ファットマ領の領主
翌日
朝の漁を終えて、領主様との面会に備え、早めに昼食を済ませよう。
村の皆さんは事情を知っていたので、料理を出す順番も優先してくれた。
ありがたく先にいただき始めたが……正直、途中から味はよくわからない。
一緒に食べているカイさん達も同じようだ。
というのも……領主様、いるから、なぜか目の前に。
「ふぐっ、ムグ、うむ、美味い!」
なお領主様は豚人族という種族だそうで、種族的な問題なのかかなりの肥満体型。だけど着物を着て頭には髷まで結っているため、領主や貴族と言うより力士にしか見えない。そして彼はその体型にふさわしく、丼にたっぷり盛られた米と4人前はあるおかずを豪快にかき込んでいる。
……なんでこんな状況になっているのか、整理すると……
まず、領主様は船で、湖を渡って村を訪れた。
だけど、どうも風向きの関係か何かで、到着が早まったらしい。
出迎えた村長さんは、領主様を待たせるなんてとんでもない! と、俺達を呼ぼうとした。
だが領主様は自分が約束より早く来てしまったのだからと、俺達を待つという。
そこで村長は、ただ待っていただくのは悪いから、お食事はいかがかと勧めた。
……結果、俺達はよく知らない貴族の領主様と昼食を共にすることになっていた、というわけだ。
ちなみに、領主という重要人物が1人で出歩くはずもなく、彼の左右にはそれぞれお付きの方が座っている。
片方は若くて侍風の装いに、右目を覆う仮面のような鱗。もう片方は領主様と同じく力士の装いに、両手首から手のひらの下半分を鱗が覆っているのが見えた。外見からして彼らはドラゴニュート。ドラゴニュートの里から技術者を招聘しているとも聞いたし、そちらから来た人物なのだろう。
「おかわり、お願い申す」
力士風の人も、領主様に負けず劣らずよく食べる……というか、護衛じゃないのだろうか?
侍風の人は何も食べずにじっと周囲に目と気を配っているから、彼だけが護衛なのか?
……よく分からないが、とりあえず昼食を食べてしまおう。
ということで、食後。
「ふぅ……いやぁ、実に美味かった。ここの女衆は料理が上手いのだな。礼を言う。それから村長。冬越しの蓄えが必要な時期だろうに、ここまでの歓待を感謝する。我ながら少々遠慮なく食べ過ぎたと思うのでな。後ほど食料を届けさせよう。少ないとは思うが、備えの足しにしてほしい」
「ありがたいお言葉にございます」
良い領主様とは聞いていたが、本当らしい。少なくとも自分達で食べた分は払うようだし、貴族であることを笠に着たり、歓待されて当然! とか思っているタイプでもなさそうだ。
「さて、君達がこの村の防衛を担当している冒険者だな? 改めて、ここファットマ領の領主、ポルコ・ファットマ伯爵である。まずは防衛への助力、感謝する」
「もったいないお言葉です。な、皆」
シクムの桟橋、リーダーのシンさんが代表して応えるが、緊張しているのが明らか。
そんな彼らを見た領主様は、
「そんなに硬くならずに、普段通りに話してくれて構わんよ」
と、笑って許すと告げると、いくらか顔色も良くなった。
「ここ数年はマッドサラマンダーに限らず、魔獣が増加傾向にある。故に領外からも冒険者を招いていたのだが……今年はそれ以上に数が多かった……いくつかの村では人手不足で防衛線を突破され、根こそぎ獲物を持っていかれた村もあるのが現状だ」
……他の村ではそんなことになっていたのか。
「この村も同じく群れの脅威に晒されたと思うが、ただ守りきるだけでなく、他の村へ戦力を回してくれて助かった」
「領主様、それについては俺達ではなく……」
シクムの桟橋の5人がこちらへ視線を送ってくる。
「それについては聞き及んでいる。今回ここでは従魔術師の少年が特に大きく貢献したと。だが、それで他の者の働きがなかったことになるわけではない。協力ありがとう。そして君たちは正直者であるな!」
領主様がそう言って笑うと、5人は再び頭を下げた。
顔は見えないが、どことなく雰囲気が嬉しそうである。
「そして……その大きく貢献した従魔術師というのは君だね?」
「はい。リョウマ・タケバヤシと申します」
「うむ。村長から聞いたのだが、君は私への紹介状を持っているそうだね?」
「はい。ジャミール公爵家現当主。ラ――」
「ラインハルトの紹介状か!?」
「!?」
誰からの紹介状かを口にした途端、領主様は驚いたように声を上げた。
その驚きようにこちらがびっくりだ。何か問題でもあるのだろうか?
「はい。アイテムボックスの中に保管してありますが、取り出してもよろしいでしょうか?」
「ああ、ぜひ見せて欲しい。気にせず魔法を使ってくれて構わない」
許可が出たので保管していた紹介状を取り出すと、領主様は自ら手を伸ばし、俺から紹介状を受け取る。
こういう場合、危険物などの可能性も疑って、一度お付きの人を経由するものらしいが、彼はあまり気にする様子がないな……
受け取った紹介状の封を開けて、食い入るように中身を読んでいる。
「むむむ……リョウマ君と言ったな?」
「はい」
「ラインハルトはこれを君に渡す時、何か言ってなかったかね?」
問いかけられて、受け取った状況を思い出してみる。
「……信用のできる人だから、何か問題があれば彼を頼るようにと。それだけです。よく考えると何か、言いづらそうにしていた気もしますが……」
「なるほど、言いづらそうか。なるほど……クッ、ハハハハ!! ――フゴッ!」
……一体なんなのだろう?
納得していたかと思えば、急に笑い出し、笑いすぎて豚のような鼻音まで出ている。
俺も意味が分からないが、付き人さんも含めて、周囲はより困惑している。説明が欲しい。
「ふ、ふふ、ふぅ。いやいや済まない。君は随分とラインハルトに大切にされているのだね」
彼は少し落ち着くと、呼吸を整えてまた話を始める。
「この紹介状の内容は、君はジャミール公爵家が、技師として取り込みたいと考えているほど有能な人材だという説明。また、この紹介状を持って私を訪ねたということは、何か困っていることがあるだろうから手を貸してやってほしい、という依頼。そして、自分のところで声をかけた人材だから、私の所へ持って行かないでくれ、とも書いてある」
「そんなことが……」
「うむ。そもそもあのラインハルトが紹介状を書く、ということ自体が珍しいのだが、まさかその内容もこんなことになっているとは思わなかった。本当に、珍しいこともあるものだ」
そう言って紹介状を見る領主様の表情は、とても優しいものだった。
思わず注目しすぎていたのか、顔を上げた彼と目が合う。
「ん? ああ、そうか。君は詳しく知らされていないのか。私は伯爵、ラインハルトは公爵。爵位は下の私があいつを呼び捨てにしているのが気になるかね?」
「いえ、そういう意味では……なかったのですが、言われてみればお二人の関係が気になってきました」
「君も正直であるな。一言で言うと、我々は学生時代の先輩と後輩なのだよ」
「! なるほど、学生時代からお付き合いがあったのですね」
「さすがに公の場では立場をわきまえるが、私的な場では名前で呼び合う程度には親しい。だがそれだけに、私はあいつの昔の失敗や、恥ずかしい思い出もいくらか知っている。
大方、学生時代の話をしなくて済むように。触れられたくなくて、詳しく話さなかったんだろう。あいつはあれで意外と格好をつけるところがあるからな」
「そう、なのですか?」
「そうだとも。あいつの置かれた環境を考えれば、仕方のないこととも言えるがな……なにせラインハルトはかの有名な炎龍公爵こと、ラインバッハ様の息子だ。ラインバッハ様の偉業については」
「神獣と契約した、というお話ですね」
「その通り。ラインハルトは偉大な父を持つが故に、在学中は常に“あの方の息子”ともてはやされ、あるいは比較され、とにかく不自由な生活を送っていた。貴族としては、些細なことでもみっともない姿は見せられなかったのだ」
「そうだったんですか……」
「おかげで心を許せるような友もほとんどいなくてな。たまたま私も同じ、優れた父と比べられる悩みを――もっとも私の場合はあいつより大分マシではあったが、抱えていた。だからかラインハルトとは不思議と気が合い、相談をしたりするようになってな。今思えば、良い思い出だ……っと、いかんな。これではいつまで経っても終わらん」
「大変興味深いお話を、ありがとうございました」
「うむ。この話はまたの機会にしよう。だが、これで確信した」
? 何がだろうか?
「多数のスライムを使役する従魔術師であり、ラインハルトと親しい人間。そして名前がリョウマ・タケバヤシ。確認だが、君はギムルの街で洗濯を請け負う店を開いてるのでは?」
「はい。確かにその通りです」
「やはり! 君が“麦茶の賢者”なのだな!」
……What?
テーブルに身を乗り出して、領主様は興奮しているようだ。
だが、俺の頭は困惑で満たされた。
「麦茶の賢者とは……」
「“セムロイド一座”という旅芸人の一団を知らんかね?」
セムロイド一座!
「それなら知っています。今年の夏頃、ご縁がありまして」
「そうか、ならば間違いあるまい」
領主様の話によると……
最近、取引先を失って貧しくなった農村に、麦茶という新しい飲み物の製法を伝えて村を救った賢者の話をする吟遊詩人がいる、と言う噂を耳にした。興味を持って調べてみたら、その吟遊詩人は近くの街にいたため、自分のいる街に呼んで歌を聞いてみた。
その後に話をしたところ、歌には創作の部分もあるが、麦茶の製法を伝えた人物がいること、それによって救われた村があることは事実だと言われた。
そんな人物がいるなら相談したいことがあり、詳しく聞くと、知人であるラインハルトの知り合いだという。後日ラインハルトに連絡を取って、その人物を紹介してもらおうと考えていたところ、それらしき人物(俺)が、自ら自分の領地に来ていたことを知った。
だから謝礼の件もあってちょうどいいと思い、直接会いに来た。
……と、いうことらしい。
まさかセムロイド一座が、この近くにも来ていたなんて。そして吟遊詩人のプレナンスさん……麦茶のことを歌にすると言ってたけど、本当に歌にしたのか。それが領主様の耳に入って、俺と会うことになるなんて、世間は狭いということだろうか……まぁ、元気そうで良かった。
しかし、領主様の相談とは何だろう?
「相談したいことは2つ。だがあまり深刻に考える必要はない。もし可能であればという程度のことなので、断ってくれても良い。
まず1つめだが……この領の名物となる料理を作りたいと考えている」
「名物料理。だから麦茶の話で」
「うむ。父の代から道が整備されたことにより、領内を行く人が増え、経済も活発化しているからな。魚以外の名物が欲しい。尤も、料理なのは私が美味いものを食べたいからでもあるがね」
軽く笑って自分の腹を叩く領主様。どうやら見ての通り、食べることが好きなようだ。
「領内の街や村へも広く触れを出していて、既に数多くの意見やレシピが提案されている。しかし、これぞ! という一品が見つからなくてな……他とは違う視点からのヒントや、良い料理のアイデアをもらえれば助かる。
そしてもう1つの相談は洗濯屋としての依頼になるか……ここからだと湖を越えた先になるが山があり、その山頂付近には我が父が生前、大層気に入っていた秘湯。そしてわざわざ山の上に作らせた小屋がある。そこの掃除を頼みたいのだ」
「? 普通に人を雇うのでは、いけないのですか?」
「それがな……父の死後は私が仕事の引継ぎなどで忙しかったこともあり、長いこと温泉と小屋の管理を怠っていたのだ。そのうちに積もり積もった汚れが固まってしまい、何度掃除を頼んでも落ちなくなってしまった汚れがある……どうだろう? 君なら落とせるか?」
「汚れには色々と種類がありますから、実際に見てみないことにはなんとも言えませんね……」
たしか、明日は漁のない日だ。
「もしよろしければ、明日その小屋を見に行ってもいいでしょうか? そして可能ならそのまま掃除をさせていただく、ということで」
「引き受けてくれるか! では案内人を用意しておこう。それから掃除ができたら小金貨10枚を支払おう」
風呂掃除で小金貨10枚。破格の報酬に周囲もざわめく。
「それは少々、多過ぎるのでは?」
「確かにそうかもしれん。だがそれでいい。頑固な汚れだということもあるが、あの小屋は私にとって父の形見のようなものなのだ」
口ではサラリと言っていたが、視線が僅かに下がっている。
「承知いたしました。成功すれば多くいただけるのですから、文句などありません」
こうして俺は領主様からの依頼(温泉掃除)を快諾。
すると領主様は満面の笑顔で礼を言い、そして帰っていった。
思い返すと、最初は緊張もしたが、結構あっさりと終わった印象。
紹介状を持っていたとはいえ、初対面の相手ならこんなものか。
……あの力士の格好について、聞きたかったな……
大勢の村人に混ざり、領主様の乗る船を見送りながら、俺はそんなことを考えていた。




