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察したリョウマ

Enjoy your Christmas!

 ~Side リョウマ~


 全員の実力テストが終わった時点で、誰を選ぶかは決まっていた。


「これからよろしくお願いします。ロードさん」

「誠心誠意、働かせていただく。それから主殿、私のことはオックスと呼んでほしい」


 選ばれたのはオックス・ロード氏。

 その戦闘能力は他の候補者とは比べものにならない。

 多少頑固な一面もあるようだけれど、真面目そうで安心感がある。

 ラインハルトさん達の意見も聞いたが、満場一致で彼が選ばれた。


 彼は借金奴隷であるため、個人的な持ち物は腰に提げた剣2本と僅かな衣服のみ。

 試合後の治療(魔力回復)を受けて戻ってきたかと思えば、既に荷造りまで終わっていた。

 代金を支払えば連れていってもいいそうで、即座に小切手のようなもので支払いを済ませる。


 本当は別に急いで連れていく必要はないらしく、俺も公爵家に泊めていただいている身なので、数日分の宿泊費を上乗せしてギムルに帰る時、一緒に来てもらうつもりだったのだけれど……


「従者としてうちに泊まればいいから。それより早く帰ろう」


 というラインハルトさんの一言で、そのまま連れていくことに決定。

 全員で馬車の停車場まで戻ると、俺以外はそそくさと馬車に乗り込んでいく。

 今日はフェイさんとオックスさんも中に乗るようだ。


「私としては一仕事終えたところで、ゆるりとお茶でもいかがかと思うのですが」

「一人で飲めばええやん」

「おやおやこれは手厳しい。仕方ありませんね……タケバヤシ様、また奴隷がご入用になりましたら、ぜひお気軽に我がモールトン商会へお越しください。暇つぶしのお話に来るのも歓迎しますよ」

「ははは……機会があれば、またよろしくお願いします。モールトンさん」

「おっと! そうでした。私のことはお気軽にオレストとお呼び捨てください。私もこれからはリョウマ様と名前でお呼びしたいと思っていますので。ええ、呼び方ひとつで距離感が変わる気がしませんか?」


 この人本当に、本性を隠さなくなってからはグイグイ来るなぁ。別にいいけども。


「分かりました、オレストさん。気が向いたらまた」

「はい。その時はまたサービスさせていただきます。具体的にご説明したいのですが、後ろの方々が怖いのでこちらをどうぞ」


 と言いつつ持っていたパンフレットのような物を差し出すオレストさん。

 あまりに自然でつい受け取ってしまったが、これ最初から用意してたのか……


 一言お礼を言って馬車に乗り込み、空いていたフェイさんとオックスさんの間へ。

 席が完全に埋まると、御者の方は待ち構えていたかのように発進する。

 オレストさんはそれを笑顔で見送っているのが、流れていく窓の外に見えた。


「「「ふぅ……」」」


 馬車が完全に敷地を出ると、対面に座る三人が同時にため息を吐く。


「ありがとうございました。今日はついてきてくださって」

「暇だったからね」

「それに、放ってはおけんからなぁ」

「リョウマ様もお分かりになったかと思いますが……」


 うん。皆さんが一緒に来てくださって本当に助かった。

 俺一人で何も知らずにあの人の前に出ていたら、もっと掌の上で転がされただろう。


「セルジュさんが仰っていた通り、悪い人ではなくても曲者ですよね」


 ラインハルトさんも言っていたが、距離のとり方が絶妙なのだ。

 話しているとペースを乱されることもあれば、多少不快感を感じることもなくはなかった。

 けれど、俺にとって大声を上げて怒鳴るほどのことではない些細なことで済ませる。

 話が続くうちにフォローされたり、煙に巻かれたり。最終的にどうでもよくなってくる。

 きっと同じことを全員に、それぞれの性格に合わせてやっているのだろう。

 疲れるし皆さんの気持ちも分かるけど、個人的には憎みきれない人だった。


 尤も彼は相手に憎まれたら憎まれたで楽しめるのかもしれない。


「アイツならそうやろうな。たった一回でよう分かったな?」

「確かに一人なら余裕がなかったと思いますが、今回は皆さんが壁になってくれたので。落ち着いて話せましたし……何より話していると少しだけ自分と近い部分が見えたような気がして」

「リョウマ君とオレストがかい? 似てないと思うけどね……」

「私も同感ですな」

「性格的なことではなく、興味の対象に対する考え方が、と言えば良いでしょうか?」


 俺も新しいスライムを見たら得意・苦手を判別するために色々な物を近づけて反応を見たりするし、必要と思えば毒も与える。たとえそれでスライムに手を噛まれたとしても、怒る気にはならないと思う。むしろどうやって手を噛んでくるのか、どういう能力を発揮するのかに興味が湧いてくる。


 正直俺は人間にそこまでの興味は抱いてないので、人間相手にそれをやって楽しめる精神は理解できないけど……


「行動の方針としては近いのかな~と思ったり思わなかったり」

「ああ……」

「そういう意味で……」

「そういうことやったら……」


 皆さん納得したようだ。口には出さないが隣のフェイさんも。オックスさんは俺のスライム好きを知らないので分かっていないようだ……って、しまった。いきなりよく知りもしない人の中で知らない話をされても居心地が悪いだろう。


「すみません。放っておいてしまって」

「私なら問題ない」


 そう言ってくれるとありがたいが……自己紹介は済ませたし、今後のことを話そうか。


 俺としてはまだあと3日は公爵家に滞在するので、その間に店についての詳しい説明、特に警備に関することをフェイさんから聞いておいてもらいたい。さらに可能であれば、結婚式場設営の手伝いもお願いしたい。片腕であの剣を軽々と振り回す怪力はきっと作業の助けになるだろう。


「それからもう1つ。これはオックスさんが良ければの話ですが、薬の実験にもお付き合いいただきたいんです」

「薬?」


 祖母から薬の知識と作り方を学び、それなりの腕を持っている……という設定も改めて説明。


 そして実験したい薬は魔力回復薬。それも通常店で売られているような即効性のあるタイプではなく、じっくりと時間をかけて少しずつ魔力を回復させる持続性のあるタイプの魔力回復薬だ。


 オックスさんが左手を失っても諦めず、身に着けた魔力を使って剣を操る技。獣人族だから魔力が少ないというのは仕方ないことだとしても、あれを腐らせておくのはもったいないと思う。


 魔力が少ないために長時間戦えない。

 さらに魔力切れで引き起こされる体調不良で、動きの精彩がどんどん落ちていく。

 結果、攻めきれないと自滅してしまう。


 その根本的原因が魔力不足ならばと思いついたのが“持続性のある魔力回復薬”。

 それ自体は貰った知識の中に存在した。


「魔力切れは基本的に休めば勝手に治るので、わざわざ薬を使う場合の多くは戦闘中、あるいは重傷者に回復魔法をかける際の補助など、緊急性が高く即効性を求められますが……世の中には“魔力漏出症”という何もしなくても体から魔力が少しずつ抜けてしまう体質の方がいらっしゃるそうで、その治療を目的として研究された過程で、魔力を小量ずつ長時間にわたり回復させ続ける薬が開発されたと聞いています」


 魔力切れの緩和だけなら普通に即効性の薬でもいいのだけれど、それだと体調が悪くなるたびに薬を飲まなければならない。持続性の魔力回復薬は先に飲んでおくことで、体調が悪くなることを防ぐ目的の品。


「僕は知識を持っているだけで、その薬を実際に作ったことはありません。ですが、その薬は材料の匙加減で持続時間や回復量を調整することも可能だそうです。これを転用し魔力の消費量と回復量を釣り合わせることで、あの技を長時間使用可能にできないか? と考えています」

「可能、なのだろうか?」

「これは予想ですが、訓練には十分に役立つかと。試合の時の持続時間を考えると、あれはほぼ左手を失う前の経験で動いているのであって、あの技を使った訓練はほぼできていないんじゃないかと考えたのですが……」


 すると彼は言葉より先に頷く。


「察しの通り。寝る直前にほんの数分が限界だ。借金のある奴隷の身で、必ずしも必要のない薬を大量に使ってまで訓練はできなかった。まともに訓練ができるだけでも喜ぶべきことだ。しかしそれだけ主殿には負担がかかるのでは? 薬を作ると言うなら金銭もそれなりに必要だろう」

「ああ、その辺はお気になさらず」


 材料には菌の保存のために細々と栽培し続けているランニングマッシュが使える。

 あれは本来高級素材であるため、ギルドマスターを通して売り捌くにも限度がある。

 だから少しずつ溜まっていくので、正直使い道に困るくらいだった。


「薬の製作と実験は僕自身の勉強になりますし……客観的に見て僕は金銭的にかなり余裕がある方だと思います。でなければオックスさんを選ぶこともできませんでした」

「確かに、要らぬ世話だったか」

「当分は節約しなきゃダメでしょうけど、生活には問題ありません。それより薬であの腕を十全に発揮できるのであれば僕としてもより安心できます。それでももし気になるのであれば無詠唱の技術を教えていただきたい」

「あれは偶然身に着けていただけなのだが、それでも良ければ是非に。こちらからお願いしたい」


 大きな体を窮屈そうによじりながら、深々と頭を下げてくる彼。


「ありがとうございます!」


 無詠唱については以前知り合った大道芸人、正確には剣舞師のマイヤさんとソルディオさんの教えを元に、密かに練習を続けていたがいまいち成長が見られない。何かアドバイスをしてもらえれば俺としても非常に助かる。


 それに業務とは関係ないけれど、ギムルでは町を拡張する計画が始まっていて、新しくできる街の目玉が闘技場だったはずだ。そのためのトレント材を集めたから覚えている。


 もし薬の調整が上手くいって試合出場にも問題がないようであれば、剣闘士に復帰してもらってもかまわないと俺は思う。護衛として働いてくれれば心強いことこの上ないけど、うちの店は個人の意思を尊重できる職場でありたい。


 モールトン氏と雑談した中で聞いた話だと、自分が剣闘士をプロデュースするために奴隷を購入する貴族もいるらしいし、彼がそれを望むならそっちの方で元を取らせてもらおう。


 ……オックスさんを選んだのには、そういう打算もあったと話していると、


「まさか奴隷になってそこまでの厚遇をしてもらえるとは」


 彼は笑っているのか泣いているのか分からない表情で、ただただ感謝を伝えてきた。

 俺は気持ちを受け取る。けれど、感謝すべきは俺よりオレストさんではないかと思う。


「あの男に?」

「その反応でどんな関係だったかが分かる気がしますが……少なくとも僕にオックスさんを薦めたのは彼ですし、おそらく彼は薬のことや僕のことを全部知っていたんじゃないかと思ってます」


 魔力漏出症や持続性の魔力回復薬は珍しいけれど、彼は大手の奴隷商で少なくとも2代目以上。俺のスライム好きと同じくらい人間好きと仮定したら、立場を利用して日々大勢の人と関わってきただろう。その中に1人くらい魔力漏出症を患う人がいてもおかしくないし、薬の知識を持っていてもおかしくない。


 たとえそうでなくてもオックスさんの技は知っていたみたいだし、それをより有効に使えるようにと考えれば、持続性の魔力回復薬にたどり着く可能性はあると思う。


「知らないふりをしていたのは“問題を抱えた奴隷”として手放さないため……今回僕に売ったことを考えると、購入者を選ぶためかなー……」


 先ほどオックスさんが言っていた通り、薬を作って与えるのは負担になる。材料費などはもちろんのこと、通常の店で取り扱いがなければ特注になるかもしれない。彼はそもそも片腕の状態で護衛が十分務まるほどに強いので、追加でそれだけお金や手間をかける購入者がいるだろうか? もし“片腕で十分”と考えてしまう購入者だったら、宝の持ち腐れになってしまう。


 それはなんとももったいない。

 スライムに置き換えると許せないし、相手に一言物申したくなるくらいだ。

 自分が譲る相手を選べるなら、そういう相手は絶対に選ばない。


「主殿はよほどスライムが好きなのだな……」


 スライムに例えられるのは人生初だと呟くオックスさんに、俺以外は苦笑しているが……とにかくそういう理由で彼の立場なら売る相手を選びたくなるのではないか? と思った。


 その点、俺ならある程度薬の知識を持っているし、それ自体は別に隠してもいない。加えてギムルではうちの店の待遇が良い、ということが周知の事実らしい。


 一部の商人の間では“従業員に甘い”とか“無駄が多い”とも言われているらしいが、それだけ従業員1人1人を厚遇しているという話が広まっているようだ。俺を調べていたと自分で語ったオレストさんなら、当然のように知っているだろう。


「確実なことは言えないんですが……他にもさっき話した奴隷剣闘士の話とか、それとなーくヒントを出して誘導されているような気がずっとしているんですよね……」


 いったいどこまで知ったうえでの行動なのか?

 考えれば考えるほど悪い人ではないのだろうけど、回りくどくて面倒臭い……


「……皆さんの気持ちが本当の意味で分かった気がします」


 その時のラインハルトさん達の目は、新たな被害者仲間を受け入れているように見えた。

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― 新着の感想 ―
奴隷800万って高過ぎじゃない??wこの奴隷1人雇うことで800万分の価値を作れるって事??店の従業員1日150、30日4,500、1年54,000、10年でも540,000で従業員雇えるのに。フェイ…
[気になる点] › 俺は気持ちを受け取る。けれど、感謝すべきは俺よりオレストさんではないかと思う。 ここはオレストではなくモールトンが入るのではないでしょうか
2020/12/28 19:33 カツカレー
[一言] 部位欠損もそのうちスライムでなんとかしそう。肉スライムとかでw
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