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温泉掃除(前編)

 次の日の朝。


 俺は領主様から受けた温泉掃除へ向かうため、案内と手伝いを買って出てくれたシクムの桟橋の皆さんと一緒に、まだ薄暗いうちから湖を渡る小舟の上にいた。


「カイさん、操船できたんですね」

「こんなのうちの村に住んでたら誰でもできるさ。だよなぁ?」

「ここら辺で一番使う移動手段といったら、やっぱり船だからね」

「大きな町に買い出しに行くのも、病人を隣村まで運ぶのも、船が一番速くて便利だからね。漁師じゃなくても子供の頃に船の操り方は大人に教わるんだよ」

「なるほど」


 土地によって交通手段も色々だ。


「リョウマ、あれ見てみろよ」


 セインさん? なんだろうかと思いつつ、視線の先を追ってみると。


「あっ、あれって確か、“ヤドネズミ”でしたっけ?」


 ここに来た初日、ケイさんに村を案内してもらい、教えてもらった湖にすむ魔獣。姿はラッコやビーバーのようで可愛らしいそれが7匹、いや8匹ほど集まって、木や枝を組んで作った筏のような巣を押して運んでいる。


「あいつらがああやって巣を運び始めたら、あと少しでマッドサラマンダーの群れが来なくなって、漁期も終わるって合図なんだ」

「へぇ、そうなんですか」

「彼らはマッドサラマンダーが川を遡上してくる“波”の終わりが分かるらしい。そして波が終わる頃に、あの巣を湖から下流へ流れる川の入り口あたりに固定して冬を越す」

「まだ波があるうちに巣を固定すると、マッドサラマンダーの大群に押しつぶされるからね。上手い具合に遡上するマッドサラマンダーが巣を壊さない程度に減るまで待って、彼らは巣を固定するんだ」


 ペイロンさんとシンさんの補足も加えて、より理解が深まった。


 生息している魔獣の動きを見て、漁期の終わりや始まりを判断しているのだろう。

 マッドサラマンダーの波があと少し。つまり、討伐もあと一息。

 そして同時に、ここでの生活も終わりが近い、ということ。


 ……やり残したことのないように、日々を大切に生きていこう。















 それからさらに、雑談をしながら湖を渡ること30分。


 大きな街の港に到着したようだ。


 浜辺の設備はシクムの村と大差ないが、浜辺にある桟橋の数や加工場の大きさが段違い。さらに他所の村から買い物に来ている人も多いのだろう。まだ朝早いのに、常にたくさんの船が出たり入ったり。人が多くて活気があるし、浜辺の先に見えている街には大きな建物も見える。


「オーイ!」


 桟橋には先ほどから、湖上の船に声をかけ、片手サイズの旗を振る男性がいる。様子を見ている限り、交通整理をやっているらしい。操船しているカイさんも彼の指示に従い、空いていた桟橋に停泊した。


「おし、降りていいぜ」

「ありがとうございました」

「う~、寒い寒い」

「早朝の船の上はさすがに冷えるな」

「屋台でスープでも飲むか」


 もう冬のような日の早朝、さらに船旅で冷えた体を暖めようというペイロンさんの提案に、反対する人は誰もいなかった。


 そして同じことを考える人が多いのだろう。浜辺から街へ入ってすぐの大通りには、暖かいスープや煮込み料理などを売る屋台が多く立ち並んでいる。 その数ざっと見ただけでも60以上……こうなるとどこで食べようか迷ってしまいそうだが、シクムの桟橋の皆さんは、迷うことなく歩いて行く。


「皆さん、どこで食べるか決めているんですか?」

「ん? あ、そうか。リョウマ君は知らなかったよね。実はうちの兄さんがやってる屋台があるんだよ。だからここに来るととりあえず食べに行く、って感じかな」

「なるほど」


 話をしている間にも到着したようだ。


 皆さん顔見知りだからか、軽い挨拶と注文を済ませると、すぐに話題はお互いの近況に。流れで俺も紹介してもらい、温かい煮込み料理をいただく。屋台向けに味付けや具材を少し変えているようだけれど、ケイさん達のお兄さんというだけあって、なんとなくお袋さんの味を思い出す煮込み料理だった。


 そうして体を温めたら、後は一直線に目的の領主様の館へ向かう。







 乗り合い馬車を使って20分ほどで到着。


 領主様の館は浜辺から大通りに沿って、文字通り一直線に進んだ先の行き止まりに建っていた。建物は豪邸だ。ごく普通の豪邸……と言うのは変かもしれないが、少なくとも公爵家のようなお城ではない。


 良く言えば質実剛健かもしれないが、飾り気がなく。

 とても大きいけれど、あまり威厳を感じない。

 レンガと泥で作られているようだけど、なぜか団地のような雰囲気があった。


 そんな建物の周囲にはぐるりと柵が巡らせてあり、門の前には豚人族の衛兵が立っている。


 用件を伝えると、


「お話は聞いています。すぐに担当者を呼ぶので、お待ちください」


 と丁寧に対応してくれて、すぐにその担当者らしき男性が出てきた。


「お待たせしました、あなたがリョウマ・タケバヤシ様。そして“シクムの桟橋”の皆様ですな。私はピグーと申します。本日はよろしくお願いいたします」

『よろしくお願いします』


 彼は見たところ、50代~60代……あるいはそれ以上か?

 はっきりとはわからないが、結構なお歳ではないだろうか。

 なお彼も豚人族で肉付きがよく、垂れた頬のせいか柔和なお爺さんっぽい。


 彼は問題の温泉がある山までの足として、伯爵家所有の馬車を用意してくれていたそうなので、早速乗り込んで出発。


 そこから問題の温泉がある山までは1時間もかからずに到着したのだが……


「うおっ!」

「セイン!」

「心配ない! 滑っただけだ!」

「もー、気をつけてよ」

「急斜面だからな。転んだら一気に落ちるぜ」

「申し訳ありません……昔は……もっと歩きやすい道も、あったのですが……」

「……シン、皆。休憩を提案する」

「そうだね。そうしようか」


 山のふもとから問題の温泉までは、最初こそ整備された階段があったものの、途中からは急斜面の登山が3時間ほど続き……ようやく、といった感じで到着した場所には、


「ここが依頼の温泉ですか?」

「なんか、想像してたのと違うよね」


 ケイさんの言うとおり、温泉らしき臭いと水音。加えて湯気が立っているのが見えるけど、建物は物置のような汚れた小屋が1つだけ。


「ええ、そうでございます。ふひぃ……ここを作られた先代様は、余計な飾り物を好みませんでしたので。このような小さな小屋1つで十分だと言って……」

「とりあえず中を見せていただきましょうか。その間、ピグーさんは休んでいてください」

「かしこまりました。鍵はこれです。中は狭いですし、私はそこにいますので、何かあればお呼びください」


 やはりというか、お歳を召した彼には厳しい道のりだったようだ。彼は建物の入り口横にあった草の塊? いや、よく見るとつる草が絡んだ古いベンチに座って休み始める。


 こちらは受け取った鍵を使い、小屋へ。


「……」


 中は本当に狭くて、俺とシクムの桟橋の皆さん――大人5人と子供1人が立った状態でギリギリ入れるくらいだ。先代の領主様の体格は知らないが、相撲取りサイズの領主様を基準に考えると、本当に1人用かつ最小限のスペースに思える。


 中にあるものも、脱衣所として脱いだ服を入れる籠と休憩用の椅子。あとは、手書きの地図らしきものが壁にかけられているだけ。物はほとんどないし、汚れもほこりや蜘蛛の巣程度。


「ここの掃除は問題なさそうですね。となると問題はこの先の」


 入って正面。奥へと繋がる扉を開くと、小さな階段。

 それを3段降りた先が広々とした露天風呂になっていた。


 けれど……


「おー……」

「これは酷いな……」

「お世辞にも綺麗とは言えんな」


 背後から覗き込んだシンさんとペイロンさんの言う通りだ。


 まず、この風呂はこの場所に浴槽を作り、源泉からお湯を引いているんだろう。

 ざっと見た感じ、かけ流しの湯が常に浴槽に流れ込み続け、浴槽から溢れた湯はそのまま床を通り、排水用に彫られた溝を通って外に出される構造になっている。


 ただ、現在は外から大量に吹き込んだ落ち葉や枝により、排水用の溝がつまっているようだ。おかげで排水が滞り、流れのないお湯からは温泉の硫黄臭とはまた違う悪臭が漂っている。


 さらに問題はそれだけではなく、


「炭酸カルシウムの結晶に、鉄分も含まれているのかな?」


 堆積物が浴槽にびっしりと、あふれ出た床全体にもぶ厚い層を成している。あとは洗い場の鏡などにも茶褐色の塊がこびりついているし、壁にもところどころ同じ色の手形がついている。これらの汚れは温泉成分が固まったものなので、そう簡単には落とせない。


「とりあえず、できる事から始めますか。『ディメンションホーム』」


 スカベンジャースライム達に出てきてもらい、露天風呂に溜まった落ち葉や枝ごとお湯を飲んで処理してもらう。


「詰まっている排水溝は念入りに頼むよ」

『!』


 スカベンジャー達から了解の意思を受け取って、一旦外へ。

 すると、入り口横にいたピグーさんが不安そうに声をかけてきた。


「おや、どうされましたか?」

「浴室のお湯を抜いていますので、その間に次の準備を」

「そうでしたか。……掃除、できますでしょうか?」

「そうですね……おそらくお困りなのは壁や床に固まったものですよね?」

「仰る通りです。私も掃除を試みたことはありますが、何度試してもあの塊だけは取れませんでした」


 やっぱりな。

 温泉に含まれた成分が温度や圧力の変化で析出し、固形物になり沈殿したもの。いわゆる温泉沈殿物は、温泉独特の景観を作ったり、趣をもたらすとされている。


 だけどその反面、さっきの湯船や床のような場所にも付着したり、配管を詰まらせたりもするため、日本の温泉でも厄介とされていた。


 ピグーさんは悔しそうな顔で、こすり洗いをするジェスチャーをしているが、ただこするだけでは難しいはずだ。


「今から、即席ですが、それを除去するための液体を作ります」

「なんと! そんなものがあるのですか!?」

「即席ですので、上手くいけばいいんですが」


 まずは土魔法で薬剤の入れ物となるツボを生成。

 さらにディメンションホームからスティッキースライム達とアシッドスライム達を呼び出して、粘着液と酸を吐いてもらう。


「ここの露天風呂で固まっていたのは炭酸カルシウム。貝殻みたいなもので、酸に弱いんです。だからアシッドスライムの酸で溶かせると思いますよ」

「本当ですか!」

「おそらくは」


 酸性洗剤の代わりにアシッドの酸をぶっかければ結晶は溶けるだろうけど、そのままだと酸が強すぎて、結晶の下にあるお風呂の壁や床まで傷めてしまう恐れがある。だからスティッキーの粘着液で希釈しつつ、粘度を上げられるかも様子を見ながら調整。


 ……このくらいか?


「ちょっと実験してみますね」


 アシッドとスティッキー達を連れて浴室に戻り、スカベンジャー達の働きにより早くも水が抜かれた浴槽の縁で実験を行うことにした。


 アシッド達に並んで小さな輪を作ってもらい、その内側へ。そっと混合液を注ぎ込む。


『おー!』


 背後から上がる歓声。


 様子を見についてきたピグーさんとシクムの桟橋の皆さんが、酸と炭酸カルシウム結晶の反応により、勢いよく泡立ち始めた液を見て騒いでいる。


 酸の効果はあるようだけど、掃除に使うにはまだ濃そう。

 それに粘度も酸単独の状態よりは高いが、微々たる変化だ。

 もう少し比率を変えて試してみよう。


 こうして何度か実験と調整を重ねた結果、分厚い結晶の層に使う“酸強め・粘度低め”。

 壁などの液が垂れやすい場所や薄い結晶の層に使う“酸弱め・粘度高め”。

 さらに“酸・粘度ともに平均的”なものの、3種類の清掃用酸性粘液を作製した。

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― 新着の感想 ―
[一言] クリーナースライムじゃ、溶かし、剥がすと言った目的には足りないんだろうねぇ。 こういうの、酸性洗剤片手に、ヘラでこそぎ取ったことがあるw アレは労力必要だったw
[一言] クリーナースライムじゃダメなんだろか?
[良い点] 今まで読んできて、主人公が失敗しない系なので、安心して読んでいられる。 [気になる点] 今210話から、突然「――」の後に詳細を説明する文章を書き始めた。かなり違和感ある。 最初からずっと…
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