2日目の会談
本日、3話同時更新。
この話は3話目です。
夕食後。
昨夜と同じ屋敷の応接間に、今日も公爵夫妻と大商会の会頭2人が集まっている。
「お待たせしました」
「ちゃんと聞いているから大丈夫よ。スライムの餌やりお疲れ様」
「リョウマ君のスライムは数も種類も多いから大変だろう」
「そういえば今何種類くらい飼っとるん?」
「今は19種類ですね。その中で進化待ちなのが4種類ほど」
「総数は万単位だそうで、世話も大変でしょう」
「種類ごとにまとめて餌をやっているので、それほどではないですよ。ラインハルトさん、スライムの餌までありがとうございました。助かりました」
「こちらこそ、ゴミを引き取ってくれて助かったと色々な部署から連絡が来たよ。滞在中はいつでも遠慮なく言ってくれ」
話題を振りながら俺を招いてくれる皆さんに答えながら、奥様の隣へ座る。
「さて、リョウマ君も来たし昨日の話の続きをしよう。と言いたいところだけれど……今日はその前に2つほど聞いてもらいたいことがある。ちょっとした連絡事項だけどね」
何か問題でも起きたのだろうか?
ラインハルトさんがいつになく重苦しい雰囲気を漂わせ、奥様が書類を一束ずつ俺達に配った。
書類をめくると似顔絵と罪状、そして金額が書かれている。
「手配書と……」
「半分は領内で確認された盗賊被害の情報だよ。たまたま今日の仕事中に報告があったんだ。三人は街の間を移動することも多いだろうし、知っておいた方がいいだろうと思ってね」
「これはありがたい」
道の安全情報は商人の生命線。セルジュさんとピオロさんも感謝して熱心に書類へ目を通している。
だけど俺は手配書の方が気になった。
「こうして見てみると、賞金額は人によって結構差がありますね」
同じ罪状でも小金貨10枚程度から数百枚、最高額では白金貨2枚という超高額の賞金首もいるようだ。これはどうしてなのかと聞いてみると、ラインハルトさんは親切に教えてくれた。
「賞金額は被害と危険度を総合的に見て決められるけど、被害を受けた貴族や商人が個人的に賞金額を上乗せすることもできるからね。白金貨の盗賊は宝石専門の強盗団で、かなり有名な連中だよ」
曰く、宝石ばかり狙うので被害額も超高額。
さらに被害を受けた宝石商だけでなく、宝石の買い手である貴族の怒りも多く買っている。
故に上乗せが増えて賞金額が膨れ上がっている、というわけだ。
「犯行の頻度は少ないんだけど、その分入念な準備をして慎重に事を進める。しかも腕の良い空間魔法使いが複数仲間にいるようで、逃げ足も速くて追跡が困難なんだ。襲われる側も当然護衛はつけている。それでも何度も犯行を成功させている以上、相応の実力者もいるだろう。個人が狙われたと言う話は聞かないけど……リョウマ君も気をつけてくれ」
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
おそらく昨日、スーツと一緒に着けていたダイヤモンドの事だろう。
特に何も言われなかったけど、やはり見る人が見れば分かるらしい。
「さて次は……そうそう、昨日預かったスカベンジャースライムの肥料。あれについて報告が来たんだ」
「あら、そうなの? ずいぶん早いわね」
奥様のおっしゃる通り、昨日の今日でもう安全性とか色々と判断できたのだろうか?
「うん……そのことなんだけど、リョウマ君。“地母神の森”って知ってるかい?」
地母神と言うと ウィリエリス様が思い浮かぶが、その森は聞いたことがない。
「そうか。アルトゥーラ……東にある国なんだけど、うちの庭師長はそこの出身でね。地母神の森は人々の信仰の対象にもなっている“聖地”であり、彼が言うにはそこの土が、あの肥料に似ているんだそうだ」
「えっ」
聖地の土がスカベンジャーの肥料に似てる? 思ってもいない話だ。
「大量の魔力を含んでいて、木属性魔法と相性がいい。使いすぎると植物を魔獣化させてしまう。効果はまるっきり同じ。ただスカベンジャースライムの肥料より圧倒的に強力らしいね」
アルトゥーラという国では地母神の森の土を数年に一度少量採取し、大量の普通の土と混ぜ合わせる事で効果を薄め、特別な肥料として使っているらしい。そしてそれは聖なる森から恵みを分けていただく儀式なのだそうだ。
「ではその儀式と同じことをすれば、スカベンジャースライムの肥料も安全に使えるのですな?」
「庭師長はそう言ってる。一応、預かった肥料を使ってしばらく様子を見てもらうけど、肥料としては十分使えそうだよ。ただ“信仰対象に近い”という点には若干の懸念があるね」
確かに。
「“聖地の土”と“スライムの体内で生成された肥料”。個人的には全く別物としか思いませんが、聞く人によっては……」
「許せん! って声が出るかもしれんなぁ……信仰が関わると過激になる連中もたまーにおるし……」
「別物で通せると思うけど、将来的に商品化するなら気を配っておくべきだろうね」
思わぬところから不安要素が出てきたけど、今分かってよかったと思うべきだろう。
「僕からの話はこれで終わりだ」
「じゃあ、次は私からいいかしら?」
今度は奥様が口を開く。
先ほど手配書を出したラインハルトさんとは対照的に、上機嫌で。
原因はおそらく昼間のアレだ。
「エリーゼ……気になっていたんだけど、夕食のときからやけに機嫌がいいね」
「そうなのよ! 実は、リョウマ君から“バスボム”と“シュガースクラブ”を作ってもらったの! おかげで体の疲れが一気に取れたのよ~」
奥様が二つの使用感をこれでもかというほど語り始めた。
「昨日の美容の話ですか……お風呂を温泉に変える薬とはまた、実に興味深い」
「リョウマ、肌を綺麗にする薬はそんなに効果があるんか?」
「個人の使用感には差がありますから」
「あの2つはもっと欲しいわ! バスボムはお風呂に入れるだけで手軽だし、普通のお湯より断然体が温まった。それにシュガースクラブは擦り付けるだけで肌の潤いが変わるの!」
そう語る奥様を見て、今更ながらに思い出した。
どちらも慣れてしまえば当たり前になるけれど、最初に使った時の感動は大きいのだと。
俺も前世でシュガースクラブを初めて使った時には驚いていた。
正直、美容にはまったく興味がなく、いただき物を無駄にするのがもったいない。
ただそれだけで使ったのに、その一回目であれ? これいいかも……と思わされたのだ。
会社で話したらキャラに合わないと大笑いされたけど。
「奥様、昼に作ったのは一番シンプルな作り方なので。もっと使う油の種類にこだわったり、香油などを加えると香りも使用感ももっと良くなると思いますよ」
バスボムも重曹とクエン酸の量を調整することで、お風呂を弱アルカリや弱酸性にできる。
弱アルカリ性の湯は角質や皮脂に毛穴の汚れを除去しやすく、さらに汗や加齢臭など酸性の臭いを中和するのに効果的だったはずだ。まさにアラフォー男の強い味方!
対してクエン酸の弱酸性湯は、疲労回復効果や抗炎症作用、弱アルカリの湯とは別の方向で殺菌と消臭効果あり。人間の肌は弱酸性なので、弱アルカリ性の湯よりも肌に優しい。
体質や肌の状態、もちろん気分によって選択するもよし。
薬草や季節の植物を使った薬湯と組み合わせるなど、改良の余地はまだまだある。
「それは素晴らしいわ!」
「加齢臭に効くん? ちょっと試してみようか……」
「ピオロ、お前、悩んでいたのか?」
「アホウ! ワイはまだそんな歳やないわ! ただ、ただこの前かみさんがぼそっと……言ったような気もしないでもないなぁと……」
「ははは……まぁ、エリーゼがここまで絶賛するのだからきっと素晴らしいものだったんだろうね」
「そうですな。リョウマ様、よければ我々にもそのバスボムとシュガースクラブを試させていただけませんか?」
「お安い御用です。材料は昼に預かった分が残っているので、後で作ってお部屋に届けてもらいますよ」
ということで、奥様と美容用品の話は一段落。
その流れで今度は俺が、昨日話せなかった事を話す事になったが……
皆さんが急に居住まいを正し始めた。
「急にどうしたんですか」
「昨日の時点でランニングマッシュとか、だいぶ爆弾発言があったからなぁ」
「次に何がでてくるかが楽しみであり、少々怖くもありますな」
「もう最初から覚悟しておくことに決めたわ」
「心の準備はできた。リョウマ君は心置きなく話してくれていいから」
……逆にプレッシャー!
しょうもない話はできない雰囲気を感じるのは俺だけか?
「では前回話しそびれた、スライムの活用法を一つ」
おかしな緊張感の中、ブラッディースライムの血清について説明した。
まず血清や抗体がどういう物かという簡単な説明から始め、新人冒険者の指導をした事。
事故でブラッディースライムが毒を飲んだ事。
その後の治療と毒耐性スキルのレベルアップから、血液の体と抗体を結びつけた事。
実際に抗体を抽出して動物実験を行った事まで話すと……
『……』
4人は真剣な顔でこちらを見ていた。
「……心の準備をしておいて正解だったね」
ラインハルトさんの言葉に、一斉に頷く3人。
「リョウマ様が“抗体”と呼ぶモノ。“毒耐性”、“病気耐性”スキルとの関係。そしてブラッディースライムを使って作られる解毒剤。私は薬品の専門家ではありませんが、その価値が非常に高いことは分かりますよ」
「せやな。きっかけはその蛇の毒だとしても、今後他の毒にも応用できそうな事も分かった。んでもってその話が本当かは……今更疑う意味ないなぁ」
「私達の前でそんな嘘をついても、リョウマ君に利益はないものね。ただ、ここまでくると嘘であったほうが笑い話で済むかもしれないけど……」
「正直、僕自身ももてあましています」
ブラッディースライムから抗体を見つけて、血清を取り出して、効果を調べて。
一人で細々と実験をしている分には楽しいんだけど、有効活用にはならない。
だからといって世間に出すとなると、どうしても子供1人の手にはもてあます。
しかも、
「実は話には続きがありまして」
「……まだ何かあるのかい?」
「僕が抗体と血清に気づけたのは、毒耐性スキルのレベルアップがあったからです」
「……! そうか! 習得ではなく、レベルアップ。つまりそのブラッディースライムはブッシュスネークの毒以外にも、何らかの抗体を持っていた」
「ラインハルトさんの仰る通り。そもそもブラッディースライムは僕が進化させたのではなく、他所から来た冒険者から買い取ったスライムで、最初から毒耐性と病気耐性を持っていました」
そして抗体に気づいた後、他に何の抗体を持っているのかを鑑定の魔法で調べてみた。
「抗体は複数見つかったのですが、そのうちの1つが“呪い傷”でした」
『…………』
四人は一斉にため息を吐いたり、天を仰いだり、それぞれ疲れたような行動を取る。
無理はない。
呪い傷とは怪我をした後に突然かかる病気である。
傷の大小に関わらず、受傷した場所や身分にも関係なく。
突如呪われたように症状が出始める病。
傷を負ってから数日の間は何事も無いが、やがて手足や顔にしびれを感じ始める。さらに進行すると全身の自由が利かなくなり体の負担を考慮せず勝手に動き始める。その様子はまるで悪魔が取り付いたようだ。全身は激しく震え、弓のように反り返ったまま石のように固まることもあれば、反り返る力に耐え切れず背骨が折れることもある。これを患者の意思で止めることはできない。しかし患者の意識は侵されることがなく、患者は自由の利かない体の痛みに苦しみ、のた打ち回りながら死んでいく。その死亡率は極めて高い……
つまり現代で言う“破傷風”。
血清のある現代日本でも死亡者が出る恐ろしい病気だが、この国には有効な治療法がない。故に破傷風は罹ってしまえばまず助からない“呪い”として、身分を問わず非常に恐れられている。
そんな病の治療薬が生まれる可能性が目の前に提示された。
その価値は計り知れないだろう。
「本当に呪い傷の抗体なのかい? 疑っているわけではないけれども」
「鑑定で間違いなく呪い傷、と出ました。そもそも呪い傷はどこにいても罹る可能性のある病気です。当然その原因となる病魔がどこにいてもおかしくありません」
破傷風菌は土壌中に広く常在しているので有名だ。
ブラッディースライムもどこかの土に触れて菌を取り込んだのだろう。
「でもリョウマ君、抗体を作るためには毒を取り込んで生き残らなくてはならないのよね? 呪い傷は死亡率の高い病、ブラッディースライムはどうして無事だったのかしら」
「考えられる可能性としては……1つめは取り込んだ病魔が少なく、人間と体のつくりが違うために増殖できず、体内で作られた毒も少なく、結果的に耐え切れた場合。
2つめに、呪い傷の特徴的な症状は主に筋肉の痙攣ですから、神経や筋肉を持たない……血液で体が構成されているブラッディースライムには毒素の効果が薄かったとか?
とにかく人間とブラッディースライムでは体の構造が大きく違いますから、その点が上手く作用したのではないかと僕は考えています。ただ申し訳ありませんが確証はありません」
「……そうよね。言われてみればその通りだわ」
「新薬の製法だけでも大きな価値を見込めましたが、加えて呪い傷の特効薬まで作れる可能性があるとなると……素晴らしいですが危険ですな」
「控えめに言うても大発見やし、下手な奴に知られると狙われそうやな。いや、十中八九狙われると考えて間違いないやろ。医療ギルドもどこぞの研究機関も、これを知ったらほっとくわけないわな」
「そうなんですよね。研究機関ってあんまり信用できないイメージがありますし」
血清の扱いの難しさに、閉口してしまう俺達。
しばらくお茶と茶菓子を口に運ぶ小さな音だけが流れる。
「リョウマ君」
その沈黙を破ったのは、ラインハルトさん。
「はい」
彼はこれまで見たこともないほど真剣な表情で、自然と姿勢が正される。
やや緊張した雰囲気の中、彼は一言、こう口にした。
「我が家の“技師”になる気はないかい?」
重曹ははるか昔から存在しますが、人工的な製造方法が発見されたのは19世紀の初め。
一般的に利用され始めたのも、その時期からだそうです。




