イケメンの本性
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
候補者の選定はすぐに終わった。
資料が見やすくまとめられていたので、条件に合う合わないが一目で判別できたからだ。
しかし……条件に合う人だけを抜き出したにも関わらず、残ったのは50人以上。
まだ多いのでここからさらに絞り込みたいが……
「……こう言ってはなんですが……皆さん似たり寄ったりな感じですね……」
大半が冒険者を経験していて、うまくいかず挫折。あるいは失敗から借金を作った経歴を持っている。
「一般的に戦闘技能を持っている方の大半は冒険者です。たまに護衛の経歴を持つ方もいらっしゃいますが、それもやはり冒険者として活動した実績、確実に力を有していてこそですので」
「なるほど……」
しかしこう似た経歴ばかりだと何を基準に選べばいいものか……
「フェイさん、何かありませんか?」
「難しいネ……」
「昔、部下とか持った経験とか」
「それはあるヨ。だけどこんな風に選んだ事、無いネ。来た人を鍛える。それだけ。言う事聞かない、向いてない、私達は考慮しない。そゆ人、自然にいなくなる」
「あ、そうですか……」
その“いなくなる”って訓練中に矯正されるって事なんだろうか? それとも……
考えるのは止めておこう。今はこちらに集中だ。
人格面は多少のセールストークが入っているかもしれないが、そこまで的外れな評価ではないだろう。脚色した評価で奴隷を売りつけても購入者には後々バレるだろうし、そんな店がラインハルトさん達の評価を得られるとは思えない。
……店の護衛として雇うのだから、絶対に必要なのは“戦闘能力”。これを第一に考えよう。
候補者の資料の中から、戦闘系スキルが3の人のみを選び出す。
するとこれだけで候補が一気に12人にまで減った。ほとんど4分の1だ。
「レベルが1つ違うだけで随分減りますね」
「ふふふ……」
……何かおかしな事を言っただろうか?
「失礼致しました。そうですね、スキルのレベルは相応の訓練や実戦を経て上がるものですので、1つ上げるのに数年かかる事も珍しくありません。またレベルは高くなるほど上げにくくなり、そうなると次までに数十年を要する事も……
故にレベルに差があれば、実力にも明確に差があると言われます。少なくとも同じ武器を得意とする方が1対1で正面から相対した場合、勝つ確率が高いのはレベルの高い方でしょう」
そう言い切ったモールトン氏は、さらに“尤も……”と言葉を続ける。
俺にはその意味が一瞬、理解できなかった。
「タケバヤシ様にとっては、レベル2と3の違いなど有って無いような物でしょうね」
「……と、言いますと?」
俺が問うと、彼は僅かに微笑んだ。
そしてラインハルトさん達が警戒を強める気配を感じる……
「タケバヤシ様は冒険者でもありますよね? それも非常にお強い。私に武術の心得はありませんが……正直に申し上げますと私、だいぶ前から貴方の事を調べていました」
「調べていた、ですか。耳にしていたとかではなく」
こうして正直に話している感じからして、後ろめたい事はなさそうだけど。
「一体何故か、聞いてもいいですか?」
「理由はいくつかございます。第一に、そちらの三人とグリシエーラ様が貴方の後ろ盾になっていること……これはある程度力のある商人であれば耳にしたと思います。商業ギルドの情報網でそれとなく広められていますから。
第二に、奴隷商としての事前調査。タケバヤシ様の始めたスライムを用いた洗濯屋は少々特殊と言いますか、前例のないものでした。そして新規事業に限りませんが、立ち上げるには失敗のリスクがつきもの。そうして失敗し、我々の所にやってくる経営者も多いのです」
だからこそ、新しい店や目立つ店、それから不況の店などの情報はそれとなく注意を払っているらしい。俺には大きな後ろ盾が4枚もあるので、そこまで追い詰められることはないだろうとも思っていたらしいが……
「そして第三の理由。単純に私が、貴方に興味を持ったのです。顔の広さや考案した新事業も含めて、リョウマ・タケバヤシという人間はどんな人なのだろうか? と」
理由の内、3番目が最も簡潔にも関わらず最も圧力のような物を感じる……
「調べた結果、レベル2や3では相手にならないほど強いと考えたと」
「事実だと確信しております。まず始めに頭角を現したのは長らく放置された北鉱山での討伐依頼……武器を操る極めて珍しい多数のスライムを率いて参戦したそうですね? それも討伐依頼が初めてにも関わらずBランクのチームに編入されたとか。その前日には悪質な冒険者の集団に絡まれた子供を助けるために1人で応戦、その内の1人はCランクだったにもかかわらず瞬殺だったそうじゃありませんか。ああ……なぜこんなに詳しく知っているかと言いますとね? その捕まったCランクの男が私の所に流れてきたのですよ、刑罰として奴隷になる、所謂“犯罪奴隷”として当店で奴隷登録を致しました」
「そうだったんですか。世間は狭いですね……」
「ええ、本当に……登録後はとある炭鉱へ送られましたが、それまでの数日で少々言葉を交わす機会があったのです。彼は自分が敗北した瞬間、“どうなったのか分からない”“気づいたら負けていた”と話していました。しかし彼のスキルボードには戦斧術レベル3が。それ即ち一般人の範疇ではあるものの、実力は確かだったと言うこと。ただ倒すならともかく、知覚すらさせない一瞬でとなれば、ほぼ確実に貴方は格上。状況的に油断したとも考えられません。貴方の外見から油断があったとしても、勝てるだけで十分にお強い。ああ、そういえばこんな話もありましたね」
「……」
興奮した様子で、饒舌を通り越した彼の口からはその後の事も次々と出てきた。
基本的にはギムルでの噂などだが、創立祭の話や新人研修で教官役を務めた話。
どうも俺は変わったスライムを連れた冒険者として密かに有名だったらしいが……
「賞金首を討伐されている事も聞いていますよ。かの有名な“赤槍のメルゼン”を倒し、この前も15人組の賊を討伐したとか。おっと、それはそちらのフェイ様と一緒にでしたね。フェイ様もかなりの腕前のようで」
……最近の事まで、ガチなストーカーレベルで個人情報がダダ漏れになっている。
「ウォッホン! んん……」
「おっと! 失礼致しました。ついつい話に興が乗ってしまい」
「いや、何と言うか、よくそこまで調べたな……と」
「それほどでもございません。私が集められたのは全てタケバヤシ様がギムルで活躍されてからの事だけ。それ以前の事は“ガナの森に隠れ住んでいた”という事以外まったく見つかりませんでした。まるでそこに忽然と現れたように、パッタリと後を追えなくなってしまいまして。力不足を感じます」
むしろ追えたら凄いわ。ラインハルトさん達が警戒したのはこういう所か……?
「私は幼い頃から奴隷やお客様の話を聞くのが好きでして……男性も女性も。子供も大人もお年寄りも。人族でも、獣人族でも、エルフでも、ドワーフでも、ドラゴニュートでも。就いていた職業も、体型も、一言“人”と言ってもこんなに多種多様。その1人1人が何を思い、何をして生きてきたのか。1つとして同じでない、異なる道を歩んできた人の事をついつい知りたくなってしまうのです。ああ、私がこう言うとたまに性的な意味で受け止められますが、そうではありませんよ? まぁそちらはそちらで男女と種族は問いませんが」
聞いてない! というかそれは結局変わらないのでは!?
まぁ法に反しない年齢の相手との恋愛ならとやかく言うことじゃないか……
ストライクゾーンがむちゃくちゃ広いだけっぽい。
地球のオタク文化に慣れ親しんだ身からすれば、アニメや漫画に出てくるキャラの属性の方がよっぽど雑多だろう。
猫耳や獣耳、メイドなんて珍しくもない。ツンデレくらいは今時一般人でも知っている。さらに探せば男の娘だとか、素直にBLだとか、挙句の果てにはロボ娘なんてジャンルもある。
個人的には、そういう趣味も同性での恋愛も別に否定はしない。
自分が対象ならごめんなさい。だけどそうでないなら……
“オレスト・モールトン氏は問題なし”
頭の中でそう結論が出た。
けど、皆さんが警戒してるのはこっち?
つかみどころが無いというか、分かりにくい人だなぁ……
「……失礼ついでにもう1つ。タケバヤシ様の戦闘系スキルのレベルは如何ほどでしょうか?」
「オレスト。仕事以外でそういう詮索はするもんやない。リョウマは奴隷でも何でもないんやで?」
考え事をしているうちに、いつもは明るく軽い調子の印象が強いピオロさんから静かに重い言葉が出ていた。
確かにそういう詮索はマナーとして良いとは言えないが……
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、ピオロさん」
何だろうな……この人は単純に興味があり、その欲求に素直な印象。
俺の情報を引き出して利用しようとか、そういった邪な感じはしない。
化けの皮が剥がれたというか、脱ぎ捨てたというか……とにかく本性が出てきたけど、なぜか先ほどまでのただ好青年な姿より謎の親近感を覚える自分がいる……
「僕個人はともかく、皆さんの怒りを買うようなことは彼もしないでしょう」
怖い物見たさ、でいいのか? 少しだけこちらから踏み込んでみたくなった。
モールトン氏に向き直り、情報を一部開示する。
「基本は剣術と体術。レベルはどちらも7です」
『……』
張り詰めた空気と沈黙する室内。
張り詰めた空気の元は俺の保護者のような立場になっている大人3人。
全員無言で……セルジュさんだけ大汗をかいている。
隣のフェイさんは我関せずとばかりにお茶を飲む。
モールトン氏は予想が外れたのか、それとも俺が素直に話すと思わなかったのか。
僅かに驚いた表情だが、それ以上に興味と興奮がハッキリと見えた。
「レベル7。流石にそこまでとは想像していませんでした」
「冗談かもしれませんよ?」
「ふふふ……その落ち着き方が怖いですね」
視線をそらさず、みつめ合う。
さて、彼はどう受け取るか。
嘘だと思うか? それとも信じるか?
俺は嘘を言っていないし、ただ堂々としておく。
「ご安心ください。たとえ貴方に後ろ盾がなかろうと、商人としてお客様の情報を悪用は致しません。第一、下手な手出しをすれば私の方が怪我をしそうだ」
ラインハルトさん達からいまだ険しい目を向けられているにも関わらず、面白そうに、ごく自然にそう口にする。
「しかしそうなりますと、やはりレベル2や3では頼りなく感じるでしょう」
どうやら彼は俺の言葉を信じて話を進めるようだが、同時に今までで一番真剣に悩む様子。
「どうされました?」
「……少々お待ちください」
席を立ち、新たな書類の束を持ってくる。
「こちら、少々ワケありの奴隷リストなのですが……」
「ワケあり、と言いますと?」
「通常のリストに掲載する奴隷とは違い、労働力にならない者。老人や幼すぎる子供、怪我や病気、あるいはその後遺症により、能力を十全に発揮できない者達です。基本的にお客様にはお勧めしませんが、実は現在、この中に1人だけレベル5の剣士がいます」
話しながら書類を捲り、その人物の情報が書かれたページをそっと見せてくる。
「オックス・ロード。37歳。牛人族の男性で確かに双剣術レベル5のようですが……」
経歴を書かれた欄を読むと、相当に強い人物らしいが、この人物がこのリストに入っている理由も詳細に書かれている。
曰く、彼は教会の孤児院で保護され15歳まで育てられた後、人前で試合をして観客を楽しませる“剣闘士”の養成所に入門。以降メキメキと頭角を現し、20代は一流の有名剣闘士として活躍。30代に入り、一流のみの大会で優勝を果たしたこともある人物のようだが……
その後、とある試合で左手を負傷。傷自体は小さくすぐ治る怪我と思われたが、傷口の状態が悪化して手首から先の切断を余儀なくされてしまったらしい。
注記には牛人族は体格が大きく膂力に優れている種族であり、人気商売の剣闘士だと重い鎧や武器を軽々と扱い派手に戦う者が多いと書かれている。
彼が得意としたのは手数で攻める双剣だが、牛人族の膂力は十全に活かしていたようだ。
普通よりもはるかに重い特注の双剣を軽々と操った彼の猛攻撃は重く、速い。
威力と速度を兼ね備え、まるで嵐のようだと賞賛されていたそうだが……
「片手を失った双剣使い。当然ながら、手を失う前と同じようには戦えません。ですが片手でも1本は剣を振れますし、最低限レベル3の奴隷にも勝てる実力は有しています。剣闘士という経歴ゆえに対人戦闘の経験も豊富ですし、普段は戦闘スキルを持つ奴隷の練習相手を務めています。フェイ様の指導のお手伝いもできるかと」
確かに店の護衛としては十分かもしれない。技術指導ができるなら今後を見据えてということも考えられるけど……人物評価の剣士としての執着が強い、ってのが気になるな。あと値段が800万スートと他の人より高い。これはどういう評価なのだろうか?
率直に聞いてみると、
「彼は剣と自らの腕のみで生計を立ててきた、一種のプライドもあるのでしょう。片腕を失った今も毎日鍛錬を欠かさず、売られるならば剣の腕を買ってくれる主の下へと希望しています。また左手を切断する前には何とか斬らずに治す方法を探すため、特殊な魔法薬を用いて時間を稼いでいました」
「時間を稼ぐ。もしかして“阻止薬”?」
「ご存知でしたか。その通りです」
“阻止薬”……その名の通り、傷の悪化を阻止する魔法薬。傷の消毒や治療で現状維持するのではなく、時間を止めるかのように傷の状態を保つという、不思議だけどこの世界には実在する薬。記憶にある限りではかなり高価な薬だったはず。
「高名な剣闘士として相応の稼ぎもありましたが、薬の支払いで全て使い果たしても諦めきれず、借金をしてここへ流れ着いた次第です。こちらには愛剣のみを除いて、家や家財道具を処分しても残された借金が含まれています」
「剣だけは売らなかったんですか」
「はい。それだけは絶対に手放さないと。何度も説得を試みましたが、剣を売るくらいなら死を選ぶとまで言いまして」
「それはまた随分と……」
なんだか不安だが、護衛ならちゃんと仕事はしてくれるのだろうか?
「剣に関しては譲れない所もあるようですが、それ以外はそれなりに話の分かる人物です。当店の奴隷の剣術指導で、与えられた仕事をこなす責任感は十分に持っているのが確認できています。
お値段については初回、それも皆様のご紹介なので勉強させていただきますし、分割でも結構です。最後に契約を行うまでは無料ですので、候補に加えて一度様子を見てから判断してはいかがでしょうか?」
「そういうことでしたら」
せっかく薦めてくださったし、どの道他の人にも会ってみる。
そこにもう1人加えてもいいだろう。
そうなると話が戻るが、候補者をもう少し絞ろうか。
今度はモールトン氏にアドバイスをいただきながら考えてみる。
すると、
「候補者の絞り方ですか。では僭越ながら……女性は性行為を了承している方が良いですよ?」
真剣な様子から出た言葉に、ガクッと来た。
「すみません、そういう目的で奴隷を求めているわけでは……」
「だからこそ! で、ございます。そういう事を目的にされているお客様にはむしろ、奴隷はお勧めいたしません。ただ性行為を求めて奴隷を買うだけのお金があるのであれば、恥ずかしがらずに娼館へ行く方がよほど安全かつ後腐れがありません。
借金奴隷となる際に少しでも早く解放を望み、性行為も了承する女性はいます。ですがそういう方は奴隷になったからと自棄を起こしていたり、いざという時になって暴れるなどの問題を起こしやすい傾向があります。人の心とはそう簡単に割り切れません。奴隷になった女性が全員そうとは申しませんが、体を売るという覚悟が決まっていないのです。
逆にしっかりと覚悟を決めた女性は奴隷になる前からどこかの娼館に勤め、借金を返済しようとする傾向があります。そのような方でしたら借金取りもある程度は返済を待ちますし、そこで完済することも不可能ではありません。下世話な話ですが、行為ができれば外見の美醜はどうでもいいという人もいらっしゃいますし、借金取りも返済を待って利子を多く取れるならその方が儲かるのですから」
お、おお……そうなんだ。
ふざけているのかと思えば、圧倒されるほど真剣に語りだすモールトン氏。
さっきからこの人のペースがいまいち掴めない。
「オレスト君。流石にリョウマ君にその手の話は早いと思うのだが」
「公爵閣下、これは奴隷を購入する上で至極真面目な話です。特にタケバヤシ様は今回が初めての奴隷購入。これから成長して多感な時期を迎えた時を考えても、万が一、何か間違いがあった時に、事前に奴隷として了承した契約さえあれば、法的にと言う意味で問題なく済みます。
尤もタケバヤシ様は既にだいぶ大人びているようですし、身分を盾に女性に迫るようなことはなさそうですが……共に働く店員が奴隷に手を出し問題になった話もあるのです。性行為を主な目的として奴隷を購入されるのはお勧めいたしませんが、そうでなければ、万が一にも法に触れないよう性行為を了承した奴隷をお勧めいたします」
モールトン氏は一歩も引かない。
セルジュさんやピオロさんが加わっても、彼は時に真剣に、時に飄々と受け流す。
その後も彼は真面目な話にこちらの調子を崩すような発言を織り交ぜる。
そのからかっているにしてはやけに真剣な眼差しを受け続ければ嫌でも分かる。
彼は最初からずっと、俺の反応を観察していたようだ……




