3つの選択
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
~Side ???~
モールトン商会の会頭直々の案内を受け、竜馬達は中庭を訪れた。
この店舗は貴族の豪邸を改装して造られただけあり、中庭も広々としている。
人によっては閑散としている、と受け取るかもしれない。
おそらく昔は様々な草木で彩られたであろう庭は、地面を均して砂を敷いたグラウンドに。中央にはレンガの壁で仕切りを設け、弓や魔法の腕を披露するための的が設置されている。建物の中から庭に通じる扉の近くには客用の席が用意されているが、奴隷が駆け回り、武器を振るには何の問題もない。
席の前には既に用意を整えた10人の奴隷が並んでいて、竜馬達が席に着くなりモールトンから実力審査の課題が発表される。
「これより皆様には各々の腕前を披露していただきますが……その相手はお客様です」
竜馬達……主にフェイへと視線が向けられるが、話は続く。
「そしてそのお相手は3択です。
1人はそちらに座るフェイ様。彼は元ジルマールの軍人であり、雇い主の店に警備部長として勤めています。今回購入された方はこの方の下で働くことになりますね」
“3択”という言葉を気にしつつも、ここまでは予想通りだったのだろう。奴隷は一様に落ち着いている。
「そして2人目は、こちらにおられるリョウマ・タケバヤシ様。この度のお客様であり、お店の経営者ですが、このお年で現役のDランク冒険者です」
僅かに驚いたような声が上がる。
Dランクの冒険者は珍しくもない。
しかし竜馬の外見から年齢を考えれば、Eランクでも優秀な部類だ。
「そして3人目……いえ、ここは“3匹”ですね。タケバヤシ様の従魔であるスライム3匹が相手になります」
「スライムだって!?」
「さすがにそれは……」
たった3匹のスライムが相手と言われた奴隷達には、侮られたと思った者もいたようだ。
しかしモールトンが手を前に出し、落ち着けと言えば静かになる。
「説明を続けます。先ほども申し上げた通り、今回の相手は3択。つまり皆様に選択権が与えられます。自分の相手として不足と思うのならば、その相手と戦う必要はありません。皆様がやるのは先ほど申し上げた3択の内1つを選び、実際に試合をして実力を見せることです」
自分達がやるべき事は変わらない。
奴隷達をそう納得させた彼は最後に竜馬へ目を向けた。
「えー……判定は試合の内容で行いますが、負けるよりも勝ったほうが評価は高くなると思います。ただあまり実力差のある相手を選ばれると、試合が一瞬で終わり、腕を見せる時間が減るかもしれません。
そのあたりもよく考えて、自分はこのように我々と共に働けるのだ! という姿を見せてください。ちなみに従魔のスライムは通常のスライムではなく、進化した上位種ですのでご注意ください」
「それでは皆様は一度控え室へ。相手を考える時間を5分、その後1人ずつ試合を行います」
モールトンの合図を受け、壁際に控えていた男の職員が奴隷10人を連れていく。
そして彼らが完全に扉の向こうへ消えた直後。
「さてさて、彼らはいったいどのような答えを出すのでしょうか。実に楽しみです」
「とうとう隠さなくなりましたね……」
「おっと、タケバヤシ様が私好みの試験内容を提案してくださったので、隠すのを忘れてしまいました」
もはや本性を隠すつもりもない様子のモールトンに、自分のせいではないと苦笑する竜馬。
大人4人は些細なことにいちいち反応していてはきりがない、とばかりに無反応。
「複数の選択肢を与え、さらに“勝つ方が高評価”と告げる。これは相手との実力差を推し量る力が試されますね」
「というよりも、どんな人がお店に来るか分かりませんからね。ただの酔っ払いならまだしも、以前はどこかで雇われた感じの人が来たこともありますから……でも個人的には“雇われたと仮定してどう行動するか”の方を重要と考えています。結果は二の次で」
「ほう? 具体的にどのような基準で評価しますか?」
「試合前に一言相手を選んだ理由を聞かせていただいて、その内容しだいですね。個人の考えと価値観、役割と合っているか……模範解答は無いかと」
「なるほどなるほど。10人の内どれだけがそれに気づくでしょうか……しかしタケバヤシ様も中々にお人が悪い」
「Dランク冒険者なのは事実ですよ」
「見た目とランクと実力が不釣合いなことを、ご自覚なさっているではありませんか」
楽しげなモールトンと律儀に反応する竜馬の会話だけが続き、時間になる。
「結果はどうなりましたか?」
「スライム3匹を選んだ者が2名。タケバヤシ様を選んだのが5名。フェイ様を選んだのが3名です」
「では予定通り、選択者の少ない方から順に1人ずつお願いします」
「かしこまりました」
部下に指示を出すモールトン。リョウマもディメンションホームから3匹のスライムを出し、試合の開始位置に並べる。最後にその姿が見えないよう布をかけて用意を整えた。
ここでまず一人目の男が、訓練用の刃を潰した剣を持って現れる。彼は躊躇うことなく5人の前まで歩き一礼。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。では試合前に意気込みを一言、スライムを選んだ理由も合わせてお願いします」
「はい! 確実に勝てる相手を選びました! 絶対に勝ちます!」
「明確なお答えありがとうございます。それでは準備をお願いします」
まだ若いし元気で大変結構。
竜馬はそう思ったが、返答そのものへの評価はあまり高くなかった。
(最終的に確実な道を選ぶ選択をしたのは加点要素。店の守りを任せるにあたって、一か八かの賭けをするような人はちょっと嫌だ。第一に戦えない従業員を守ってもらわなければいけないのだから、堅実な人が欲しい。もちろん身を賭してかからなければいけない状況があるかもしれないけど、今ではない。
ただ確実に勝てる相手を選んだと言うけど、何を根拠に確実に勝てると判断したのか。多分スライムってだけだよな……一応上位種って教えておいたんだけど、それでもか。元気はいいけど判断の根拠に欠ける。
性格的には終始明るいし、人あたりも良い。他の従業員の皆さんとも上手くやっていけそう。接客担当なら問題なさそうだけど……ちょっと残念)
竜馬達が座る席から程よく離れた位置に男が到達すると、竜馬は思考を打ち切り合図を出す。すると事前に用意していたスライム達が、ゆっくりとその身を覆う布の下から這い出る。
「えっ……」
スライム達を見た男の目が僅かに揺らぐ。
それは快晴の空から降り注ぐ日光を受けて輝く、金属の体を持つスライム。
普段は竜馬の刀、あるいはその鞘として活躍する“メタルスライム”だ。
「ふむ、少し考えているようですな」
「そらそうやろ。あの男の武器は剣。資料によると魔法も使えん」
「鉄の塊相手、武器しか使えないのでは相性悪い。これ勝つはほぼ無理ヨ。決定打が与えられない」
「ちなみに他の奴隷も魔法を得意としている人はいませんね。ふふふ……勝てば高評価とは言いましたが、“勝たせる気がある”とは言いませんでしたね。いえ、だからこそ勝てば高評価なのでしょうか?」
「僕が陰湿な人みたいな言い方やめてくださいよ……僕はせっかくなのでこの際、武器としてではなくメタルスライムだけでの戦闘能力がどこまで上がっているかを試そうかと思っただけで」
「それはそれでどうなんだい? ……というかリョウマ君。前に君からもらった手紙にメタルスライムのことが書かれていたけど、アレが本当なら一方的になるんじゃないか?」
男を連れてきた職員が開始の合図を出そうとしているまさに今、僅かな動揺を見せた男を眺め語り合う6人。
そして試合が始まると、その内容はラインハルトの予想通りとなる。
「開始!」
職員が合図を出した瞬間、3匹のメタルスライムがその場から弾ける様に動きだす。
1匹は正面から男へ一直線に地を転げ、軽く砂埃を巻き上げながら体当たり。
大人の疾走と遜色ない、予想を超えた速度に驚きはあるものの、男は冷静に盾で防ぐ。
「うっ!?」
しかしメタルスライムは金属の塊、いわばボウリングの玉のようなものだ。
その重さに勢いが加われば相応の威力になり、盾で受けても衝撃が伝わる。
結果として男は一瞬足を止めて踏ん張り、その隙に左右に回った残り2匹から、さらに最初の1匹また2匹と、取り囲まれて四方八方から代わる代わる襲われる状況に陥ってしまった。
男は3匹の連続攻撃をしのぎ続けるが、スライム達は体を車輪のように変えてさらに速度を上げる。状況を打開できる気配がない。
「……なんやアレ」
「これはまた、何と言えばいいのか。随分と速いスライムですな」
「あの硬さ、重さ、勢い、当たり所悪かたら死ねるヨ」
「公爵閣下はご存知だったのですか?」
「リョウマ君から貰った手紙にメタルスライムのことも書かれていたからね。ただ実際に見るのは初めてだよ。本当にスライム単体で高速移動が可能になったんだね……ところでリョウマ君、あれって君が指示を出しているのかい?」
「いえ。スライムのみで戦う場合には、相手を取り囲んで逃がさず、1匹ずつ間を空けずに襲い掛かるよう訓練しました。ちょうど今のあの人みたいな感じでもっとスライムを増やすと、僕の訓練にもちょうど良いので」
「もうひとつ聞くけど、メタルスライムは全部で何匹いたっけ?」
「健康は維持したまま分裂するほど栄養を溜めこまないように餌の量を調節して、200匹に抑えています。同じことができるアイアンスライムも同数いますが……どうしました?」
力なく頭を掻くラインハルト。
「リョウマ君がスライムを使うって言い出した時点で何か変なことが起こる気はしてたけど……相性が悪いとはいえ、3匹でレベル3の剣士とほぼ互角。アイデアと訓練次第で随分変わるものだと思ってね」
メタルスライムはラインハルト本人も確認した通り、彼自身が竜馬に与えたスライムだ。
だからこそ目の前のスライムが元々は彼の常識の範疇の存在だったことを強く感じていた。
またその言葉を褒め言葉と受け取ったようで、
「偶然の部分もありますが、スライム達も頑張りましたからね。お店とか冒険者以外の仕事が多くなっていますが、冒険者として、またその従魔として強くなるための訓練はしっかりやってますよ」
竜馬は珍しく自慢げに話す。
店の仕事や街のイベント、さらには細々した日常の頼まれ事にも気さくに、そして丁寧に対応する。そんな竜馬は最近になり、自分が周囲からあまり冒険者として認識されていないことに気づいていた。
確かに冒険者としての仕事をする割合は少なくなってしまっているが、本人的には冒険者が本業であり、あくまでも店は副業だ。頼まれ事についてはご近所付き合いと深く考えていない。
しかし店の常連客からの認識は逆だった。
結果として冒険者ギルドへ行けば、常連の冒険者から店の経営を心配され、街中での仕事中に顔を合わせた常連客には、冒険者だったことに驚かれる、そして冒険者として働く必要性を問われる等々。
冒険者として働く割合が少ないのは事実であり、自業自得と言えば否定できない。
悩むほどでもないが、釈然としない部分もある。
竜馬も微妙な年頃なのか?
それは誰にも分からないが、スライムの話はすぐに趣味へと傾いた。
「でもまだまだ。もう少し時間をかければ更に強化できそうな部分はありますし」
「これ以上何かあるのかい?」
「今も車輪のような形で走っていますが、あれをもっと薄く、先端を刃物のように鋭くする訓練をしています。今は危ないので控えていますが、最近は刀として使っていたこともあり刃への変形はできています。問題は走行中に刃に変えること、もしくは刃の状態で移動を続けることですね。途中で転んだり、軌道が曲がったり、あとは速度が落ちて威力が大幅に減衰したりもします。
ただ現時点でも体の脆いケイブマンティスは切れましたし、狩りでホーンラビットへ骨に達する傷を与えたことがあります。時間はかかりましたが、あのように指示がなくても戦えるように教えられましたし、もっと訓練を積ませて安定したら、メタルスライムはまだまだ強くなれると思います」
「冒険者として強くなろう、従魔を強くしようと考えるのは当然でしょうが……」
「恐ろしいことになりそうやなぁ……」
「リョウマ君。もし将来的に飼うのが難しくなったら絶対に相談してほしい」
「店主、ほどほどにネ」
「ふふふふ……噂通りの方ですね」
楽しんでいる1名を除いた大人達は、竜馬の将来へ期待すればいいのか不安に思えばいいのか分からず、微妙な視線を送るのであった。
ちなみに試合はこの直後、力尽きた男が盾、剣、本人の順で弾き飛ばされ、スライム3匹の勝利で幕を閉じる。その時の動きは某“三連星”のフォーメーションを竜馬にだけ彷彿とさせた。




