援軍到着
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
……さて、まずは落ち着いて状況を確認しよう。
執務室には俺とカルムさん。
そして公爵家の護衛であるヒューズさん、ジルさん、ゼフさん、カミルさん。
さらに公爵家のメイドとして働くルルネーゼさん、リリアンさん、リビオラさん。
おまけになぜか、商業ギルドのギルドマスターであるグリシエーラさん。
総勢10人が執務室に集まると、さすがに狭く感じる。
とりあえず椅子はグリシエーラさんに使っていただいて、色々と聞きたいことはあるけれど、まずはやっぱりこれだろう。
「皆さん、いったいどうしてここに?」
質問をすると、真っ先にヒューズさんが答えてくれた。
「俺らは公爵閣下の指示でここに来た。警備員を派遣する店とか色々作りたいって話で、その許可を求めてたんだってな?」
「それは確かに」
先ほどの無駄な会議でも話題に出ていたが、今のギムルには治安の問題が確かにある。そのための対策の1つとして、俺が考えていたのが“警備会社の設立”だ。そしてそれに関する問題点や解決策をギルドマスターらと話し合い、条件をまとめて公爵家に許可を求めていた。
しかし、それは書状ひとつ送るだけで可能と聞いているし、使者を送るにしてもこんなに大勢で来る必要はないはずだ。
「結論から言うと、リョウマの望みは“全面的に認める”。つーか、公爵家と街にとって得になる内容ばかりの提案だからな。蹴ることはまずないだろ」
「計画が成功すれば、全体のほんの一部でも、僕個人からしたら大きな収入ですし、金銭以外の利益も見込めますからね。あまり欲をかかず、その分だけ公爵家や労働者にも利益が回るように。そうすることで確実に許可が得られるように条件は設定したつもりですが」
「そこなんだ!」
「そこ、というと?」
「許可は出せるが、公爵家の得が多すぎるって判断されたんだよ、お前の提案は。書状一枚で済ますと、利益だけ掠め取るみたいで評判的に良くないかもしれない。そこで俺達が……えーと、なんだっけ?」
ガクッときた。そこが大事なところでしょ!?
と思ったら、呆れた様子のジルさんが説明を代わるようだ。
「ラインハルト様は“警備員を統括し教育する責任者をヒューズにやらせることを警備会社設立の条件に加える”と仰った。
たった今の様子を見せた後では頼りないかもしれないが、ヒューズは先日無事に昇格して、これからは部下を率いる立場になる。よってリョウマの警備会社で経験を積ませてもらいたい。さらにこの忘れっぽい新米隊長の補佐として、私も警備会社の運営に協力する。
そちらとしても、職にあぶれた労働者を雇って教育するには経験者がいた方が良いだろう? ないとは思うが、もしもどこかの誰かが横槍を入れてくるようなことがあろうと、公爵家直属の部下が責任者をやっていればどうとでも対処できる」
「それは願ってもない。非常にありがたいお話で、ぜひこちらからお願いしたいくらいですが……そうなると、もしや他の方々も?」
「その通りでございます」
ここで一歩前に出たのは、ヒューズさんの奥さんでもある、猫人族メイドのルルネーゼさん。
「リョウマ様はメイド長のアローネをご存知だと思いますが、彼女はもうそれなりの年ですので、体力的にいつ働けなくなるか分かりません。そこで今のうちから次期メイド長候補を選出し素質を見て教育をしようという話になったのです。
メイド長の仕事は警備の隊長と同じく新人の教育力、部下の統率力、仕事を捌くための判断力や事務能力など、実に多様な能力を必要とします。そこで私とリリアン、リビオラの3名は次期メイド長候補としてリョウマ様を補佐するようにとの命令を受けました。その働きを見て我々の素養を測るとのことです。
本日より公爵家からの帰還命令があるまで、我々を如何様にもお使いください」
いかようにもって……おいおい。
「あっしらも警備会社を手伝って来いって言われてるんですが、別に手が必要な仕事があればそっちの手伝いを命じてくれてもいいんで、上手く使ってくださいよ? 坊ちゃん」
「僕はあんまり力仕事は得意じゃないからね。できれば裏方がいいかなぁ」
「ゼフさんとカミルさんまで」
新米隊長とか、次期メイド長候補とか、そんなの嘘というか、適当な理由付けだろう。
要は俺の手伝いのためにラインハルトさん達がわざわざ彼らをよこしてくれた。
彼ら、彼女らには以前からお世話になっているし、有能な人物であることは間違いない。
今後忙しくなってくることを考えると、素直に、非常にありがたい。
そして事前に何の相談もなく、決定事項のように伝えてきたのは、そういうことなのだろう。
断るつもりはないけれど、きっと断っても無駄だ。
「皆さんありがとうございます。これからもよろしくお願いします。細かい仕事についてはまた打ち合わせをするとして……ギルドマスターはどうしてこちらに?」
「アタシは一足先にちょっと話をさせてもらってたのさ。公爵家の彼らが今日あたりに来るってのは知ってたからねぇ」
「知ってたんですか!?」
「公爵家と連絡を取ってるのが、アンタだけなわけないだろ? 今の街の状況についてもある程度は理解してるだろうに」
ああ、ギルドマスターも街のことについて動いているよな、当然……
「それに、ここ最近はあんたの様子もおかしかったしね」
「うっ、それは……」
「なんだい? ここ数日連絡を取り合ってて、アタシが気づかないとでも思ったのかい?」
「いえ、そういうわけではなく」
ついさっきまでのことを思い出し、無意識に、ほんの一瞬カルムさんを見てしまう。
ギルドマスターはその行動を見逃さなかったらしく、
「そういやアンタら2人、出かけてたね。ギルドで開かれる会合に参加したんだって? 主催は“ギムル中規模店舗連合”だっけ? 胡散臭いと思ってたけど、その様子だと何かあったね。何があったか話してみな」
一瞬にして何かがあったことと原因を悟られてしまった……仕方なく説明する。
隠し事をしても無駄と悟り、会議場でのことから帰り道のことまで洗いざらい。
そして一通りの説明が終わると、グリシエーラさんはじっと俺を見つめ、
「アンタは優秀なのか馬鹿なのか分からないね、まったく。ワンズって男にはアタシも目をつけてたんだ」
「そうなんですか?」
「商業ギルドでも色々と調べてるからね。その過程で知って、少し気になったんだけど、これまで目立った行動はしてなかったし、経歴なんかも問題なし。さすがにアタシ個人が怪しいと思うから、なんて理由じゃ強制捜査や処分はできなくてね」
そんなことが証拠もなくできたら、それこそ問題だろう。
「だから泳がせておいたんだけどねぇ……確かに人の“感情”ってのは厄介なもの。頭に血が上った奴に理屈が通じなくなるなんてよくあることだし、順調だった商談をちょっとしたことでぶち壊すことだってある。だからってわざわざ自分から憎まれ役になるような真似しなくたってよかったんじゃないのかい? なにがなんでも店と部下を守ろうって意気込みは買うけどさ」
「いいじゃねーか、リョウマはまだ若いんだし、そのくらい勢いがあったほうが。なぁ!」
「っとと」
ヒューズさんが豪快に肩を組もうとしてきたが、身長差のせいか? かなり体重をかけられる。
「相手の顔色気にして言いたいことを言えないよりよっぽどいいと俺は思うぜ? 自棄になったわけじゃないみたいだし、人間生きてりゃ譲れないことの1つや2つ。ぶつかり合いなんてしょっちゅうあるもんだ」
「……まぁ、少なくとも以前よりは、素直に人の力を借りられるようになりつつあるようだし、部下共々一皮剥けた、ということにしておいてあげようかね」
「あ、ありがとうございます」
許されたのだろうか? テストで言えば赤点ギリギリ回避みたいな感じだけど。
そんなことを考えていたら、部屋の扉がノックされた。
「どうしました?」
カルムさんが素早く用件を聞きに出て、戻ってくる。
そして少し困った様子で。
「店長、お隣のジークさんとポリーヌさんが帰って来たようなのですが――」
ああ、子供達を迎えに来たのか。
さっきのアレの後だと確かに気まずいかもしれない。
「――ティガー武具店のダルソンさんが一緒だそうです。そして店長と話したいと」
「ダルソンさんが? 分かりました。どちらに?」
「接客スペースでお待ちいただいています」
ということで、皆さんに一言ことわって店に出てみると、同時に向こうもこちらに気づいたようだ。
「お疲れ様です。会議は終わったんですか?」
「分からん。俺達も抜けてきたんだ」
“抜けてきた”って、そういう意味だよな?
「どうして」
「リョウマ君がきっかけになって、皆の目が覚めたんだよ」
そう言ったのはジークさん。
「僕たちはあの場の雰囲気に流されて、ただ漠然と司会の言葉を受け入れようとしていた。けれど、君が異を唱えてくれたから、冷静になれた……リョウマ君が帰った後、黙っていた参加者がまた声を上げ始めたんだ」
「私らの他にも途中で抜けた人がいてね。中には普段のリョウマ君のことを知っている人もいたよ」
例えば……とポリーヌさんが名前を挙げていく。それは俺が時々街で買い物に行く時に利用している店の関係者だった。
「この時間だから迷惑になるってことで、今日ここに来たのは私らだけだけど、皆謝っておいてくれってさ。私ら大人が不甲斐なかったせいで、一番の貧乏くじを引かせて悪かったね」
ポリーヌさんに続いて、男性2人も頭を下げる。
あわてて頭を上げてもらうと、さらにダルソンさんからもう一言。
「俺らと一緒に出てこなかった連中も、大半は思うところがあったはずだ。俺らが出てくる瞬間まで、会議が紛糾していたからな。なんと言えばいいか……リョウマが勇気を出してあの場で発言したのは無駄じゃなかったぜ」
「……そう言っていただけると嬉しいですね」
ほんの少しだが、肩の力が抜けた気分だ。
「今回は丸く収まったようだね」
「ギルドマスター」
店の奥に繋がる扉からギルドマスターが出てくると、その後ろからヒューズさん達までゾロゾロと続いて出てくる。
皆さんが心配してくれて、見張られていたのには気づいたけれど、一斉に出てきたから3人が驚いているじゃないか……なぜ彼ら、彼女らがここにいるのか、事情を説明して落ち着いてもらう。
「……ってことはなにか? リョウマはあの場で提案した“戦える奴を雇う”って話に近いことを元々計画していて、公爵様に許可を取ってたってことか?」
「そういうことになりますね」
「だったらそれをあの場で……言ってたね、近いことは」
「あの段階ではまだ手元に届いてませんでしたから。見込みはあっても、証拠がないと信用させるのは」
「こうなると分かってれば、俺だけでも馬を飛ばしてもう少し早く来たんだがなぁ……」
「仕方ありませんよ。タイミングが悪かったと思いましょう。それに皆さんが来たということは、これからはもっと具体的に、色々と動けると考えていいんですよね?」
問いかけると、公爵家から来た皆さんは深く頷いてくれた。
さらにジークさんやポリーヌさんも、
「リョウマ君。もし君がよければだけど、僕達に手伝えることがあればまた声を掛けてくれないかな?」
「本当ですか!?」
「いいに決まってるだろ? 遠慮なんかするんじゃないよ、水臭い。なんだったら、今日一緒に会議を飛び出した連中にも声をかけてあげるよ。少なくともあのワンズって男に従うよりはよっぽど信用できるしね」
「そいつはいいかもしれんな。あっちの会合とは別に俺達だけで対策会議をやってやろうか」
ダルソンさんの言葉で皆が笑い、それから2つ3つ確認をして、この日は解散となった。
「リョウマ、ちょっとおいで」
そして見送りをしていると、馬車の一台に乗り込んだギルドマスター……グリシエーラさんから手招きをされた。
誘われるままに近づいていくと、馬車の入り口からするりと杖が伸びてきて、俺の体を引き寄せる。
「いいかい、リョウマ。よく聞きな。現実を見なきゃ経営はできない。理想を語るだけじゃ店は潰れる。それは否定しようのない事実さ。でもね、厳しいだけじゃ人はついてこない、ってのもまた事実なんだよ。
理想を語り人を大切にする甘さ。感情を抜きにして、損得を見極めて、必要なら何かを切り捨てる厳しさ。その両方持ち合わせてなきゃ一流の商人にはなれないんだ。
アンタはその両方を持ち合わせちゃいるみたいだけど、使い分けが下手糞だねぇ……不器用というかなんというか……
なんにせよ、今日のことはよく覚えておくといい。今アンタの周りに居るやつらをよく見な。そしてこれまで自分が積み重ねてきたこと、そして何より、自分自身を信じてやりな」
彼女は優しく真剣な瞳で語り、俺を引き寄せた杖を外す。
そして返事を求めることもなく、いつものように
「また、今度はそっちがギルドに来な」
そう言って馬車の扉を閉め、商業ギルドへと帰っていった。




