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後日談4・新たな食材

本日、2話同時投稿。

この話は2話目です。

「こっちや、見てみ」

「!!」


 会頭のピオロさん直々に案内されて着いたのは、サイオンジ商会の倉庫だという建物。管理の職員が重そうな扉を開けて、薄暗い中に積まれた荷物の隙間を通り抜ける。


 そこには巨大な金属製の檻が備え付けてあり、その中には大きな鶏が30羽ほどまとめて入れられていた。


 そう、ピオロさんから薦められたアレとは“鶏”。そして鶏が産む“卵”だ。


 卵はほぼ完全な栄養食品と言われるほど栄養価が高く、貴重なタンパク源でもある。長期間の旅の間、それもシュルス大樹海という食料の補給が困難な地域で活動することを考えれば、鶏を飼い卵を供給してもらえれば非常にありがたい。


 鶏は飼育に他の家畜ほど広いスペースが必要なく飼育も比較的容易。ケージに入れて飼えるのも好都合。


 だがしかし、1つだけ疑問がある。

 ここに来るまで手に入った鶏は大きいと聞いていた。

 たった今も檻に入っている鶏を見て“確かに大きい”と思った。


 でも、1羽1羽が俺と同じくらい……人間の小学生ほどというのはデカ過ぎやしないだろうか?


「僕が考えていた鶏とはだいぶ違うようなのですが」

「ワイも普通の鶏を仕入れるつもりやったんやけどなぁ」


 良かった。これがこの世界の“普通の鶏”ではないようだ。


「こいつらは“クレバーチキン”。鳥型魔獣の一種で、見て分かる通り巨大な鶏や。卵は普通の鶏と変わらんけど、オスもメスも関係なく1日に複数個生んでくれる。せやから普通の鶏より卵の生産量は(・・・・)多い。こいつらをディメンションホームの中で飼う事ができれば、いつでも卵が食べ放題になるで」

「それは嬉しいですが、メリットだけではないんでしょう?」


 ピオロさんの言葉の節々に面倒な臭いを感じるし、先ほどの管理者の態度も少々おかしかった。

 そもそも本気で隠す気はないのだろう。ピオロさんは淡々と問題点を提示する。


「まず第一に、こいつらわりと強いねん。足を見てもらうと分かるやろうけど、筋肉が発達していて爪も鋭い。1羽でもDランク相当の魔獣なんよ。さらに群れだと危険度がCランク相当になるんで、それなりに実力のある奴やないと飼育なんて危なくて無理や。

 その点リョウマなら実力に問題はない。それにこいつらは群れを作って生活する習性があるから、相性は悪くないはずや。従魔術で契約して意思疎通ができれば、普通の鶏より世話がしやすいかもしれん」

「なるほど、それは確かに」

「よし。次の問題は餌やな。主食は穀物や虫。ただし必要なら他の生物を狩って食べる事もある。特にこだわる必要はないな。ただ量は普通の3倍は用意せなアカン」

「木魔法とスカベンジャーの肥料で育てた植物でもいいですか?」

「毒がなくて食えればまず問題ないで。野生で生きとる群れはゴブリンも餌にするからな。樹海の中なら襲ってきた魔獣の肉でもやっとけばええ」


 なら特には問題ないな。

 近いうちに奥様から薦められたスライム用の餌も飼育を考えてるし。


 しかし問題はまだまだあるらしい。


「そしてこれが最大の問題でな……こいつら中途半端に頭が良いんや」


 野生のクレバーチキンはあらかじめ有精卵の他におとり用の無精卵を多数産んでおく。そして襲撃を受けた場合は群れで連携して襲い掛かり、巣と卵を守る。さらに襲撃者が自分達よりも強く勝てない、または戦えば被害が大きいと判断すると即座に有精卵のみ持ち出して巣を放棄する。


 彼らは襲撃者にとっての自分達と卵の価値を理解しているそうだ。

 そしてその知性は家畜となるとさらに顕著になり、人間は無精卵が目的だと理解する。

 家畜として生まれ、長く人間と接した個体は人語をある程度理解するらしい。

 だから扱い(餌の質や寝床)に不満を持つと、ボイコットして卵を産まなくなる。

 安易に自分達を殺せば、人間は損をすることを理解しているから。


「……鶏が交渉してくるんですか?」

「交渉というよりも、不満があったらゴネる感じや。頭が良いとはいっても所詮は鶏、卵産まんで困らせれば待遇改善すると思ってるんやろうな。実際その原因が飼い主側に落ち度とか、病気の場合は治療して改善する場合もあるけど、下手をするとゴネればもっと待遇がよくなると勘違いして、もっと良いもの用意しないと餌食べへんとか、図々しく無茶な要求するオバハンみたいな性格になるんよ」

「ややこしいな……」

「ちなみに目の前にいるこいつら、そういう口に“なりかけ”でな……元の飼い主、うちと取引している元冒険者なんやけど、飼いきれなくなる前に食肉用で引き取ってくれと言われて引き取ったんや」


 ここで1つ疑問が生まれる。


「なりかけ、というとまだ完全にそうなってはいないんですよね? 飼いきれなくなる前に、とも仰いましたし」

「その理由は……ほれ、群れの中心に体が白黒の雛が居るやろ?」


 確かに。6羽の雛が集まっている中に、1羽だけ白い綿毛と真っ黒な肌の雛がいる。

 他は全部黄色なのに、あの1羽だけまさか烏骨鶏?


「色以外は同じ雛にしか見えませんが」

「“ジーニアスチキン”。極まれに生まれるクレバーチキンの上位種や。知能がクレバーチキンより高く、成長したら群れのリーダーとして君臨する存在……のはずなんやけど、あの雛はもう群れのリーダーになっとる」


 さらに詳しく話を聞いたところ、家畜として一定の安全が確保された環境で代を重ねた場合、ジーニアスチキンが生まれてすぐに群れのリーダーとなる例が少数ながら報告されているらしい。


 そして、そういう群れは……生まれたばかりの雛が舵取りをするのだから当然とも思えるが、高確率でワガママ放題。早い話が、生まれた時からチヤホヤされて甘やかされたバカな貴族のボンボンのようになるとかなんとか……なんとも人間くさい鳥である。


「付け加えると元飼い主は他にも群れを飼っていてな、放っておくとワガママになったこの群れを見て、他の群れにまで影響が出かねないんや」

「この群れだけ優遇したらそれを見て不満を……ということですか」


 全体が悪循環になる前に、原因になる群れを早期に処分する。またそれによる損失を少しでも回収するために、食肉用としてサイオンジ商会へ売りつける。養鶏(魔獣)を仕事としている方にとっては必要かつ妥当な判断なのだろう。


「こいつらの扱いは難しい。せやけど卵は大量に産むから、もしリョウマが飼えそうやったら持っていってくれてええ。ダメならダメで捌くの手伝ってほしいねん。こいつら絞めようにもうちの精肉担当は戦える奴少ないし、卵産めるような若鶏ならブラッディースライムの血抜きで少しでも質の良いものにしたいんでな」

「僕がいいところに来たというのはそういう意味でしたか」


 食肉用の家畜は出荷できるようになるまでに、長い年月と大量の餌を消費する。

 そのため肉を得るために家畜を飼うのは効率が悪い。


 卵を産めなくなった鶏やミルクを出せなくなった牛など、年老いて本来の役割を果たせなくなった家畜が潰されて肉に加工されることはあるけれど、最初から肉を目的に育てられる家畜は少なく、そうして作られる肉は富裕層向けの高級品なのだ。


 せっかく飼育されていた若い鶏を食肉に加工するなら、少しでも品質を良くしたいと思うのはピオロさんの立場なら当然だ。


「判断は従魔として契約を試せばいいのでしょうか?」

「こっちの言葉をある程度理解しとるみたいやから、まず檻の傍に近づいて声をかけてみ。下手に出たらアカンで。強気で行かなつけあがる。交渉はリーダーとや」

「わかりました」


 檻へ触れるほどまで近づくと、既に全ての視線がこちらへ向けられている。


「君達の今後の処遇について話がしたい。リーダーを出してくれ」


 強気と意識し声をかけると、檻の中のクレバーチキンは騒ぐことなく、白黒の雛だけがゆっくりと。体が小さいせいで動きが遅いのか、一歩一歩確かめるように飛び跳ねて近づいてくる。


 ……白い綿のような体の毛はフワフワだし、サイズはまだ普通のヒヨコより少し大きいか? という気がする程度で、正直見ていてすごく可愛らしい。


「君がこの群れのリーダーだな」

「ピッ」


 返事のように鳴き声が返ってきた。おそらく肯定。


「意思疎通のために従魔契約がしたい」

「ピッ」


 二度目の肯定と思われる声を確認し、契約を行う。


 すると、


『我々を解放せよ! 人間め!!』

「!!」


 驚いた……スライムやリムールバードとも意思疎通はできるけれど、それらとはまた少し違う感覚。相性自体はスライム達の方が上だと思うけどそれとは別に、魔獣側の知能が高いからか? 明確に言葉で語りかけられているような気がする。


「まずは自己紹介からしよう。僕はリョウマ・タケバヤシ。君は?」

『貴様に名乗る名などない!!』


 困ったな、話ができるのに話にならない。


「君達はこのままだと人間の食料として殺されてしまう。そうなる前に僕の話を聞かないか?」

『……話がしたいのなら我々を解放! さもなくば貴様がこの中に入ってこい!』

「――と、言っています。僕を入れてもらえますか?」


 ピオロさんに翻訳して伝えると、表に居た管理の人を呼んでくれた。


「会頭……本当にいいんですか? この子を中に入れても」

「リョウマなら平気や。本人も入る言うとるんやから、早く開けたって」

「わ、分かりました……」


 渋々といった感じで開かれた入り口から檻へ入ると、数歩歩いたところで成体のクレバーチキンが素早く俺を包囲。そして正面にリーダーが出てきた


『臆病な人間にしては度胸があるな』

「それはどうも。これで話をする気になったか?」

『よかろう! 貴様の目的を聞いてやる』


 体小さいのに態度でかいな……まぁいいけど。


「先ほども言った通り、君達はこのままだと肉にするため殺される。だが君達が卵を産んでくれるなら、引き取って助ける事も僕ならできる。餌と住む場所も用意しよう」

『貴様も前の人間と同じだな。よかろう。餌には最高級の麦を我々が入れる器に1日1杯。トウモロコシやその他の穀物を混ぜて寄越すがいい。当然、混ぜる物にも最高級のものを使用せよ! それから寝床は日当たりが良く芳醇な土の香りと美味いミミズがいる――』


 尊大な態度で、細かく贅沢な条件が羅列されていく。

 危険な地域に行く上では守りきれないものも多い。


 よし、無理だ。


「今回はご縁がなかったということで……」

『待て! なぜ断る!』

「今の条件全部は守りきれないのが明らかだったから……」

『馬鹿者ォ!! 大きな要求から小さな要求へ! 交渉の基本だろう!!』


 鶏に交渉の基本を説かれた……


「では受け入れられる条件の話をしよう」

『……貴様はどれだけの待遇を約束できる』


 そう言ってきたので、

 ・俺が遠出をしない時は廃鉱山の決められた場所(屋外)で放し飼い。

 ・放し飼いの場所は現地を見て要相談。必要に応じて雨や日を避ける建物を設置する。

 ・遠出をする場合はディメンションホームの一部に専用スペースを与える。

 ・餌はテイマーギルドや市場で購入できる平均的な品と自家製品。配合は応相談。

 ・対価として生んだ無精卵を提供してもらう

 等々……約束できる条件を1つ1つ提示。


 そして、


「基本的にこれ以上の条件を認めるつもりはない。というよりも確約できる上限を誠意を持って伝えたつもりだ。実現が約束できなくてもいい、と言うならもっと上の条件を出してもいいが、どうする」

『……貴様、足元を見ているな! 我々は危機に! 理不尽な暴力には屈しない!』

『ココココココココッ!!!!!!!!!!!』


 気炎を上げるリーダー。

 呼応するように周囲から威嚇的なクレバーチキンの鳴き声や嘴の音が聞こえてくる。


「会頭! 早く助けないとあの坊ちゃんが!」


 管理の人が慌てている。

 目の前で(子供)がいつ襲われてもおかしくない状況なのだから無理もない。


『立ち上がれ!』

『ココココココココッ!!!!!!!!!!!』


 リーダーが声を上げるごとに、群れの出す音は揃い、力強さを増す。

 もはや交渉ができる雰囲気ではない。交渉は諦め――


『ヒィッ!』

「ん?」


 諦めよう、と思った瞬間だった。

 何故かリーダーの悲鳴が頭に響き、クレバーチキンの声が止まる。

 そして何故か土下座でもするように羽を広げ、一斉に地面へひれ伏してしまう。

 そこに先ほどまでの敵意は微塵も感じられない。



『お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします殺さないでくださいお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします助けてくださいお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします――』

「怖っ!? 急にどうした!? えっ、ちょ、何があった!?」


 どうやら危険は去ったようだが、状況の急激な変化についていけない。


「あー、リョウマ? 自分で分かっとらんみたいやけど、今一瞬だけ凄い目と雰囲気させとったからな? この前の試合のときみたいな」


 この前の試合というと、オックスさんが相手の……なるほど。

 交渉を諦めた拍子に、また先日みたいな事をやったらしい。


 無自覚威嚇は慎まなければならないが、反省は後にして……


「頭を上げてほしい」

『ハッ!』


 土下座? から今度は直立不動に……


「話の続きはできるだろうか――」

『はい! ええ! もちろんですとも! いや~兄さん強そうっすね~。俺ら驚いてしまいましたよ~』

「――露骨に媚売ってくるなよ!?」


 態度が180度変わってまた戸惑う。

 しかもその羽はどうなってるんだろうか?

 胸の前に持ってきて上下に合わせてこすり合わせ、完全に“揉み手”の動作をしている。


『前の人間はいつもこうしていたのに!?』


 前の飼い主の癖か何からしい。言葉以外に変な事も学んでいそうだ……


「もういいから、話はできるか?」

『え、ええ……でもですねぇ……俺らは非暴力不服従が信条なんで……』

「ほんの数分前に何やってた?」

『え? 何ですかね?』

「鳥頭ってわけじゃないだろう」


 ジーニアスチキンの頭脳どこ行った?

 あとこっち見ろ、分かりやすくとぼけるな。

 というかインドの偉人の言葉なんてどこで知った?


「もう、なんか色々とやる気がそがれたけど……条件を飲まないなら肉になるしかないぞ? あの人達に無条件で逃がして損をしろとは言えないからな」

『いやいや、絶対に条件を飲まないとは言ってない。ただ、その、な? もう少しほら……』


 頑固だな……と思っていたら、どうも群れの様子がおかしい。

 クレバーチキンだけで話し合い? ざわついている感じだ。


「後ろのは何を話してるんだ?」

『ええと……卵で許してもらえないかとか、俺も差し出そうとか……そういう……』

「うわぁ」


 こいつは仲間に見限られ始めたようだ。


『こいつらいつもこうなんですよ……俺は生まれたばっかで何も知らないのに、たまたま知恵比べで勝ったから俺が新しいリーダーだって、頭がいい奴がリーダーになれば間違いないからって、何か不都合があると皆俺に押し付けるし、満足できなかったら俺に不満言うし、何か失敗したら全部リーダーの責任ってことになるし、何を教えてもなかなか理解しないし、みんな人間が言うほど頭よくもないし……』


 ……何だろう、聞いていたら涙が出そう。

 それにこいつの意思をやけに明確に感じる理由が分かった気がする。


 しかし飼えないものは飼えないから、条件を飲んでくれないと本当に肉になってもらうしかないんだが……そうでないとから揚げになるぞ? 竜田揚げやチキンソテーかもしれない。鶏肉で肉じゃがを作るのも悪くない。あとはチキン南蛮とか、豪勢に丸焼き? 北京ダックの代用もできるかな……ん?


『すみません、淡々と調理法を挙げるのは勘弁してください』


 気づけばリーダーだけだが、再び土下座状態。


「飼われてくれる?」

『もうそれしかないし……それに苦労を理解してくれた気がするので……せめてあいつらがすぐに不満を出さないような環境を……』

「分かった。極力努力する!」

『ありがとうございます……』


 こうして俺の従魔には、苦労性の鶏とその仲間26羽が加わった。

 さらに卵の供給を受けることができるようになり嬉しいはず。

 なのに何故か心に虚無感を覚えた……

改訂版にて初登場。

ジーニアスチキンとその仲間が新たな従魔になりました!

ちなみにそんなクレバーチキン(Clever Chicken)は名前通りの鳥型魔獣です。

同じ単語でも意味が複数あるから言葉って難しいですよね。面白くもありますが。



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― 新着の感想 ―
鶏との邂逅で世知辛さを感じる日が来るとは思いませんでした… やたらにスライムに拘るより、コッチにシフトしてくれた方が個人的には好きです!
[一言] 気持ちは分かりますけど、一応仲間ではあるだろうしって事ではw 他全部潰しとけってのは良く理解出来ますけどw それにしても・・・下からの圧力・・・泣きそう。 ある意味、上でもあるからなぁ(年…
[良い点] 苦労性で、コロッと態度の変わるジーニアスチキンが可愛いです [気になる点] 群れで生きる鶏ですけど、ジーニアスチキンだけ引き取って、他のクレバーチキンは引き取らず解体しなかったのは何故です…
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