思わぬ発見
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
「っと!」
迫るマッドサラマンダーの大口を紙一重で躱しては、頭部へ一撃。
“仕留めた”
と確認する間もなく、次が2,3匹まとめて襲いかかってきた。
棒を横一文字に振り抜き一掃。できた道に体を滑り込ませる。
前へ、前へ、一刻も早く前へ!
手には1本の棒を持ち。頭の上には1匹のダークスライムを乗せ。マッドサラマンダーをなぎ倒しては走り続け、とうとう防衛ラインの最前線に到達。
これでメタルとアイアンは巻き込まない!
「頼む!」
頭の上のダークスライムが俺の思いに応えてくれた。
すでに東から上った太陽は空高く、周囲は明るい……が、とたんに暗くなったように感じる。それはダークスライムが範囲攻撃魔法を放った証。
広範囲攻撃魔法“ダークミスト”
魔法によって生まれた闇が霧のように広がって、対象を包み込む魔法。闇の霧には生き物から体力を奪う効果があり、包み込まれた敵は急激に衰弱しやがて命も奪われてしまう。
それを証明するように、視界の中で浜に上がるマッドサラマンダーの動きが悪くなった。
山椒魚に膝があるかは知らないが、 まるで膝に力が入らなくなったかのように足を折る。
さらにはまだ水中にいた個体にも効果が及んだようで、水面に大量の死体が浮かんでくる。
十秒も数えると、加工場を目指して前進を続けたマッドサラマンダーの群れが途切れていた。
「皆さんお願いしまーす!」
『オーッ!!!!』
手の空いた漁師と冒険者の皆さんが、一斉にスライムの防衛ラインを超えてきて、マッドサラマンダーの死体を回収していく。
……スライムを使った防衛作戦は有効。有効だったけれど、ただ一点。スライムは人間と違って倒したマッドサラマンダーを運べないので、それを回収する作業を合間に挟む必要があった。
昨日と違って最初の段階から打ち捨てられていた死体がだんだんと溜まり、後続のマッドサラマンダーが積み重なった死体の山を障害物か何かと勘違いしたのか、 迂回を始めてしまったのだ。
すぐに控えていたシクムの桟橋の皆さんと協力して、被害が出る前に対処できたので問題はなかったが、やはり備えをしておいて良かった。
「回収急げ! 数は減ってきたからあと少しだ!」
『オーッ!!!』
リーダーの掛け声に返事をして、俺も近場にあった死体を抱えて再び走る。
今日の漁と討伐が終わるのは、それから1時間後のことだった。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ~」
「お疲れ様」
後始末まで完璧に行ったら、昼食の時間だ。
シクムの桟橋の皆さんと話しながら、加工場に向かう。
すると、
「おっ! ニキ坊だ!」
「昨日の罰で働かされるってのは本当だったんだな」
「キビキビ働けよ~」
「わかってるって!」
先に入っていった男性達と、ニキ君の声が聞こえてきた。
どうやら大人たちにからかわれているらしいな。
「お疲れ様」
「あっ! スライムの兄ちゃん、昼飯か? すぐ持ってくから座ってな」
「ありがとう。頑張ってるね」
「ははっ。そう言ってくれるのは兄ちゃんだけだよ」
ニキ君はうんざりだという顔をするが、すぐに笑顔になる。
コミュニケーションの一環、ということなんだろう。
なんとなく安心し、適当な席に座って待つ。
さて、今日のお昼はなんだろう?
「お待ちどー!」
「ありがと――!?」
と言いながら受け取ったお昼の内容を見て、驚かされた。
主食はやや粒が丸いものの、色といい香りといい、完全なる“白米”。
さらに毎食出てくるからしスープの具は、どう見ても“豆腐”。
ここに焼き魚と漬物らしき小鉢もついて、和の朝食とでも言うべき品々が並んでいる!
「どうかした?」
「これってお米だよね? 輸入品で高いって聞いてたんだけど」
「そうなのか? うちの村ではたまに出てくるけど、米って高いのか? 兄ちゃんたち」
ニキ君には分からなかったらしく、代わりに答えてくれたのはシンさんだった。
「輸入品のお米は高いらしいけど、このお米は領主様が技術者を招聘して、この領地で作っているからね。そんなに高くはないよ」
「とはいっても、俺らの手に届くようになったのはここ数年だし、少し贅沢だけどな。ニキの世代だと普通の食い物になるか~」
「セイン、なんだかおっさん臭いよ?」
「なっ!?」
ケイさんの一言に、セインさんが打ちひしがれている。まだ若いけど、気にしていたのか?
じゃなくて……
「お米が出てきたのはそういう理由だったんですね」
ここの領主様については、事前に少し話を聞いていたけど、そういうことをしているとは知らなかった。
「米って最近の食べ物なんだな……あ、俺まだ仕事あるから!」
「あ、うん。頑張って! ……では、いただきます」
まず、お米を一口……お赤飯のような、もち米に近い粘りを感じるのは品種の違いか。普通においしい。スープもいただくと、こっちもやはり豆腐だ。懐かしい。
「幸せそうだな」
「久しぶりに食べました……ちなみに、どこかで買えますか?」
「それなら後でニキに案内してもらうといいんじゃないか?」
「この村で豆腐を作ってるのはあいつの婆様だからな」
なんと、それはいいことを聞いた。
「彼とは後で話をする約束をしているので、その時に聞いてみます」
「それがいい。っと、そうだ」
? カイさんが、急に何かを思い出したように。そして真面目な顔になる。
「ニキで思い出したんだが……昨日あいつを探しに行って、森で倒したゴブリン。あれ全部で5匹だったよな?」
「はい。そうだったはずです……よね?」
顔を向けると、カイさん以外の4人も同意してくれた。間違いはないだろう。
「片付けをしてる時に聞いたんだが、隣村に近い森で昨日、檻が見つかっていたそうだ」
「!?」
その一言に、俺は危機感を覚えた。
……しかし5人は、危機というよりも、うんざりしたような顔をしている。
「あの、皆さん? それってもっと大事なのでは?」
檻と言うからには何かを捕まえるためのものだろうし、話の流れからすると中身はゴブリン。そんなものが森で見つかるということは、誰かがあのゴブリンを隣村の近くに放った、ということでは……ないのだろうか?
と考えていると、リーダーのシンさんが言う。
「本来ならリョウマ君の反応が正しいんだけど、この辺では年に数回は同じことがあるんだ。だから正直、またか……って気分になるんだよね」
さらに聞いたところ、この問題は隣の領地の貴族がここ、ファットマ領の領主様への嫌がらせでやっている可能性が高いらしい。
人の手による犯行なのがあからさま。だけど犯人につながる証拠は残さず。
檻を置いて逃げるだけなら、そこそこ腕のいい空間魔法使いが1人いれば簡単だろう。
「ここの領主様と隣の領の貴族は仲が悪いんですか?」
「どっちかっつーと、向こうが一方的に敵視してるらしい。詳しいことはわからねぇけど、領主様は気さくでいい人だよ。さっきの米の話もそうだけど、俺らの生活を良くしようとしてくれてるって話はよく聞くな」
「この辺の土地は農業に向かない。だから昔は湖や自然の恵みが生命線……不漁が続いた年には飢えて死ぬ子供もいたらしい。俺達は幸いにも、そこまで困窮した経験はないが……それこそ先代と当代の領主様のおかげだと聞いている」
「隣の領の領主様は偉そうだとか、いばり散らしてるってたまに聞くけど、こっちの領主様はそんなことないし」
「というかお屋敷のある街では時々自分の足で出歩いていたり、美味しい料理屋さんを探していたり、市民に混ざって食事をしていたりするそうだからね……あまり“貴族らしい”感じの方じゃないね」
なるほど……どうやらここの領主様は領民から慕われる人物のようだ。
「まぁ、とにかくこの件はよくある事なんだよ。しばらくしたら領主様の耳にも入って、調査の人が来るだろうし、僕らは僕らなりに身の回りに気をつける。それがいつもの対応なんだ」
「どっちかと言うと俺は明日からの仕事が気になるな」
「一部の冒険者に他所へ移ってもらうという話だな。まだ相談中らしいが……ほぼ確定と考えていいだろう」
「つーかその話もあれだろ、討伐中に聞いたんだろ?」
「死体を回収する時以外は、かなり余裕ができてたもんね。回収のタイミングを間違えなければ、もっと少人数でも大丈夫そうだし……リョウマ君としてはどうかな?」
「僕もケイさんと同じ意見ですね。スライム達がいれば、加工場への被害は十分防げそうですし、それなら良いトレーニングになると思うので」
今日の討伐(仕事)はほとんどをスライムに任せられたから、これから先は自分のトレーニングを重点的に考えていける。人の手が必要な死体運びだって、何度も繰り返せば体力・筋力トレーニングにもなるし、空間魔法の練習にも使えるだろう。
これこそ仕事と趣味? の両立だ!
そう言うと、なぜか5人は笑い出す。
なぜ笑うのか聞いてみても、真面目だなと思った、としか答えてくれない。
何より、視線が生温かいのはなぜだろう……わからん。
まぁ、別に悪い意味じゃなさそうだし、いいけどね。
その後は適当な話をしながら、残りの昼食をいただいて――
「それでは皆さん、またあとで」
シクムの桟橋の5人と別れ、ニキ君の仕事の終わりを食堂で待つ。
彼とはスライムの話をする約束があるからな……ところで何をどう話そうか? せっかくスライムに興味を持ってくれたのだから、できるだけ楽しんでもらいたい。あまり押し付けるのもどうかと思うし……ん~……布教活動は難しい……
「あ、そうだリョウマ。ほどほどにしとけよ。……って、聞こえてるか?」
「ん~、微妙かなぁ? まぁ、夕飯までには帰ってくるでしょ。加工場には姉さんもいるし」
……あれ? カイさんとケイさんに呼ばれたと思ったのに……気のせいかな?
周囲を見回すが、2人はもちろん、気づけば食事中の人もほとんどいなくなっていた。




