親心
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
「タケバヤシ様、じきに会議の時間となります」
「ありがとうございます。すぐ準備します」
日付が変わる頃、ルルネーゼさんが俺を呼びにきた。
「お待たせしました」
「大丈夫ですか? もうだいぶ遅い時間ですが」
「平気ですよ。昔は夜間に狩りをしていたり、趣味の研究とかで気づいたら翌日の朝になっていることもありますから。それより色々と配慮していただいて、ありがとうございます」
現在、俺が借りている客室には沢山のスライムが自由に這い回っている。リムールバードのアインス達は、連絡用の鳥型魔獣専用の厩舎でのびのび過ごしているはず。俺は俺で会議の時間を待つ間、お屋敷の蔵書から魔法書などを薦めて頂き、じっくり読ませて頂いた。
1から10までいたれりつくせり、既にガッツリお世話になっている。
「この程度のことでしたらいくらでもお申し付けください。では参りましょう」
廊下では壁にかけられた魔法道具が控えめに光を放っている。
薄暗さは感じるが移動に支障はない。
しかし……
「ルルネーゼさん、少し質問をしてもよろしいでしょうか」
「なんなりと」
「ありがとうございます。さっきから何か変な感じがするのですが、この辺りは結界が多いのですか?」
「結界? ……確かに当家は防犯のため、警備の結界魔法使いが複数の結界を張り巡らせています。しかしこの辺りは特に何も」
その割に部屋を出た直後から何度も何かおかしな違和感を覚えている。特に曲がり角や出入り口のところで感じることが多い。通った場所がわかるような、何か居場所を探られているような……監視の目ではないのだろうか?
曖昧なイメージを告げるとルルネーゼさんは何かが思い当たったらしく、足を止めて振り向いた。
「それはもしかすると“家憑き妖精”かもしれません」
「家憑き……妖精?」
妖精は魔獣として認識されているし使役も可能と聞いている。
この屋敷にいるのだろうか?
「妖精種は基本的に自然の中に生息するそうですが、まれに古い建物に住み着くそうです。このお屋敷も必要に応じて修繕はしていますが、基本的に古い建物ですし、妖精を見たという話もたまに聞きます」
彼女は当たり前のように言って歩き出す。
「よくあることなんですか?」
「そうですね。半年ほど前まではお嬢様がいらっしゃいましたから。魔力の多い人ほど妖精の力を感じたり、姿を見る傾向があるそうです。お嬢様やその周りにいた使用人が見たと話している時もそれなりにありましたね。私も何度かありますし、あとは……異国から来たお客様や珍しい品物などが届いた時は、興味を持って集まってくると聞きます」
基本的に家憑き妖精が家主やお客様に危害を加えることはなく、むしろ家と家人を守ってくれる守り神的存在のようだ。日本的に言えば“座敷わらし”?
「そんな妖精がこの屋敷に……?」
違和感が消えた。
「家憑きに限らず妖精種が自ら人前に姿を現すのは稀だそうですし、探すと隠れてしまいますよ。お嬢様もメイドを連れて幾度となく探していましたが、探して見つけた事は一度もありませんでした」
「なるほど」
「妖精についてはあまり気にしない方が良いでしょう。からかって面白い相手と見られると程々にでもいたずらを仕掛けられた、という話もありますから」
リアル妖精。見てはみたいが、そういうことなら一旦忘れることにしよう。
そんな話をしているうちに、会場に到着。
「失礼致します……?」
返事がないのでまだ誰もいないのかと思いきや、ヒューズさんの姿が目につく。
しかし、部屋の中心で存在感を主張する円卓に頬杖をついたまま動きがない。
どうやら先に来て上座に座っていたようだけれど、体調でも悪いのか?
なんだかぐったりしているように……あれ? 寝てる?
数歩近づくうちに寝息が聞こえてきた。
「今日もあの調子ですか……」
「今日も?」
「最近は夜に見るといつもあの状態なのです」
昼に聞いた昇進のための研修で疲れているらしい。他の警備兵からの信頼や人柄には問題ないそうだけれど、大幅に増える事務仕事が彼にとっての鬼門のようだ。……ヒューズさんが受験生に見えてきた。
「私と将来のことを真剣に考えてくれているのは嬉しいのですが、体を壊さないか心配です」
どこかに羽織らせてあげる布でもないかと探すように部屋を見渡す彼女。
それを見てさらっと惚気られた気分になっていると、背後から扉の開く音がする。
「おや?」
「あっ、すみません」
振り返ると、なにやら美味しそうな匂いのするバスケットを抱えた中年男性が部屋に入ろうとしていた。
「君は……?」
「バッツさん、この方はタケバヤシ様です。夫の恩人で神様の像を作ってくださる」
「あー……そういえば会議に参加するという話だったね。君が、いや貴方が。申し遅れました、私はバッツと申します。このお屋敷で料理長をさせていただいています」
「リョウマ・タケバヤシです。よろしくお願いします。それから美味しい夕食をありがとうございました」
「ああ、今夜のメニューは口に合いましたか。それは良かった」
……何だろう。この人、少し懐かしい感じがする。
失礼だけれど、彼は物腰柔らかく穏やかそうな反面、あまり威厳を感じない。元々あまり背の高い方ではなさそうだが、猫背なために余計に背が低く、弱々しく見えた。加齢によって顔に刻まれた皺に、薄い頭髪……家庭に居場所のないお父さんや 、窓際サラリーマンのような雰囲気を強く感じる。
「今日も料理長自ら、ありがとうございます」
「なぁに、娘の晴れ舞台を少しでも良い思い出にするためだからね」
「娘?」
えっ? この二人、親子なの? バッツさんは人族に見えるが……
「バッツさんには幼い頃からお世話になっていて、本当の父親のような方です」
疑問を抱いた俺に気づいたようで、バッツさんも説明してくれた。
「彼女の両親はここのメイドと警備兵でしてね……私がまだ見習いの頃はとても世話になった恩人なんですよ。その恩を返したくて、面倒を見ていたらいつのまにか自分の娘のように思えてしまって」
「両親は職務中の事故でそれぞれ私が幼い頃に亡くなってしまい、残された私を見かねたラインバッハ様が、メイド見習いとしてこの屋敷に住まうことを許してくださいました。ここで働く人々は私の同僚であり、親兄弟にも近いのです」
「……そういう事情があったんですね」
使用人の結婚式に屋敷の敷地を貸したり、ちょっと特別な扱いかとは思っていた。あの人達ならそういうこともあるかと納得していたけど……さらに聞くと、一時期ラインハルトさんの遊び相手を務めていたり、他家から嫁いできた奥様の世話係を務めていたこともあるそうだ。
幼い頃からこの屋敷で育った彼女は経験、実力、そして忠誠心において高く評価されているそうで、重要な役割を任されているらしい。
「最初は本当に幼すぎて、全然仕事もできなかった子が、今や結婚するまで大きくなったんだね」
「もう何度目かわかりませんよ、その話は……あの頃に皆様が私を見捨てずに育ててくださったおかげです」
「だとしてもだよ? ある程度長い使用人は同じ気持ちだと思うよ?」
ルルネーゼさんはほんのりと顔を赤らめて無言になる。
「タケバヤシ様は……」
「あっ、僕のことはお気軽にリョウマと呼んでいただけませんか?」
彼らにとって俺はお客様だろうけど、普通に話してもらいたい。
結婚式に向けて協力させていただけるのであれば、あまり気を使わないで欲しい。
立場はあるだろうけど、せめてこの場だけでも。
そうお願いすると彼は頷いた。
「リョウマ君は、ヒューズの知り合いだそうだね」
「はい、付き合いはそれほど長くないと思いますが、お世話になっています」
「そうか。だったら君は彼の味方でいてあげてほしい。別に彼が嫌いなわけでも、結婚に反対なわけでもないんだけどね……僕らはどうしても彼に厳しくなってしまうみたいだから」
苦笑いで温かい目をした彼は、そっと円卓に持っていたバスケットを置いた。
「ん……ぁ?」
「おや、起きたのかい?」
「いけねぇ、寝ちまったか。バッツの旦那、会議は?」
「始まっていないよ。大事な式のための会議、新郎が寝こけていたら誰かが起こすに決まってるだろう?」
「そういやそうだな。って、リョウマとルルネーゼもいたのか」
「先ほどからいましたよ」
「お疲れ様です」
「ようやく気づいたね。新郎がこんな調子で大丈夫なのか……もしルルネーゼを泣かせるようなことがあればストレスで毛が抜けてしまうな……そうなったら私は今以上に髪のことを気にするだろう。そして調理中に、君の食事にうっかり育毛剤を落とすことがあるかもしれない」
「おっさんの育毛剤入り料理とか勘弁しろ! つか無理して嫌味を言おうとするんじゃねえよ。長い上にまどろっこしい小芝居しやがって……そもそも泣かす気もないからな」
「未来永劫ないことを期待したいがね」
本来そういう事を口にする人ではないのだろう。
しかし彼の内心は複雑らしい。
その気持ちは、親になったことのない俺にはわからない。
人それぞれ、事情も想いもある……
2人とその間に入るルルネーゼさんからすこし離れて、その成り行きを見守る。
そのうちにだんだんと人が集まり、やがて会議が始まるのだった……