雨降って地固まる
翌朝
朝の冷たい空気を感じて、目を覚ます。
「おはようございます」
「おはよう、リョウマ君」
「起きたか。昨日は大変だったな」
手洗場へ向かうと、同じく朝の支度をしに来たのだろう。
眠たげなカイさんとケイさんがいた。
話題に上がるのはやはり、昨夜のこと。
俺がニキ君の秘密基地を出た後は、特に問題なく、スムーズに話が進んだ。
ニキ君は俺に続いてすぐ出てきたし、村に近づくにつれて緊張している感じはあったけれど、やっぱり帰らない! などと言い出すこともなく。自分の足で村に帰った。
また、秘密基地の外で待っていたのはシンさん、ペイロンさん、そしてカイさんの3人。セインさんとケイさんは一足早く村に戻り、ニキ君の無事を伝えてくれていたのも大きかったと思う。
村の広場で顔を合わせた直後のお父さんが、問答無用の拳骨を落とそうとしたことを除けば、何も無かったと言ってもいい。普通に、冷静に、お話をしただけである。
「そういえばリョウマ君、顔は大丈夫?」
「はい、まったく問題ありません」
「なら良かった。いきなり自分から飛び込んで殴られるからビックリしたよ」
「そうそう。ニキと守るって約束したとは聞いたけどさ」
「あー……あれはあのお父さんもニキ君を心配していたと思うと、下手に取り押さえるのも違うような気がして」
「だからって顔面で受ける必要はないだろ」
「ははは……」
何はともあれ無事でよかった。
そう笑い合いながら、朝の用意と食事を済ませ、今日も暗いうちから仕事に向かう。
するとその途中で見覚えのある顔を発見。
「あれ? お2人とも、あそこにいるのって、ニキ君とご両親では?」
「本当だね」
「何やってんだ?」
話していると、向こうも気づいたようだ。
ニキ君が大きく手を振って、ご両親とともに歩いてくる。
「兄ちゃんおはよう!」
「おはよう、ニキ君」
同じようにご両親にも挨拶すると、彼らは深々と頭を下げてきた。
「昨日はうちの子を見つけていただいて、本当にありがとうございました。昨日は礼もちゃんとできなくて」
「あー。村に戻った時点で真っ暗だったからな。仕方ねぇよ」
「話もしたから夜も遅くなってたし」
「だとしても、礼は礼できっちりしとかにゃ気がすまねぇ」
「それでわざわざ……ありがとうございます」
「いやいや、何でお前が礼を言うんだっての」
カイさんに突っ込まれ、その場にささやかな笑いが起きる。
「それでな、兄ちゃん。俺、今日から処理場で働くんだ」
「処理場で? これまたどうして?」
聞くとご両親が口を開く。
「今回は村の皆さんにもご迷惑をかけてしまったので、そのお詫びと罰も兼ねて、当分昼まで手伝いをさせることにしました」
「もう少し大きくなってからと思っていたんだが、こいつは元気が有り余ってるらしいからな。水汲みと荷物運びくらいはできるだろ」
「そりゃまた大変な罰を食らったな、ニキ」
「というと?」
「水汲みは普通に井戸で水を汲むだけだけど、処理場では大量に水を使うから、100回や200回じゃ足りないんだよ。当然大人も含めて交代でやるけど、重労働だから本来はもうちょっと大きくなった子供が手伝う仕事なんだ」
「なるほど……頑張れよ」
「兄ちゃんもな!」
どちらからとも無く笑い、改めて浜へ向かう。
その道中、ニキ君はご両親と両手をつなぎ、楽しそうに歩いていた。
……もしかしたら昨日は、帰った後も何か話したりしたのかもしれない。
目に映る彼らは、とても仲の良い親子に見えた。
「じゃーな、兄ちゃん! 仕事終わったら、スライムのこと教えてくれよな!」
「わかったよ。仕事頑張って」
浜に到着すると、ニキ君とは分かれて討伐の準備を行う。
といっても、スライムたちを呼び出して打ち合わせ通り配置についてもらうだけ。
その分、確認は念入りにやっておこう。
担当する加工場を中心に、スライム達の様子を確認していると、
「波が来たぞーォ!!」
リーダーの叫びを契機として、浜辺が一気に騒がしくなる。
波とは“マッドサラマンダーの群れが押し寄せてきた”という意味。
「リョウマ! 準備はできてるか!?」
合流していたセインさんが、周囲に負けないよう叫ぶ。
「いつでもOKです!」
「おーし!」
彼はそのまま配置につく。俺も急いで割り当てられた位置へ。
魚の処理場を背に、浜辺に展開したスライム達を見渡す。
……一見静かだけれど、臨戦態勢になったスライム達からは、強いやる気を感じる。
「イヨォー! ヘイ!」
『ヘイ!』
沖の船ではマッドサラマンダーと漁師の戦いが始まり、視界の端では網の引き上げが始まっている。ここへ来るのも時間の問題。
はやる心を抑えて、待つこと数分。
最初の水揚げが加工場に運び込まれると同時に、最初の1匹が浜へ上陸した。
「来たよ!」
「了解! もし囲いを抜かれたらお願いします!」
ケイさんの待機位置は、俺達の担当する範囲ギリギリ。
運ばれている水揚げを狙い、走る漁師めがけて一直線に浜を這う……が、
「――!?」
浜に上がったマッドサラマンダーが、突然のたうち回る。
悲鳴は聞こえないが、激しく暴れる体が明らかに苦痛を表現していた。
「作戦成功」
加工場の防衛の第一段階は、アイアンスライムとメタルスライム達による“進行妨害”。
彼らには“浜辺での移動が思うようにできない”という弱点があったけれど、それならそれで、“動かなければいい”。
だから準備の段階で彼らにはエイやヒラメのように、体を薄く伸ばした状態で砂の中に潜んでもらった。そしてマッドサラマンダーに踏まれたら、体の一部を銛に変えるように指示をしてあった。
そして成功した結果が目の前の光景。
直前までそこになかったはずの刃を踏み、肉を貫かれ、引き剥がそうと転げ回るマッドサラマンダー。だけどスライムは一度刺さった金属の体を押し込み、絡みつき、自身の体を錘として全力で敵の動きを封じる。
先陣を切った一匹は、ポイズンスライムの槍衾に到達することもできず立ち往生。
そしてすでに後続が10匹ほど、同じように他のメタルやアイアンに捕まり転がっている。
「なんか、若干かわいそうなことになってるな……」
おや? 冒険者のリーダーがやってきた。
「お疲れ様です」
「様子見に来たんだが、特に問題なさそうだな」
「今のところは。捕まっているマッドサラマンダーは徐々に体力を奪われるでしょう。もっと増えてきたら後続に踏み潰されて弱る個体も出てくると思います」
「乗り越えてくるようなら予定通り。多すぎるようなら闇の範囲魔法で減らして調整……だったな」
「はい」
「……」
問題があるのだろうか?
「何か気になることでも?」
「ん? この作戦が上手くいくようなら、ここはもう少し冒険者の数を減らしてもなんとかなるかと思ってな」
リーダーが言うには、この時期マッドサラマンダーの被害を受けるのはこの村だけではなく。戦力に余裕がある場合は、一部を手の足りていない他所に回すことも考えなければならないそうだ。
「あくまでも余裕があればの話だがな。他所の状況がどうであっても、先に任された場所を疎かにしていい理由にはならん」
「納得です」
どんな仕事でも、引き受けた以上はそれ相応の責任が伴う。
俺が自分のトレーニングに励むためにも、スライムには頑張ってもらいたい。
「ま、どうするにしても今日の結果次第だ。しっかりスライムが使えるって所を見せてくれよ」
「承知いたしました」
魚が加工場に運び込まれるにつれて、襲ってくるマッドサラマンダーの数も増えてきた。
去っていくリーダーを見送り、気合を入れ直す。




