呼び出し
「ふぅ……」
今日はなんだかあっという間に討伐と食事が終わってしまった。
あとはニキ君を待つだけ……
「兄ちゃん! 仕事終わったよ!」
そして彼の仕事も早く終わったらしい。
「おお……」
「? どうかしたか?」
「いや……今日は1つ伝えないといけないことがあってさ。実は……」
まず、ワイヤースライムが進化したことは嘘偽りなく伝える。
「えっ!? もう進化したのか!?」
「そうなんだよ。ニキ君や村の皆さんが協力してくれたおかげで、大量の餌を与えられたからね」
「見せて! 見せてくれよ!」
「もちろん。だから今日はゴミを回収したら、森でそのスライムに何ができるかを調べようと思うんだけど……」
「分かった! じゃあ早速行こうぜ!」
ということで、待ち合わせをした食堂を出る。
ニキ君はワイヤースライムが早く見たいようで、いつもよりゴミ回収のペースが速かった。
おかげであっという間に回収は終わり。
薪拾いをした森の入り口へ移動し、実際にワイヤースライムを出してみせる。
「あれ……見た目は変わらないのか?」
「うん。見た目は微妙に、本当に微妙に小さくなったかな? ってくらいの違いだね。でも」
体を長くて極細の糸状に伸ばしてもらう。
「あっ! へー、こんなことできるようになったんだ……餌は網だったし、これも網みたいに使えるのかな? 太さが変わったり? あとどこまで伸ばせるんだ?」
「ならまずはそれから調べてみようか」
ワイヤースライム自身に聞いてみると、伸ばす糸の太さは調整可能。ただし、太いと長くは伸ばせないようだ。
伸ばせる限界距離については、朝の時点で体積が関係しているかと予想していた。
試しに糸を円柱状に、一定の太さで伸ばしてもらったところ、限界距離は約40m。
そこから体積を計算し、球体のワイヤースライムの体積も計算したところ、ほぼ一致。
ただ体は伸縮自在でも核は違うらしく、限界まで伸びてもらった時には核と思われる球体がむき出し……実際には薄い体に包まれていたけれど、場所は一目で分かる状態だった。体積については誤差の範囲でいいけれど、急所が丸分かりになる、というのは注意が必要になりそうだ。
さらにニキ君が言ったように網になれるのか、というような形状の変化も合わせて調べてみたところ、糸は体のどこからでも出せて、複数本を同時に出すことも可能。出した糸同士を絡めることも可能で、それにより網や太いロープを編むこともできた。
さらに進化前、メタルスライムの時に身につけた形状変化もできなくはない。ただし、伸ばした糸を有刺鉄線のようにしたり、伸ばした糸の側面に細かい刃をつけて糸鋸のようにしたりと、糸+αの変化に限定された。
「……こんなところかな。さて次なんだけど……ニキ君、スライムが進化する瞬間は見たくないかな?」
「見たい! 見れるのか?」
「ああ、実は1種類だけ、すぐに進化させられるスライムがいるんだ」
今度は先日捕獲したり、頂いたりしたスライム達を出してみせる。
「スライムは色々な餌だけでなくて、魔法を使うための魔力にも反応するんだ。そして特定の属性の魔力を一気に、大量に与えると、その属性の魔法を使えるスライムに進化する」
「そういえば兄ちゃんの魔法スライムって、進化させたって言ってたよな。そうやって進化させたのか」
「最初は偶然だったけどね。どの属性の魔力を好むかは生活環境によるんだと思う。 僕が拠点としている場所では土と闇の属性以外はほとんど見つからなかったし、火魔法を使うファイヤースライムは火山地帯で見つかったって話を聞いたことがあるから。
で、本題なんだけど……この村の近くで捕まえたスライム達がどの属性の魔力を好むか調べてみたら、ほとんどが水属性の魔力を好んだんだ」
「ってことは、水魔法が使えるスライムになれるんだな?」
「そうだね。進化させるための魔力は僕が供給できるから、今すぐにでも進化させられる。僕も水魔法を使えるスライムは持ってないから欲しいし、実際にやってみようと思う」
手から水属性の魔力を放出し、一番早く寄ってきた1匹をニキ君との間に配置。
そして彼が注目しているのを確認し、そっと水属性の魔力を注ぐ。
「手元に吸い付こうとしてるみたいだな……」
ニキ君がスライムを見て、そんな感想を口にした。スライムも俺が注いだ魔力を取り込もうと、手元へ体を伸ばしているからそう見えるかもしれない。
そして俺が納得しているうちに、スライムは十分な魔力を吸収できたようだ。
伸ばしていた体を戻し、ゼリー状の体で据わりの良い場所を探すように。
数回の振動と微調整?を繰り返した後、完全に動きが止まり、微量な魔力を発し始める。
「……動かないな……」
ニキ君は魔力を感じていないみたいなので、スライムが魔力を発していることを伝える。
「へぇ……俺は魔法使えないし、ただじっとしてるだけに見えるなぁ……ねぇ兄ちゃん、魔力の様子ってどんな感じなんだ?」
「ん~……言葉にするのは難しいけど……波みたいな感じかな……スライムから細かい波が出ていて、それが流れになって、スライムの体に戻ってる……自分で吐いた息を吸い込んでるみたいでもある。
進化の瞬間を見るのは難しくて、あんまり多くないんだけど……魔法系スライムだけじゃなくて、メタルスライムに進化するときにもこの魔力の出し入れ? をしていたから、スライムの進化には必要な行動なのかもしれないね」
「そっか……あ」
だんだんと体の色が変わってきた。と言っても透き通る体が少し青みを帯びた程度だが……スライムは少しずつ、本当に少しずつ青空のような色に変化していき、やがて魔力の放出と吸収が止まる。
鑑定すると、
ウォータースライム
スキル 水魔法Lv2 水属性耐性Lv8 水属性魔法吸収Lv1 ジャンプLv1 消化Lv3 吸収Lv3 分裂Lv1
「無事に進化できてるね」
試しに魔法で水を生み出して欲しいと伝えると、ウォータースライムは思ったよりも勢い良く、噴水のように水を噴き上げた。
「おー、本当に魔法使った! 他にはなにができるんだ?」
続けて攻撃魔法のウォーターボールなども放ってもらうと、ニキ君は手をたたいて喜んでくれる。そしてスライムの魔法を一通り楽しんだ後は、今後の実験に使うスライム捕獲のために、森の中を駆け回ってくれた。
本日の成果はスライム15匹。
「あれ? どうしたんだ」
「なんか騒がしいな?」
村に戻ると、ニキくんの言う通り。普段なら村の人は家に帰り始め、あるいは夕食の準備を始めていてもおかしくない時間帯なのだが、道端に出ている大人が大勢、それも近くにいた人と何かを話し合っているようだ。
「ちょっと聞いてみようぜ。おばちゃーん!」
「え? ああ、ニキにリョウマ君ね。また森に行ってたのかい?」
「そうだぜ。で、今帰ってきたんだけど、何かあったの?」
「それがねぇ、さっき領主様からの使いが村に来てね、明日この村に領主様が来られるそうだよ」
「領主様が!? なんだってまた急に?」
「それがさ――」
ニキ君と話していたおばさんの視線が、ふと俺へと向く。
「リョウマ君に会いたいとか」
「えっ!? 僕にですか?」
「らしいよ。あたしには細かいことは分からないけど……本当ならホイさんとこにも連絡が入ってると思うし、なんなら村長の家を訪ねてみたらどうだい? お使いの騎士様に対応したのは村長だし、詳しく知ってるはずさ」
「ありがとうございます。行ってみます」
ここの領主様から呼び出しを受ける理由に心当たりは……ない。
僕は領主様のことを少し、話には聞いているけれど、向こうは僕を知らないはずだ。
一体何故……とにかく帰る前に、暗くなる前に村長さんのお宅に行ってみよう。
おばさんにお礼を言い、ニキ君とも途中で別れて早速向かう。
すると、玄関前で村長さんと遭遇。ちょうどどこからか帰ってきたようだ。
「おや、リョウマ君。ちょうど良かった、今ホイのところに行ってきたところなんだがね」
「明日、領主様が村に来られるという話ですね。先ほど僕も、少し噂話を聞きました。領主様が僕に会いたがっていると……なぜでしょう?」
「日々の漁と討伐で活躍しておるからじゃろう。領主様は陣中見舞いに来てくださるそうじゃからな。君だけでなく、カイ坊やケイ坊も呼ばれておるよ」
なんだ、そういうことか……
「良かった……お呼び出しを受けるような心当たりがなかったので、知らないうちに何かしてしまったかと」
「ははっ、あまり心配せんでよろしい。ここの領主様は気さくで優しいお方じゃ。普通にしておればすぐ終わるじゃろうて」
「そうですか。ありがとうございます」
あ、そういえば……
「村長さん。僕、とある方からもし領主様とお会いすることがあればと紹介状を頂いているのですが……」
それは現公爵、つまりラインハルトさんからの紹介状。もしもファットマ領で何かあったら使うようにと、公爵家からギムルに帰る前に渡されていたものだ。領主様と会う予定はなかったし、使うことはないと思っていたのだけれど……アイテムボックスに入れていて良かった。
「ふむ……であれば面会の直前に私が預かろう」
「わかりました。明日またよろしくお願いします」
「こちらこそ明日の漁もよろしく頼むぞ。それから暖かくして寝るんじゃよ」
村長さんに見送られながら帰路に就く。
そしてその道中、いつもの広場を通り抜けようとすると、広場の隅にある祠が目について、気になった。
その古い祠には長年雨風に晒されていたのか、やけに表面の磨耗が激しい神像と思われる石が祭られている。
「……少し、祈っていこうかな」
考えてみたら、貴族と関わるのは明日が二度目だ。噂を聞く限りいい人らしいけど、まさか護衛も付けずに一人で来るということはないだろうし、 何事もなく済みますように……
そう願い、祠の前で手を合わせる。
「!!」
目の前が白く輝いた。
教会じゃなくても呼ばれるのか……
「うっ!?」
不意に感じた浮遊感。
これまでにない呼ばれ方に驚いて目を開けると、目の前にナニカが広がっていた。
――水!?
認識できたのとほぼ同時に、その中へ落下。
どれほどの高さから落ちたのかは分からないが、衝撃はそれほどでもない。
しかし水が体に重くまとわりつき、どんどん沈む。浮き上がる気配がない。
「心配しなくて大丈夫。息はできるよ、やってごらん」
「!?」
不安を覚え、水を掻こうとしたところで、声が届いた。
……本当だ。体の自由は水中相応だけれど、呼吸は不思議と苦しくない。
落ち着いて、上から聞こえた声を追って、視線を向ける。
そこには眩しい光を背にした、水中を漂う中学生くらいの人影。
人影はスルリと水の中を滑るように俺の隣へ、ここでようやくはっきりと姿が見える。
「やぁ、こんにちはぁ」
「こんにちは、リョウマ・タケバヤシです。……失礼ですが、水場と漁の神、セーレリプタ様ですか?」
「あれぇ? 僕、名前言ったっけ? よく分かったねぇ、僕の像ってたくましい男の姿ばかりのはずだけど」
どうやらご本人、いや神で合っていたようだ。
確かに……知識にある一般的な神話での彼の姿は、たったいま自分で言った通り、たくましい海の男の理想像とでも言うべき姿をしていると言われている。
だけど今、俺の目の前で、なんだか緩くて中性的な声で話す彼は、伸び放題な印象の強い長髪がまず目につく。またそのせいで、片目どころか顔の右半分は完全に隠れているし、見えている左半分は雪のように白く、目の下にはくっきりとした隈があり、健康的なイメージはない。
ゆとりのある服、というか布? を幾重にも身に纏っているせいで体の線は分からないけれど、だぶついた袖から見える手は簡単に折れてしまいそうなほど華奢だ。
とてもたくましい男には見えず、むしろ女の子のよう。……あと失礼だけど、引きこもり感が半端じゃない。
俺が彼のことを予想できたのは、祈った場所が漁村で祭られていた祠だったし、何よりも、
「こんな水の中に落ちたので」
「あ~、確かに水に関する神といえば、僕だねぇ」
彼は笑いながら、水中を漂っている。
身に纏った布の端がひらひらと、魚の尾ひれのようだ。
「あはは、そう手足をせわしなく動かさなくても沈みはしないよぉ? もっとこう、力を抜いて身を任せてごらん。その方が体が楽だからさぁ」
言われた通りに力を抜いてみると、確かに沈まず、丁度いい浮力のおかげで体も楽だ。
「そうそう、楽にしていいからねぇ。言葉遣いとかも気にしないで……ところで君ってガイン達に呼ばれて、よくこっちに来てるんだよね?」
「はい。時々ですが、お邪魔しています」
「僕って基本、人に神託とか与えない方なんだけど、君には会ってみたかったんだぁ」
「会ってみたかった? それは光栄、でもどうして……ああ、ガイン達みたいに俺を見ていて、何かが面白かったとか?」
「いや、それはないねぇ。僕から見たら、ぜんぜん面白くなかったもん」
「あ、そうですか……」
「だってさぁ~、君って普通に漁村で生活してただけじゃない。想定外の危険な魔獣が出たわけでもないしぃ、ただの村人生活なら他にも村人はいっぱいいるし。……冗長って言うかぁ、メリハリがないって言うかぁ……君はそういう穏やかな生活も好きで幸せなんだろうしぃ、もちろん戦ったり冒険したりするのが全てとは言わないけどぉ、普通の生活をダラダラ見せられてもねぇ……。最初は良くても飽きるよぉ。そう思わない?」
「は、ぃ……」
「全く同じとは言わないけど、似たようなことの繰り返しだし。どうせならもっと派手なことをするとか、見てるほうの気持ちになって考えてるぅ?」
「……確かに、日々の生活で他人から見た面白さは意識していませんでした……」
「でしょぉ~? それで面白いかって言われてもさ~。まずねぇ――」
彼はのびやかに、そして途切れることなく、思いのほか鋭い言葉を投げつけてくる。
そして俺は、それを聞いている。
確かに、日々の生活では気にしていなかったことばかり。だけど、どうして俺は初対面の神様から、まるで漫画家や小説家に対する編集者のようなダメ出しを受けているのだろうか?




