街の変化とシェールの悩み
本日、4話同時更新。
この話は4話目です。
翌朝
ギムルの街を訪れると、朝から明らかに街の雰囲気が変わり始めていた。
いつもと変わらず大通りには多くの人が行き交うが、その表情がどことなく明るい。
「はいらっしゃいらっしゃい!」
「安いよ安いよー!」
「串焼き1本5スート! 今だけの特別価格だよ!」
屋台や出店からの呼び込みの声も、いつもより活発に聞こえてくる。
さらに歩いて、路地のとある商店の前を通りかかると、
「おはよう」
「あら奥さん! なんだか久しぶりだね」
「そうね、最近はこの辺ちょっと近づきにくかったから……」
「だよねぇ。最近はどっから来たのかもわかんない連中が、道端で寝てたりしたからねぇ」
「そうそう! 働きに来て肝心な仕事が見つからないってのはかわいそうだけどさ、道端で寝られちゃ迷惑だし、近づきたくないね」
「ええ、でも今日はそんな人達がいなかったから、久しぶりにこっちに足が向いたの」
「あら、奥さんも? 私もなのよ!」
「そういえば私も今日は1人も見てないね? 最近ずっとそこらに1人はいたのに……どこに行ったのかね? 戻ってこられても困るんだけど……」
奥様方が口々に、街でホームレス状態になっていた労働者を見なかったと話していた。
さらに歩いていると、同じようなことを話している人は他にもいたし、それによって街の雰囲気が良くなったと話している人もいる。
本人達に悪気があるとは限らない。他に方法もなく、仕方なくそこにいるだけかもしれない。でもやっぱり、そういった方々がたくさん集まっている場所と、そうでない場所とではその場の雰囲気も変わってくるし、見た人の心にも影響するのだ。
ちなみに街角から消えた労働者達は昨日のうちに、用意しておいた寮に案内して入寮済み。今朝からは警備会社やごみ処理場、モーガン商会と共同で建てた工場でそれぞれ働いてくれているはず。
彼ら労働者は確かにギムルの治安悪化の一因になっていたが、彼らの大半は、というか普通は“職を求めて”ギムルに来ているわけで、罪を犯しにここに来ているわけではないのだから。
そして、人には向き不向きというものもある。警備会社の仕事と一言で言っても、警備員になるなら体力や戦闘能力、事務員になるなら識字能力や計算能力。担当する部署によって必要な能力は異なってくる。
これは俺の経験でもあるが、生活に困窮し逼迫した状況になると、人というものは不安になり、心にも余裕がなくなり、視野が狭くなりがちだ。仕事があるなら何でもいい! とばかりに、自分の能力や適性を考慮せずに応募したりもする。
昨日の面接はそういう人々の適性を大雑把にでも見極めて、できるだけ能力を活かせそうな職場に配置するための面接であり、応募者をふるい落とすための面接ではなかった。
そして昨日、雇用を決定した人数は全部で546人。
仕事にあぶれた労働者の総数は把握できていないが、雇われた546人は最低限の衣食住と仕事を得られるようにした。となればその546人は仕事がないからと食い詰めて罪を犯したり、街を荒らすようなことはまずしないだろう。そうであることを願う。
「っと」
街の様子を見ながら歩いていたら、目的地である警備会社本部に到着。中庭では既に警備員候補の訓練が始まっているようで、気合いの入った声が外にも聞こえている。
街の雰囲気がわずかでも改善しているように感じることと合わせて、安心と今後に対してのやる気が湧いてくる。
俺も俺のやるべきことをやるべく、警備会社内の病院へ向かおう。
来たばかりでこれからお世話にもなる医師団の皆さんと、お互いに理解を深めるため。
また、これからの勉強や研究について相談し、円滑にことを進めていくために!
そして……
「リョウマ君! 血清についてもう少し詳しく!」
「それよりもメディスンスライムについてが先よ! 多種多様な薬効を持つ体液を精製できるなんて、それだけで便利でしょ! 無医村や医療物資の調達が困難な地域での医療、応用できる幅が広いわ!」
「私は栄養剤についてもっとお話が聞きたいのですが」
「錬金術……本物は滅茶苦茶便利じゃないか……製薬工程の簡略化に、これまではできなかった薬効成分の抽出もできそうだし、新しい薬だって作れるかも……」
「エルフの医師として医学の知識を蓄えていたつもりですが、まだまだ未知の領域がありましたね。実に興味深い」
俺は彼らの一時的な雇用主でもあるが、今日からは指導していただく身でもある。そのため院内ではマフラールさんを先生とお呼びし、研修医の皆さんとはお互いに名前で呼び合い、同じ立場とすることを取り決めたり、医師団の皆さんと打ち解けることには成功したと思う。
しかし、同時に気づいたのはこの5人は知識欲が旺盛だということ。
彼らは他ならぬラインハルトさんの紹介ということもあって、スライムや錬金術の活用、また栄養剤の研究などについても相談したら、あっという間に理解してものすごく食いついてきた。
一通り説明する間は黙って聞いていたのだが、最後に質問を受け付けるとこの通り。
5人の内3人がそれぞれ我先にと聞きたがり、もう1人はどれから聞いてもいいと思っているようで笑顔でそれを眺め、最後の1人は思考に没頭し始めた。
……俺も彼らと似たようなところはあるから、親近感も湧くけれど……どうしよう。
と、思っていたら、もう昼であることに気づく。
「あー……皆さん、先に一度休憩を挟みませんか? お昼の時間ですし」
「そうですね。食事でもしながら、一度頭の中を整理しましょう」
俺の提案にマフラール先生が賛成すると、研修医の4人も落ち着いた様子で同意。
そして俺達は食堂へと向かう……が、
「あー、盛況ですね……」
食堂は既に警備員第一期生の方々120名が集まり、混雑している。
席に空きはあるけれど、俺達6人がまとまって座れる場所は……
「リョウマ君!」
「え? あっ!」
呼ばれた声の方を見ると、シェール君が片手を振って、もう片方の手で自分の隣を指していた。
どうやら彼の隣にいたグループが食事を終えて立ち去るところだったようで、俺が席を探している様子を見て、教えてくれたようだ。さらにその後のジェスチャーを見る限り、席は取っておいてくれるらしい。
「席は確保できました。行きましょう」
ありがたい、とジェスチャーを返し、食事を取りに行く。
「ここはメニューが選べるんですね」
「食事は活力の元ですからね。労働者の中から元料理人や飲食店で働いた経歴を持つ方々を探して、中心になって頑張っていただいてます」
我々社員はもちろん無料。今日のメニューはAランチがサンドイッチ、Bランチがパンに腸詰と野菜のスープ。選択肢が2つしかないのは材料や大量に用意する都合上しょうがないのか……まぁまだ初日だしな。しばらく食堂勤務の方々にお任せして様子を見よう。
スープに興味があったので、俺はBランチを注文。そして皆さんもそれぞれ食べたい方を選んで、シェール君が取っておいてくれた席へ。
「ありがとう、シェール君」
「いいよ、それよりお疲れ様、リョウマ君。ところでそちらの方々は?」
気になるのも当然だろう。別に秘密にすることもないので、医師団の皆さんを彼に紹介。そして同じように、彼を医師団の皆さんにも紹介する。
「シェール君は町の人からの信頼も厚く、ギルドの評価も高い優秀な冒険者なんですよ」
「ちょ、ちょっとやめてよリョウマ君。僕はそんなんじゃないって」
シェール君は否定するけど、俺個人も彼のことは高く評価しているし、性格はとてもいい子だと思っている。肉体的には年下の俺が偉そうに言うのもなんだけど、彼は若いのに人間ができている。
「っていうか、冒険者としては僕よりリョウマ君の方がよっぽど優秀じゃないか。登録して1年も経ってないのにランクは追いつかれちゃったし」
確かに現在俺と彼はDランクだけど、そう言う彼の表情や雰囲気からは、いつも怒りや妬みといった負の感情を感じない。初対面の時から今に至るまで、俺を素直に認めてくれているように感じるのだ。それが俺としてはとてもありがたいし、すごいと思っている。
以前、冒険者ギルドで新人教育の教官役をやったけれど、残念ながらあの時の参加者が向けてきた視線は好意的なものばかりではなかったし、模擬戦で戦闘能力を見せた後は露骨に俺を避ける先輩冒険者もいた。
だけど、俺はそれを責めるつもりはない。どれだけ実力主義を掲げていても後輩や年下、後から来た人間に追い越されれば先輩としての立場は気になるだろうし、少なからず気分のいいものではないだろう。
それを素直に認めて相手と付き合う。そして自らは腐ることなく、努力を継続する……道徳的には“人として当たり前”、“そうあるべき”かもしれないが、実際の人間は感情に振り回される生き物。理想はそうであっても実行するのは難しく、教習参加者を例に挙げたように、全ての人間が素直に相手を認めて行動できるわけではない。
俺も前世では部下に追い抜かれた経験が何度もあるし、自分以上の能力の持ち主にあったことなんて数え切れない。もちろん密かに悔しい思いをした覚えもある。
と言うことをややぼかして伝えると、シェール君は頬を掻く。
「そういう風に言われると恥ずかしいな……僕はあまり才能がない方だから、地道に努力するしかないだけだし、僕だって他人を羨ましいと思うもの。むしろリョウマ君でも他人に負けることとか、羨ましいと思うことがあったの?」
……シェール君は俺をどういう目で見ていたのだろうか……
「ほら、リョウマ君は強いし、いろんな事を知っていて頭も良いじゃない」
「確かに体力や戦闘能力ではそう簡単に負けるつもりはない。けどそれ以外は普通かむしろ劣るくらいだったよ。人間関係とか特に」
それを40年近い時間をかけて、どうにかこうにかやってきた結果、今の俺があるわけだ。
尤もこの体を見てそれを察しろというのは酷だろうけど。
「それに“知識量”と“頭の良さ”は別問題だと僕は思う。知識は道具で、頭の良さはその道具の使い方の上手い下手、って感じかな」
それも俺以上の人は探さなくてもいくらでもいたし、知識量だって前世は義務教育があり、大学まで出させてもらった。あとは良くも悪くも色々な経験をする機会が多かったり、聞けば色々と教えてくれる知識人が身近にいたり、あとは興味を持って調べようとすれば調べられる、ネットという便利なものがあった。
そういうものを全部ひっくるめて、
「”環境に恵まれていた”んだと思う。僕の場合は」
「そうなんだ……だったら僕ももう少し頑張ろうかな」
いや、ギルドや街の人に認められてるなら、もうそれだけ頑張ってるってことだと思うけど……まぁ、やる気になってるならいいか。俺は応援したい。
「そういえばシェール君の苦手分野って何?」
俺がこれまで付き合って見てきた限り、結構器用に何でもこなす、安定したイメージなんだけど。
「んーとね、なんというか、僕は筋肉がつきにくい体質みたいなんだよね。だからあまり腕力とか瞬発力に自信はないし、ギルドマスターにも力よりも技術を磨けって言われてるんだ」
さらに話を聞くと、街の人からの信頼が厚い理由も、冒険者になった頃はさらに今ほど体力も技術もなかったので生活のため、そして体力づくりも兼ねて、街中の雑用系の依頼を受けまくっていたからなんだとか。
器用に何でもこなすというイメージも、きっとそういった下積みを重ねてきたからなんだろう……と、納得した反面、俺はそういうことなら少し力になれるかもしれないと思った。
「質問ばかりで申し訳ないけど、どんなトレーニングを? あとプロテイン、は手に入らないか……」
こっちに来てから聞いたことないし、ダメもとで医師団の5人に聞いても、誰も知らないとのことだ。
「そのプロテインって、筋肉を強化する薬なの? 話を聞いてるとそんな感じだけど」
シェール君はよくある誤解をしているようだけれど、それは違う。
プロテインとは“タンパク質”のこと。筋肉だけじゃなくて内臓や皮膚、髪の毛、爪。人の体を作るために大切な材料であり、普通の食物の中にも存在する。副作用のある“薬”ではないのだ。
「つまり、そのプロテインは栄養剤の一種と考えても?」
と、口を開いたのは、ここに来る前に俺が研究しようとしている栄養剤に興味を持っていた様子のクラリッサさん。
「そうですね。そう考えていただいて問題ないと思います。プロテインは筋肉をつける上でも、健康を維持する上でも大切な栄養素の1つです。
それだけに健康を維持した上で筋肉もつけようとすると、相応の量のタンパク質が必要になります。その量を食物、たとえばお肉から摂取しようとすると、脂などの余計な物まで摂取してしまうことになり、当然それだけお腹も膨れるので、必要量を摂取するのが難しくなる。
そこで製薬の技術を使って、目的のタンパク質だけを抽出した物、それがプロテインです」
「余分な物を省いて、必要な物だけで手軽にか。なんだか遠出するときの荷造りみたいだね」
シェール君も冒険者らしい言葉で理解できたようだ。
さらにプロテインを摂取する適切なタイミングやトレーニングの方法を組み合わせることで、トレーニングの効果を高めて効率的に体に筋肉がつくようにすることができる、ということも説明するとーー
「それって凄い、けど、そんなこと教えてもらってもいいのかい?」
シェール君には俺の仕事にも協力してもらってるし、考えてみたらこれは警備員の育成にも役立つ。さらに筋肉の超回復に回復魔法を組み合わせることはできないのか、話しているうちにもどんどん疑問と興味がわいてくる。
子供の体で筋肉をつけすぎると身長が伸びないとか、あまりよくないと聞くので、被験者として協力してくれるなら俺としてもとても助かる。
そう考えて出した結論を伝えると、彼は黙って右手を差し出してきた。
俺はそれにすぐさま答え、力強い握手を交わす。
そこへ何を思ったか、
「その研究、私も参加させてもらえませんか!」
声を上げたのは体育会系研修医のティントさん。
協力してくれると非常に助かるが、その瞳に宿る熱意の炎は?
疑問に思って聞いてみると、
「私、幼い頃は医師ではなく、王家に仕える騎士志望だったんです。馬術の練習中に落馬をしてしまい、怪我でその道は諦めることになりましたが、私のように怪我や病気で夢を諦めるような人を減らせたら、と医学の道を歩むことを決めました。
筋肉の強化は治療とは違うかもしれませんが、興味があります!」
やけに声が大きいことに納得。思えば血清に一番興味を持っていたのも彼だった。それらの行動にはいま語られた過去があったからなのだろう。
当然、
「断る理由がありませんので、よろしくお願いします」
「ありがとうございます!」
こうして俺は新たな研究対象と、協力者を手に入れた。
しかし、
「お2人とも、人目が集まってますよ」
気づけばマフラール先生のおっしゃる通り。
ここは食堂なのだから当然のように人がいて、何事かと視線が集まっていた。




