後日談3・わずかに成長?
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
ギムルに戻ってから5日後。
帰って1週間も経たないうちに、俺はレナフの街のサイオンジ商会本店を訪ねていた。
先日公爵家で取り決めた、サイオンジ商会本店でのブラッディースライムの派遣と活用……という名目の下、ブラッディーを分散管理して万が一の全滅を防ぐ計画のため。ブラッディースライム3匹を預ける契約に来たのだ。
応接室に通されて待っていると、30秒ほどで、
「リョウマ! 待たせたな!」
勢いよく会頭のピオロさんが入ってきた。
初めてここに来たときも思ったが、まったく待っていない。
待ち構えていたのかと思うほどの対応の早さだ……
「ええ時に来てくれたな。早くて助かるけど、そっちの都合は大丈夫やったか? そっちも店に戻ったばかりやったろ?」
「それはまったく。セルジュさんが手配してくださった方が優秀ですから。というか、優秀すぎるくらいで」
「? 何かあったんか?」
「話すと少し長くなりますが……」
それはギムルに帰り着いた翌日の事。
前日に話し合った通り、俺とオックスさんは店の横の空き地で試合を行った。
しかし、俺は前日のカルムさんとのやり取りで、もう少し頑張ろうと思っていた。
オックスさんにとっては、新たな職場で初めて実力を披露する機会。
2人そろって張り切っていたため、はからずも試合は徐々にエスカレート。
最終的に試合の余波で巻き上がった砂埃が見学していた従業員やお客様を襲ったり、俺たちの気迫で子供が泣いたり、お年寄りが腰を抜かしたり……ほんの少しだけ張り切りすぎて、カルムさんからやりすぎだとのお言葉を頂戴した。
「幸いお客様は常連の方が多く、砂埃の汚れは全身洗浄サービスを無料提供することで快く許していただけて。あと事前に警備隊には試合をすると連絡してあったので大きな問題にはなりませんでしたが……」
諸々の対応が終わった後、改めてカルムさんに呼ばれて話をしたところ……まず試合は少々やりすぎたが、オックスさんの実力を店の内外に知らしめることができたと伝えられ、次に前日の“本気になってくれた”という発言は店の規模を増やす事に“積極的になってくれた”という意味であり、決して俺が働いていないという意味で口にしたのではないと。言葉が足りずに勘違いをさせて申し訳ないと謝罪をされた。
そこで俺はむしろ、勝手に勘違いをして申し訳ないと答えていた。
しかし、話をしているうちにだんだんと……
店の規模拡大に積極的になったことを喜ばれたと気づく。
規模拡大のため自分にできそうな事を考える。
規模拡大の手段は支店を増やす事。
支店を増やすために必要なものは?
人手や店舗など色々とあるが、何よりもまず“資金”。
より効率的に資金を蓄えて用意する。
その方法は?
洗濯屋の収入を増やす?
それ以外の収入源を探す?
……という具合に考えが発展し、最終的に高齢者や店から遠い所に住んでいる方向けの集配サービスや新しい個人経営のゴミ処理業者などを口にした時点で、会話を強制的に打ち切られた。
“店長がいつも真面目に考えているのは分かっていますから、隙あらば仕事を増やそうとしないでください。働き過ぎです”
「と、言われてしまいまして……」
おまけに昨日までで警備体制の見直しや緊急時の対応の打ち合わせ、あと今後のために必要な書類仕事をカルムさんは全部まとめていた。
「仕事を終わらせて次を聞いたら、“次の外出から帰るまでは仕事がないので休んでください”と。何かあるのではと聞いてもありませんとしか言ってくれなくて……そういうわけで、今は問題も仕事もまったくない状態なんです」
「なるほどなぁ……」
はたしてどういう気持ちで聞いているのだろうか……ピオロさんは苦笑いをしている。
「まぁ、休めるときは休んどくべきやな。それに資金は必要でも、切羽詰まってはいないやろ」
「それはそうですね。水仕事が辛い季節になってお客様は増えていますし、何より最近は消臭液の売り上げがちょっと予想以上に増えていますから」
「ああ、あれな。公爵家でも使っとったし、他の街にも広まり始めてるなら当然やなぁ」
それでいて粗悪品が出回ったという話は聞かない。
消臭液の謎である、人の手で希釈できない欠点が逆に功を奏したようだ。
「正直なところ、今は洗濯よりも消臭液の売り上げの方が多いんですよ」
「ほー、そうなんや?」
「洗濯だけだと1日に小金貨数枚が限度なんですが、消臭液はだいたい倍から多い時だと2桁に届く時がありますね。特に二号店ではその傾向が顕著です」
「それなら慌てて資金確保に走ることもないんちゃうか? ましてや新しい分野に手を伸ばすとなると大仕事になる。カルムっちゅう子が問題にしとるのはそこやろ。仕事はしっかりこなしてるって話した直後にそれ言われたら、わかっとらんと思うのも無理ないで」
「タイミングが悪かったのは認めます……ただ僕も街に出て仕事を始め、だんだんと僕なりに働き方が分かってきたと思っていまして。たとえば先日は公爵家で新しいスライムの活用法など、色々な事をお話ししましたよね?」
「話したな。確かに」
あの時のようにスライムの知識と活用法、そして新たな業務の内容を考えて提案すること。
だいたい今の洗濯屋と同じ事を、スライムを活用できる各分野で行う。
これが俺にとって、最も良い働き方なのではないだろうか?
洗濯の仕事を始める前に懸念していたのは、
・冒険者活動などを行う自由な時間
・経営者としての経験
・お客様や部下と接するコミュニケーション能力
以上の3点。
1つめはただの欲望ともいえるが、2つめはまったくの未経験。3つめは前世の職務で苦手なりに経験もあるが、それでもなお苦手意識の残る分野。
……だけどこれらは現在1号店担当のカルムさん。2号店担当のカルラさん。セルジュさんからお借りしている頼もしい2人がいることによって解決されている。
これは優秀な人材がいれば経営の大部分、ほとんどの仕事を任せられるという証明。
実際に洗濯屋は俺がいなくても業務も従業員の人間関係も円滑に回っている。
これはセルジュさんからアドバイスとして聞いてもいたが、実感してより深く理解できた。
ならばそれを踏まえて、俺にできることは?
カルムさんたちと同じ事ができるようになるよう努力するのも無駄ではないはず。
しかし同じ事ができるだけなら、有能な人材を1人見つける方が早いだろうと思い始めた。
ならどうするかと考えて出た結論が、“新たな仕事を提案すること”。
そもそも俺の本職はシステムエンジニア。簡単に言うと“システムの設計者”。
SEとしての経験を応用して、スライムを組み込んだ仕事や改善案を提案できればどうか?
俺とこの世界の人の常識の違いを、少し変わった所からの視点として考えればどうか?
文化、風習、そして人の心情については皆さんの力を借りて理解を深めつつ、問題点の解決や仕事の効率化のために使えるシステムを構築。ここでは円滑に回る“スライムとの仕事の流れ”を設計し、提供できないか。これが最も俺が役に立てる方法ではないかと考えている。
……という内容を、SEについては省いて伝えてみたところ、ピオロさんは納得してくれたようだ。
「リョウマもリョウマなりの考えがあっての事っちゅーことなら応援はする。ただ無理せんようにな」
「ありがとうございます。そこはもう、皆さんに言われていますから……それにまず第一は洗濯屋の店舗を増やす事ですし、そのための資金面も無理はせずに、様子を見て必要なら“融資をお願いしよう”という話になっています」
「おっ? 前はだいぶ抵抗が強かったみたいやけど、気が変わったんか?」
「少しですが」
以前は融資なんて無縁だったこと。加えて洗濯屋が成功するかどうかに不安があり、融資は“返すあてのない借金”として少々過剰に忌避感を持っていたと今は思う。
現状を冷静に考えると返済の当てはある。一時的に借金を作っても、そうしてできたお店の分だけ収入も増えるという見込みがある。計画的に無理なく返済できるなら、早期に店を増やした方が最終的な利益は多くなる。
「以前一度断っておきながら勝手とは思いますが」
「かまへんって。あの時は出会った当日。よく知りもしない相手からホイホイ金借りるのは無用心やし、なんとも思ってへんよ。
守りに入るだけやなくて、時にはリスクを負って儲けを取る。そういう計算と決断ができるようになったんやったら、商人として一歩前進やな」
「そう言っていただけると少しずつでも成長できているようで、嬉しいです」
そんな話をしていると、ふと思う。
「今更ですけど、さっきの“いいところに来てくれた”って、こちらでも何かあったんですか?」
「おっ! 忘れとった。この前話した“アレ”が丁度手に入ったんよ。ほら、普段の食料にもシュルス大樹海へ行く時にも役立つ食料の」
「!! ひょっとして“アレ”ですか? 時間がかかるはずだったのでは?」
「そう思っとったけど、ホンマ運が良いのか悪いのか。事情があるんやけど、まず見せた方が早そうや」
ということで“アレ”には心が躍るけれども、まずは当初の目的であるスライムの派遣契約の締結。
そして管理を担当する職員の方にブラッディーを3匹預けることを優先した。




