表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
248/375

ユーダムとの試合

「こちらこそ急に呼び出してしまって、申し訳ないです」

「格闘訓練ならいつでも大歓迎だよ」


 ユーダムさんは体術を極めるべく、武者修行の旅をしていた。

 それに以前、口約束だが試合をしようという話もした。

 仮にそれが潜入のための設定だったとしても、好都合。


 俺の訓練に付き合ってもらいたい、という名目で、彼をここに呼び出した。

 そして今、互いに素手と普段着で相対している。


 ……尤も、俺の普段着は例によって、


 ・強靭なスティッキースライムの糸で作った防刃インナー

 ・ベルト内に仕込みアイアンスライム(隠し武器)

 ・安全靴仕様のブーツ


 という完全装備でいざという時に備えているけれど。


「ルールは武器や攻撃・防御魔法は使用禁止。強化魔法や気の使用はアリ、でいいかな?」

「大丈夫です。そのルールで始めましょう」


 俺が体を揺らし、自然体で構え、答えるのとほぼ同時。

 ユーダムさんは、3メートルほど離れた地点で、軽く握った両拳を前に出す構えをとった。

 見た感じはボクシングに近いが、両足の間隔は広めに、しっかり地に足をつけている。


「いざ!」


 その瞬間、彼は一気に間合いを詰め、勢いを殺さずに突いてきた。


 しかし、魔力や気は感じない。

 強化アリなのに使わないのは、様子見か、手加減か。

 そんな思いが一瞬頭をよぎったけれど、


「子供に対して打つ一撃じゃないなぁ……」

「平然と避けておいてよく言うね!」


 普通に前世のテレビに出てくる格闘家くらい、スピードもパワーもある。

 そんなパンチが次々と、しかも段々と回転を上げ、コンビネーションも複雑になる。


 正確に俺の顔面へ向かいくる拳を、バックステップで僅かに届かない位置まで下がり回避。

 即座に引き戻される拳に合わせ、懐に入ろうと間合いを詰める。

 すると当然のように向かってくる、引き手とは逆の拳に右手を添えて、軌道を逸らせる。

 その際、体の向きを正面から半身になるよう回転させ、左の拳を押し込むように突き出す。


「……」


 連続攻撃の()にもぐりこみ、迎撃の手を受け流すと同時の攻撃。

 防御の手が間に合わないタイミングの一撃を、ユーダムさんは冷静に距離を開けることで対処し、仕切り直す。


 それからはしばらく手技の応酬。

 押されれば押し返し、押せば押し返してくる。

 たまに足技も交ざるけれど、本当にたまに。隙を生むような大技も出ない。


 地味、とも言えるが、堅実で実直な攻防。

 相手がどんな技をかけてくるか? それを自分はどう受けて、どう返すか?

 そんな勝負になりつつあった、その時、


「!」


 ユーダムさんの動きが変化した。

 構えはこれまでよりも若干腰を落とし、拳を開いたものに。

 次の瞬間には、獣が獲物に飛びかかるように、距離が詰められる。


「っと!」


 急接近と同時に伸びてくる両手を反射的に掴み取り、プロレスで言う“手四つ”の状態に。

 すかさず彼は体格差を活かし、上から潰しにかかる。


 そこで俺は逆に力を抜き、半歩後退。押し込まれる腕を柔らかく受けつつ、相手の手首と肘の裏が上向きになるよう外側に捻りながら、すばやく相手の下に潜り込む。


「ッ!!」


 惜しい。もう少しで関節を固定し行動を制限できたのに。

 ユーダムさんは寸前で組んでいた手を振りほどき、大きく距離をとる。


「……本気で組み伏せにかかったんだけどね」

「組み技、投げ技の類にも心得がありますので」

「訓練相手として、実にありがたいね」


 そう言った彼の雰囲気が変わる。

 深い呼吸に同調するように、肉体のエネルギーである“気”が彼の体を包むのを感じる。

 こちらも同じく、気を体に纏って対抗の意思を見せると、ユーダムさんは笑みを浮かべた。


「いくよ!」


 そこからのユーダムさんの動きは、変幻自在。打ち合いから組み技や投げ技に移行する時もあれば、逆に組み技や投げ技の合間に打撃を織り交ぜることもある。多彩な技と、組み合わせのバリエーションが多いのだ。


 これは見ていて、対処していて実に面白いし、興味深いと感じる。

 そして、それだけの技を繰り出すために、長い間、鍛錬を積んできたのだろうとも思う。

 少なくとも彼の経歴、武者修行の旅と格闘への熱意は、単なる設定ではないと確信した。


 ならばその気持ちに応えるべく、こちらも全力で応戦。


 ある時は、掴まれた腕を体ごと沈めて相手の体勢を崩し。

 またある時は、ローキックを受けた足をそのまま蹴り足に引っ掛けて転ばせ。

 前世で鍛えて体に染み付いた体捌きを惜しみなく発揮する。


 その結果、ユーダムさんは何度も払い退けられ、投げられ、地面を転がる。

 しかし、その瞳に宿る光は一向に衰えることなく、そして動きも止まることなく。


 さらには——


「!?」


 打撃の応酬から、間合いが開いた直後。

 ユーダムさんの拳から感じる気の気配が強まったかと思うと、届くはずのない(・・・・・・・)拳が肩を打った。


 威力や痛みはそこまで強くはなかった。しかし、確実に“攻撃を受けた”と理解できる衝撃と、届くはずのない間合いに驚き、隙が生まれた。


 当然のように彼がその隙を逃すはずはなく、次の瞬間には組み倒されかけた。

 咄嗟に巴投げで難を逃れたが、その前の不可解な攻撃が気になる。

 そして試合を続けるうちに、攻撃の正体が前世の漫画で言うところの“気弾”的な、気を飛ばす技であることが判明。


 さらなる興味と面白さが湧き上がり、いつのまにか俺まで試合に没頭して……











 試合の終わりは、ユーダムさんの体力切れだった。

 どうも気を用いた技は、肉体の強化よりもはるかに体力を消耗するらしい。

 最初は問題なかったが、最後の方では一発打つたびに動きが悪くなっていた。


 そして今、ユーダムさんは膝を折り、降参を口にすると、後ろに倒れて天を仰いだ。

 しかし全力を出し尽くしての結果に満足しているようで、清清しい笑顔を浮かべている。


「ユーダムさん」


 呼吸が荒く、倒れたままの彼に、そっとアイテムボックスから出したタオルと飲み物を差し出す。


「防寒の結界はありますが、流石にそのままじゃ風邪を引きます」

「……ありがとう」


 数秒間、言葉の意味を考えるような間があったけれど、受け取ったタオルで汗を拭い、コップの中身を一気に飲み下す。


 少しボーっとしているのは、疲れからだろう。


「プハッ! 美味い!」

「それはよかった」


 自分用のコップと水差しを取り出し、こちらも1杯。

 俺もかなりいい運動になった……柑橘系の果実水の香りが、さわやかで心地良い。

 もう1杯!


 ユーダムさんに2杯目を注ぎ、ゆっくり水分補給をしていると、彼も徐々に落ち着いてきたようだ。


「落ち着きました?」

「大分ね」


 そう言うと彼は突然、これまでになく真面目な表情になり、そっと頭を下げた。


「今日はありがとうございました。上手く言葉が出ないけれど、貴重な経験をさせて貰いました」


 その言葉と態度には、1人の格闘家として相手を、つまり俺を認めて敬意を払う……そんな意思を感じた。


「お互い様です。僕も良い経験になりました。特に気を用いた技は初めて見ました」

「そうかい? そちらにも得るものがあったなら、よかったよ」

「もしよければ、これからも定期的にやりませんか? 気を用いた技について、もっと知りたいので」

「それは願ってもない話さ! 僕としても学ばせてもらいたいことが山ほどあるんだ、たとえば——」


 瞬く間に口調は普段の軽い調子に戻ったけれど、格闘術に対する熱意は変わらない。

 それからしばらく、お互いに学びたいことについて話した。


 ユーダムさん曰く、学ぶためなら弟子入りも辞さない! という考えも頭にあったらしいが、俺は弟子を持てるような人間ではないので、互いに教え合う形にしたい。


 しかし、それを話すとかなり気前のいい話だと言われた。

 というのも、


「店長さん、戦闘技術はその手の職業の人にとっては飯の種でもあり、生命線でもある。だから、基本的に弟子でもない人間に技を教えたりしないんだよ」


 冒険者ギルドでは誰でも講習や指導を受けられるけれど、それはあくまでも“冒険者の生存率や依頼達成率を向上させるため”という目的があってのこと。それでも大抵は基礎までしか教えない。


 教官や先輩冒険者が見込みがあると判断したり、個人的な感情でその先まで指導を続けることもあるが、奥義や秘伝に近い内容が伝えられることは、まず“ない”と考えていいらしい。


 確かに地球でも、昔は技術の流出や外部の者に手の内を知られることを嫌い、門外不出、他流試合の禁止などを掟として定めている流派が多かったそうだ。流派によっては入門の際に血判状を書くこともあったらしい。


 他にも外部の人間に見られる状況を想定し、門弟に教えるための型とは別に“表向きの型”を用意したり、型と指導者の口伝を分け、それらを合わせて完全な技になるようにしたり。昔の人の情報漏洩を防ぐための工夫について例を挙げたら、枚挙に(いとま)がない。


 昔の人はそれだけ技術の伝承と秘匿、その重要性について、非常に厳しく考えていたということなのだろう。


 ……そう考えると、ちょっと調べれば、一部とはいえ数多くの武術・流派の紹介をはじめ、型や技の解説まで出てくる現代の書籍や動画サイトはチートだな。


 ユーダムさんの説明は理解した。

 しかし、俺の感覚はやはり現代人に近いのだろう。


「とりあえず頭の片隅にでも置いておいてくれればいいさ。僕としては本当にありがたい話だし、制約の少ない、開かれた流派も全くないわけではないからね」

「分かりました! ……あっ」

「どうかした?」


 やっべ……途中から本来の目的が……


「ユーダムさん。すっかり忘れてたんですが、実は今日ユーダムさんに来ていただいたのは、訓練のためだけじゃないんですよ」

「そうなのかい?」

「はい。ちょっと聞きたいことがありまして」

「聞きたいこと? 僕に答えられることなら何でも答えるけど」

「よかった。では質問ですがユーダムさん、どこかに情報を流してますよね? どこの誰にですか?」

「ゴフッ!?」


 あっ、聞きたかったことを聞いたら、丁度コップの飲み残しで喉を潤そうとしたタイミングだったようだ。思いっきりむせている。


「何故知って」

「ご存知かもしれませんが、ここしばらくのギムルの治安悪化は人為的なもの。公爵家に敵対する貴族の手の者が、確実に暗躍しています。僕達はその実働部隊を取り押さえるため、網を張っていたんです」

「そこに僕が引っかかったわけか」

「どちらかというと、重要なのはユーダムさんより、情報の受け渡しにきた相手の方ですけどね」


 瞬く間に、明らかにテンションの下がったユーダムさん。

 罪の意識があるのか、後悔の後、どこか覚悟を決めたような表情をしている……が、


「あの、なんか覚悟を決めたみたいな顔してますが、たぶん違いますよ?」

「え?」

「正直に言いますと、ユーダムさんを問答無用で取り押さえようという提案はありました。 だけど、個人的に気になることがあったので、こうして“直接話をする時間”を作らせてもらいました。

 格闘技の試合は、そのための口実だったんですが、ちょっと僕も熱が入りすぎてしまって……すみません」


 謝る声と視線の先には、小型のフクロウのような魔獣が1羽。

 屋根の上から、中庭を見下ろしているあれは、メイドのリリアンさんの従魔だそうだ。

 リリアンさんも従魔術師だと、昨日初めて知った。


「僕が情報を流していたのは事実だよ。なのに何故?」

「あ、はい。“情報を流していた”という事実は確認済みですし、その情報源を僕は信頼しています。だからその報告は疑っていません。ただ、情報の行き着く先が何処なのかは不明でした。だから、必ずしも敵であるとは限らない」

「そうは言うけど、こっそりと情報を流している時点で、普通は敵と見なすよ」

「まぁ、そうなんですよね」


 だから、昨日の会議の場にいた皆さんを説得するのが本当に大変だった。


 今も監視しているリリアンさんの従魔もそうだし、朝から頑張ったスライム警戒網に、俺の普段着(ほぼ完全装備)。さらに言うと、実はこの中庭にも仕掛けが施してあるし、俺は空間魔法でいつでも脱出可能。また、それを合図として、いつでもヒューズさん達、そして我が警備会社が誇る教官達がなだれ込んで来る手筈になっている。


「そこまでの安全策を重ねに重ねて、ようやく許可が下りたのですよ。皆さん、明らかに渋々といった感じでしたが」

「……僕が言うのもなんだけど、それが普通だよ。どうしてそこまで」


 どうしてと聞かれると、ちょっと困る。


「これまでユーダムさんと接した期間は、確かにそう長くはないかもしれません。ですが、なんとなく敵ではない気がした、と答えるしかないですね。ぶっちゃけ“カン”です。

 実はつい最近、お前は理屈っぽい、もっと感覚を信じて使いこなせ、というアドバイスをある方々から受けたばかりだったので」


 とはいえ、正直な気持ちを言うと、自信はない。

 もちろん敵ではない気がした、というのは嘘ではないが、やはり理屈でも考えてしまう。

 そうすると、単にそういう理由をつけて、彼が敵ではないと信じたいだけなのではないか?

 そんな考えも浮かんでくる。


「とにかく! 自分でもはっきりとは分かりませんが、カンに従って、こうして話す機会を作ることにしました」

「無茶苦茶だよ、店長さん……」

「そういう感想はもう既に、他の皆さんからたっぷり聞きましたし、いろんな感情のこもった視線も受けてますので。心配かけて申し訳ないとは思いますが、今の僕には効きません」


 前世で鍛えられた精神力を舐めてもらっては困る。

 ブラック企業で生き抜くためには、時に厚顔無恥さも必要なのだ!


「ですからユーダムさんの話を聞かせていただきたいのですが。なるべく早く。気にしないとは言いましたが、今まさに皆さんに心配かけてる最中です。痺れを切らした皆さんが、合図を待たずに雪崩れ込んでくるかもしれないので。さぁ、早く早く早く(ハリーハリーハリー)!」


 待機中の皆さん、結構待たせてるはずだから、本当に急いでください!


「分かった、分かったから変な圧かけてくるのやめて!」


 急かすのをやめると、ユーダムさんはため息を吐いて、何から話そうかと呟く。


「先程も聞きましたが、まずユーダムさんの雇い主、あるいは情報の行き着く先を知っている限りで」

「ああ、それなら簡単だ。僕が情報を送ったのは——」


 そして告げられた名前、いや、役職には、流石に自分の耳を疑った。


「すみません、もう一度お願いします。ユーダムさんの情報が届けられる先は」

「“エリアス・デ・リフォール”。この国の“国王陛下”さ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
突然若本神父が湧いて出たぁ!
[一言] 確かに城勤めの庭師(お庭番)と言ってたしw
[一言] とりあえず、公爵にチクって怒って貰おう(笑) なるほど、だから、表に出てる物を調べたんだね(//∇//)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ