違和感の正体と偶然のひらめき
本日、2話同時更新。
この話は1話目です。
戻ってきた領主様に確認をお願いすると、
「なんと!! ここまで綺麗になるとは」
「まるで、昔に戻ったようです」
皆で頑張って露天風呂中の沈着物を除去した甲斐あって、昔を知る領主様とピグーさんは喜んでくれているようだ。
「ありがとう。リョウマ君」
「これで私も先代様に顔向けができます」
「お気に召していただけて良かった」
しかし、実は一箇所だけ掃除は不要と言われた場所があって、気になっている。
「本当に取水口はあのままで?」
ここまで引かれた温泉の出口は、来たときとほとんど変わっていない。あそこにも炭酸カルシウムの結晶が付着しているし、それによってお湯の流れも悪くなっている。
「流石にあそこまで頼んでしまうと、今日1日では終わらんだろう。湯を引くための管は源泉まで繋がっているからな。それに……せっかく掃除をしてくれた君たちにこう言うのもなんだが、私がここを使うことはあまりないだろう。あくまでも父の遺産として、可能な限り昔の状態に戻したかっただけなのでな。今のままでも十分。
欲を言うなら、ここからの景色も見えると良かったんだが、竹がここまで来ておったか……」
「竹薮も放置してしまいましたからな」
「この竹薮は、昔からここにあったわけではないのですね?」
「その通りだ。もう少し離れたところに昔、父がどこからか持ってきた竹を植えたそうでな。よく掘ってきたばかりのタケノコを食べさせてもらったよ。だが、それも放置しすぎてこの状態だ」
「昔はここから下の景色が良く見えたのですが……」
長年放置したことにより、竹薮が露天風呂の下まで広がり、成長した竹で視界がさえぎられているようだ。
『……』
「?」
脱衣所の出入り口から、シクムの桟橋の皆さんが視線を送ってくる。
これは、そういうこと? いいの? だったら、
「では、軽く露天風呂側の竹薮を切り払って、景色が見えるようにして終わりにしましょう」
「あ、いや、そういうつもりで言ったのではないが。いいのかね?」
「成功報酬に小金貨10枚というお話でしたし、それがなくてもサービスの範疇ですよ。後ろの5人もやる気みたいですし」
「ばっ」
「ちょっ」
俺達が視線を向けると、露骨に慌てる5人。
皆さん、あんなところでこっそりしなくてもいいのに。そこまで慌てると逆に――あ、領主様が声をかけに行った。そしてガッチガチになったり照れたり……今のうち準備をしておこうか。
ディメンションホームから、ワイヤースライムと棒を1本。あとは下に下りるための安全確保に使う、頑丈なロープを用意して、っと!?
「リョウマ君、いきなりは酷いよ~」
「俺らはお前みたいに貴族慣れしてないんだぞ……」
話が終わったのか、ケイさんとカイさんが肩を組んできた。
「領主様はいい人そうですし、普通にしていれば大丈夫でしょう」
「お前、見かけによらず肝が据わってるよな……」
「僕らが田舎者だからなのかと思っちゃいそうだけど、違うよね?」
失礼な。俺だって偉い人は苦手だし、初対面の貴族様と会う時は緊張したっていうのに。
まあ、それは置いておいて、仕事の話をしよう。と言ってもやり方はそこまで複雑じゃない。
「まず僕とスライムで大半を、効率的ですが少々雑に切るので、時々残ってしまう部分があると思います。だから残った部分は皆さんにお願いしますね。急斜面での作業になるので、安全のためにこのロープを使ってください」
その一言で全員納得してくれた。これまでの仕事でスライムへの信頼ができている。
皆さん素早く準備にとりかかり、俺は一足先に露天風呂の端へ。落下防止の柵の真ん中あたりを乗り越えて下に降りていく。
「さて、お願いね」
「!」
やる気十分のワイヤースライムが竹薮の中で、体を糸鋸状にして伸ばす。
距離的な限界はおよそ40m。今回は2本で20m手前くらいにと頼む。
地面に沿って十分に伸びたのを確認したら、2本の先端を繋げて大きな輪を作ってもらう。
そして変形できないワイヤースライムの核が、余分に残した糸で棒の先端にしがみつく。
最後に俺が、棒を通してワイヤースライムに気を送り、糸鋸の体を強化すれば準備完了。
「なるべく根元から、地面に対して平行にね。じゃあ、スタート!」
合図と同時に、ワイヤースライムが輪を引き絞った。
やや緩みのあった糸は限界まで張り詰めて、間に立っていた竹の皮に鋸刃が食い込む。
さらにワイヤースライムはそのまま伸縮を始め、張り詰めた糸を右へ左へ。
気で強化された鋸刃の切れ味は鋭く、瞬時に竹を切り落として輪を縮め、次の竹へ。
輪の内側に生えていた竹やその他の植物、全て切断されるのに要した時間は十数秒だった。
「進化後の実験でも思ったけど、こうするとチェーンソーみたいだな……我ながら恐ろしいものを生み出したような気もする……あ」
変な影がさしたので、ふと上を見ると領主様が驚いた顔をしていた。
「スライムとは、あんな生き物だっただろうか?」
「ええと、たぶん、リョウマ君が連れてるスライムが特別なんだと」
「この前も、村の周りの木を、実験と言って大量に伐採していたな」
「ああ、それ見てたらしい村の爺様婆様が1匹欲しいって言ってたぜ。薪拾いの手間が省けるって」
皆さんまで……まぁ、確かにこの切断力はすごいからな。俺だって作業中の糸の部分には間違っても触れたくないから棒を使ってるわけだし。でも、
「このままどんどん切っていくので、少ししたらお願いしますよー!」
若干見物モードに入りかけている5人に呼びかけてから、今度は先ほどとは逆方向の竹を20m分切り落とす。それが終われば、斜面を一歩下ってまた左右の20m。それを繰り返すことで、自分を中心に40mの範囲を切りながら斜面を降りていく。
切断された無数の竹はふもとの方へ倒れこみ、まだ切られていない竹やその葉に受け止められていたけど、だんだんと耐え切れなくなってきたようだ。地面に横たわる竹も増えてきている。潰されないように気をつけないと。
ところでマンガとかラノベではワイヤーとか糸を武器に使う“糸使い”が出てくることがよくあるけど、ワイヤースライムを使えばそういうこともできるだろうか? 今も若干やり方が違う気がするけど、竹を一気に切れてるわけだし。
上手く使えば移動にも……
そう考えて思い浮かんだのは、張られたワイヤーの上を滑車がついたロープにぶら下がり、滑っていくイメージ。
いや、これは違う……これだと子供用のアスレチックだ。でも、今の俺の体なら違和感なさそう。あと、廃鉱山の頂上付近から麓までって結構時間かかるんだよな……片道だけでも使えれば結構楽になるかも。帰ったら試しに作ってみようか。
……あれ? アスレチックの前になに考えてたっけ? あ、ワイヤースライムの利用法か。
それでマンガの糸使いをイメージして……全然関係ないけど、ああいうキャラって敵でも味方でも大抵強いよね? 普通の糸しか使えないとか、戦えない糸使いはむしろ見たことない気がする。何でだろう? バトル系の漫画とかだと、解説役みたいな感じで戦えないキャラが仲間になっていることも多いし、いてもいいと思うのに……
「おっと」
くだらないことを考えていたら、視界が開けた。
どうやらもう少し先まで行くと、竹ではない木々の領域になるようだ。
刈っている俺から見ても少し先が見えているということは、露天風呂からはもっとよく景色が見えるようになっただろう。竹を切るのはこれくらいでよさそう。だけど……
斜面から見える景色にまた違和感を覚え、露天風呂に戻りながら景色に目を向ける。
そして気づく。
「あー、そうか」
最初の違和感の正体が分かった。おそらく方角だ。
露天風呂というのは、往々にしてきれいな景色が見えるように作るものだと思う。ここの露天風呂の作りも、この斜面に面する壁がなく、景色が見えるように作られていた。だから無意識に、あの綺麗なラトイン湖が一望できると思っていたんじゃないだろうか?
だけど実際は、露天風呂の向きは湖と“逆方向”。ここから一望できるのは、沼地と木々が広がる光景なのだ。ここに来るまでの悪路と入り組んだ道で方向感覚が狂っていて、それに地図を見て気づきかけたのが、最初の違和感の正体だったんだろう。
ピグーさんという案内人がいたから、迷うことは考えてなかったし、万が一迷ってもリムールバードにお願いすれば街の方角は分かるから、方角をあまり気にしていなかったのもあるだろう。これは今後注意するとして……
疑問なのは、どうしてこちら向きなのか? こちらの景色も悪いとは言わないけど、この領地に来てからはよく見た光景だ。源泉の問題だろうか?
露天風呂まで戻り、領主様からOKを貰う。そのついでに源泉の位置を聞いてみると、むしろ湖側に近いらしく、わざわざここまで温泉を引いているということがわかった。ならばそれ相応の“理由”があるはず。
その“理由”がなんとなく気になって、シクムの桟橋の皆さんに細々した後片付けを任せた。
空いた時間に、景色を眺めながら考えてみる。
先代の領主様はどうしてわざわざここに露天風呂を作ったのか?
「……? そういえばここの材質、それに作り方……」
先代様の性格について。もしかして、というレベルだけど、思ったことがあった。
それを軸に考えて、さらに想像を広げていく。
あくまでも予想でしかないが……
「ピグーさん」
「はい、なんでしょうか?」
「お昼ごろ、先代様のお墓がこの山の頂上にあるという話をしましたよね?」
「ええ、確かにしましたが、それが何か?」
「そこってもしかして――」
仮定を元に質問をしてみると、それは当たっていたようだ。
ピグーさんは心底驚いたという顔になる。
「どうしてご存知なのですか? 仰る通り、先代様のお墓の周囲には、ほとんど何もありません。野ざらし同然で、我々も心苦しく思ったのですが……埋葬する場所から周囲の木々の切り方まで、全て遺言で事細かな指示があったので、それに従いました」
おそらく、概ね間違ってはいないだろう。
「ありがとうございました。ピグーさん。おかげで領主様からのもう1つの依頼。そのヒントも見つかった気がします」
「お力になれたのなら幸いです」
とは言いつつも、彼はどこか腑に落ちない顔をしている。
確かに説明不足かもしれないが、それよりも今は、不意に訪れたヒントをどう活かして形にするか。そこに俺の意識は向いていた。




