研修医リョウマ
帰宅後
「スライム達の世話、研究の計画確認、ゴブリン達との夕食、風呂……やることやったし、あとは……」
夜になり、寝るまでの空いた時間を使って、スライムとの魔法について考えることにした。
そしてふと思いついたことを試すため、部屋の隅に用意した水辺で、暇そうにしていたマッドスライムを呼び寄せて、“感覚共有”をしてみることにした。
「ん~……」
この感覚共有は従魔術の1つであり、主に情報収集に使われる魔法。
視覚を共有する場合が多いけれど、聴覚や触覚、味覚も共有できる。
ただし、スライムは感覚器官を持たないため、感覚共有の効果がないとされている。
……という話を、感覚共有を教わった際、ラインハルトさん達から聞いた。
そして実際に、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。
一般的に五感と呼ばれる感覚は、マッドスライムから伝わってこない。
しかし、本番は次。
共有するのは“魔力感知”、つまり魔力を感じ取る感覚だ。
これは魔法を習得するためにも、使うためにも必要なステップ。
魔法使いなら個人差はあれど、魔力を感じ取ることができる。
つまり、気のせいなどではなく、間違いなく存在する“感覚”の1つと言えるだろう。
五感に次ぐ“第六感”と表現してもいいかもしれない。
それにこれまでスライムの研究をしてきた経験から、推測、仮説、検証結果。あらゆる面で魔力が関わることが多い、という個人的な感想を俺は抱いている。
以上の理由から、魔力感知能力の共有を試してみると、僅かに抵抗のようなものを感じた直後……
「! うっ……あ、っ!!」
感じたのは、衝撃。そう錯覚するほどの、膨大な量の“情報”。
その1つ1つを理解することはできず、ただ流れ込む情報の奔流を受け止めるのみ。
急速に体が熱っぽくなり、眩暈から吐き気、頭痛を感じ始める。
まるで、前世のオーバーワークを思い出させる倦怠感。
かつては体調不良を感じても、仕事を続けなければならなかった。
しかし、今は無理をする時ではないし、それを咎める者もいない。
即座に感覚共有の繋がりを断ち切り、それ以上の情報の流入を遮断。
それにより一息つけたものの、しばらくは起きた状態でいるのが辛く感じるのだった。
「これは……注意と原因究明が必要だな……」
■ ■ ■
翌朝になると、体調は回復した。
この日は病院で仕事兼勉強の予定だったので、空間魔法で街へ。そして病院へ。
更衣室で俺専用に用意された白衣に着替えたら、医局の待機室に出勤。
マフラール先生を筆頭に、公爵家から来てくださった医師5人は既に集まっていた。
「おはようございます!」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
朝の打ち合わせが始まり、今日の仕事を確認。
各自の業務や研究内容で連絡事項などを報告しあっていると、少し時間が余った。
そのため、昨夜の症状について少し聞いてみた。
今は大事な時期なので、念のために。
一時的とはいえ、体調不良を引き起こしたので、似た症例や原因を知っているかと考えて。
その結果は、
「現状、特に体に問題はないようです。原因は“精神的な負担”と“疲労”でしょう。体ではなく頭を酷使したようですね」
精神的な負担はストレス、あとは脳疲労、というやつだろうか?
「ええ。特に治療は必要ありませんね。強いて言えば“休む”ことですが、現状で問題を感じないのなら、普段通りに過ごして構いません。
ただ、発症までの経緯は気になりますね。スライムと感覚共有をしたら、膨大な情報が流れ込んだ……不慣れな術師の場合、魔獣の感覚と自身の感覚が混ざり、気分が悪くなることはあると聞きますが」
マフラール先生が言っているのは、カメラの映像がブレて酔うような状態のことだろう。
感覚共有の練習を始めた頃にはそういうこともあった。
しかし、
「先生が仰るのとはまた違う感覚でした。例えるなら、無理やり大量の書類を高速で読まされ続けるような……」
「そうなると、私には分かりませんね。ジャミール家に仕える者として、聞き齧った知識はありますが、従魔術は専門外です」
「今度テイラー支部長と会う予定があるので、その時に聞いてみようと考えています」
「ええ、従魔術については、その方がいいでしょう」
俺達がそんな話をしていると、
「もしかして……いや、まさか」
「? 何か分かりましたか?」
研修医の1人、クラリッサさんが何か呟いたので、聞いてみる。
「リョウマ君の話で、子供の頃に聞いた“魔眼”のお話を思い出しまして」
いかにもファンタジーっぽい話が、脈絡なく出てきた。
「クラリッサさん、魔眼とは?」
「ご存知ありません? 高名な冒険者の逸話にもありますし、童話にもなっていると思うのですが……あっ、地方や種族によっては違う呼び方をすることもあるそうですね。たとえばマフラール先生のようなエルフには精霊眼という名で伝わっているとか」
「申し訳ないのですが、童話や伝承の話には疎いもので」
「あら、そうなの?」
「薬の知識は僕でも舌を巻くくらいなのに……」
「薬に限らず、難しいことを沢山知っているイメージだったけど、誰でも知ってるような童話を知らないとは意外だね!」
「ははは……」
薬の知識は神様から貰ったからな。
いつも助かってます。特に最近は。
「では、簡単に説明させていただきますと……魔眼の持ち主は、“常人の見る世界とは異なる世界”を見ることができる。ただしその代償として、あるいはその眼を使いこなせぬ場合、魔眼は所有者に“激しい頭痛”を与えたり、所有者の意識を呑みこんだりする、という言い伝えがあります」
「そうなんですか」
確かに状況はちょっと似ているかも?
「魔眼は使いこなせれば強力な能力だけど、代償の頭痛は本当に酷いらしいわ」
「頭を鈍器で殴りつけられるとか、脳を焼かれるとかいう例えがよく出てくるよ!」
「魔眼を持って生まれた者は、ほとんどが自ら死を選ぶと言われてる……」
「物騒ですね」
「ええ、ですから少し状況が似ているというだけです。同じものであれば、今こうしてお話できる状況ではないかと」
確かに。と、研修医の4人と俺は笑い合い。
「さて、皆そろそろ時間です。今日も一日、頑張りましょう!」
『はい!』
マフラール先生の号令で、各々の仕事場へ移動を開始。
俺はまず、調剤室へ向かう。
「じゃ、行こうか……」
「行きましょう」
同行するのは研修医の1人、エクトルさん。
ちょっと雰囲気暗めの彼は薬学、特に毒物に詳しく、“解毒”のプロフェッショナル。
この病院では治療に使う薬品、患者さんに処方する薬の調剤を主に担当している方だ。
そんな彼の下で助手として仕事をしつつ、経験を積むのが勉強の1つ。
ちなみに彼もどちらかというと研究畑の人間。
そのせいか、おそらく研修医の中では一番話しているし、気の合う人である。
「あ、そうだリョウマ君。さっき話した薬草の在庫なんだけど」
打ち合わせの時の話だな。
聞いたところによると、エクトルさん達も今年の冬がさらに厳しさを増すと予想し、患者さんへの影響を懸念しているとのことだった。
そこで必要になりそうな薬草は、できるだけストックを用意しておきたいという話だった。
「必要なものをリストにしていただければ、可能な限り調達します。あ、そういえば昨日、例の子供達に預けた薬草、引き取ってますよ」
「例の子供……ああ、君が建て直した家の子供達か」
病院で使用する薬の量は、個人的に使用するのとは桁違い。
大量の薬を作るには、当然それだけの材料と労力が必要となる。
そして“薬の材料”と一口に言っても、その性質は品によって様々。
専門知識がなければ扱えないものもあれば、素人でも簡単に処理できるものもある。
そこで俺は先日建て直しをした“子供の家”の子供達に、内職として、病院で使う薬草の下処理を、簡単なものだけでいいので手伝ってもらえないか? と持ちかけたところ、二つ返事でやると答えてくれた。
彼らも生活のために、幼くてもできる危険度の低い仕事に従事していたと聞いているので、悪い話ではないと考えてくれたのだろう。
「すぐ使える?」
「昨夜、ざっと確認しましたが、特に問題ないと思います。今出しましょうか」
「ある分は全部お願い。確認するから」
ということで、昨日預かったものをアイテムボックスから取り出していく。
「……問題ないね。きちんと丁寧に処理されている」
「作業の難易度と丁寧さはまた別の話ですからね。その点、彼らは真面目にやってくれていると思いますよ。今後もお願いしようと思っています」
エクトルさんは処理済みの薬草が詰められた箱を1つずつ、開けては中身の状態を検品してニヤリと笑う。子供達の仕事ぶりに納得してくれたようでよかった。
「……始めようか」
「はい」
いきなり沈黙が流れることも、話が切り替わることもよくあること。
まずは今出したものを整理してから、作業に入る。
そして作業中は基本的に無言。
薬は扱いや量を間違えれば、毒にもなる。
お互いに、自分のやるべき作業に集中し、必要な時に最低限の言葉を交わす。
要求される薬を、丁寧に、正確に作る。ただそれだけに没頭する……
「……ふぅ」
「リョウマ君」
「はい、なんでしょう?」
「休憩にしよう」
エクトルさんの手には、湯気の立つコップが2つ。
「えっ? あっ! もう3時間も経ってたんですね」
どうやら、俺の作業が一段落する時を見計らって、飲み物を用意して声をかけてくれたようだ。
「僕もさっき気づいた……というか、いつもは僕も皆に声をかけられる方なんだけど……僕以上に没頭する人をはじめてみた気がする。
ところで、飲み物はこれで大丈夫?」
「? あ、これは」
「君がいつも飲んでるやつ……葉の量とお湯の量は見ていたから、間違ってないはず……前から気になってたけど、それ薬草茶だよね? 炒ったダンテの根に乾燥させたヨムギ、僕の間違いでなければギルコダの葉も入ってる」
「流石ですね」
前世から愛飲している薬湯、もといタンポポコーヒー(改)の材料の内、3種類を見ただけで理解したようだ。
「薬効は?」
「滋養強壮、血行促進、貧血予防、精神安定、毒素排出、健胃等々、色々あります」
「ヨムギは幅広い症状に効果があって“身近にある万能薬”と言われるくらいだからね」
「……興味があれば、飲みますか?」
「いいの?」
だって、視線がコップに釘付けになってるもの……そしてその気持ちが分かってしまう。
俺も誰かが、俺にとって未知のスライムを連れていたとしたらそうなるだろう。
黙ってコップを交換し、代わりにエクトルさんの持っていた紅茶を貰う。
入れて貰った手前、口には出さないが、彼の紅茶はお世辞にも美味しいとは思えなかった……
「そうだ」
「?」
タンポポコーヒーに集中していたと思ったら、突然こちらを見るエクトルさん。
「今更だけど、こんな真冬によく沢山の薬草を仕入れられるね」
「ヨムギとか数種類の薬草は個人的に栽培を始めたのと、あとはスライムのおかげですね」
「そう言うと思ったけど、僕は薬草そのものの調達より、メディスンスライムの薬液で代用する方が現実的かと考えてた。薬草を作れるスライムなんていたの?」
「実は、僕自身も最近気づいたことなのですが、ウィードスライムの力で生産可能だったんです」
ウィードスライム、つまり雑草スライム。
しかし、この世界に“雑草”という名前の草はない。
先程から名前の挙げられている“ヨムギ”は薬草として使われている。
しかし繁殖力が強く、街中の空き地などに群生して、雑草として扱われることもある。
つまり雑草とは、人間の都合で、その時の目的や状況にそぐわず、邪魔になる草のこと。
そしてウィードスライムとは、そんな多種多様な草を餌とする。薬草や毒草といった、偏った嗜好を持つのではなく、陸上に生える草なら何でも食べる。金属なら何でも食べるメタルスライムの草バージョンとでも言うべきスライムだったのだ。
だから、ウィードスライムの雑草を生やして潜伏や擬態に使う能力を応用すれば、薬草も生やせた。
そう気づくまで薬草が生えなかったのは、きっと俺の指示が悪かったから。俺の持つ雑草のイメージが伝わってしまい、ウィードスライムが薬草やその他の用途に使える草を生やさなかったのだと思う。
“思い込み“というものは、思い込んでいる、と自分で気づかないのだから怖い。
そして研究者としては反省すべきだと、しみじみ思う。
「ちなみにウィードスライムの食事は水と日光と、スカベンジャースライムの作る肥料。ゴミ処理場の件もあって、肥料が毎日、大量に手に入る目処が立ったので、やろうと思えば今後は薬草の大量生産も可能だと思います。というか一部は既に始めてます」
ウィードスライムが薬草や毒草も生やせると分かった。でも、薬草スライムや毒草スライムも、存在するならそれはそれで欲しい。だから現在は無数のウィードスライム達の中から、元々好む木属性の魔力に加え、毒属性の魔力に興味を持つ個体を候補として選び、進化を待っている状態だ。
「本音を言うと、ここに来るまでスライムに興味なんてなかったんだけど……侮れないね」
「スライムの魅力と能力を認めていただけて、僕は嬉しいです」
なお、スライムの体液の研究を経て、新たに発覚した事実がもう1つあるのだけれど……これを話していると休憩の時間を大幅に超過しそうなので、また別の機会にしよう。
休憩を終えて、再び作業に戻り、没頭し……与えられたノルマが完了。
「エクトルさん。こちらの作業、全て終わりました」
「ありがとう。後は僕1人で大丈夫だから」
「では、僕は次の仕事に行きますね」
ということで、次の仕事へ。
次の仕事は、病院に訪れる患者さんの診察と治療。つまり“実践訓練”である。
基本的に患者さんは、他の部署で雇用した労働者の方々。
彼らは遠方からわざわざギムルにやってきて、あまりいい生活ができていなかった人が多い。
環境の違いや生活の事情から体調を崩していた人もいたし、雇用後に安心したのか、それまでの疲労が出てくる人もいた。
そんな皆さんにはこの病院で、福利厚生の一環として、そして俺と研修医チームの経験値として、治療を受けてもらうことになっている。
「お疲れ様です」
「おや、来ましたね。ちょうどよかった」
診察室の裏に顔を出すと、マフラール先生が待機していた。
既にエクトルさん以外の研修医3人は、それぞれの診察室で患者さんの診察を始めている。
看護師として雇った方々がせわしなく裏と診察室を行き来しているところを見ると、今日は患者さんが多いのかもしれない。
「たった今、警備隊の方々がいらっしゃったのですよ」
「僕の担当じゃないですか。すぐに用意します」
唐突だが、マフラール先生の指導内容は実践的かつ、指導を受ける俺達の将来の目標や目的を考慮して、調整されている。
たとえば俺の場合、目的は冒険者として活動する上での“健康維持”と、いざという時の“生存率の向上”だ。
そこで必要になるのは、どんな症状にも対応できる知識と技術……ではない。
もちろん幅広い知識を修め、技術的にも習熟して、どんな症状にも対応できれば最高だ。
ただし、それだけの知識と技術を修めるには、とてつもない時間がかかる。
医学の道に人生の全てを捧げて修められるかどうか、というレベルである。
俺の目的はあくまでも、冒険者活動をする上で健康維持と生存率向上に役立つ知識と技術なのだから、名医になるのは本職のお医者様に任せておけばいい。
だから俺は自分や仲間の体調を管理し、緊急時には処置をして、優れた知識と技術を持つ医師の下まで“命を繋ぐ”。そういう知識と技術を中心に教えていただいている。
そして、その中心となるものが――
「お世話になります!」
「アモスさん? 貴方先週も来てましたよね? 市民としては警備隊の皆さんが体を張って守ってくれているということですし、僕個人としては治療の勉強になってありがたいですが、無茶しすぎでは?」
「はっ、それは隊長にも言われました。しかし、今回は子供を守るのに必死でして……」
「その結果が、その吊ってある腕ですか」
「角材で殴られました」
「他にどこか怪我はありますか? 頭を殴られたとか」
「頭は守ったであります。背中も殴られましたが、そちらは平気です」
「一応、診察させてもらいますね。背中をこちらに向けてください」
このような、戦闘行為によって受けた傷の治療。
“戦闘外傷治療”とでも呼ぼうか? それが俺の専門分野である。
そして、このような傷を治療するために必要な魔法や薬品、医療器具の使い方を学び経験を積む上で、日々街の平和を守るために体を張ってくださる警備隊の方々は、俺にとって最高の教材。他の研修医の皆さんにとっても経験になるのでありがたい。
警備隊の方々には多少の優遇、優先的な治療を約束しているとはいえ、俺のような新米に大事な体の治療をさせてくださることに感謝。そしてその信頼を裏切らないよう、誠心誠意、診断と治療を行わなければ。
……傷の様子や他の診察結果から、背中はヒール。骨折した腕はハイヒールで治療可能と判断。
「痣はできていますが、背骨に問題はないようなので、回復魔法をかけていきます。いいですか?」
「お願いします、子供先生」
……ちなみにここに来る患者さん達は、いつの間にか俺を“子供先生”と呼ぶようになった。
普通“若先生”とかじゃないのかと思ったが、患者さんはこの病院の先生方が全員若いと言う。
確かに研修医の4人はまだ20代、マフラール先生の実年齢はともかく、見た目は4人と同程度。
だから俺個人を指す時は、子供先生という呼び方で定着したようだ。
指導担当のマフラール先生からもGoサインが出たことを確認し、回復魔法をかけていく。
「……?」
回復魔法をかける時の心得やコツも、先生から改めて教わった。
以前はなんとなく傷が治る様子をイメージして、回復魔法を使っていた。
だが、プロの回復魔法使いは、おさえるべき点をおさえて回復魔法を使う。
その1つが“魔力体”の意識。
生物には肉体と重なるようにもう1つ、魔力で構成された体があるとされる。それが魔力体。これは魔法を使う際に意識する“体内の魔力”でもあるが、これが回復魔法を使う上で、特に大切なのだという。
マフラール先生曰く、魔力体にはその人の体の情報が詰まっているそうで、回復魔法を使う際には対象の魔力体を感じ取り、相手の体の完全な情報を読み取り、それに近づけるようイメージする。
……と教わったものの、言うは易く行うは難し。
集中した状態で、相手の魔力体を感じるまではできたものの、これまでは輪郭があやふやな人型の魔力の塊がある、としか分からず、情報の読み取りなんて全く感覚が掴めていなかった。
しかし……何故だろうか? 今日は調子がいい気がする。
情報の読み取りはまだ分からないが、以前よりもはっきりと魔力体を感じられる。
魔力体と重なる肉体、患部である背中の痣に集中すると、僅かな違和感を覚える。
ほんの僅かに、ズレがあるような……もしかして、これのことだろうか?
「『ヒール』」
痣の治る過程、そのイメージを整えて、回復魔法をかける。
すると痣は瞬く間に消え去り、患部は元の肌の色に戻っていた。
2回は必要だと思ったんだけど……効果が上がった?
患部を確認するが、問題ないようだ。
腕の骨折の処置に移り、今度はハイヒールをかける。
すると完治に3回と想定していたところが2回で十分だった。
「すっかり治りました! 子供先生ありがとうございました!」
「お大事に~」
立ち去る背中を見送って、振り向くと、
「どうやら、魔力体を感じるコツを掴んだようですね」
にっこりと笑ったマフラール先生のお言葉。
「さっきの感覚が、そうなんでしょうか?」
「私にリョウマ君が何を感じたかは分かりません。しかし、状況を見る限りそうでしょう。魔力体を感じ取り、情報を読み取れるか否かで、回復魔法使いの腕前は大きく変わってきます。先程の魔法は明らかに、以前見せてもらったものより効果が上がっていました。
しかし、まだまだ序の口ですよ。魔力体の読み取りに習熟すれば、切断された四肢を接合する回復魔法も修められますし、極めれば瞬時に体の異常を見抜くことも可能だそうです」
なにそれ、人間CTとか人間レントゲンが可能になるのだろうか?
「尤も、そこまでの領域に至るには相当な努力と長い年月が必要です。私も人族の人生1回分は生きていますが、いまだに到達できていません。
それよりもコツを掴めたならば、それを忘れないようにしなければ。次の患者さんの治療を始めましょう。
あっ、なるべく回復魔法の必要な患者さんがいいですね。選んできますので待っていてください」
そう言って診察室を出て行ったマフラール先生は、回復魔法の必要な警備隊の患者さんを確保。そして俺は、次から次へと送られてくる患者さん達に、回復魔法をかけまくることになった。
マフラール先生は常に穏やかで指導は適切だが、実践重視で割とスパルタな先生なのかもしれない……




