試験を終えて
竜馬が5つの的を射抜き終わった直後、エリアリアが興奮して騒ぎ出す。しかし他の4人は竜馬の技量に言葉を失っていた。
「凄いですわ! ですわよね!? お父様!」
「あ、ああ……」
「私、弓ってもっとじっくり狙うものだと思っていましたけど、あんなに早く射つんですね」
そのエリアリアの言葉にセバスとラインバッハが少し慌てて間違いを正す。
「いえ、お嬢様。あれはリョウマ様の技量によるものでありまして、普通の弓使いはあれほどの速さでは射ません。当てる事を考えなければ、弓に慣れた者なら可能かもしれませんが……」
「エリア、リョウマ君を基準にしてはいかんぞ。あれだけの速さで矢を放ち、その全てを的の中心に当てるなど並の者には不可能じゃからな。おそらく国軍にも同じ事が出来る者は少なかろう」
「本当ですの? リョウマさんは凄いのですね!」
「確かに凄いのだけれど……」
「我々はリョウマ君の実力を過小評価していたようだね」
竜馬に自覚はないが、前世からの訓練とこの世界に来てからの狩りという実戦を経験し、弓の腕前は既に国で有数の物になっていた。これでも魔法以外に神の力は貰っていない。故にこれは竜馬の純粋な実力である。
動かない的の試験を終え、次はクレー射撃もどきの試験。竜馬は指定された位置に立って弓を構えているが、目標が出てくる壁がエリアリアたちの居る方向と反対側のため、竜馬の後ろに立つ試験官と同じく、竜馬の表情は見えなかった。
極限まで集中力を高め、緊張も焦りもない、だが興奮や意気込みと言った物もない。平穏そのものではあるが、感情を殺した目が真っ直ぐに前を向いていた。
竜馬は今の見た目こそ幼いが、前世の幼少期から始めて40年近い鍛錬を重ねてきた男。その結果身につけた集中力は日常生活では無駄になる事も多かったが、単純作業を繰り返しひたすら行う場合には重宝した。
その点だけは普段竜馬の扱いが悪い同僚や上司ですら認めており、都合のいい仕事マシーンとして、ただでさえ劣悪な竜馬の扱いに拍車を掛けていた。しかし、それは竜馬の本来持つ集中力を全て出し切った訳ではない。
竜馬が最も力を発揮できる場は、幼少期から慣れ親しんだ武術。竜馬は同じ型を毎日なぞり、技を体に染み込ませ、そして息をするように自然に、流れるように体を動かす。体は既に自在に動き、心にそれを阻む物なく、技の全てを出し尽くす。それが竜馬の本当の全力であり、竜馬が前世から持つ才能だった。
周りに合わせ、自身を抑え、鍛えた力と技を振るう事は許されず、誰かに振るえば周りは怯えて去っていく。地球の法や常識、そんな物は異世界に渡った今、竜馬にはもう関係ない。前世の柵から逃れた今ここに、竜馬の力を抑えるものは何も無かった。
試験官の笛が鳴り、右の柱から的が飛び出る。竜馬が的の行き先に矢を放ち、的が射抜かれ地に落ちる。次の的が左の柱から飛び出る。竜馬は再び的の行き先に矢を放ち、的が地に落ちる。
的が右から出るか左から出るかの違いはあれど、竜馬のやる事は変わらない。長い訓練で得た技で、飛び出た的の軌道を見切り、ただ只管に矢を打ち込む。その繰り返しだ。
段々と的の射出速度や間隔が変化し、難易度が上がる。しかし竜馬も対応する。複数の的が同時に出た時はまず1つを射抜き、迅速に次の矢を矢筒から抜いて反対側の穴に消える前に射抜く。
最後には的が4つ同時に出ていたが、竜馬は指の股の全てに矢を挟んで一度に4本矢筒から矢を抜くと一呼吸の内に全て射ち、全ての的を正確に射抜くと試験終了の笛が吹かれた。
~Side 竜馬~
ふぅ ……!!
「っ! 『アースニードル』!」
試験終了の笛が鳴り、弓を下ろして一息つきかけた所で背後からナイフが飛んできた。俺はそれを反射的に指で挟んで受け止め、試験官の男に向けて投げ返す。
男はそれを腰から抜いた剣で叩き落とす。その隙に俺は手元の弓を捨てると同時に土の攻撃魔法『アースニードル』を使い、目の前から真上に先の尖った石の棒を生やし、根元を蹴りでへし折って即席の槍として構える。
「ストップ! 悪かった悪かった、これで試験終了だ。1次2次3次とお前さんは合格だ、だからその物騒なもんをしまってくれや」
そう言う男に敵意は感じられない。どうやら今の投げナイフも試験の一環だったらしい。俺は警戒しつつも即席の槍を『ブレイクロック』で崩す。
「すまんな。今のナイフは俺が弓使いの試験をする時、ちょっとした警告のつもりでやっているんだ。的にばっかり集中していて、周りへの注意を怠る奴が多いんでな。
ここが森で、俺のナイフが魔獣の攻撃だったら死んでるぞって言ってやってるのさ。大半の奴がこれは試験だろって言い返すか不満そうな顔をして、それ以外は納得したり感謝してきたり……ぎりぎりで避ける奴も居たんだが、反撃してきた奴はお前さんが初めてだ。お前さんは弓の腕も文句ねぇし、制限はつけねぇ。ランク通りなら好きに仕事を選びな」
叩き落されたナイフをよく見てみれば、先端が丸まり刃もついていない。どうやら本当に試験の一環……というかこの男のおせっかい焼きだったらしいので、俺は警戒を解いて礼を言う。
「わかりました。ありがとうございました」
「おう、これから期待してるぜ。無理せず頑張んな。俺は冒険者ギルド、ギムル支部のギルドマスターをやってるウォーガンだ、よろしくな」
この男ギルドマスターだったのか!?
「よろしくお願いします。ギルドマスターだったんですね」
「あぁ? そりゃお前さん」
ギルドマスターは横目でチラリと付き添いの5人を見てこう言った。
「何でか知らねぇが、公爵家の人間が揃って付き添ってる奴を下手な奴に任せられるかよ」
確かに……正論だ。
「ごもっともです」
「つか、本当に何で公爵家総出で付き添われてんだよ」
「森での狩りの最中に偶然ご当主のラインハルト様と出会いまして、その2週間後に旅に誘われたので付いて来ました」
「どんな状況だよそりゃ……」
「お話中失礼いたします。試験は終わったようですが、結果を教えていただけませんか?」
俺たちの話に割って入ったのはセバスさんだった。よく見ればお嬢様も緊張して結果発表を待っているようだ
「失礼しました。彼は文句なく合格、受注制限はかけない事に決定します。実力的に問題は無さそうですから」
「そうでしたか、おめでとうございます、リョウマ様」
「おめでとうございます、リョウマさん!」
お嬢様が駆け寄ってきて俺の腕を取り、踊るようにぐるぐる回る。お嬢様は喜びを全身で表すな……しかし、こうも喜んでくれると俺も嬉しくなる。
「お嬢様、リョウマ様をお離し下さい。リョウマ様にはまだ手続きが残っておりますので」
「はっ! そうでしたわね……」
「ありがとうございます、セバスさん」
それから俺は別室……というかギルドマスターの執務室に通されて俺は冒険者ギルドへの登録をした。
「さて、さっきも言ったがリョウマ。お前さんに制限はかけないことがこのギルドカードに記載されている。これでお前さんのランクと同ランクの依頼は好きなように受けられるが、その分、気をつけて仕事に行けよ」
「はい、頑張ります」
「実力的にはEランクくらいから始めさせても良いんだが、お前さんの歳でEランクの仕事を受けていると目立つからな……いきなりやりすぎると周りの連中から反感を買うかもしれん。Gからコツコツやって実力を示していってくれ」
「お心遣い、ありがとうございます」
俺が頭を下げると、ウォーガンさんが片手を振って止める。
「あーやめろやめろ、俺には丁寧な言葉なんて使わなくていい。めんどくせぇ。にしてもお前さん、誰に弓を教わったんだ? エルフか?」
「祖父です、けど、エルフじゃなくてドワーフです」
「ドワーフか……弓を使うドワーフは珍しいが、あいつらは手先が器用な種族だからな。エルフ程多くはなくても弓の名手も居るか……まあいい。これで登録は終わりだ、あとはこいつを持って行きな」
ギルドマスターは1つの封筒を俺に差し出してくる。
「何ですか? これは」
「俺の知り合いの鍛冶屋への紹介状だ。俺のナイフを弾いたあとの行動からすると槍も使えるんだろ? あそこなら色々置いてあるから、そこで自分に見合った武器を探しな。防具も専門じゃねぇが中々のモンが置いてある。下手な店で買うよりは良い」
これは素直にありがたい。
「ありがとうございます。新しい武器が必要になったら行かせて貰います」
俺は礼を言ってギルドマスターの部屋を出る。
そして今日は暗くなってきていたので別室で待っていた5人と共に宿に帰り、そこで一つ思い出した。
「そうだセバスさん、この宿でも神像用の石材は手に入るでしょうか?」
「ええ、手に入りますよ。また作られるのですか?」
「実は今日の洗礼で今まで全く祈った事がない神様からの加護を頂いていまして……その方の像を作ろうと」
「なるほど……差し支えなければどなたの加護か教えて頂けますかな?」
「はい、酒の神テクンの加護、とステータスボードには出ています」
「酒の神テクン様ですか……人間に加護が与えられるのは珍しいですな、テクン様は酒の神であらせられるとともに、技術と職人の神。基本的にドワーフが崇める神ですからね。何か心当たりはございませんか?」
「僕を拾ってくれた祖父はドワーフでした。あと、祖父の手伝いで鍛冶仕事を少し」
ガイン達と話して決めた言い訳で、セバスさんはすんなり納得したようだ。
「なるほど、それが理由でしょうな。おそらくその頃に何らかのきっかけで、リョウマ様はテクン様に気に入られたのです。しかし、何故技工神の加護ではないのかが少々気になりますが……」
「技工神の加護、ですか?」
「テクン様が与える加護には技工神の加護と酒の神の加護の2種類がありまして、加護の効果が違うのですよ。技工神の加護は鍛冶などの上達が早まり、良い作品を生み出せるようになると聞きます。酒の神の加護はどれほど酒を飲んでも泥酔せず、二日酔いにならないそうです。それから良い酒とめぐり合い、手に入る機会が増えますね。これは羨ましがられますが、特に知られても問題のない加護です」
「そうなんですか」
「話がそれましたが、テクン様の像を作るならこちらの石材の方がよろしいでしょう」
そう言ってセバスさんがアイテムボックスから取り出したのは、俺が土砂崩れの土砂で作った石材だった
「これ……」
「リョウマ様がお作りになった石材です。街ではお金も必要になりますし、大きさは一定で大量にありましたから、街で売ってリョウマ様の生活資金の足しにできるよう持って来ておりました。リョウマ様は私やお館様達からの援助は遠慮なさると思いましたから」
「わざわざ、ありがとうございます」
「いえいえ。それで石像の件ですが、テクン様は無駄に豪華な物を嫌うと言われています。テクン様の像は心を込めた精巧な像を作るのが最も良いと言われていますね。あとは石像の前にお酒をお供えするのが良いそうです。テクン様の絵は石材と同じように購入できますし、宿ですからお酒も買えますよ」
「では、それを買いたいと思います」
俺はセバスさんと宿の従業員の所へ行き、その件を伝えると、ついさっきケロミの涙という滅多に手に入らない高級酒が入荷したと伝えられた。
俺はその酒の価値は分からないので供え物用の瓶3本だけ購入したが、セバスさんが目の色を変えて樽で2つ購入していた。なんでもラインバッハ様の大好きな銘柄のお酒だったらしいが、年に限られた量しか作れないため非常に手に入りにくいのだそうだ。
しかもリョウマ様の得た加護のおかげです、と凄い笑顔でお礼を言ってきた。ラインバッハ様だけでなく、セバスさんも好きなんじゃないか……?
その後は部屋に帰り、石像を作ってお酒を供えた後、食事やクリーナースライム浴をして就寝。こうしてギムルの街での一日目が終わった。




