先輩冒険者との協力
本日2話同時更新。
この話は1話目です。
~Side 竜馬~
準備完了。
俺は他の人よりも一足早く、作業をする汲み取り槽の前で用意を整えていた。というのも俺の服装が非常に目立つので、後ろに冒険者を何人も引き連れて歩いていたら余計に人目を集めかねない。向こうもそれぞれ準備はあるだろうし、事前に外に病原菌が漏れ出していないかも確認したかった。
後はじきに来る見張りの班を待つだけ――っと、来たな。
足音が止まり、外に通じる扉が開く。入ってきたのは顔合わせの場に居た中の3人で、そのうち2人は先日受けた依頼の依頼者であるミーヤさんと仕事終わりに会ったジェフさんだ。
「お疲れ様です」
「おう、つってもまだ何もしてねぇがな」
「一昨日ぶりだにゃ、リョウマ君。アタシとジェフは知ってるみたいだけど、一応自己紹介しておこうかにゃ? 猫人族のミーヤ・キャット。ミーヤと呼んで欲しいにゃ」
自分が猫人族である事をアピールするように、ミーヤさんは茶色い毛に覆われた耳と尻尾を揺らす。それに続くのはジェフさんだった。
「あー、前にも言ったがジェフ・グランジュだ。言っとくが俺は育ちが悪い。堅っ苦しい言葉遣いはできるだけしたくねぇし、お前もかしこまる必要はねぇ。気楽にやってくれ」
「ありがとうございます、特に無理はしていないので」
「ならいいさ。んで次は……」
「拙者でござるな」
今度は面識のない、黒に近いこげ茶の髪を短く適当に刈ったような髪型の男性……顔合わせの場ではあまり気にならなかったけど、口調に時代劇風の単語が入る。それに持ってる武器が刀……いや、大きさからして太刀か。こっちに来てから見たのは初めてだ。盗賊の武器にも刀は無かったし、この人は一体……?
「拙者はアサギ。ドラゴニュートの里より剣の修行の旅に出たが、今はこの街に腰を落ち着け冒険者をしている。袖振り合うも多生の縁という言葉もある、よろしく頼むでござる」
「リョウマ・タケバヤシです、こちらこそよろしくお願いします。ドラゴニュートの方だったんですね」
ドラゴニュートは竜人族とも呼ばれ、その名の通りドラゴンのような特徴を持っていると聞く。そんな特徴が全く見えなかったので俺は普通の人族だと思っていた。
そんな俺にアサギさんは気づいたようだ。
「拙者がドラゴニュートと気づいていなかった様でござるな?」
「すみません、初めてお会いしたもので……」
「気にする事はない。ドラゴニュートの特徴は他の種族、例えばミーヤのような猫人族のように決まった場所には現れん。多くは体の一部に鱗を持ち、稀に小さな角が生えるのみ。他は人族となんら変わりない。人目につきにくい部分に鱗を持つドラゴニュートは、外見では分かりにくいのでござる。拙者のようにな」
話しながら開かれたアサギさんの首から胸元には、確かに髪と同じ色の鱗があった。しかしそれよりも気になるのがアサギさんの喋り方や持っている武器について。
「すみません、一つ聞かせていただいてもいいでしょうか?」
いきなり口調について聞くのもどうかと思ったので、アサギさんの故郷について聞いてみる。すると、ドラゴニュートの里とは過去にこの世界に来た転移者と思われる人が遠くの島に作った集落なのだそうだ。
「拙者や他のドラゴニュートは人族に比べて強靭な肉体と豊富な魔力を持つ者が多い。それは昔も変わらず、かつてのドラゴニュートは力を盾に他種族に極めて傍若無人なふるまいをしていたそうでござる。
しかし里を作りあげた人物は人族ながらドラゴニュートにも勝る体を持った剣の達人。彼の者は人々を虐げて物を奪うドラゴニュートを悉く打ち倒したと伝えられている。だが彼の者は打ち倒したドラゴニュートをむやみに殺さず、その姿に感銘を受けた当時のドラゴニュートは彼の者の弟子となった。
そして彼らは共に他者を脅かす事のない無人島に移り住んで集落を作り、今日この日まで我々は侍としての技と魂を受け継いでいるのでござる。これぞ我らの里の成り立ちを語る伝承、“島流し”の一節なり」
アサギさんは弟子になったドラゴニュートの子孫だそうで、喋り方は転移者から弟子となったドラゴニュートに代々受け継がれているもの。名前の由来も遺された逸話に登場する侍の集団の着物の色から取ったそうだ。なんでもその転移者が尊敬する侍の集団なんだとか。
……ただ、話を聞いていると時々転移者の言動に違和感がある。ただ伝えられるうちに話が歪曲しているだけかも知れないが、なんとなく微妙に日本文化を勘違いした外国人みたいな……
「……なぁ、その話もいいが、そろそろ仕事を始めないか?」
「っと、そうでした」
「つい話しこんでしまったな」
ジェフさんの言葉で仕事を思い出し、作業に入る。
「では扉を開けますが、その前に顔に巻く手ぬぐいをこれに浸して下さい」
クリーナースライムに指示を出し、用意していた器の中に消臭液を吐き出させる。
「それ何だ?」
「これはクリーナースライムの消臭液で、悪臭をかなり軽減します。毒物など体に有害なものは入っていません」
「そうか」
俺が自分の手ぬぐいを浸して顔に巻くのを見て、三人も同じく消臭液に浸した手ぬぐいで口と鼻を覆う。
「それでは開けます」
そして扉を開け……
「行ってき――」
「うぐっ! ……おえっ……」
一言挨拶をして作業に入ろうとしたら、いきなりアサギさんがえずき始めた。
「大丈夫ですか?」
「すまぬ……扉を開けた時、臭いと覚悟していたら何も臭わなんだ。それで、思った程ではないのかと油断した。ドラゴニュートも、獣人族と同程度には鼻が利くのでござる。手ぬぐいがずれたとたんにこのざまだ」
ああ、それでか……俺も昨日、最初はそうだった。
「仕方ないですよ。人族の僕でも昨日はそうなりましたから、臭すぎて目にも来ます。僕もスライムが居なければ耐えられなかったでしょう。消臭液は置いていきますから、自由に使ってください。では、あらためて行ってきます」
俺はそう言い残して、スライムと共に中へ入る。するとやっぱりここの汲み取り槽も昨日と同じく酷い状態。掃除を始める前に汚物に居る病原菌を調べられるかと思って鑑定すると、こう出た。
イダケ病菌:汚物に繁殖したイダケ病を発症させる病原菌。
潜伏期間:人体へ進入後10時間以内に発病する。
症状:目眩、発熱、寒気、手足の痺れ、全身麻痺、意識混濁、心停止の順に発症し重篤になる。
後遺症:手足の痺れもしくは麻痺が残る。
感染経路:経口感染。
備考:熱と乾燥に弱い。特効薬あり。
やっぱりヤバイ病原菌が居た! 昨日は気づく前に処理してしまったから鑑定できなかったが、昨日のうちに鑑定しとけば良かった。そうすれば確かな情報として提供できたのに。つか特効薬があるのか!?
病名が分かった瞬間、該当する薬品とその製法が知っていた事を思い出すように頭に浮かんでくる。ガイン達から貰った知識の中に入っていたようだ。これは上に伝えておこう。
「皆さん、聞こえますか?」
「どうしたのにゃ?」
扉の前で全身とまわりを清め、少しだけ開けて声をかけるとミーヤさんが真っ先に気づいてくれた。
「中を掃除する前に、何か情報が手に入るかと中の物に鑑定の魔法をかけました。その結果として中にはイダケ病という疫病の原因となる毒があることが判明。さらにイダケ病には特効薬があります。この情報を伝えたくて戻ってきました」
「本当かにゃ!?」
「はい、間違いありません。特効薬は材料に高価なものがいくつかありますし、今からでは遅いかもしれませんが、ギルドマスターに連絡をお願いできますか?」
「俺が今から行ってやる。病名と薬がある事を教えれば、高くてもおっさんが俺らの分くらいは薬を用意するだろ。手配にどれだけかかるかはわからねぇ、さっそく」
「ちょっと待った。薬の製法も一緒に伝えてください、そうすれば材料と薬師が揃えば作れるはずです」
「薬の作り方まで知ってんのか!?」
「祖母から教わった中に覚えがあります」
「それは心強い事この上ない。教えてもらえれば拙者が書き記そう」
素早く自前の筆記用具を取り出したアサギさんに薬の材料と製法を伝えていく。専門用語の意味は理解しきれていないようだが、つづりを言えばアサギさんはサラサラと内容を書き留めていた。
そういや毛筆なんてもう長いこと使ってない。こっち来てからは羽ペンか木を削って作られたペンだし。いや、前世でも毛筆なんて年賀状ぐらいにしか使わなかった。
「書けた。これで良いな?」
内容を一度読み上げてもらい問題がない事を確かめると、ジェフさんが素早くメモを受け取って走り去った。そして俺はもう一度汲み取り槽の中へ。
さて、もう汚物に用はない。今度こそ掃除に取り掛かろう。スライム達、頼んだ!
足元のスライムに指示を出すとスライムは体を風船が膨らむように膨張させ、汲み取り槽の階段を体で埋め尽くしてしまう。
やはり昨日の分裂でスカベンジャースライムの総数が1,000を超えたからだろう。合体させた後もヒュージではなくキングスカベンジャースライムになっているため、昨日までとは体の大きさが段違いだ。
1,000匹以上でキング~スライムのようだけど、まだ合体できるようなので更に数を増やせばまだ変化する可能性がある。一体何処まで先があるのかは分からないが……スキルはこうだ。
キングスカベンジャースライム×1
スキル 病気耐性Lv7 毒耐性Lv7 悪食Lv8 清潔化Lv8 消臭Lv8 消臭液Lv5 悪臭放出Lv7 養分還元Lv6 物理攻撃耐性Lv3 肥大化Lv4 縮小化Lv6 ジャンプLv3 暴飲暴食Lv1
キングスカベンジャースライムは消化と吸収の代わりに暴飲暴食という新しいスキルを身につけていた。試しに使わせてみると、キングスカベンジャースライムは肥大化のスキルで汲み取り槽の天井まで届くほど大きくなり、普段の何倍もの速度で処理をしている。
体が大きくなったことでスカベンジャーには届かなかった壁や天井も綺麗にできているので、また分裂させてキング2匹になれば地下の両端をキング、真ん中を通常のスカベンジャースライムで分けると良いかもしれない。
しかしスキルがLv1だからだろうか? 1匹の処理速度と考えれば格段に早くなっているが、まだ昨日の分裂前の730匹が一気に処理をしたほうが早そうだ。今はまだ数で処理をするほうが良いな。
そう結論付けた俺は分離して処理をするように指示を出し、天井と壁の汚れを落とす作業にとりかかる。
やはりスカベンジャースライムの数が倍になったことは大きいな。
今日の一本目を終えるまで休まず作業を続けたが、ここでの作業は昨日の汲み取り槽より2時間も早く終わった。
仕事を終えた俺は昨日と同じように、服や持ち物を清潔にして外に出る。すると……
「おっ、また何かあったか?」
「ここでの処理は終わりました。衛生状態を確認をして、次に行きましょう」
「もう終わったのかにゃ!?」
「1日に汲み取り槽1本では無かったのか?」
え? …………あ! そうか、昨日俺が掃除した汲み取り槽は1本だった。その情報を受けていたアサギさん達3人は、1日に1本しか掃除ができないと思ったのかもしれない。
「微妙に誤解があったようですね。じつは昨日、処理をした後スカベンジャースライムが分裂を始める兆候がでまして、汲み取り槽の中で分裂と契約をしていたんです。それで時間をとりました。実質的な所要時間は1本につき5時間ほどでしたが、分裂で数が倍になりましたのでその分時間も短く済みました」
「数が倍って、それでも1匹が2匹になっただけだろ? そんなに早く、その……食うのか?」
そういや、ビッグ以上のスライムがスライムの集合体だって事は知られてないんだった。
「このスライム、普段は縮小化というスキルで小さくなっていますが、本当はキングスカベンジャースライムというスカベンジャースライムの上位種です。ビッグスライムはご存知ですか?」
「ああ、知っている。巨大なスライムだな」
「ビッグスライム以上の上位種は多くの同種のスライムが集まって合体した群体生命体なんです。ですから、1匹に見えて大量のスライムの塊なんですよ」
そう言って俺は3人の目の前でスカベンジャースライムを20匹だけ分離させて見せる。
「うにゃ!?」
「うぉお……マジかよ……」
「これは……」
「先日聞けばスライムの研究は殆どされていないらしく、これを知っている人は僕と僕が教えた知り合いしか居ないそうです。僕はずっとスライムの研究をしていまして、当たり前の事だと思って話していました。すみません」
「いや、作業が問題なく出来るなら良い。しかし、これは何匹のスカベンジャースライムとやらが集まっているんだ?」
「1464匹です」
「千!? あいや失礼……それほど数が居るのならば、この早さも納得できよう」
「スライムの件も仕事上の秘密保持義務の一部として、内密にお願いしますね」
そんな話をして、確認をして、納得して貰ってから俺は次の汲み取り槽へと移動して掃除する……という行動を只管繰り返した。




