番外編1 神々の裁判とセーレリプタの真意
リョウマがシクムの村を出てしばらくの時が経った頃。神界では9柱の神々が一堂に会していた。8柱の神々は車座になり、その中心には残された1柱であるセーレリプタが石の椅子に座らされ、さらに薄く光を放つ鎖で拘束されている。
「……ねぇ、さすがにこれだけ囲まれてたら逃げる気もしないしさぁ~、これ解いてくんない? あとこの椅子硬いし不快だし」
「それくらい我慢なさい! 貴方、自分が何をしたか分かってるんですか!?」
「ルールを破ったことは分かってるけど、ぶっちゃけこれ無駄じゃん。約2名足りないけど、8柱もいればボクくらい、何があっても押さえ込めるでしょ」
「そりゃそうだ」
「だからといって、拘束を緩める理由にはならん」
不満げなセーレリプタの言葉に戦の女神キリルエルが同意するが、それをたしなめるように魔法と学問の神であるフェルノベリアが切って捨てる。
「それはそうと、メルトリーゼとマノアイロアはまだ来ないのか?」
「ううむ……一応声はかけたが、やはり来ないみたいじゃな」
「マノアイロアは気分屋だからね……」
「メルトリーゼはずっと寝てるし」
「もう待っても無駄だろ。さっさと始めようぜ」
テクンの一言で、創造神であるガインがそれぞれの顔を見る。
「全員集まるのが理想ではあるが、始めるとするか。今回の議題は皆、もう分かっている通り、転生者である竜馬君の魂に手を出したセーレリプタの処遇を決める。ちなみに手を出した行為そのものについては、ウィリエリスとグリンプが現場を押さえ、セーレリプタ自身も認めておる。相違ないな?」
「間違いありません」
「間違いないだよ」
「ボクもそれは認めるよぉ」
「ということだ。皆、知っているとは思うが、生物の魂に手を出すのは我々神にとっても禁忌に近い。それを犯した以上、無罪放免とはいかん。だが、どの程度の処分が適当かは議論する余地がある。
誰か意見を出すもの。あるいはセーレリプタを弁護するものはおらんか?」
ここで真っ先に声を上げたのはキリルエルだった。
「言いたいことはあるけどさ、まずは本人の口からなんでそんなことをしたのか、理由を聞かせてもらいたいねぇ。そもそもセーレリプタが自分から出てきたり、人と関わることがもう異常じゃないか」
「と、いうことだが」
視線を集めたセーレリプタは、キリルエルに不快そうな視線を送ってから口を開く。
「理由って言われてもねぇ~、君らだって竜馬君とは会ってるんだろう? ボクも興味を持っただけさ。魂に手を出したのは、本人を調べるため。なんか、異常が出てるって話だったし。
あとボクはあんまり転移者に興味を持たないほうだけど、それを言うならフェルノベリアだって同じだろ? 別におかしなことじゃなくない?」
「私のことは否定はしない。だが魂に手を出すというのは流石にやり過ぎではないか?」
「ボクだって最初は少し話を聞いて心を読む程度で済ませるつもりだったさ。色々と見誤った、ってのが正直な気持ちだねぇ。だからボクだって少しは悪いと思ってるし、だいぶ素直に反省しているつもりなんだけどねぇ」
「とてもそうは見えませんが……その“見誤った”とは?」
「ウィリエリスにはもう何度も言ったじゃん……色んな意味で。最初は今言った通り、質問と読心で済ませるつもりだったんだ。そのためにほんのちょっと、感情を出しやすくしたつもりだったんだけど、思わぬ抵抗というか、最終的にはほぼ無効化されちゃったんだよねぇ……おかげで精神操作してたことが彼にバレちゃってぇ、警戒されてぇ、本人も自分がやったことの自覚はないしで、もう魂を直接調べさせてもらうしかなかったのさ」
それを聞いた神々は頭を抱えたり、苦笑いを浮かべたり、それぞれの反応を示したが、おおむね共通していたのは“呆れ”であった。セーレリプタのやり方はやはり、褒められたものではなかった、と。
しかし、
「神の力への抵抗、そして無力化。こんなことのできる人間の魂を調べずに放っておくなんて、できるかい?」
続いた言葉に、神々には僅かな迷いも生まれた。
人間が神の力に抵抗、ましてや無効化するなど、まずありえない事だからだ。
「地球から来た転移者の魂には多かれ少なかれ、異常があったらしい。竜馬君は特にそれが顕著。話は聞いているけどさぁ……神の力の無効化となると、調べもせずに放置しておくのは、流石に危険すぎると思わないかな?」
「ふむ。万が一の場合、我々を脅かすことが可能な力を持っているかもしれない。だから自分は調査を強行したのだ、ということかの?」
「放っておいて良いことはないとは思ったから、念のためって感じかな。
そもそも生物が死ぬとその魂は時間をかけて、また新しい命として生まれ変わる……魂に手を出すのが禁忌とされているのは、ボクらが手を加えた魂はその“正常な転生”ができなくなるから、ってのが大きいでしょぉ?
その点、転移者の竜馬君はもう既に一度、この世界に来るときに手を加えられているから、死後は特別に処理されることが決定している。強引にやったから苦しめちゃったけど、それ以上本人への影響はないように配慮したつもりだよ。
……あそこでウィリエリスが飛び込んでこなければ、もっと安全に終わらせられたと思うけどね」
「なんですって?」
「まあまあ」
余計な一言に大地の女神ウィリエリスが反応。
不穏な空気が流れるやいなや、農耕神のグリンプがなだめに入る。
「ウォッホン! つまり必要性を感じて、最低限の注意は払って行なったというわけじゃな」
「まぁね。事前に連絡なく、独断でやったのは悪いと認めるよぉ。でもあの時はボクらの関係最悪で、そんな状況じゃなかったからね」
「無断で精神操作した挙句に、気づかれればそうなるのも当然じゃろう」
「ま、そうだよね。仕方な――」
「で? お主、何を隠しとるんじゃ?」
「――え?」
呆れた様子ではあるが、ガインの視線はセーレリプタを貫かんばかりに鋭かった。
そしてそれは、他の神々も同じく。
「オラ達がいったいどれだけの付き合いだと思ってるんだべ」
「心の底から残念ですが、我々は数え切れない年月を共にしてきたのですよ」
「今日のお前は素直すぎるんだよなぁ」
「貴様の口から少しでも“悪かった”という言葉がでてくるとは、気味が悪い」
「あなた、そんな殊勝なことを言う性格じゃないわよね」
「ひねくれ者のテメェらしくねぇんだよ」
「いつもなら開き直って、責任転嫁でもしてるんじゃない?」
グリンプ、ウィリエリス、キリルエル、フェルノベリア、ルルティア、テクン、そしてクフォ……7柱の神々から容赦なく投げかけられた言葉に、セーレリプタは顔を引きつらせる。
「そこまで言うかな……」
「事実だろうが」
「それよりとっとと隠してることを吐けよ」
「これまでの話も嘘ではないのだろうけど」
「結論を出すのはすべての話を聞いてからにすべきだろうな」
「くだらない理由でないことを期待しますよ。でなければ――」
「あー、もう! 分かったよぉ……話してあげるよぉ」
セーレリプタはため息をついて、愚痴るように話しはじめた。
しかし、
「聞いても意味のないことだと思うけど」
「それはこちらが判断することだ。貴様は聞かれたことに答えればいい」
「……フェルノベリア……さっきから貴様貴様って、いくらなんでも失礼じゃないかい? ボクらは立場こそ対等、とはいえボクのほうがはるかに年上なんだけど? インテリぶってるくせに礼儀知らずってどうなのぉ?」
「神のルールを犯し、処分を待つ身で何を言うか。これだから無駄に年月だけを重ねた老害は」
「いい加減にせんか!」
いきなり睨み合いを始めた2柱。そしてガインの一喝。
「フェルノベリアは落ち着きなさい、それからセーレリプタは話を逸らそうとするな。話が進まん」
「ちぇっ」
「失礼した」
「はぁ……アイドルのライブ見て癒されたい……」
まとめ役の苦労があるのか、こぼれた本音には誰も触れず。改めてセーレリプタが口を開く。
「ボクが言わなかったのは竜馬君について、っていうか、彼を送り出した地球の神についてかなぁ。結論から言うと、趣味の悪いやつだってことが、竜馬君の魂を調べた時に分かったんだ」
「趣味が悪い?」
「ガイン達から聞く限り、なんか色々とやってるみたいだし不思議でもないが」
「うん、その色々に関係することだと思うけどぉ。とりあえず皆は“育成シミュレーションゲーム”って分かるかな? 竜馬君の世界の遊びなんだけど……簡単に言うと、専用の機械に情報を入れて、命を持たない擬似的な人間や動物、作物を育てる遊びがあるんだよ」
「まるで私達が人類や自然、動植物を見守るような遊びですね」
「ああ、珍しく意見が合ったね。ウィリエリスの言った通りだよ。だけど育成シミュレーションゲームはね、“対象に命や魂がない”のさ。ゲームで育成するのは情報の塊だからね。どんなに本物そっくりに作られていても、命のある存在ではない。だからこそ、どんなこともできる。命のないデータ上の存在なら、どんなに非道なことをしてもリセットで元通り。なかったことにしてしまえる。それがゲームと現実の違い、なんだろうけど……地球の神にとっては、どっちでも同じなんじゃないかな?」
『!!』
「それはつまり、地球の神は、命ある人間を使って育成ゲームをしていた、って言うの?」
ルルティアの声には静かな怒りが滲み出ていたが、問われたほうはさらりと答えを口にする。
「少なくとも竜馬君の場合はそうだと思うよ。ルルティアは彼の転生担当だから、彼が武術を始めとして、色々な才能を持っていたのは知ってるよね?」
「ええ、前世ではほとんど無駄になるように与えられていたみたいだけど」
「それ、ほんの一部だよ。竜馬君には他にも多数の才能が与えられてたみたい。ご丁寧に、魂の奥のほうを直接調べなきゃ分からないように隠してあったから、ボクらの目を欺くための囮って言ったほうがいいかもしれないけど」
「なんですって!?」
「はっきり言うけどぉ、嘘はついてないよ?」
「確かに、セーレリプタがそんな嘘をつく理由はないよね。僕らがもし竜馬君の魂を調べれば分かってしまうことだし、魂を直接調べるなんて理由もなくやることじゃないから、まず分からない。隠すには最適だ」
「クフォの言うことはわかるが、そんな事までしてなんの才能を隠したんだ?」
「“殺人”」
『!?』
「他にも“強盗”とか“窃盗”とか、犯罪と聞いて思い浮かぶ行為には一通り才能が与えられてたと思う。ただ、目的に必要なかったからだろうけど、性犯罪系はなかったねぇ。多かったのはさっきも言った“殺人”とか“虐殺”とか“惨殺”、とにかく殺すことに特化させたかったみたいで――」
「ちょっと待て! んじゃ何か? 地球の神は竜馬を殺人鬼に育てたかったってことか?」
「……説明してるんだから、最後まで聞いてほしいなぁ……まあいいけど。目的のためには凶悪な犯罪者にしたほうが“都合がいい”って感じじゃないかとボクは思うね。とにかく不幸にして、不満を溜め込ませて、何かの拍子にカッ! となって人を殺させて、後戻りできなくしたかったみたいだよ。
あと竜馬君が扱う才能は刀とか弓とかの古い武器限定で、銃器を扱う才能はないのに、わざわざ少しは興味を持つようにしてたみたいだから、“達人は武術と原始的な武器で、銃火器にどこまで対抗できるか”とか“何人殺せるか”みたいな実験がしたかったんじゃないかな? 犯罪者になれば警察に追われるだろうし、凶悪犯として反抗を続ければ、銃火器の訓練を受けた特殊部隊が出てくるかもしれない。
まぁ、実現はしなかったみたいだけどね」
セーレリプタはさほど感情を込めずに淡々と話を続けたと思えば、突然真面目な顔をする。
「ここまでボクの推測も含めて説明してきたけど、勘違いしないでほしいのはぁ、竜馬君はべつに悪人じゃないってこと」
「そんなことはセーレリプタに言われなくても分かってるよ」
「そうね、それに悪人だったらそもそもこの世界につれてくるわけないじゃない」
「同感じゃが、そうなると地球の神はやることが中途半端な気がするのう……どう思う? フェルノベリア」
「同感だ。その気になれば、運命を定めて思い通りの人間を作ることは難しくないはずだ」
「でもそれじゃ“面白くない”でしょ。だって神が遠慮なく力を与えたら、結果は分かりきってると言ってもいいんだから。
地球の神は才能だけ与えたり、わざと不幸な環境を整えたり。回りくどい方法を使ってランダム性を与え、自分も結果がどうなるか分からないようにして、なおかつ人の域を外れ過ぎないように調整してたんじゃないかな?」
「……なるほど、そういう見方もあったか」
「胸糞悪い話だな、ったく……」
「でも、その“遊び”があったからこそ、竜馬君は死ぬまで自制を利かせて普通に生きてこれたんだろうねぇ。ちなみに精神操作への耐性が異様に高いのも、竜馬君が地球の神の想定以上に自制を利かせて誘惑に抗ったからだね。シミュレーションができなくなるくらいに。
おかげで何度も犯罪の才能を付け足しては誘導しようとした痕跡があったし、かなり強引な運命操作もしたみたい。魂に手を加えられたのも1回や2回じゃないよ」
「それで耐性がついたのね……」
「ま、もてあそばれた本人は神の事情なんか知らないし、完全に無自覚だけど大したもんだよ」
ウィリエリスが呟いた直後に添えられた一言。すると今度は隣に座るグリンプが、納得したように口を開く。
「だからあの時、あんなことを言っただな」
「あー……グリンプ、それここで言う?」
ここで初めて、飄々としていたセーレリプタが表情を歪めた。
まるで言われたくないことを言われたとばかりの反応に、他の神々の注目も集まる。
「僕は君が“本当の意味で”幸せになれることを祈っているよ。近い将来、君の身の周りは騒がしくなるだろうから頑張って。それまで、もうしばらくは平和な村の生活を楽しんで。そしてもし、いつかどうしても生きるのが辛くなったら、僕のところへ来るといい……だったべか? らしくないことを言っていたから、気になっていただよ」
「はぁ……きっと彼の前世では、誰かを腹が立って殺してやりたい! と思うことが沢山あったと思う。他にも誰かを殺す原因となりそうなこと、犯罪への誘惑もあったんじゃないかな? それでも彼は殺さなかったし、罪を犯さなかった……たとえそれが偽善であったとしても、無自覚だったとしても、死ぬまで貫いたわけだ。
普通の人生を送っていたというならまだしも、神の誘惑に人の身で抗いながらと考えたら、敬意を抱いたと言ってもいいくらいさ」
「そう言われると確かに、とんでもないことよね」
「地球の神が遊び半分だったとはいえ、生半可な精神力では耐え切れないだろうな」
「悔しいけど、地球の神って私らよりもだいぶ格上だろうしな……」
「まぁ、幸い魂がこっちの世界に来たことで、もう地球の神は彼に手出しができなくなったはず……なんだけど、彼の魂に刻まれた前世の“経験”。それにより形成された“人格”はそのままだからねぇ。まだ不安なこともあるんだよ」
そう語るセーレリプタの表情はさらに歪み、
「“ダメな子”だと親や周囲に言われながら育った子供が、自分のことを“ダメな子”だと思い込んでしまうように、地球の神の遊びは竜馬君の人格形成に多大な影響を与えて、そして歪めてしまってる。
尤も親や周囲にダメな奴と言われても“自分”というものをしっかり持って、自信を持って生きてる子もいるし、竜馬君もそれに近いタイプだったんだろうけどねぇ……与えられたであろう“強烈な犯罪や殺人への誘惑”に対抗するための自制心が強すぎたっていうか、そうならざるを得なかったのもあるんだろうけど、自制や自粛が過剰なんだよね」
「ん? ちょっと待った。竜馬ってそんな奴だったか? あいつ、普通に盗賊討伐とかしてただろうが」
「うん。その辺が話を余計にややこしくするんだよね……盗賊討伐に関しては、単純に自分が今いる国の法を遵守して、順応してるだけ。無駄な殺生はしないけど、自衛とか食べるためなら殺すことに対してはほとんど抵抗がないみたい。
だけど、その“殺すことにほとんど抵抗がない”こととか、あと彼って戦うと結構やり過ぎる傾向があるだろう? 本人に“自覚”はないけど、本能的な部分では、もう自分の内側に抱えた才能やその危険性をうっすら感じてるんだよ。そしてそれは自分の未熟さ故と、自分を責めてしまう」
「あっ!?」
「どうしたんじゃ? クフォ」
「いや、今の話で思い出したんだけどさ。竜馬君が公爵家の人々と別れて突然鍛え始めたのって、鉱山で暴れたからじゃなかったっけ?」
「あら、そういえばそんなこともあったわね」
「俺も思い出した。だがありゃ相手が悪かったんじゃねぇか? 確か子供を脅して儲けを奪おうとした不良冒険者だろ? ついでに竜馬本人も脅そうとして」
「そうなんだけどねぇ……彼、こっちに来て若返ってるだろ? 精神面もやや幼くなってるせいで、前世では引き締めていたタガが緩んだみたいでさ。ほんのちょっとだけ感情に流されかけたみたいなんだよね。それで慌てて引き締め直そうとしてる感じ。
それまでの森暮らしでは狩猟という形で“生き物を殺す”という行為が身近にあったし、あとは盗賊との戦いも、タガを緩めた原因の一端かも?
正直ボクは、怒りや恨みから殺害を考えてしまうこと、それ自体は感情のある人間なら、ある意味当たり前にあることだと思うけどねぇ。それを実行するかしないかはまた別の話だし、むしろ何があっても、まったく何も感じないってほうがおかしいと思うし」
「……つまり、竜馬は殺しを生きるうえで必要なこととして受け入れている。だが、同時にそれを異常と受け止めて自分を危険人物とも考えている。矛盾しているようだが、こういうことか?」
「あー、うん。確かにフェルノベリアの言ったことが一番近い表現かも。自分を危険人物と認識してる。だから人の輪に入りたがるくせに、いざ入ってみると違和感を覚えるんじゃないかな? “自分の居場所はここじゃない、自分はこんな所にいていい人間じゃない”って。
さらに付け加えるなら、“他人に優しく、自分に厳しく”? 善良であらねばならない、無欲であらねばならない、人の役に立たねばならない、さもなくば己に生きる価値なし……とでも言えばいいのかな? 人間的に言えば美徳だと思うけどぉ、竜馬君の場合はこれを無意識に、徹底しすぎている感じかなぁ。とにかく自己評価が低いんだよね。
そんなんだから前世では理不尽な扱いを受けても受け入れてしまっていたし、今でも親切にされたら同じかそれ以上を、自分の負担や損失なんて構わずに返そうとする。あくまでも本人は無自覚だけどねぇ」
ここで話が途切れたかと思えば、大きなため息を吐くセーレリプタ。
彼は最後に、これまでの話をまとめるように告げる。
「“無償の愛”とか言えば聞こえはいいけれど、無償であれこれしてやるなんて、欲の深い人間社会では良いカモだし、見方によっては仕事に対する適正な報酬、価値を無視して貶めているとも取れる。
それで周囲と軋轢が生まれたらどうするのか? 開き直るか、責任を放棄して逃げるならまだいいんだけどぉ、彼の性格的にそういうことはしないだろうから。高確率で真正面から相手の怒りだか誹謗中傷を受けて、なんらかの要求があれば応えるかもね。
でも無自覚な心の根幹の歪みを直さない限り、彼の行動は直らないと思う。今後彼の周りは騒がしくなりそうだし、いざとなったら自分の被害を省みない、あの状態を続けていたら、いつか心か体、あるいは両方を壊すよ。
その点、ボクなら人類が誰も知らない無人島でも紹介できる。なんなら人魚族の祖先のように、強めの加護を与えて水中で生活できるようにしてあげてもいい。人の世界から完全に離れてしまえば彼も楽になるだろうし、万が一が起きても被害は最小限で済む。
下界の存在は時が経つにつれて、自然と変化していくものだからねぇ。竜馬君のことも、別に焦る必要はない。落ち着ける場所で、時間をかけて安定させればいい……ってとこかなぁ」
「なるほどのぅ。そこまで考えておったのか」
ガインの一言には他の神々も同じ思いだったのか、沈黙が流れる。
そして、
「意外でした。あなたは竜馬君に散々、面白くないだのなんだのと言っていたのに……」
「彼の今の生活は観察してても面白くない、とは言ったけど、彼のことが嫌いだとか興味ないとか言った覚えはないんだけどぉ? それにボクはどんな命に対しても、それなりに平等なつもりだから、興味がなかったとしてもそれなりの対応をするよ」
申し訳なさそうに口を開き、しかし言葉が続かなかったウィリエリス。
相手が犬猿の仲であるセーレリプタとはいえ、言い過ぎたかと彼女に自省の念が芽生え――
「まぁ……素直に言うと彼みたいなギリギリの状態でもがき苦しみながらそれでも生き足掻くような子は大好きだしねぇ」
『……』
――かけた次の瞬間、聞こえた言葉にウィリエリスの、いや全ての神々の思考が止まる。
それに気づかず、セーレリプタは言葉を続けた。
その声はどうも興奮してきたようで、徐々に大きくなっていく。
「ほら、なんていうかなぁ。稚魚のまま大半が食べられる中で生き残る魚とか、アリ地獄に嵌って生き延びるアリとか? 死の淵から必死に足掻いて助かる、そんな命の輝きがあるっていうか――ぁ?」
ここで彼はようやく気がついた。周囲の神々が再び白い目、あるいは呆れた目で自分を見ていることに。
「セーレリプタ……お前というやつは……」
「歪んでるのって、竜馬君より君じゃないかな?」
「他人の趣味をとやかく言いたくはないけど……」
「そこはせめて“命の尊さを感じる”とか、“生きる努力が素晴らしい”とか、“応援する”とかいう表現はできなかったのか?」
「感心して損した気分だぜ」
「お前には絶対気に入られたくないな」
「また余計なことを言って、もうオラは知らんだよ」
「えっ、ちょっ、ちょっと何この空気」
「セーレリプタ」
ただ一言、名前を呼んだのはウィリエリス。だがその形相は先ほどまでとは打って変わって、
「怖っ!? 何その顔!? ついさっきまで気落ちしてたのなんだったの!?」
「ええ、ええ、本当にそうですね。私としたことが、どうして反省などしようとしたのでしょう。ふふっ、ふふふふ」
「……ボクは許される流れだったんじゃ」
「そんな空気になっていましたものね。さっきまでは……さては貴方、竜馬君の話で気を引いて、自分の罪をうやむやにして逃げる気でしたね!?」
「ええ!? 流石にそれは言いがかりだって! せめて地球の神がやったことを突き止めた功績とか、竜馬君への対処で減刑くらいでしょ!?」
「つまり下心があったのですね!?」
「うっわ、面倒くさい奴になってる。ちょっと皆、ここ一応会議とか裁判の場でしょ? 1人に勝手にさせてていいの!?」
「そうじゃのう……場所を変えて最後の話し合い、その後に決議を取ろうかのう。ウィリエリスは置いていくから相手をしておれ。さて皆、行こう」
「あっ! おーい! ガイン!? 皆ー!?」
その呼びかけに応えるものは誰もおらず、一柱ずつ神々はこの場を後にする。残されたのは椅子に縛られたままのセーレリプタと、その正面まで席を立ってやってきたウィリエリスのみ。
「皆、行ってしまいましたね」
「ああ」
「処罰は皆が決めてくれるでしょう。それまで、貴方には言いたいことが山ほどあります。最後まで、しっかりと聞いてもらいますからね!」
「うわぁ……これ竜馬君より僕のほうが先に逝くかも……」
この後、ウィリエリスの説教は延々と続き、やがて戻ってきた神々により、精根尽き果てたセーレリプタが発見されたという……




