は全て我々の耳にも届くようにしてありました」
「実はそうでした。で、ユーダムさんのお話は、皆さんが聞いても納得できるものでしたか?」
店長さんは律儀に僕に頭を下げると、周囲を取り囲む人達に問いかけた。
それに答えるのは、店長さんの近くにいた男性達。
何度か洗濯屋でも見た彼らは、公爵家から派遣された人手だったはずだ。
「俺は、少なくとも無理やりとっ捕まえる必要はなさそうだとは思うぜ。つーか、お前ら組手に熱中しすぎだっつーの。おまけに楽しそうにしやがって、見ていて暢気すぎて気が抜けたぜ、こっちは」
「そ、それは申し訳ない」
「ま、無事ならいいけどよ。あと話の内容については、ジル」
「国王陛下の名は軽いものではない。許可なく陛下の名を持ち出せば、それ自体が罪になる可能性もある。もちろん状況にもよるが……今回の言葉が嘘なら、罪となる可能性は非常に高いだろうな。
また、それが公になれば家の名にも傷がつくことは避けられないだろうし、貴族の場合は家から切り捨てられ、あえて厳しい罰を望まれる例も少なくはない。それなら金に目がくらんだことにする方がよっぽど罪は軽くて済む」
ジルと呼ばれた男性はさらに、何かを言おうとしたが、
「いや、これは確認をしてからの方がいいだろう。
さてユーダム殿、貴殿にはこれから我々に同行してもらう。リョウマの希望で対話の機会を設け、我々はその間、貴殿の言動を観察していた。結果として、当初の想定よりも危険度は低いと考えている。
しかし、すぐに解放というわけにはいかない。別室で我々に、もう少し詳しい話を聞かせてもらいたい。分かってもらえるな?」
「もちろん」
最後に“嫌とは言わせない”という圧を感じたけれど、立場と状況を考えれば、本来それが常に向けられていてもおかしくない。
こちらも素直に従う意思を見せると、彼は一度頷いて、屋内への移動を指示する。
「それじゃ、ユーダムさん、僕はここまでなので」
「そう……店長さん、ありがとう。今日は楽しかったし、便宜を図ってくれて助かったよ」
「いえ、他ならぬ僕自身が気になったことを確かめようとした結果なので。また明日」
そんな一言を最後に、店長さんと別れた僕は、これからどうなるのか? どういう処分が下るのか? そんなことを考えながら、案内されるがままに歩く。
そんな道中、
「なんだ、変な顔して。後悔でもしてるのか?」
変な顔……していただろうか?
さっき店長さんとも話していた、ヒューズという男性が声をかけてきた。
「後悔はしてないよ」
陛下に情報を送る仕事を引き受けると決めたのは、紛れもなく僕自身の意思だ。それがたとえ些細な噂話を届けるだけであっても、貴族として“陛下のために働ける”という喜びや、自尊心もあった。
何よりも、陛下からの仕事を引き受けていたからこそ、僕は自分の生きたいように生きることができていた。
だから、後悔はない。けど、
「店長さんとの腕試しが楽しかったからね。こういう結果になってしまったのは、自業自得だけど残念に思うよ」
「旅の目的は本当だって言ってたし、2人とも本気で楽しそうだったもんなぁ」
「隠れて見ているこちらは気が気ではなかったがな」
「ジル、そう言ってやるなよ」
「いいや、そもそも私は最後まで反対だったんだ。我々が第一に考えるのはリョウマの安全。2人きりの場で組手なんて……ユーダム殿は違ったようだが、万が一、リョウマを人質にとるような輩だったらどうする!」
ははは、護衛の立場を考えたら無用心だし、同感。だけど、
「相手が僕なら杞憂じゃないかな?」
「確かに、リョウマの年齢からすれば破格の実力を持っているのは知っている。だが、万が一という事もあるだろう」
……彼は、態度は厳しいけど過保護気味なのかも……
「店長さんは僕が思っていたよりも強かったよ」
これでも僕は、本気で格闘の道を志し、旅を続けて腕を磨いてきたつもりだ。
まだ若輩の自覚はあるけど、それなりの場数を踏んで、勝利も敗北も幾度となく経験した。
経験に裏打ちされた自信もあると自負している。
そんな自分が全力でぶつかり、見事に受け止められた。まるで大人と子供のように。
技術そのものからも、積み重ねられた歴史のようなものを感じたけれど、それ以上にその技を試合の中で使いこなす技量が。それだけの技量を得るまでに積み重ねたであろう鍛錬が。
拳を交え、技を受けるたびに“重み”として伝わってきた。
元々子供らしくないと感じることはあったけれど、最後のほうは、目の前にいた少年が子供に見えなかった。
そこにいるのは1人の人間。
何十年もの間、自分の技を繰り返し磨き上げ続けた存在。
それが、ただ子供の姿をしているだけ。
何を言っているのか、理解できないかもしれない。
まだ疲れていて、上手く頭が働いてないのかもしれない。
だけど、不思議とそう感じた。
だから、負けを認めることに抵抗はなかった。
頭を下げることにも抵抗がなく、最後には自然と言葉が出た。
そんな相手に出会えたことは、僕の旅の目的であり、これ以上ない喜びだった。
でも、店長さんは公爵家やその部下の人達に、本当に大切に思われているみたいだ。
これからどんな処分が下るかは分からない。
しかし、とりあえず洗濯屋は解雇されるだろう。
情報を流した僕は今後、近づけないかもしれない。
それに公爵家にかかわらず、貴族間の問題に関わると面倒だからな……
命までは取られないと思うけれど、当分の間、拘束されることも考えられる。
……本当に、今後どうなるかな……
そんなことを考えていた、次の日、
「おはようございます。あれ? 昨日、ちゃんと眠れました?」
警備会社の一室で夜を明かし、朝食後に案内された部屋に、店長さんがいた。
いつも通り、本当に何事もなかったように。
そして、
「ユーダムさん、突然ですが配置換えです。当分の間、洗濯屋の警備員ではなく、僕の護衛をお願いしますね」
……どうしてそうなった?




