意外な進化
翌朝
「うう……寒っ!」
布団の隙間から入り込んだ冷気のせいで、一気に意識が覚醒した。
毎朝冷えると思っていたけれど、今朝は輪をかけて寒い。
もうじき本格的な冬に入るのだろう……意を決して布団から出て、朝の支度を始める。
が、枕元に用意していた服は冷え切っていて辛い!
「今日は厚着じゃなきゃ駄目だな……」
自分の感覚に従って、別の服をアイテムボックスから出して着る。
それはフラッフスライムの綿毛を生地の間にたっぷりと詰め込み、外側にスティッキースライムの防水加工を施した“ダウンジャケット”もどき。
ファスナーが再現できなかったため前はボタンで閉じる仕様だが、手首部分にはラテックススライムの体液から作ったゴムを使用。適度な締め付けで外気の流入を防ぐ、冬支度として作っておいた防寒着である。
着心地と防寒性能を確認しながら、今日も頑張ろう!
……と、気合を入れた朝から、あっという間に一週間が経過。
基本的には朝から午前中は漁の手伝い(マッドサラマンダー討伐)。午後はニキ君とスライムの世話と研究。夜は夕食の準備や翌日の用意。その繰り返しだったけど、細々した事は色々とあった。
ざっと思い返すと……
・1日目
朝は前日と同じく、マッドサラマンダー討伐の準備を進めていると、ディメンションホームから出たリムールバード達の様子が変だった。
聞いてみたところ、
『働けないことはないけど、寒い』
という意思が伝わってきた。
野生のリムールバードは渡り鳥のような生態を持っている。本来なら今頃はもっと暖かい地域に移り住んでいるのだろう。
……ということで、この日からリムールバードは討伐に参加せず、ディメンションホームで待機してもらうことになった。
もちろんストレス発散のため、外に出る時間は用意しているけれど、それでも30分も飛んだら帰ってくる。
幸い、ディメンションホーム内の気温は一定ですごしやすいみたい。
ギムルに戻ったら彼らの意見を聞きながら、冬を越す準備を整えていこうと思う。
なお、同じ鳥系のクレバーチキンもたまには外に出たいかと思ったが、代表のコハクが言うには。気にする必要はないとのこと。……クレバーチキン達は相変わらずのようで、だいぶオブラートに包んだ表現だったと察した。今度彼にはなにか美味しい物でもあげよう。
また、この日の夜にはお袋さんからコツブヤリクサのお酒造り(下拵え)を学んだ。
さらにその作業中には、加工作業場で昼食を作る役割は持ち回りで、2日後から自分の番が来るという話から始まり、“毎日のメニューを決めるのが大変”、“男達はいつも決まったもので飽きたと文句を言うやつがいる”、“こっちは頑張って、皆の健康も考えて作ってるのに”等々……主婦の本音をたっぷりと聞いた。
前世では結局結婚せずに死んでしまったが、今度の人生ではさすがに、いつかは結婚するかもしれないので気をつけよう。
・2日目
朝の漁、そしてマッドサラマンダー討伐は3日続けて1日休む。
この日は休みの日だったけど、目が覚めてしまったので、軽く湖のほとりを走って足腰を鍛えることにした。
その際、砂地での移動が困難だったアイアンスライムとメタルスライムも外に出し、彼らのペースで砂地を走る練習をしてもらったところ、終わる頃には明らかに他より速く進めるようになった個体が3匹現れた。
この3匹を魔獣鑑定で確認したところ、“悪路走破”というスキルを習得していた。まだレベル1であったけれど、こういうスキルがあるということは、鍛えていけば普通の道と同様に砂地を走ることもできる。そんな可能性を感じた。
また、昼に約束していたニキ君にそのことを話しながらゴミを集めていると、村長さんが村の共用品倉庫にある古い大網(毎朝の漁で使っている地引網)をくれた。
網はスライムに新たな進化をしてもらうための餌の1つ。正直、網はいくらあってもありがたい。心からの感謝を伝えると村長は少々困っていたようだけど、そんなに感謝してくれるなら……と、村の備蓄にする薪拾いをしてくれないかと言われ、快く引き受けた。
なお、その後、
「兄ちゃん……良かったのか?」
「え? こんなに大きな網をもらえたんだから、少しくらいお礼しないと」
「毎年、漁期が終わったら祭りがあるんだけど、修理できない網はその時に焚き火にくべて焼くんだ。だから兄ちゃん、どうせ捨てるゴミで村の仕事まで押し付けられたんだって」
「あー、なるほど、そういう考え方もあるか……でもまぁ、俺にとっては価値あるし、薪を取りにいくって事は、あの森に入るだろ? そしたらこの土地のスライムも探せるし、なんだったらこの辺にいるっていうマッドスライムが見つかるかもしれない。どのみち滞在中に1回は探しに行くつもりだったから、丁度いい機会だよ」
「兄ちゃん、気をつけないと誰かにいいように使われそうだな……」
ニキ君はそんな風に呆れていたみたいだが、スライム探しとついでに薪拾いにもきっちり協力を約束してくれた。いい子である。
・3日目
この日の朝のマッドサラマンダー討伐は、前の3日間と比べてやや参加者が少なかった。
というのも前日のうちに、滞在していた冒険者の大半が、別の村の防衛に向かったから。
参加者1人あたりの負担は増えたが、連日のスライム活用に皆さん慣れてくれていたので、特に問題はなかった。
死体回収は体力だけでなく、空間魔法のトレーニングにも良さそうだ。
昼食後はニキ君の手伝いが終わるのを待って、スライム捜索と薪拾いのため森へ。
話し合いの結果、スライム探索に集中するべく、薪拾いは先に終わらせることになった。
ただその時……何気なく切り倒した木を肩に担ぐと、ニキ君が俺を尊敬の目で見ていた。
マッドサラマンダー討伐ではスライム達を活用しているし、俺の外見は小学生。
正直、俺自身にそこまで力があるとは思っていなかったらしい。
仕方ないとは理解しているけど、ちょっと悲しかったので、少々張り切って薪集めをしてみせた。
ちなみに村長さんにはかなり喜んでいただけたようで、帰る俺とニキ君に、イカとクラゲを合体させたような生物を桶一杯に持たせてくれた。ニキ君曰く、そこそこ貴重な食べ物らしい。
その夜、イカ?飯にして食べたら、記憶にあるイカ飯より美味しかった気がした。
・4日目
空間魔法による死体回収のために、新魔法をいくつか考案した。
1つめは以前、学者であり冒険者のレイピンさんが使っていた、対象を手元に転移させる“ピックアップ”を参考に、手元から遠くの目標地点へ送り出すようにした“ドロップオフ”。
2つめはアイテムボックスやディメンションホームの要領で手元に入り口を、同時に送りたい場所には出口を作り、2つを繋げる“ワームホール”。
それまでは自分と一緒にマッドサラマンダーを転移させていたので、一度運んだら次を運ぶために一度戻らなければならなかった。この一度戻るという行動にかかる魔力や体力が不要になったので、より効率的な死体回収が可能になった。
現在はさらに、“ドロップオフ”の送り先を“アイテムボックス”に指定して、対象を直接アイテムボックスへ放り込めないかと検討中。
昼食後はクリーナースライム達と加工場の食堂の皿洗いを手伝いながらニキ君を待つ。
するとこの日のニキ君は、お母さんと村の奥様方を数人連れてきた。
話を聞けば、全員ゴミを引き取って欲しいとのことだったので、ありがたくいただいた。
また、中には言葉を濁しつつ、“トイレの中の物もできれば処理して欲しい”と相談をしてきた人もいた。おそらくニキ君から、スカベンジャーの餌の話を聞いたのだろう。
そちらは希望者のお宅に伺い、トイレの中に数匹のスカベンジャースライムを派遣。帰りに回収させてもらうことにして、この日はゴミを回収してから改めて森へスライムの捕獲に向かった。
なおこの日捕獲できたスライムは3匹だった。
・5日目
この日は前日の話を聞きつけた他の奥様方が待っていた。
トイレ掃除の報酬としてゴミや余った食材をいただくことで話がまとまった。
大量のスライムの餌を手に入れた!
・6日目
漁と討伐が休みの日。
朝のランニングから帰ると、もはや当たり前のように、一時的なゴミ置き場として借りている広場にはゴミが運び込まれていた。
挨拶ついでにゴミを持ってきていた大人に話を聞くと、どうせ年末には大掃除をするし、俺が引き取るなら処分も楽だからと笑っていた。
「これで中途半端に必要なものだけ選んで、それ以外を適当に捨ててたり、湖を汚すようなら許さなかったけど、そうでもないみたいだしな!」
――なんて冗談めかして口にした人もいたが、本人含めて誰も目が笑っていなかった。
しっかり処分できて良かった。そして今後も責任を持って処分しようと思う。
なお、この日は大量の餌のほかに、村長さんから壷に押し込められたスライムが20匹。
お礼として届けられた。
村長さんが言うには、俺はマッドサラマンダー討伐、ゴミ処理、そして薪拾いで役に立っている。討伐は別に報酬があるとしても、残り2つはさすがにお礼がゴミや余り物だけだと心苦しいとのこと。
俺は本当にゴミや余り物でも感謝していたのだけれど、村長さんの立場からすると、些細なことでも貸し借りは作らずにおきたいのかもしれない。是非にということなので、ありがたくスライムを受け取った。
ちなみにお礼がスライムだったのは、村長さんがお礼の仕方を考えていた時に、ニキ君が俺にはスライムだ! と断言したらしい。
流石、よく分かっている。
思いつく限りの感謝を伝えると、ホッとしたように村長さんは帰っていった。
・7日目
死体回収で空間魔法を使い続けた結果、少しコツをつかんだ気がする。
厳密にデータは取っていないが、複数を同時に転移させる際の成功率が上がったと思う。
昼からは冒険者ではなく、もはや廃品回収業者。
重いものを運べないお年寄りの家からゴミを回収して村を回る。
走り回り、空間魔法をフル活用。討伐に続いて、これもいい鍛錬に思えてきた。
この日は捕まえたスライムは4匹と、回収のお駄賃としていただいたスライムが8匹。
そんな日々を経て、現在。
俺の目の前にはこの一週間の奇跡。
否、村の人々のご好意と、ゴミを集め続けた成果というべきスライムが2匹。
そう……たった一週間で2匹のスライムが、新たな2種に進化したのだ!!
片方は網を食べ続けたメタルスライム。
外見的にはメタルスライムの時とあまり変わらないが、体が一回り小さくなっている。
肝心の種類と能力はどうなっているだろうか?
「『魔獣鑑定』」
“ワイヤースライム”
スキル 硬化Lv3 伸縮Lv3 物理攻撃耐性Lv2 高速移動Lv3 消化Lv3 吸収Lv3 分裂Lv2
「ワイヤー、言ってみれば金属の糸……ってことは餌として欲していたのは“網”じゃなくて、原料の“糸”だったのか? スキルはほぼメタルと変わらないな。唯一、増えてるスキルは“伸縮”か……今までも武器に変形したり、伸び縮みはしてたと思うけど」
ためしにスキルを使うよう指示してみると、ワイヤースライムは体の一部を、うちのスライムがよくやる触手のように伸ばした……かと思ったら、その先をさらに細い糸状に伸ばし始めた!
「これは……1m、2m、もっと伸ばせるのか?」
……どうやら、まだまだ伸ばせるらしい。しかも激しく動かしてアピールしているところを見ると伸ばした糸も触手と同じ、いや糸の部分は細くて軽くなっているのか、太い触手以上に自在に動かせるみたいだ……
しばらく伸ばしてもらうと、本体が僅かに小さくなった気がする。伸ばせる限界はワイヤースライムの体積まで? ……検証はまた今度するとして、これは幅広い用途が考えられる。とても便利そうなスライムだ!
「そして……こっちは、アレだよなぁ……こんなにデカイの見たことないけど」
もう1匹のスライムは卵と貝殻を食べていた、元アシッドスライム。
餌の共通点から炭酸カルシウムを考えていたのだけれど、結果はまったくの予想外。
乳白色の体に独特の光沢があり、光を受けて美しく輝いている。
それは、
“パールスライム”
スキル 保護体液精製Lv3 被覆Lv3 結晶化Lv3 消化Lv3 吸収Lv3 分裂Lv2
「やっぱり、間違いなく“真珠”だったか」
いったい何がどうして酸から真珠に……貝殻は食べさせてたけど、あれ真珠貝じゃないし……あ、でも貝の内側に真珠層ができる貝は色々あったっけ? それに真珠の主成分も炭酸カルシウム。そう考えれば、予想の範疇……か? 元がアシッドで餌が貝殻と卵……ん? 酸と卵? 酸……酢と卵ならマヨネーズが作れる。マヨネーズと真珠で考えると、思い当たることが1つ。昔、そのまんま“マヨネーズ真珠”って化学実験があったけど……
いや、どうしてこうなったかも気にはなるけど、それ以上に問題がある。
地球の中世あたりでは真珠の養殖技術がなく、海に潜って野生の真珠貝から採取するやり方では1万個の貝から数粒しか採れず、非常に高価だったと言われている……と、昔読んだラノベには書かれていた。
この世界、この国における真珠の価値については、正直なところ正確には分からない。しかし薬学の知識に貴重で高価な材料だとあるので、真珠が世間に知られていないということはないだろうし、それなりの価値があるはずだ。
そしてこのパールスライムは巨大な真珠に見えるため、これだけでもかなりの値段がつきそうだけれど……保護体液精製、被覆、結晶化、これらスキルを見る限り、おそらくだけれど、真珠の養殖ができるかもしれない。
まだ可能性の話だけど、もし可能なら?
パールスライムは高価な真珠に似ていて、真珠を生み出せるスライム。
その価値を考えれば、おかしな連中に狙われてもおかしくない。
下手に他人に見せたり、話をするのはやめたほうがいい。
しかし……
「ニキ君にはなんて言おうか……」
毎日餌あげるの楽しみにしてるんだよなぁ……だからアシッドに卵と貝殻を与えてたことまでは知ってるし……マジでどうしよう……
「リョウマー? まだ寝てるのか?」
「ッ!」
びっくりした……カイさんか。
「起きてますよー」
「そうか。もう飯の時間だぜ」
「ありがとうございます、すぐ行きます!」
いつの間にか、そんな時間になっていたようだ。
……とりあえず、朝食を食べに行こう……




