あわただしい出立
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
終漁祭から2日。
昨日の時点で買い物などは済ませたので、今日の目的はマッドスライムの捕獲。セーレリプタから泥魔法を使えば見つかると聞いているが、ぶっちゃけ俺は使ったことがない。
だけど、以前泥魔法を見たことはあるし、水魔法と土魔法の組み合わせなのも分かっている。複数の属性を組み合わせた魔法も使ったことはあるから、やってみればなんとかなるだろう。
ということで、
「兄ちゃん! ここだぜ!」
朝からニキ君と一緒に、森の中で特に地面がぬかるんでいるという場所へやってきた。
「よーし。じゃあ早速やってみるぞ」
泥魔法……泥とは簡単に言うと、“水と土の混合物”。
水魔法で使う水属性の魔力と、土魔法で使う土属性の魔力。
2種類の魔力を混合し、地面の泥へと染み込ませるように。
使用する魔法は、水魔法のウェーブのように、泥を波立たせるイメージで。
名前をつけるとしたら、
「『マッドウェーブ』!」
発動と同時に、ぬかるんだ地面に小さな波紋が生まれ、泥の波となる。
それが周囲の木々の根元に押し寄せ、飲み込んでいく……そんな時だった、
「うわっ!? 兄ちゃん出てきた!」
「ああ……こんなにいたのか」
魔法によって波立たせた泥が不自然な動きをしたかと思えば、次々と泥団子のようなものができていく。その数、ざっと見積もって30。水分過多ですぐにでも崩れそうなそれは、慌てたように俺達から距離をとろうと蠢いているが……
「捕まえよう。打ち合わせ通りに」
「よっしゃ!」
陸上を這うマッドスライムの動きは他種のスライムと同じ、いや、それ以上に遅いようだ。
ニキ君が次々と掬い上げては、俺がアイテムボックスから取り出す壷へ放り込んでいく。
予想以上に数が多く、数匹は再び泥に同化して逃げてしまったけれど、それでも今回だけで27匹の捕獲に成功。魔獣鑑定で調べてみると――
“マッドスライム”
スキル 飛散Lv3 凝集Lv3 保湿Lv5 消化Lv1 吸収Lv2 分裂Lv2 同化(泥)Lv5
「へぇ……」
「兄ちゃん、何か分かった?」
「ああ、スキルはアッシュスライムに近いね」
飛散と凝集はそのままだし、乾燥の代わりに保湿がある。そして特筆すべきは同化(泥)。()がついているスキルは初めて見たが、おそらくこれは同化できるのは泥限定ということだろう。
これでまた1種類、新たなスライムが手に入った。しかしたった1回で30近くを捕獲できるなら、もう少し探し回ればビッグやヒュージになれるだけの数を集められるかもしれない。
できればもっと集めたい。ということをニキ君に話すと、
「それじゃあ他にも色々回ってみようぜ!」
と、快く了承してくれた。
こうして2人で森の中を駆け巡ること数時間……
泥魔法を使うとマッドスライムは面白いように発見できて、魚釣りなら“入れ食い”というやつだろう。たまに休憩をはさみながら、場所を変えて無理なく集めたつもりだが、600匹以上を捕獲、契約に成功した。
どこで魔法を使っても4匹や5匹は必ず出てくるので、もしかしたらこの辺の泥は、ほとんどがマッドスライムなのではないかと思えてきたほどだ。
「あっ」
「どうした?」
「ほら、あっち」
「あ、秘密基地の木か」
ニキ君が指差す方向を見ると、以前の家出騒動で見覚えのある木が立っていた。
「ちょっと待っててくれよ! すぐ戻るから!」
そう言って彼は、木の根元にある秘密基地へ入っていく。
どうしたのかと思いつつ、太く張り出た木の根に腰掛けて待つ。
2分ほどで穴から出てきた彼は、両手で何かを包むように持っている。
「お待たせ。これ、兄ちゃんにやるよ」
「これは?」
大きさの不揃いな、ただの石のようだけど……それが一握り。
「それな、“湿光石”って言うんだ。泥の中にあるんだけど、暗いところで濡らすと光る、すげー珍しい石なんだぜ!」
「へぇ……」
そういえばあの家出騒動の時、秘密基地の中に光源があった気がする。あの時はよく見ていなかったけど、これだったのか。でもどうしてこれを俺に?
「兄ちゃん、今日で帰っちまうんだろ? 色々教えてもらったし、記念にやるよ。俺はもういらねーから」
「いらないのか?」
正直、ファンタジー鉱石っぽくて興味深いし、嬉しい。
だけど、秘密基地の明かりに使っていたのでは?
「ここはまだ子供が入っていい場所だけど、村からはやっぱり離れてるだろ?」
「確かに」
「前みたいな事があったら危ないからって、父ちゃんと母ちゃんとよく話してさ……せっかく作った基地だけど、もっと村の近いところに作り直すことにしたんだ。父ちゃんと母ちゃんが心配しねーように、もっと見えるところに作る。もう新しい場所も決めてるから。だからこの石はいらねーんだ」
「そうなのか。偉いな」
「へへっ、俺ももう大人の手伝いができるくらいには大きくなったからな! いたずら小僧は卒業だぜ!」
どうやら罰で処理場の仕事を手伝わされたことを言っているようだ。でも考えてみたら処理場での仕事は楽しそうにしていたし、あれがいい経験だったのかもしれないな。
……この元気が有り余る様子だと、イタズラ小僧卒業はまだ先かもしれないけど。
「なら、これから帰って基地を作るか」
「スライムはもういいのか?」
「もう600匹は捕まえたからな。それとさっきの石のお礼に協力するよ。便利な魔法も使えるし、遠慮なく言ってくれ」
「じゃあ、木の上に基地をつくったりできるか?」
ツリーハウスか。簡単なものなら、なんとかなるかもしれないけど、
「とりあえず現場を見てからだな」
ということで急いで村に戻り、建設予定地を見せてもらう。
そこは村と森の境目。俺も何度も訪れている、村で使う薪や木材の採取場の一角。
他の木よりも太く育って、切りづらいため放置されていた大木に目をつけたようだ。
「この木の周りなら使っていいって、父ちゃんが村長や皆に許してもらえるように話してくれたんだ。それに作るのも手伝ってくれるって」
「へぇ……幹も枝も太いし、これならある程度の重量は支えられそうだ」
問題は基地にするスペースだな。
道すがら、具体的にどんな基地にしたいのかを聞いてみたところ、小屋を載せる感じだと彼は話していた……
「……よし! 『ディメンションホーム』」
この村で進化したワイヤースライムに出てきてもらう。
「兄ちゃん? この木、切っちまうのか?」
ニキ君は不安そうだが、今回のワイヤースライムは木を切るためではない。
安心するよう一声かけて、ワイヤースライムに指示を出す。
このマングローブに似た木は、枝分かれが多い。
その枝にワイヤーをかけてもらい、引っ張り、曲げることで股の部分に空間を作る。
この状態で、
「『グロウ』!」
植物を成長させる木属性魔法を使用。すると魔法をかけられた枝がごく僅かに成長し、ワイヤーが食い込む。この曲がった状態のまま成長を強制することで、枝の向きを矯正するイメージで魔法をかけていく。
「すげぇ! 木の形が変わってく!」
「こうやって人工的に木々の形を変えて、自然を表現する“盆栽”っていう芸術もあるんだ。本来は鉢植えに植えた木で、何年も何十年もかけて形を整えるものだけど、ねっ!」
細くて良くしなる枝を思い切り引き、隣の木の枝に絡めて固定。互いに互いを支えあうよう巻きついて太くなった2本の枝は、俺がぶら下がってもビクともしない。ここにはブランコを設置しよう。ツリーハウスと言えばブランコ、違うだろうか?
「俺もやるよ!」
「よし、ワイヤーをかけるから引くのを手伝ってくれ」
こうして大木の枝ぶりを矯正し続けること1時間。
幹から分かれた枝は放射状に、一度横方向へ伸びた後、先端が上向くような形に。
だいぶいびつな形ではあるが、巨大なテーブルのように見えなくもない。
これなら木々の隙間に板を渡すことで、十分なスペースの小屋が作れるだろう。
「さて、後はブランコの設置と、上りやすくするために縄梯子でもつけて終わりかな」
「小屋は?」
「そっちはお父さんに頼め。手伝ってくれる約束なんだろ?」
「そっか、それもそうだな! 父ちゃんとスゲー基地を作る! そんで兄ちゃんがまた来たときに見せてやるよ」
同意を得たら、適当な木材を用意。
そして2人で縄梯子とブランコを作り、設置して、
「「完成!」」
土台だけではあるけれど、中々いい場所ができたと思う。
それに、そろそろいい時間だ。
「帰るのか? 兄ちゃん」
「村の皆さんに挨拶してからな」
一応、今日のうちに村を出ようと考えているとは伝えてあるが、挨拶もなく帰るのは失礼だ。
作業の跡をざっと片付けて、村へ、そしてお世話になったホイさんのお宅へ戻ると、
「おっ! 戻ってきたぞ!」
シクムの桟橋の皆さんはもちろん、表には村の人達が大勢集まっていた。
何事か? と思う間もなく、
「坊主! 帰っちまうんだってな!」
「は、はい! お世話になりましっ!?」
「何言ってんだい! お前さんも漁や祭りの手伝いしてくれたろ!」
「どうせならもう少しゆっくりしていけばいいのに」
「せっかく漁が終わって落ち着いたってのにねぇ」
「あ、ちょ、っ!」
老若男女。大勢の人に取り囲まれ、それぞれが自由に話し始めた状況に戸惑っていると、
「待て待て待て!」
「リョウマ君が困ってるから」
「落ち着いてください」
カイさん、ケイさん、そしてシンさんが割り込んで、さらにセインさんとペイロンさんが俺を人の中から引き抜いて助けてくれた。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます。助かりました」
「すまないな……皆、見送りに来ただけで、悪気はないんだ」
「漁が終わると一気に暇になるからな。ったく」
そんな話をしている間にも、人が増えてきているようだ。
「リョウマ、これ持ってきな」
「夜にでも食べなさい」
おっと。家の中からメイさんとおふくろさんが出てきて、 大きな葉っぱの包みをくれた。中身はお弁当なのだろう。香ばしい香りが漂ってくる。
さらに、2人の後ろからは親父さんがのっそりと出てきて、一言。
「道中……気をつけろ」
「ありがとうございます。それから、今日まで本当にお世話になりました! 滞在中、とても楽しかったです!」
ここに集まった皆さんに聞こえるように大声で、頭も下げると、
「楽しかったならよかったねぇ」
「おーい、これも持っていけや」
「マッドサラマンダーの干し肉いるか?」
「なんならまた来たらええ」
「これ、去年のだけどもまだ食べられっから。不味くなっとったら、スライムにあげて」
再びそれぞれが勝手に話し始め、人によってはお土産や食料をくれる。
あわただしくて戸惑いもするが、暖かく、そして楽しく感じる人の輪……
正直なところ、こんなに大勢に見送ってもらえるとは思わなかった。漁が終わって時間があるということもあるだろうけれど……
かけられる声は止むことなく、少々名残惜しいけれど、また来たらいい、来たいときに来なさいと皆さん口々に言って下さる。だから、しんみりとする必要もなく、
「ありがとうございましたー! また来まーす!」
「元気でなー!」
「また来いよ! 絶対だからな!」
「手紙も待ってるぞー!」
最後の最後まで騒がしく見送られた俺は、いつかまた訪れる事を約束し、お世話になった村を出たのだった。




