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温泉掃除(後編)

 2時間後


 シクムの桟橋の皆さんにも手伝ってもらい、酸性粘液を露天風呂中に塗布する作業を終えた俺達は、小屋の前で早めの昼食を食べていた。


 地面に敷いた布の上。並べられた本日の昼食は、おふくろさんが作ってくれたいつものスープとおにぎり。具には魚の煮付けが入っていて、濃いめの味とご飯の相性が抜群だ。


 天気もいいし、ピクニックのようだと思いながら食べていると、山道の方から人の声が聞こえてくる。


 こんな山の上に誰だろうかと思ったら、


「ぶはぁ~! 相変わらず道が酷いな……おお!」

『領主様!?』


 なんと、草木を掻き分けて出てきたのは、領主様だった。

 その後ろから護衛と思われるドラゴニュートの2人も出てくる。


「旦那様!?」

「ピグー。お前、自分で案内したのか」

「当然でございます。私よりこの場に詳しい者はおりませんからな」

「確かにそうかもしれん。人選も任せると言った。だが、少しは歳を考えんか……まあいい。それよりもまた食事の邪魔をしてしまったようだな」

「いえ、そのようなことは。ところで、領主様はどうしてここに?」

「うむ、やはりどうなるかが気になってしまってな。急ぎの仕事だけ片付けて見に来たのだ。掃除はできそうかね?」


 ということなので、浴室を見てもらい、現状の説明を行った。


「なるほど……あの岩のような汚れを溶かせる薬剤があったのか」

「今回は手持ちがなかったので即席の代用品ですが、効果はありますよ」

「旦那様。私も実験の様子をこの目で見ております。今は薬剤に浸した布を貼り付け、しばらく置いて汚れに薬剤を浸透させているそうですが、その段階でも既に表面は溶け始めていました」

「あと1時間ほど経ったら、布を取り除いて本格的な掃除を始めるつもりです」

「それは期待ができそうだ」


 領主様は嬉しそうに小屋の外へ出る。


 外には護衛の2人と、昼食を食べていてくれと言われたシクムの桟橋の皆さんがいたが、会話もなく、若干居心地が悪そうだ。


 その様子に領主様も気づいたらしい。


「おお、そういえば彼らのことを紹介していなかったな。こちらは私の護衛兼付き人をしてくださっている、吉兆丸(きっちょうまる)殿」

「紹介に与った、吉兆丸でござる」

「そしてドラゴニュートの里に伝わる格闘術、“スモウ”の達人である――」

「おいどんは大龍山(たいりゅうざん)でごわす。よろしく頼むでごわす」

「彼はスモウを学ぶ者として最高の地位である“ヨコヅナ”として認められた男でな、私の護衛だけでなくスモウの指南役もしてもらっている」


 紹介された2人が頭を下げたので、流れでこちらも自己紹介。

 シクムの桟橋の皆さんに続いて、俺で最後だ。


 それにしても、これで謎が解けた。


「領主様はやっぱり相撲を学ばれていたんですね」

「うむ。昨日、私を見る目が他の者とは違うと思っていたが、リョウマ君もスモウを知っていたのだな」

「はい。僕の祖父母は若い頃、冒険者として旅をしていたそうで。話を聞いたことがあります。まさかここで本物の力士と会えるとは思っていませんでしたが」

「私がスモウを知ったのは学生時代。当時の学友にドラゴニュートの里からの留学生がいてな。その者から話を聞いて、これは! と思ったのだよ。

 我々豚人族は太りやすくて痩せにくい。故にこのような体型になってしまうが、ドラゴニュートの里で力士を志すものは、わざわざ大量の食事をしてこの体を作る。さらに一般的な剣術などの稽古をすると、やはりまず体を絞れという話になり、鍛錬のしすぎと減らぬ体重で体、主に膝を壊すものが豚人族には多いのだが、スモウには大きな体を維持しつつ、そんな体でも動けるようにするための鍛錬法が伝わっていると。これはまさに我々豚人族のためにあるような格闘術ではないか! とな」


 領主様はそれ以来ずっと相撲を学びたいという気持ちを心に秘めていた。そして領主となってから、以前にも聞いた稲作や技術者の招聘を行ったのと時を同じくして、横綱の大龍山さんを呼び寄せたのだそうだ。


「ときにリョウマ君。私からも1つ聞いていいだろうか?」

「? 僕に答えられることであれば」

「先ほど風呂の様子を見た時、一面に布が貼ってあったな。その目的は聞いたが、冒険者というものは、あんなに大量の布を普段から持ち歩いているのかね?」

「あー。確かに仰る通り、普通の冒険者はあんなに持ち歩きませんよね。僕の場合は空間魔法が使えますから、量があっても持ち運びに困らないのと、いざという時に包帯の代わりに使ったり、自分で服を作ったりと色々なことに使うので、安い所でまとめ買いしてあったんです」

「なんと、その上着も自作か?」


 ダウンジャケットもどきを指して言われたので、素直に肯定。


「ほう……実は昨日の帰りの船で、君の服が暖かそうだという話になったのだよ。ドラゴニュートの里にも似たような服があるらしく、2人がそれを思い出す、と」

「お2人の知っている、これに似た服。もしかして“半纏(はんてん)”では? こう、羽織に似ていて丈の短い――」

「その通りでごわす!」

「半纏まで知っているとは、お主は随分と我らの里の物事に詳しいのだな」

「ありがとうございます。大半は祖父母からの受け売りですが、そちらの里から修行に来ている方が知人にいますので」

「左様か」

「ふむ。流石は麦茶の賢者殿、といったところか」


 領主様、またそれを。


「麦茶の賢者は、少々恥ずかしいというか、恐れ多いのですが」

「良いではないか。博識なことに間違いないのだから」

「しかし旦那様。賢者と言えばかの有名なメーリア様を思い浮かべる者が多いでしょう。数々の功績や逸話を残すあの方と同じように呼ばれては、リョウマ殿も気が引けるのでは?」

「ふむ。確かにそうかもしれんな。いや、すまなかった」

「いえ、お気になさらず」

「そうか。作業はもうしばらく時間がかかるという話だったね?」

「はい。もう少し薬剤を浸透させたいので」

「では、私はまた後で見に来るとしよう。期待しているので、引き続きよろしくお願いする」

「かしこまりました」


 俺が頭を下げると、領主様と護衛の2人は再び木々を掻き分けて山へ入っていった……あれ? また後で来る、って一度山を降りてまた来るんだろうか?


「いえ、おそらく旦那様は先代様のお墓参りに向かわれたのだと思います。先代様の遺言により、お墓はこの山の頂上にありますからね。領主様も気軽に来られないと嘆いておられましたから、皆様への依頼はいい口実だったのかもしれませんね」

「そうですか、なら良かった」


 それにしても、唯一の贅沢で温泉を建てたり、遺言でお墓を立てたり、


「先代様は本当にこの山がお好きだったんですね」

「ええ……先代様は時間があれば必ずと言っていいほど、足繁くこの山に登られていました。それにこの露天風呂も先代様がご自分で建てたのですよ」

「えっ!? ここを、ご自分で? 唯一の贅沢と聞いていたので、てっきり専門の技術者に建てさせたんだと思っていました」


 俺の言葉を聞いたピグーさんは、何かを思い出すように優しく笑う。


「あのお方は自分のためにお金を使わない人でしたから。余裕があればその全てを、道作りのために費やしていましたよ」

「道ですか。少しですが、聞いています。とても大変な作業だったそうですね」

「ええ、この地で道作りを考えた方は先代様が初めてではありません。ですが先代様より前の方はことごとく、沼だらけの土地とそこに生える鬱蒼とした木々に阻まれ、断念せざるを得ませんでした。

 ですがあのお方は私財を投じ、現場の視察にも出かけては、自ら泥にまみれて作業を行い、ひたすらに道を作るための努力を続け、成し遂げたのです。

 屋敷の補修なども手がけていましたし、ここの管理も亡くなるまでは、訪れるたびに先代様自ら行っていたほどで、とにかく無駄をはぶく人でした」


 本当に徹底してたんだな……


 なんとなく脱衣所の小屋に目を向けると、開いていた扉から中にあった地図が見えた。


 ……?


「どうかされましたか?」

「いえ、あの手書きの地図なんですが」

「あれが何か?」

「この領地の地図だと思うんですけど、どこか違和感があるような」


 あれ? そもそもどうしてこんなところに地図があるんだろう。

 無駄なものが全くないこの小屋で、唯一必要とは思えないものだ。

 しかもその地図は額縁に入って、大切そうに飾られている。


「あれは温泉の地図ですよ」

「温泉の?」

「ええ、あまり知られていませんが、ファットマ領には熱い泥が沸く“泥湯”がいくつかありましてな。この地図にある道をよく見ると、その泥湯がある場所に道が集まっているのです。

 実際には作られていない道もあるので、まだ厳密な計画を立てる前の、想像で書いたものでしょうな。おそらくですが、先代様は領内の道が完成したら、この領地を温泉地として栄えさせようと考えていたのではないかと」

「なるほど」


 でも、俺は泥湯のことなんて知らないし、違和感とは関係なさそうだ。

 もう一度、しっかりと地図を見てみる。


 ……だが、結局その違和感が何かは分からないまま、時間だけが過ぎ……


「リョウマ君、そろそろ時間じゃない?」

「そうですね。掃除を再開しましょうか」


 露天風呂掃除を再開。手袋とマスク代わりの布を顔に巻き、クリーナースライムをゴーグル代わりに着装。酸性粘液を含ませた布を除去してから、高圧洗浄魔法で一気に壁や床に残った酸性粘液を押し流す。


 すると既に酸性粘液によってボロボロになっていた沈着物も、水の勢いで一緒に剥がれていく。残念ながら、これで完全に綺麗にはならなかったけれど、想定内。


「では、皆さんよろしくお願いします」

『了解』


 ここからシクムの桟橋の皆さんにも、完全装備の上で参加していただく。

 壁や床の頑固な沈着物にまた酸性粘液を塗ったり、削り落としたりしてもらう。


「おっ! さっきの薬でだいぶ落ちるようになってるぞ」

「こっちの浴槽もだよ」

「分厚いけど、小さな亀裂から薬液が流れ込んだみたいだね」

「確実に脆くなっている。叩けば割れそうだ」


 大きな塊は工具を使い、彫刻でも彫るかのように。

 また必要に応じて各種スライム達にも協力してもらい、


『終わったー!』


 さらに2時間ほどで清掃作業が終了した!

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― 新着の感想 ―
[一言] 何度も繰り返し読んでしまうほど面白いです! 更新ペースは早くは無いですが、その分内容がしっかりしているので是非これからも頑張って下さい! それで、読み返していて思ったのですが、 【 第三章…
[一言] スライムの人海戦術ならぬ粘液海戦術で残りの道作れそう…墓参りにあしげく通う領主さんと来るまでの悪路知ってしまったし(・ω・)違和感の正体なんじゃろなぁ
[良い点] 地図がきになるな。 [一言] 学園に行ったお嬢様とか 逃亡したお爺様とか 気になるのですが。 妄想ネタ 「学園流布する噂、あの方は人をスライムに食わせて エキスを得て、あの美貌を維持してる…
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