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式場完成

「よし、これで……」

「完成だ!」

『オオオオオオオーーーーーーーー!!!!』


 5日目の夕方に、とうとう結婚式場が完成した。

 参加者が集まり食事を楽しむ広場や土台はできていたが、今日はさらにもう2つ。

 新郎新婦の誓いの場となる教会、そして祝いの鐘を鳴らす鐘楼が新たに建てられた。


 教会は公園の休憩所程度の小さなものだが、楕円に近い屋根を柱で支える形で斜めに配置。見方によっては貝殻に見えるかもしれないが、これが参加者側からは大きく開けていて中が見やすいと判断された。


 さらに奥にはステンドグラス風に着色加工した硬化液板を窓として設置してあるため、日中は外から取り入れた自然光が新郎新婦や神像を明るく照らしてくれるはず。今は建物だけで人も像もないけれど、ベージュの壁に夕焼けが映り生み出される陰影で、即席にしては立派に見える。


 明日からはメイドの皆さんが式に必要な道具や飾りを搬入する予定になっているし、毎晩コツコツ作った神像も搬入予定だ。当日には今以上に立派になるだろう。


 さて、まだ何かやっておくべきことはあったかな……っと!?


「リョウマ! 良い式場をありがとうな!」

「ヒューズさん!?」


 会場を眺めていたら、不意に体を掴まれて持ち上げられた。子供の体なので軽々と抱えられたと思えば、手伝ってくれていた他の警備の人も加わり、意味不明な胴上げが始まる。


「あの……なぜ胴上げ?」

「感謝とノリで!」


 初めて聞いた。その2つがセットで使われるの。

 というか、他の人たちもどことなくテンション高い?


「それはともかく、今日の作業はこれで終わりだよな?」

「そうですが」

「うっし! なら飲みに行くぞ!」

『オオオオオオオーーーーーーーー!!!!』


 飲み? お酒か?


 ヒューズさんの掛け声に反応し、一際高く投げ上げられた……ちょうどその時。


「――いけませんよ」

「ぬおっ!?」


 背筋が凍るような女性の声が聞こえ、落下する体を支える手が消えた。


「きゃっ!?」

「リョウマ様!」

「しまった!」

「大丈夫か!?」

「坊主! 怪我ないか!?」

「なんとか、これでも冒険者ですから」


 少々驚きはしたが着地は間に合う。

 顔を上げて見えたのは、こちらも驚いた様子の男性達。

 そしてその後ろにはメイド長のアローネさん。さっきの声は彼女だったようだ。

 さらに後ろにはルルネーゼさんとリビオラさんもいた。


「リョウマ様、大丈夫でしたか?」

「はい、本当に大丈夫です」

「良かった……声をかけるタイミングを間違えました。申し訳ありません」

「いえいえ」


 ところで何の話だったのだろうか?


「そうでした。貴方達、お酒を飲みに行くのは結構ですが、流石にリョウマ様を連れて行くのはいかがなものかと」

「い、いやアローネさん。リョウマは酒の神の加護持ちだし酒は飲めるだろ。それに俺らのために頑張ってくれてるし、ここは礼を」

「お酒だけならともかく、今夜は羽目を外すのでしょう? そして貴方達はそのままどこかに消えてしまうのでしょうけど、リョウマ様を夜中に1人で帰らせると? そもそもお店に入れてもらえますかしら?」

「うっ、それは……」

「ダメだと私も思います」

「ルルネーゼまで……」


 状況からして俺を宴会に連れていこうとしているヒューズさん。

 しかし反対するアローネさんにルルネーゼさんまで加わって、だいぶ旗色が悪い。

 個人的には付き合ってもいいのだけれど、やっぱり外見的に問題か。


 と思っていると、リビオラさんがそっとかがんで何かを俺に伝えようとしている。


「彼ら、ただお酒を飲みに行くだけじゃないんですか?」

「最初はそうでも、それだけで終わるとは思いません。なにせ“式の2日前”ですから」


 式の2日前が何か関係あるようだが、それだけではまだピンとこない。

 それを表情から察してくれたらしい。


「式の前夜は新郎も新婦もそれぞれの家族と過ごしますから、式の2日前は新郎新婦、それぞれ独身として(・・・・・)自由に動ける最後の夜になります。女性も新婦を囲んで夜遅くまで話をしたり、お酒を飲んだりするのですが、男性の場合は、その……」

「……リビオラさん、もういいです。理解しました」


 つまり皆で大人のお姉さんのいるお店とか、もっとアダルトな店に行くわけだ。

 最初は普通の酒場でも、お酒が入ったら行ってしまうと。

 その手の店はさすがに俺は入店拒否されるだろう。連れていかれても困るけど。

 ぶっちゃけ前世でも一線を越えるお店には行ったことないし……


 というか、


「女性にそんなことを説明させてしまって申し訳ありません」

「お気になさらず。その前に気づいていただきましたし……」


 縁がなさ過ぎて失念していた。

 女性に男達が風俗店に行こうとしていることを説明させるとか、セクハラ案件になりかねない。

 気を付けよう。


 しかしそういうことならば、


「ヒューズさん。残念ですが」


 さすがに参加できない。

 一緒に祝いたい気持ちはあるけれど、迷惑をかけては本末転倒。

 ちゃんとお礼の気持ちは受け取っているから、気にせず飲みに行ってほしい。

 そう伝えることにした。


 するとヒューズさんも渋々ながら首を縦に振る。


「分かった。じゃあまた別の機会に飲もうぜ。式でも飲めるしな」

「その時は潰れるまでお供します」

「おっ、言ったな! 楽しみにしてるぜ!」


 その一言で彼はあっさり気を取り直したようだ。

 そして彼は今度こそ、仲間達とともに街へ繰り出した。


 ……見えなくなる前にまた誰か胴上げされていたけれど、こっちの人はテンションが上がると胴上げするんだろうか? 謎である。


 それはそうと、


「……」


 やはり夫が気になるのだろうか?

 ヒューズさんが去った後を、ルルネーゼさんが凝視している。

 ……というか、よくそういうお店に行くって分かってて送り出したな。

 女性はそういうのものすごく嫌うイメージがあるけれど……

 なんと声をかけようか? そっとしておくべきなのか?


「リビオラさん。その辺の心の機微が分かりません……」

「ある意味当然ではないかと……」


 10歳やそこらで女心の機微を完全に把握していたら末恐ろしい。

 彼女はそう……励ましてくれた?


 なおそんな話をしているうちにルルネーゼさんも気づいたようで、


「男性には付き合いというものもあるのですし、女性のいるお店に行きたがるのは仕方ありません。それに“今夜が人生最後(・・・・・・・)”ですので目くじらは立てませんよ」

「なるほど」


 言葉の一部がやけに強調された気がしたのは気のせいか? 本人は“もう独身に戻る気も戻す気もないですから”と続け勝手に赤くなり、砂糖を吐きそうな雰囲気を放っているが……夫婦のことだし深く突っ込まないでおこう。


 とりあえずヒューズさんは今後、尻に敷かれることが決定したかもしれない。















 そして夜には恒例のお茶会。


 今日の話題は、昨日の続きで……


「「リョウマ君に手伝ってほしいこと?」」

「はい、何かないでしょうか?」


 ラインハルト様達は俺の過去を、俺の想像以上に重く受け止めていた。

 だから、あちらからは言い出せなかったことがあるのではないだろうか?

 俺は気軽に相談に乗っていただいていたのだから、何かあれば遠慮なく言ってほしい。

 彼らなら無理強いをすることはないだろうし、可能不可能は聞いてから判断すればいい。

 極秘情報には気を付けてほしいけど、そのあたりは分かっているだろうし。


 そう伝えたら、4人は苦笑い。


「リョウマ様にお願いしたいことですか……」

「リョウマ、それ他の貴族に言うたらアカンで」

「そうよリョウマ君。変な人だとここぞとばかりに利益を要求したり、無理難題を押し付けるんだから。まぁ私達を信用してくれるからだと思うけどね」

「僕達の頼みじゃ断りたくても断れないって人も多いし、逆に勝手に変な気をまわして取り入ろうとしてきたりで迂闊に口にできないんだけど……リョウマ君だからいいか」


 4人はそれぞれ自分の中で納得したようだ。

 しかし、待っていても要望が出てこない。


「ううむ……私は防水布や鉄にオルゴールと、既に世話をした分以上に儲けさせていただいていると思いますが……」

「ワイもそうやな。例のキノコ栽培の話だけでも十分やし、成功したらむしろこっちから返さな。それでもあえて何か言うたら…………あ、前にブラッディースライム使うて獣の血抜きしとったやろ? あれに興味あるわ」


 それなら、ブラッディースライムを増やすために協力してもらえないだろうか?

 血清のことでかなり重要なスライムだからこそ、増やすなら今のうち。

 誰もその価値を知らないうちに増やしておくべきだと思う。

 ブラッディースライムは増えにくいスライムだから、今も9匹しかいないのだ。


「仮に今血清が世に出たとしたら、争奪戦は確実ですな」

「権力や武力で奪いに来ることも十分に考えられるわね」

「数を増やして希少性を抑えておけば、僕らが間に入って穏便に済ませることも可能かもしれないね」

「それに複数の場所で管理した方が、万が一の事故などで全滅するリスクが減ります。何よりピオロさんなら信頼できますし、レナフにはうちの支店もあるので連絡もしやすいかと」

「責任重大やな。……まずはお試しで“血抜き用”にブラッディースライムを借りる、ってことでどうや? こっちもスライムの血抜きでどれだけ変わるかも知りたいし、準備もある。スライムの管理についても色々教えてもらう必要もあるやろ?」

「そうですね。あまり急がず、焦らずじっくりと話を詰めていくのが良いでしょう」


 この話はひとまずここまでということになった。


 では次に何かないかと思っていると、そっとラインハルトさんが口を開く。


「この町、ガウナゴにも洗濯屋の支店を出してもらう。というのは可能かな?」

「それなら問題ありません。もともと支店は増やしていく方針で責任者を育成していますし、護衛を増やしたのもそのためですから。お店を構える場所がどこになるかは、調べてみる必要がありますが……参考までに、どうしてうちの店を?」

「前に話したかな? ジャミール公爵家は父の代から領地の環境改善。特に疫病の防止や病気の減少に力を入れているんだ」


 そういえば汲み取り槽で疫病が発生していた時、ラインバッハ様はとても怒っていた。

 当然と言えば当然だけど。


「そして病魔を誘わないために大切なのは、身の回りを清潔に保つことと言われている。

 それにリョウマ君もあの時言っていただろう? 空気感染とか接触感染とか」

「覚えています。僕らが出会った頃のことですね。といっても、1年もたっていないはずですが」

「うん。あの時は何でそんな知識をと思ったけど、昨日メーリア様の弟子だと明かしてくれて納得した。そしてメーリア様も身の回りを清潔にする重要性を説いているなら、君の店を誘致することが病気の発生率の低下に役立つのではないか? と考えた次第さ。

 実際に君の店の評判は聞いている。市民でも負担にならない金額で清潔を保つだけでなく、重労働から解放されるオマケ付きだ。ずぼらで身の回りを疎かにしがちな男でも……だからこそだろうか? 君の店を利用する。それで人々が病に罹る確率を下げられるのなら万々歳だよ」


 なるほど。領地と人々の事を考えて、実験的な意味で近くに置いて様子を見たいと。


 ……そういうことなら何かそのために、できる範囲で何か考えたい。

 ……そういえばヒューズさん達が向かったアダルトな店はどんなところだろうか?

 ……“女性は清潔な男性を好む”とか噂を流したらどうなるかな?


 効果があるかは分からないが、そういうお店に行く人は多かれ少なかれ女性にモテたい気持ちがあるだろう。それにお店の人だって汚くて臭い人より清潔な人の方が普通は好ましいだろうし、清潔にすることで病気に罹るリスクは確実に減るはず。利用者が増えるならうちの店としても損はない。


 ……もっと言えば、そういうお店でも汚れものは出るだろう。今のところ普通の宿屋を経営している方が業務用で契約していくことはあるけれど、そういうお店との契約はなかっ……いや、あったかな? 微妙だけど、あったとしても少ないと思う。だったら営業をかけていくというのもアリかもしれない。


 いや、それはそれで別に店舗を用意した方がいいかな? そういう所は“ヤ”のつく方々が気になるけど……うちの防衛戦力的には……


「リョウマ君?」

「! はい。失礼しました。少し考え事を」

「難しいかい?」

「いえ、進める方向でどのように営業していくのが効果的かと考えていました」

「なんだそっちか。もちろん頑張ってくれれば嬉しいけど、無理に何かしなくてもいいよ。君の店を置いてみて、それでどう変化するかが見たいからね」


 ということで、こちらも特に問題なさそう。

 細かい話は一度持ち帰って、カルムさんと相談してからということになった。


 さて次は……と思ったら。


「ガウナゴの店舗は僕が良いところを用意するよ。もしかしたら貴族やその従者が来るかもしれないし、なんだったらそちらの接客を指導できる人材も――」

「冒険者の野営用に新しく開発された魔法道具がありまして、試供品としておひとついかがですか? 使ってみて是非ご意見を――」

「食糧問題ならワイが力になるで。携行食糧も扱っとるけど、リョウマはディメンションホームがあるやろ? せやったら――」

「うちの従魔の餌には繁殖の早いスプリントラビットを育ててあげているの。ちょっと厄介な害獣にもなるから、取り扱いにはテイマーギルドの教習を受ける必要があるんだけど――」


 いつの間にか、話がまた俺の力になっていただく方向に変わっていた。

 非常にありがたいことだけど、俺が皆さんの力になるという話はどうなったのだろうか?


 ……なんだかんだで嬉しいので良しとしようか。

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