後日談2・ギムルの変化と反省
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
「ここが主殿の店がある街か」
神界を後にした俺はフェイさん、そして新たに仲間に加わったオックスさんと共に、ギムルの街へと帰還した。道中は空間魔法と俺達3人、普通以上の体力をもってゴリ押した結果、2日という短時間でガウナゴからここまで到達できた。
しかし、
「そうなんですが……なんだかいつもと街の雰囲気が違いますね。荒々しいというか、通りに人がいつもより多い?」
「それだけ違うネ。少しだけ荒れた空気、あるヨ。たぶん、外のアレが原因」
フェイさんはちらりと、たった今通り抜けた門の外を見る。
そこには新しく建設されている街の工事が着々と進んでいる様子が見受けられた。
「人の出入りが激しくなる、街の治安は悪くなりやすいネ」
「いつもはもう少し落ち着いた街なのだな。私としては少し懐かしいが」
「オックスさんのいた街はもっと騒がしかったんでしょうね」
何と言っても彼は元闘技場の闘士だ。
ギャンブルも盛んで大金の動く娯楽に富んだ町であることが予想される。
そしてこれから建設されるのもそういう町になる。治安悪化を防ぐために既存の街と分けるという話になっていたが、新しい街ができるまでは労働者を始めとして大勢の人が流入するのも仕方ないのだろう。よく見れば警備隊の方々がパトロールなど、治安維持活動をしているのを頻繁に見かける。
「ちょっとカルムさんに話を聞いておいた方がいいですね」
「それがいいネ」
俺達はほんの少し足を早め、いつもと違う街の中を歩いていく。
そして、店に到着。
表にはお客様が並んでいたので、裏口から入りカルムさんを探す。
すると休憩室でお茶を飲みながらも険しい顔で何かの書類を読んでいるようだ。
休憩中、には思えない。
「カルムさん」
「っ! ああ、店長。お帰りなさいませ。フェイさんもお疲れ様でした」
書類に集中して気づかなかった様子。それにだいぶ疲れているな。
「そちらの方は……?」
「紹介が遅れました。こちらはオックス・ロード氏。元剣闘士であり、レベル5の双剣使いです。新しく雇用、もとい奴隷として購入しました」
「それは頼りになりそうな方ですね」
と言いつつその目が一瞬だけ、オックスさんの失われた左手に向いたのを俺達は見逃さなかった。
「このような姿だが、主殿には新たな腕を貰ったも同然。必ずや力になってみせよう」
「大丈夫。実力は私も確認しました。心配ないネ」
「新たな腕、というのはよく分かりませんが、フェイさんが認めているなら大丈夫なのでしょう。失礼を致しました。これからよろしくお願いします」
……大丈夫そうでよかった。
さて、紹介も終わったことだし、
「フェイさん、道中の護衛ありがとうございました。オックスさんを寮に案内して、ここでの生活の説明をお願いします。あとは体を休めてください」
「分かりました」
「オックスさんの部屋は……」
「用意してあります。部屋の前に名前を記入した札がかかっているので、それを目印に」
「ということです。オックスさんも急ぎの旅だったので、十分に体を休めてください」
「承知した」
「ではお2人とも、お疲れ様でした」
そしてカルムさんと執務室へ移動し……
「難しい顔をされていましたが、僕達がガウナゴの街に行ってる間に何かありましたか?」
「そうですね……もうお気づきかと思いますが、労働者の大量流入によって街の治安が少々悪くなっていまして、商業ギルドも注意を促しています。
さらに信頼できる情報屋から買った情報によりますと、現在確認されている労働者を取りまとめる団体のいくつかに、ヤクザ者が関与している疑いが濃厚で、治安悪化を促進する要因となっているようですね」
「そうですか、ヤクザが……」
「今作られている街は将来的に闘技場が建設され、観光地になります。そこで生まれる利権は莫大。それを貪れるように、建設中の今から足がかりを作るつもりなのでしょう。
警備隊の皆様もそのような輩が潜んでいることは分かっているのですが、相手もその道のプロです。表向きはまったく問題のない労働者の取りまとめ役兼仕事場との繋ぎ屋として活動していますから、排除もなかなか一筋縄ではいかないのです」
なるほど、その団体はいわゆる“フロント企業”ってわけね……
「こちらに被害は?」
「現時点では態度の悪い方が常連のお客様といざこざを起こしかけた程度ですが、店の対応をうかがっているような人物も見られています。ヤクザ者に限らず手癖の悪い者もいるでしょうし、状況が落ち着くまでは警備を強化すべきと考えていたところでした。ロード氏は見るからに強そうですし、抑止力にもなりそうです。警備の人員が増えたのも非常に助かりますね」
なんだか彼の今の顔、昔の会社でよく見たような……真面目に頑張り続けて疲れてるのかな?
「本当ですか? 嘘ではないと思いますが、思ったこと全部を話してないのでは?」
「…………店長は時々妙に鋭いですね……ロード氏の体格や歴戦の猛者のような風貌が抑止力になる。そう考えたのは本当ですが、左手を失っていることで軽く見られる可能性もあるとも思いました。実際に私は初めて彼を見て強そうだとは思いつつも、そこに少々不安を抱きましたから」
「確かに左手はないですけれども、一度戦っているところを見てもらえればすぐ安心できるかと思います。私も書類選考の時点では微妙だと思っていましたし……なんでしたら皆さんの前で一度実力を見せてもらいましょうか?」
「そうですね。彼と店長が嫌でなければ、明日以降のお客様の多い時間帯にお願いできますか?」
カルムさんが言うには、その時間帯なら仕事はパートの方々も来るので余裕が作れる。
また、やってきたお客様にオックスさんの顔と実力を見ていただける。
新しい従業員であることと、俺達が認める彼の実力を内外に示すのが狙いだそうだ。
あとは店に手出しをしたくなくなるような噂も流してよくない輩をけん制するのだと……
前々から思っていたけど、カルムさんってそういうの得意なんだなぁ。
「私と姉は双子ですが、交渉事や業務を取り仕切る技術。いわゆるリーダーシップにおいては姉の方が昔から優れていましたからね。それが悔しくて自分にできることを探して磨いた結果、情報収集や情報操作などの裏工作が得意になっていました。
もちろん私も仕事に支障をきたさないだけの経営能力はあると自負していますし、姉も同じくそれなりに情報を得て使うこともできますが」
「そのあたりは疑ってないので、これからもよろしくお願いします」
店はほとんど任せてるし、本当に頼りにしてるから。
「とりあえず目立った被害がなくて良かったですが、もし変な輩が店や従業員の誰かに何かしたらすぐ言ってくださいね。あと、もし戦力が必要な場合にも。
冒険者で話を聞いてくれそうな方々に心当たりもありますし、僕も正直、交渉より武力行使の方が役に立てると思うので」
極力話し合いで解決してほしいけど、得意不得意は冷静に見なければならない。
あと、こだわりすぎて被害を大きくしては本末転倒。被害は最小限か0に抑えたい。
2週間もしたらマッドサラマンダーを狩りにシクムへ行くが、以後は遠出は控えようかな。
少なくとも年明けまでは。
「そうだ。本来真っ先に話すべきことでしたが、公爵家の方々への“挨拶”は問題ないどころか、とても良い結果で終わりましたよ」
うちの業務は病気の発生率低減に期待ができるということで、あちらからガウナゴにも支店をと言っていただけた。さらに店舗用の土地と物件にも配慮するし、ガウナゴには貴族も多いので、必要であれば屋敷のメイドを何人か従業員兼礼儀作法の指導員として派遣しても構わないとも。
それだけでも破格の待遇なのだが、滞在中に色々と話したゴミ問題と肥料の話など、公益性の高いもの(領地の利益になる内容)であればそちらも支援してもいい……そんなことを遠まわしな感じで、しかしわりとストレートに言ってくれた。
セルジュさんやピオロさんとも、防水布の製造工場設立やキノコの栽培でまだまだ末永く協力をということで話がまとまったし、万々歳だ。
心強い味方がいる。
少しでも精神的な負担を減らせれば、と思いつつ説明していたら、
「どうされました?」
いつの間にかカルムさんが何か考え込んでいた……
「公爵家の庇護を得られたことは非常に喜ばしく、また心強い。しかしそれだけ期待されているとなると、万が一にも期待を裏切るようなことがあっては……と、少し心配になってしまいました。いけませんね、こんなことでは」
と、マイナス思考になっていた? 彼は頭を振って気合を入れ直した様子。
「ガウナゴに出店をと言われたのであれば、それはもはや決定事項。店長候補の誰かをガウナゴに送るのは当然として、そのほかの従業員も早めに決めたいですね」
「あ、それについては1つ心当たりが」
アイテムボックスから1冊のパンフレットを取り出す。
「これは、モールトン奴隷商会の?」
「ええ、オックスさんを購入して帰る前にいただいた物なんですが、新事業についての説明が載っていまして」
逃げるように帰る直前に受け取った物だが、その内容は簡単に言うと“人材派遣”。
客の“人手は欲しいが奴隷は高い”、“手が必要なのはほんの数ヶ月だけ”。
奴隷の“借金で値が上がり買い手がつかない”、“早く借金を返して自由になりたい”。
奴隷商の“奴隷の生活費だけでも金がかかる”、“能力と値段の釣り合わない奴隷がいる”。
他にも色々とある三者の細かなニーズに応えてWin-Win-Winな取引を目指すということで、オレストさんは短期間&時間給で“奴隷の貸し出し”を始めているらしい。
ここまで来ると奴隷とギルドを通した雇用は何が違うのか? という俺も考えた疑問。
奴隷の売り買いで利益を上げるべきだ、という同業者からの常識を語るような侮蔑。
奴隷が逃亡する可能性やリスクについて、内部からも出てきた反対意見。
それら全てを1つ1つ論破したり交渉したりしてようやく実現にこぎつけた!
という内容の手紙もパンフレットには挟まっていたが……
それは置いておいても、この制度自体は一度利用を考えてみても良いのではないかと思う。
「オックスさんを選ぶ時、他の方も何人か面接させていただいたのですが、その方々もフェイさんから一般的な店の護衛には十分と評価されていました。オックスさんと比べたら見劣りしてしまいましたが、この制度を利用して人材補充をするのも悪くないかもしれません。
そこに書いてあるように一時的な雇用もできますし、働きぶりが良ければそのまま購入手続きをして就職してもらうこともできるそうなので」
手紙に“面接をした彼らとも契約可能ですよ!”という一文が入っていたのを考えると、若干掌の上で転がされているような感じもするのだが……
「まだ新しいサービスの利用者はあまり多くないらしいですし、それなりの人数を雇用するなら値段や条件も相談に乗ってくれるそうです。一筋縄ではいかない相手ですが、仕事に関しては信用できるそうですから」
「分かりました。考えてみましょう」
「よろしくお願いします。あとついでにもう1点。公爵家で考えていたのですが、ガウナゴへの出店は2店舗にしてはどうかと。遠くからわざわざ来てくださる方はありがたいですが、店が遠いことで利用を敬遠することもあるでしょう。ガウナゴの街はここよりさらに規模が大きいので」
「……確かに。ここギムルでも寒くなり水仕事が辛くなってようやく、という方もいらっしゃいましたね」
「より多くの顧客を獲得するだけでなく、個人的にせっかくなら多くの人に、便利に利用してほしいので……対策として馬車とそれを御する人材を雇って、集配サービスなども考えていたのですが、馬車の値段や馬の維持費、誤配や馬車を狙われるリスクがどこまでか分からなかったので。それなら店舗を増やしたほうが楽かなと」
それに1つの街で集中的に複数の店舗を作ることで、市場占有率(市場のシェア)が高められる。いわゆる“ドミナント戦略”ができるかもしれない。
今でもうちに依頼してくださる方はどんどん増えているけれど、今後本格的に店を増やしていくことを考えたら、もう一歩踏み込んで“洗濯屋といえばバンブーフォレスト”と言われるくらいに、街1つ分のお客様を独占できたら良いのではないだろうか?
少なくともうちにはクリーナースライムという他にない強みがある。それを最大限に活かしたい。
「そういえば以前、まだここが繁盛し始めた頃に真似して洗濯屋を始めた人たちもいましたよね? ほとんど採算が取れなくてやめたと聞いていますが、まだ残っている人もいるのでしょうか?」
「最近はまったく聞かなくなりましたが……調べてみますか?」
「お願いします」
店の開店当初からクリーナースライムが増えすぎた場合の対処法として、洗濯屋のチェーン展開は考えていたし、真面目に商売をしている方なら人材や店舗をそのまま買収して支店を任せるというのも良いかもしれない。
とりあえず調べてもらって損はないはずだ。
ということで考えをまとめてお願いすると……
カルムさんからチェーン店やドミナント戦略についての説明をさらに詳しく求められた。
かつて脱サラを何度か夢見た身として、それなりに知っていたことを全力で説明。
……すると、カルムさんは驚いたようにこちらを見ている。
「どうしました?」
「非常に興味深い内容でしたが、それ以上に……店長が本当に本気を出してくださったのが分かりました」
どういうこと? あと何だろう……その反応が、働き始めたニートを見たようで喜べない。
俺、カルムさん的に怠けてるように見えてたのかな?
……店は任せっきりで、仕事は報告を受けてほんの少しだけ。
否定、しきれない。
とりあえずカルムさんが目を輝かせている。
潰れかけの新人みたいな疲れた状態の顔ではなくなったので良しとしよう。
そして彼は俺が改めて、
「では、調査など色々大変ですが、よろしくお願いします」
と声をかけると、元気な声とやる気に満ちた顔で執務室を出ていった。
……もうちょっと働こうかな……




