ゴミ処理場とウィストの初恋
翌朝
今日の午前中は、ゴミ処理場と工場の様子を見て回る。オーナーとして業務に問題がないかどうかを確認することと、配置しているスライム達の様子を見ておきたい。特に昨日1日ゴミ処理を任せたスカベンジャースライム達には、分裂できる個体もいるだろうから、そういう子は回収して契約しなければ。
……ということでゴミ処理場を訪れると、すでに多くの従業員がゴミ処理場にゴミを運び入れる様子と、それを道端に立って眺める見知った顔が目に入った。
「おはようございます、テイラー支部長」
「! ああ、リョウマ君か。おはよう」
「どうしたのですか? こんなところに立って」
「急に時間が空いたのでね。散歩がてら、ちょっと皆の様子を見に来たんだよ」
「支部長には運転手の方々を紹介していただきましたからね」
このゴミ処理場では人力はもちろんだが、広い街中から効率的にゴミを集めるために、馬車や従魔術師が使役する魔獣が引く“魔獣車”を活用している。テイラー支部長には準備段階で、魔獣車を扱える従魔術師の方々を紹介していただいた。
聞けば、ここ最近の治安悪化と時を同じくして、テイマーギルドの方にも多く従魔術師が仕事を求めて押しかけていて、困っていたという。
ギムルには鉱山があり、採掘した鉱石や人を運搬する仕事はそれなりに多い。多いのだけれど、それでも限度はある。他所から大勢の従魔術師が流入してきたために、やや飽和気味になっていたとのこと。
しかも、その他所から急に大勢でやってきた従魔術師達は“ジャミール公爵家は従魔術の創始者の家系であり、従魔術を領地で活用している”、“従魔術が使えれば、できる仕事の幅が広がって稼ぎやすくなる”などと言葉巧みに誘われて、従魔術の基礎である従魔契約を習得した後、そこからは“現地のテイマーギルドで面倒を見てもらえる”と言われて送り出されたという者がほとんど。
つまり、彼らは従魔術を就職のための資格として“取得しただけ”の労働者であり、従魔術師として働いた経験もなければ、従魔術師としての志もない。そんな従魔術師になりたての新米を大勢押し付けられたのだから、たまったものではないだろう。
実際、従魔を粗雑に扱って反抗されたり、暴れだしたり、従魔術師本人だけでなく周囲を巻き込む事故を起こすケースが増加していたらしい……
尤もそれは支部長が事前に手を打っていたことで、問題を起こした従魔術師の怪我という最小限の被害で収めることに成功していたらしく、あまり話題になっていない。
けれど、ギルド所属の人間が仕事中に事故を起こせば、ギルドは後始末をしなければならない。
『従魔術師としての誇りや熱意を持て! とまでは言わないが、せめて“仕事として”魔獣を扱っている自覚と責任を持ってもらいたいものだ……』
と、先日打ち合わせをした時の支部長は愚痴をこぼしていた。
支部長、お疲れ様です。
……と、そんな感じで鉱山の仕事は“街の建物や一般人に被害を出す”という最悪の事態を回避するため新米を多めに送り、それによって手の空いた信用できるベテランを俺が雇用した、というわけだ。
「おや」
また1台、ゴミを運んできた馬車が俺たちの前を通る際、御者の男性が笑顔でこちらに会釈をしてきた。どうやら支部長の知り合いだったらしく、彼も笑顔を返している。
「……先ほどから見ていて気になっているんだけど、ゴミを運び込んでいるのにあまり臭いがしないね?」
「そこはゴミ処理場を街中に作るにあたって、特に気をつけましたから」
汚いものを目にしたり、悪臭を嗅げば人が不快感を抱くのは普通のこと。元スラム街の土地とはいえ、気をつけるに越したことはない。
それにゴミ拾いと運搬は街の人にとっても必要な仕事ではあるけれど、汚く臭い仕事であり、従事する作業員は低く見られがちだ。
だからこそ、悪臭対策には思いつく限りの工夫をして、このゴミ処理場はできるだけクリーンなイメージを目指すことにした。
「まず、運搬用の馬車の形状は臭いをできるだけ遮断、かつ視覚的にもよくない中身が見えない箱馬車、もしくは幌馬車を採用。ゴミを詰める樽や麻袋、そしてそれを積み込む荷台部分には臭いを吸着するデオドラントスライムの吸臭液をたっぷりと塗り付けてあります。
さらに作業員には揃いの作業着を着用するよう義務付け、身だしなみも指導。バンブーフォレストでも販売している消臭液を配布し、作業後、人と会う前には使用するように指示してあります」
「ああ、以前報告してもらった……それであれだけ臭いを抑えられるのか」
加えて目の前のゴミ処理場は特別なこだわりのない、シンプルな長方形の建物で、1階部分は回収したゴミを集め、処分するための作業場になっている。
先程のような運搬用の馬車は、正面に用意された大きな扉から馬車ごとゴミ処理の作業場へ入り、運んできたゴミを下ろした後、そのまま進んだ先にある裏口から再び回収へ向かう。
そんなゴミ処理場の出入り口や窓には一方通行の風の結界を張ることで、外の空気は取り入れられるけれど、悪臭を含んだ空気の流出は防ぐように。排気には風の魔法道具を使い、デオドラントスライムとフィルタースライムを駆使した集塵&脱臭フィルターを通し、外にはできるだけ綺麗な空気を戻している。
「臭いのために魔法道具まで」
「よく話を聞いてくださる腕の良い職人さんとご縁がありまして」
「そうか、それは良かったね。人との縁は大事にするといい。……さて、では私はそろそろ行くよ。皆、充実した仕事ができているようだからね」
「ではお送りします」
この辺は目の前のゴミ処理場や従業員のための寮を建てたことで、見通しも良く、雰囲気も明るくなっているけれど、元スラム街。
支部長はもうそれなりにお歳だし、1つのギルドの支部長を務める方が1人で出歩くには、まだ警戒が必要だと思うのだけど……
「大丈夫だよ。私も伊達にテイマーギルドの支部長を務めているつもりはないからね」
と、言った彼がコートの胸のところを軽く叩くと、
「きゅっ?」
ハムスターのような超小型の生き物が、支部長の服の胸ポケットから顔を出した。
「可愛いですね」
「私の従魔のフェルネークだ。レゾナンスモールという魔獣で、強い警戒心と索敵能力に加え、同種の仲間と離れていても意思疎通ができる能力を持っているんだ。危険な輩が近づけば彼が気づいてくれるし、ギルドに待機している仲間を通じて私の危機を知らせてくれる」
「へぇ……可愛いのに凄いですね」
ハムスターに見えたけど、モールってことは土竜かな?
「見ためは小さいが、頼りになる子だよ。それにもしものときは奥の手もあるし、君が作ったこの道を使って帰るから大丈夫さ。
君は私と違って仕事をしに来たんだろう? ならばしっかりその役目を果たしてくれ。それがきっと、巡り巡って私のためにもなるだろうからね」
目の前、というかゴミ処理場の周辺の道は、馬車でゴミを運んでもらうために整備したので大通りにも繋がっているし、仕事中の馬車もそれなりの頻度で通る……俺も警戒にスライムを使ってるし……
「わかりました。では、僕はここで。くれぐれもお気をつけて」
「君もね。色々と落ち着いたら、お茶でも飲みに来るといい」
そう言って去っていく支部長と別れ、俺はゴミ処理場の内部へ。
作業場では運び込まれて積み上げられたゴミを、作業員の方々が“熊手”のような器具を使って崩し、隣に設置された“目の粗い金網状の床”へ黙々と広げる作業を続けている。
こうすることで固まったゴミは解され細かく、ふるいにかけられて、スカベンジャースライム達が待機する地下へと送られる。
また、金網の目を通らない大きなゴミは一度回収。破砕作業を担当する部署へ運ばれ、細かくして戻される。
これは下にいるスカベンジャー達の安全確保と、スカベンジャーに最も効率よくゴミを吸収してもらうため。
スライム全般に言えることだが、スライムの吸収能力が最も効果を発揮するのは、対象物が“自分の体に取り込める大きさ”である場合。付け加えると、固いものより柔らかいものの方が吸収しやすい傾向がある。
「作業に関しては特に問題なさそうかな」
ここの管理はゼフさんとカミルさんに任せているので、2人から話を聞きたいけど、どこにいるかな……あれ?
作業場の一角で、作業をしているのは、
「もしかして、ウィスト君?」
……この仕事を始めるにあたり、俺は冒険者仲間のベックと教習で知り合ったガゼルに声をかけた。事前にスラムのゴミ拾いの達人であるゴミ婆様にお話を聞いたけれど、最初はやはりルールと現場を熟知している人が作業員に同行してもらえれば心強かったから。
その点、彼らはスラム出身で少し前までゴミ拾いをしていたというので、適任だった。
そして彼らも快く俺の頼みを引き受けてくれた。
ウィスト君はベックから参加すると聞いただけで、直接会ってなかったけど……しばらく会わない間に明らかに一回り、いや二回りくらい大きくなってるんじゃなかろうか?
「おはよう」
なるべく作業をしている方々の邪魔をしないように、そっと近づいて声をかけると、
「あっ、リョウマ君。おはよう」
俺の名前を呼ぶ、その声も記憶よりやや低いけれど、
「やっぱりウィスト君だった」
「そ、そうだよ。わからない、かな?」
「わかったけど、急に大きくなってるから、一瞬誰かと思った」
「さ、最近急に体が大きくなってきたんだ。おかげで装備を買い換えないといけなくなったよ。皆は、少し調整するだけでいいって言われたのに」
それは金銭的に痛手だろうな……でも体が大きくなっただけ大人に近づいたということだし、きっとこれからできることももっと増えていくだろう。ここでの仕事はちゃんと働いてくれたぶんの給料が出るので、頑張ってもらいたい。
「ところで、ゼフさんとカミルさんがどこにいるか知らないかな?」
「そ、それなら上の事務所じゃないかな? さっきゴミお婆ちゃんが来て、あ、案内してたみたいだから」
「そうか、ありがとう。仕事中にごめんね」
そう言って、教えてもらった通り2階の事務所に向か――
「リョ、リョウマ君!」
「? どうしたの?」
「あ。あの、その、えっと……」
どうしたのだろうか?
急に呼び止められたと思ったら、 いつもより緊張した様子で言葉が出なくなっている。
話しづらいことなのか、気になるけどまずは落ち着いてもらって、改めて話を聞いてみる。
すると出てきた言葉は、
「あの、リョウマ君のところにさ……メイドさんが、いたよね? その、美人の」
「ああ」
意を決したその一言と、赤くなった顔で察した。
ウィスト君も気弱だけど男の子。そして思春期なのだろう。
そういえば先日の面接を行った日は、ベック達にも形だけ面接を受けてもらったし、面接の受付や案内はメイドさん達に任せていたから、きっとその時に彼女達を見たのだろう。
「よ、よかったら、な、名前が知りたいな、って」
何が聞きたいのかと思えば、名前とは全然健全で微笑ましい。
しかし教えるにしてもメイドさんは3人いる。誰のことか特徴を聞くと、
「そ、それはその、スタイルが良い人っていうか、大人の女性というか」
体型に言及したことで、さらに顔を赤くするウィスト君。
俺も辱めるつもりはないのだけれど、それじゃまだ分からない。
リリアンさんかルルネーゼさんか、どちらもスタイルは悪くないと思うし……ただ、もしルルネーゼさんだったら既婚者なので、実らぬ恋になると思うけど……
「さ、3人の中で一番、た、たくましい人!」
ん? たくましい? たくましいというと、
「もしかしてリビオラさん?」
「リビオラさんっていうの? あの大猿人族のメイドさん」
「大猿人族なら間違いないね。そういえばウィスト君も大猿人族なんだっけ?」
大猿人族は獣人族の一種で、種族的に体格が大きく筋骨隆々。はっきり言うと、ゴツイ体付きになりやすいらしい。リビオラさんも他種族からは男性と間違われるくらいに、がっしりとした体付きをしているので、確かにスタイルがいいと言えばいい。ただし女性的というよりも、ボディービルダー的な意味で。
失礼な話だが、“美人”と聞いて自然にリビオラさんを除外していた自分に気づき、ちょっと反省……
その後は後ろめたさからか、リビオラさんが良い人だと思う点をいくつか上げて、ウィスト君と別れることにした。




