より良い仕事をするために
今回は5話同時更新。
この話は3話目です。
宿の一室に街で買った物を並べて、作業を始める。
まずは買ってきた布の表面にスティッキースライムの粘着液を塗りつけ、風を吹かせる風魔法の基本『ブリーズ』と火を出す火魔法の基本『ファイア』を組み合わせた魔法『ドライヤー』で乾かして防水布を大量生産。
昔『ドライヤー』のコントロールをミスった時はファイアにブリーズの風が送り込まれ、猛烈な勢いで噴出する炎が生まれた。それはそれで『フレイムスロウワー』って火炎放射を行う攻撃魔法として使えるようにしたが、ここでやったらシャレにならない。
そう気をつけていたらこれだけで昼過ぎまでかかった。同じ属性なら楽なのに、違う属性の魔法を組み合わせるのって制御が難しいんだよなぁ…… まぁそれは今言ってもしょうがない。
次はスティッキースライムに糸を吐いて貰い、糸巻きに巻き取っていく。スティッキースライムの糸は粘着液と硬化液の割合で強度が変わるので目的に合わせて割合を変えてもらうと使いやすい。
例えば粘着液と硬化液の割合が7:3なら柔らかく綺麗な裁縫に使える糸になり、6:4なら丈夫な糸ができる。5:5なら罠に使える柔軟性と人や獣が引っかかれば糸が切れる程度の強度を持ち、4:6だと人や動物を絞め殺せる高い強度を持つ糸になる。
森で糸の強度を調べた時は4:6の糸を木の間に複数張り、そこにブラックベアーをおびき寄せたら糸はブラックベアーの衝突に1度だけ耐え、ぶつかったブラックベアーの体には糸で小さな切り傷がついていた。
その時はこれ使い方によってはかなり危険な罠になったんじゃないか? と思って慌てて封印した。以来、ゴブリン等の大量発生する魔物が出た場合以外はほぼ使っていない。
例外として、森の木でなんとなく前世を思い出して作ってみたギターの弦として太さを調節して使っているくらいだ。強度はあるが触れただけで指が切れるような鋭い糸ではなかったので、今後も探していけばまだ安全な使い道もあるだろう。
単純な作業をしていると昔を思い出すな……っと、6:4の糸の巻き取りが終わった。次は防水布の裁断。丁寧に、複数の部位毎に分けて切り出していく。
俺が作りたいのは前世のツナギのような作業着と胴付長靴もどきだ。明日からは汲み取り式の便所掃除だから、作業の殆どをスカベンジャースライムに任せるとしても、クリーナースライムで体を清潔にできるとしても、普段着で行きたくはない。事前に準備ができるならしておくべきだろう。
こうして胴付長靴もどきを作り終えた所で部屋の扉がノックされた。
「リョウマ様、お帰りになっていると聞きましたが、いらっしゃいますか?」
セバスさんだったので急いで扉を開ける。
「居ますよ」
「問題などはございませんでしたか?」
「特には」
「そうですか。宿の従業員に聞いた所、リョウマ様が朝出かけ、昼前に戻ってきて以来昼食も食べに来ず部屋に篭っていると聞きまして……」
ああ……そう言えば昼食べてなかった。
「すみません、ちょっと作業に熱中していたので……心配をかけましたか?」
「よろしければ、皆様にお顔をお見せください。特にお嬢様と奥様に。作業というのがそちらの裁縫でしたら奥様達の部屋でもできますし、メイド2人にも手伝わせましょう」
どのみち話をしに行こうとは思っていたのでちょうどいい。俺は道具と布をアイテムボックスに放り込み、スライムを連れて公爵家の部屋に向かう。
セバスさんに連れられて俺が部屋に着くと、すぐに奥様とお嬢様が詰めよってきた。
「ご無事ですか!? 何かありましたの!?」
「リョウマ君! 大丈夫? 怪我はない?」
「これこれ、2人とも落ち着かぬか」
「そんなに詰め寄ってはリョウマ君が喋れないよ」
ラインハルトさんとラインバッハ様の言葉で2人は離れてくれた。
「ええと……ご心配をおかけしました。特に問題があった訳ではありません。少々作業に熱が入って、食事を忘れただけですので」
「そう、よかったわ~」
「もう、何かあったかと思いましたよ」
「ほっほっほ、何もないならいいんじゃ」
「作業とは何を?」
「裁縫です。清掃作業用の服を作っていました」
俺はそう言ってアイテムボックスから道具を取り出して見せた。
「ふむ……どうやらこれも全部あの防水加工がしてあるようだね?」
「はい、その作業に帰って来てから昼過ぎまでかかりました。その後から今までは服の仕立てをしていて」
「何故突然そんな服を作り始めたんじゃ?」
そう聞かれたので俺は今日あったことを説明する。作業しながらで構わないと言われたので作業をしながら。
「――という訳で清掃作業の依頼を請ける事になりました。疫病が流行っても困りますので、なるべく早くに作業に入りたいと思って急いでいました」
「むぅ……」
「理由は分かった。こちらとしてもありがたいよ。しかし、この街の役所がそんな事をね……セバス」
「はい」
「街に出て情報を集めてくれ、本当に今の話のような事を役所がやっていたのかどうか。もし本当にやっていたのなら、街の管理費は例年より減っているはず。だが、今日報告された内容では変わりない。横領に手を染めている者が居る可能性が出てきた」
「かしこまりました」
そう言ってセバスさんが部屋を出ていった。
「リョウマ君、ありがとう。おかげで隠されていた犯罪を見つけられるかもしれない」
「うむ。ただの横領も許せんが、街と住民のために使うべき金を横領し、住民の生活を害しているなど許しがたい。そもそもスラムの住人に支払う金は何十年も前から決めておる。それを値切るなど許さん! 儂の苦労を無駄にしおって……」
ラインバッハ様の苦労?
「共同トイレの設営とスラムの住民の清掃作業員としての雇用は、ジャミール領の疫病対策とスラム街の住民救済のため、お義父様が施策した公共事業なのよ」
「儂は昔、各町の代官に通達して施設の設営に当たらせた。スラムの者を雇うという言葉を信じられない場合は周りの制止を振り切って、スラム街の元締めの所に足を運んで交渉した事もある。そして全ての街の工事と雇用を完成させるのにどれだけの時間をかけたことか。その苦労を無駄にされていると思うと、悔しくてしょうがないわぃ……」
そう話すラインバッハ様の顔はどこか悲しそうだ。もしかすると何か仕事というだけでない思い入れがあるのかもしれない……
「とにかく、これが本当なら絶対に許せない事なんだよ。ほかの誰が許しても、ジャミール家は許さない」
「リョウマ君には本当に感謝する、儂らがこの街にいるうちに情報を掴めて良かった。少なくとも何かがおかしいのは確実じゃ。儂の推し進めた事業がその通りに進んでいるのなら、その依頼が出ている訳が無いからのぅ」
「どういたしまして」
「うむ、その服の制作はメイドにも手伝わせよう。アローネ、リリアン、手伝ってあげなさい」
「「かしこまりました」」
メイドさん2人がサポートに入ってくれることになったので、作業内容を分けた。リリアンさんに手袋、アローネさんにツナギ、俺が色々と使う事になる紐を編むことになったのだが……
「リョウマ様、この糸は何の糸でしょう? これほど丈夫な糸でここまで細く滑らかで綺麗な糸は見たことがありません」
「ああ、それ、スティッキースライムの糸です」
「スライムは糸を吐くのですか?」
「スティッキースライムだけですよ、それもおそらく僕のスティッキースライムだけです。何かに使えないかとスライムの粘着液と硬化液を混ぜてみたら糸状に加工出来たので、スライムにも出来るかと試させたら出来るようになりました。森で服を作るときは重宝しましたよ」
俺はビッグスティッキースライムを呼び、糸を吐かせる。
「ほらこのように糸を吐きます。さらに体内で混ぜ合わせる2種の液の割合で糸の強度が変わりますね」
そして色々な太さの糸を吐かせて見せたら、アローネさんとリリアンさんが糸を売ってくれと言い出した。
「そんな、お世話になってますし、こんなもので宜しければいくらでも差し上げますよ」
俺がそう言うと2人は大喜びしていた。なんでもこの糸、今まで長年公爵家に仕え続け、服の仕立てを何度も行ってきたアローネさんでも見た事のない上質な糸らしい。地球では化学繊維でできた製品を見慣れていたからか、全然特別だとは思ってなかったのに……
その後、ラインハルトさんと相談し、雨具とともに糸も商品化する事に決まった。さらに話の流れで聞いたところ、先代の領主であるラインバッハ様が領地の町や村の大規模な環境整備を行ったため、ジャミール領の町や村は清潔で環境が良いと評判なのだとか。
そしてラインハルトさんは父親が整備したこの領地を更に良い場所にするために、商業を発展させて領地を栄えさせたいと考えていて、俺が何気なく開発していたスライム製品は、彼にとってとても魅力的に見えるそうだ。これからも末永くよろしく頼むと頭を下げられたので、こちらも頭を下げてお願いしておく。ジャミール家の人は皆良い人だし、協力はしたい。
そんな話をしつつも作業を続けた結果、俺の作業服は無事に完成した。試しに着てみた所サイズには問題なかったが……
手袋をしてその端を袖の中に入れ、つなぎの袖口に取り付けられた紐で手首をほどよく縛り汚れが中に入るのを防ぐ。全身防水布製の上下ひと繋ぎの服に、更に靴が一体化した胴まであるズボンを着て、紐で固定している俺を見て皆さんから奇妙だとの意見が出た。
しかし作業着としての有用性は高いと評され、本決まりではないがこれも商品の1つとして考えたいとラインハルトさんに言われることになる。




